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地震でも無事だったクスコの石組みなんだけど、

2011年03月24日 05:47

なんだかとてもとてもむかしむかしの話になってしまいましたが、


15世紀まで南米に君臨していたインカ帝国の首都のクスコのはなし。



環太平洋地震帯に位置するペルーにも、地球、そして自然が猛威を振るったのは


1650年と1950年。


当時、スペインの植民地と化していたこの街にあった、スペインの建築物は、

地震のせいで、ボロボロと崩れてしまったらしいけど、

インカ帝国時代の建造物は、残ったそうな。

正直なところ、ここを歩いていたところでもし何も知らなかったら、かなりの高確率でそのまま歩き過ぎ去ってしまいそうだったただの石の壁。

よくよく見て、数えてみるとそこには12角があって、通称:12角の石。
DSC_0629.jpg

どうしてこんなにも凹凸の多い石をわざわざ壁に使ったのか知らないけれども、

これはもはやクスコの一大観光名所として、多くの観光客をひきつけてやまない。

場所:Hatunrumiyoc通り(アルマス広場からカテドラルの右手のTriunfo通りをひたすら突き進んでく)



そして、ついでに14角の石。
DSC_0621.jpg

12角の石の割とすぐ近く。

正直、これを見たときのがっかり感ったりゃありゃしない。

確かにこんな石をわざわざ石壁に使用するって言う技術は、当時からしてみたら驚くべきものなのかもしれないけれど、実際問題見ただけで、その凄さがなかなか伝わらない。




感動が伝わらないので、市場へ。市場の屋台の料金表。
ペルーでよくよく食べられる肉と野菜炒めもの ロモサルタードが7.5ソル(230円ぐらい)
正直これなら吉野家に行きたいところ。
DSC_0609.jpg


トマト。とめぃとぉ。
DSC_0616.jpg


市場で売られる牛 ドナドナ。
DSC_0617_20110324052257.jpg

インディヘナのおばちゃん、雨のクスコをゆく。ちぃさんぽ。
DSC_0637.jpg


今日も雑でごめんなさい。
CUSCO2.jpg

地震の事とマチュピチュ

2011年03月13日 14:08

今すぐにでも被災地に行って、現在避難してる方々の生活を全力で助けたい気持ちで山々だけど、

残念ながら太平洋を隔てて、南米にいる僕には、何も出来ないので、まず出来ることという事で、

募金させて頂きたいと思います。

http://sites.google.com/site/quake20110311jp/bokin

東京では、被災地に電気を送るために節電を!という事で皆さん協力されてるようですが、

こんなHPを見つけました。
ちょっと感動しました。
http://setsuden.tumblr.com


そして、海外からのメッセージという事でこんな企画もあるみたいです。
最近移動が慌ただしく、なかなか難しそうですが、たまたまスケッチブックを持っていたりもするので、
出来れば協力したいと考えています。


http://ameblo.jp/prayforjapan


なにしろ馴染みのある場所が被害にあっているので、本当に気が気でありません。

そして、あまりに出来る事が少ないので本当に気が気ではありません。



それにしても日本という国は本当に強くて、素敵な国だと思います。

日本という国、そして日本国民が。

他の国で大地震があった際に、秩序が崩壊して、窃盗、放火、強姦などがおきるというニュースを
よく聞くけれど、日本では誰もが当然苦しい状況なのに、協力し合って、秩序を守っていることだけでも、
実は本当に凄い事だと思います。

それだけで、日本人は自信を持っていいはず。

そしてこの地震と一番うまくやってけるのも日本のはず。





しばらく、ブログの更新が途絶えますが、僕は多分元気です。



ということで、マチュピチュです。この画像、どっかで使って頂いて構いません。
machupivhu4-4.jpg




マチュピチュに優しく行く方法と優しくなく行く方法

2011年03月11日 10:35

日本人の誰もが一度は



行きたい



って思ってると思われるのかの有名なマチュピチュ。






もう語りつくされてしまった感があり、調べれば、調べるほどほいほいと情報なんて


湧き出てくるだろうから、もう之に関しては簡潔に進めていこうか


あるいは、こんな遺跡きっと誰も知らないだろうみたいな体で行くかもしれません。



結局のところどっちつかず。






はじめに、優しい行き方。

まずここにアクセス。

JTB

日程および予算を選択したら、あとは野となれ山となれ。

日本語の喋れる添乗員さんがきっと至れり尽くせりで何でもしてくれます。

そして、何にも考えなくてもほっといたらマチュピチュに到着。

なんて楽な事なんでしょう。


以上です。最低予算40万円~





安いけど、優しくないマチュピチュへの行き方




まずは日本からペルーの首都リマに辿り着かんとあきません。


なので、こちらのサイトで日本-リマ間の格安航空券を探してみる。

スカイスキャナー


多分、安ければ往復で13万円ぐらいであるんじゃないかな。


まぁ、とにかくリマに到着。


リマに辿り着いたら、次はクスコに行かなくちゃいけない。


ってことで、リマのバス会社にタクシーでゴー。約300円。


多分、お昼過ぎのバスがあるだろうから、それでクスコへゴー。 約3000円。



クスコに辿り着いたとして、早速マチュピチュへ。

ちなみにバスターミナルに到着すると客引きが寄ってくるので、

宿の心配は無いと思います。





いよいよクスコからマチュピチュへ。



本当ならここで電車で行っちゃうという選択肢もあるんだけれど、

そうするとちょっと高くなるし、この記事が成立しなくなるので、それはあえて書かず。





まずクスコの街をとにもかくにも早朝7時前ぐらいに出発して、

タクシーの運転手を捕まえて、

「サンタマリア行きのコレクティーボが出るターミナル連れてってくれ」と言い放つと

きっと連れてってくれます。(150円ぐらい)



とりあえずターミナルに辿り着くと、そこにサンタマリア行きのコレクティーボがあるはずだから、

それに乗って、サンタマリアに行きます。(1000円ぐらい)



なんと、その日朝食を摂っていなくても、もしかしたらドライバーが気を利かせて

ちょっと朝食のために時間を割いてくれるかもしれない。
DSC_0313.jpg



4時間だか5時間だかコレクティーボ(ミニバス)に揺られまくると、サンタマリアに到着。


そして、次はサンタテレサへ。(約300円)

2時間ぐらいかな。相変わらずがんがん揺られて下手すると酔うかも。




そして、サンタテレサに到着してもまだまだ休んじゃいけません。

そこから次に向かうのは水力発電所(HIDRO)までタクシー拾って向かいます。(100円)


そこまでの道のりは川沿いを走りますが、運がいいと自然が作り出すこんな迫力ある

景色を目の当たりに出来ます。
DSC_0325_20110309110058.jpg


で、水力発電所というかマチュピチュの鉄道の入り口みたいなところに辿り着きます。




そこからは何も考えないで、永遠に歩くのみです。

たまに電車がやってきますが轢かれないように、くれぐれも気をつけてください。
DSC_0343.jpg



そして、何気に疲労困憊になります。
DSC_0353.jpg



と、いうことで2時間だか3時間だか歩くとマチュピチュ村到着。


マチュピチュ村ってのはマチュピチュがそびえる山の麓にあって、

まるで日本の温泉地のような雰囲気を醸し出してます。


もっと大切にしてあげてもいいような気もします。
DSC_0358.jpg



マチュピチュ村からマチュピチュへは1日中ひっきりなしに、シャトルバスが行ったりきたりしてるし、

歩いてもいけますが、恐らく相当しんどいです。(700円)



雑でごめんなさい。

チチカカ湖と食パン

2011年03月10日 11:58

チチカカ湖:航行可能な湖では世界一標高の高い湖


世界中の世界一をとりあえず抑えておきたい僕としては、とりあえず行っておきたかった湖。


プーノから日帰りでも1泊でも島巡りが出来る。


本当は、どこか島に泊まってのんびりしようかなんて考えていたんだけれど、

長らく滞在したボリビアを折角出国したというのに、プーノというのは、対岸にまだボリビアが

あったりして、そのボリビアの束縛から逃れたくなって、日帰りツアーに参加。

正直、理由が解せなすぎる。



簡潔に言うと、テンションの低下






とにもかくにも30ソル(900円)ぐらいの日本だったら有り得ない格安なお金を払って、

日帰りツアーに行ってきた。

プーノを出発して、船はまったりゆっくりと僕を睡眠に誘うかのように進む。

そして、チチカカ湖の景色なんかどうでもよくなって完全に夢の中にいるときに、

早々に島到着。



ウロス島

まず猫。
DSC_0156.jpg


で、家。
isladelosuros.jpg



このようなミニチュアな島がウロス島。人造の島で、トトラと呼ばれる葦を積み合わせて作られてる。
ほっとくと沈んでいくから、毎シーズンのメンテナンスが重要なそうな。
DSC_0177.jpg

そして、ウロス島っていうのはひとつの島ではなくて、いくつもの集落がいくつもの島を作って成立している浮島で、40ほどあるそうな。

で、最初に辿り着いた島から、違う島へと移動する際に追加料金を支払うと、こんなレゴかなんかでオプションでついてきそうな危うい船に乗れちゃう。僕は文明の利器を信じて、元々乗ってきたボートに乗った。
DSC_0176.jpg



そしてウロス島での短くも薄い淡白な観光を終えると、ボートは標高4000メートルにもなろうかという湖の上をやや冷たい風を切りまくること3時間。

タキーレ島(Isla Taquile)

人口1600人の島。



大変素朴。

味付けが塩しかされていない素パスタのような素朴さ。




素朴なんだけど、残念ながらそこにはツアーというしがらみが縛りつき、まとわりつく。


下船して、とりあえず有無を言わせず島の中心に続いている一本道を歩かされる。


歩かされて、その道の両脇のところどころに点在するこれまた素朴な現地のお土産売りのかたがたを

颯爽にスルーして、一見のお家に辿り着く。



そして、そこに用意されたチェアーに全員が着席すると、

自動的にその一家による極めてやる気のないダンスが開始される。
DSC_0197.jpg

もう茶番としか言いようのないダンス。

そしてデジャブがやってくる。

そうだ、もう本当に2年近く前の話になるけど2009年5月に中国の貴陽からアジア最大の黄果樹大瀑布に行ったときだ。
そんときの記事

そのときも少数民族が勝手に目の前で踊って、いかんせんやる気がなかった。





少数民族の方々に、無理やり躍らせるのとか止めようぜ。って思う。

そのやる気のなさがひしひしと伝わってきて、こっちとしてもひしひしと、

搾取する側とされる側の構図みたいなのが勝手に想像されて、

資本主義に嫌気が差してくるので。





そして、ダンスの後には食事が用意されてるんだけど、それは有料




丸一日のツアーで、食事が有料というのもどうかと思うけど、

僕は食事が有料でしかも割と高いということも知っていたので、

大量のバナナを買い込んできたから、

ガイドに「俺、飯いらないんだけど、もっと自由に動きたいんだけど・・・」

と果敢にも申し出ると、

「じゃあ、スクエアで待っててくれ」との事。


ちょっと待ってスクエアってどこだ?とは思ったし、

如何せん不親切で場所の説明も地図も無かったから、

不安ではあったんだけど、とりあえずツアーメンバーたちを全員置き去りにして、

僕は一人、その家を離れてそのスクエアへと向かった。





そのガイドの不親切さに本当はもっと文句を言いたかったところなんだけど、

如何せん狭い島で、スクエアは簡単に見つかってしまった。

ツアーから解き放たれた僕は、タキーレ島の素朴さを存分に楽しむ。
DSC_0200.jpg

そして、カラフル。こんな格好をして、日本を歩いていたら浮きまくる事間違いなし。
DSC_0193.jpg


日本では浮きまくること、間違いないのに、この島では完全にデファクトスタンダード。
DSC_0225-1.jpg

島のおじさんたち。
DSC_0243.jpg




そして、シュール。
DSC_0236.jpg

いかんせん、シュールすぎる。この子はいつまで1枚の食パンを持ってほっつきあるってるんだ。
DSC_0239.jpg

もうこの子に僕は魅了されてしまって、というかあまりにその食パンの重さに打ちひしがれてしまう。

彼女は、いつまで経っても食パンを食べもしないし、とにかくずっと食パンを手に持って、

その辺をうろちょろしてるだけなんだ。




そして、しまいにはその食パンを地面に落としてしまう。








泣きそうになった。





切な過ぎる。







切な過ぎるので僕はその場所を後にして、勝手に村を歩く。ほとんどがツアーで移動制限されてるだけに、この行き先が気になる。
taquire6.jpg

気になって扉の先に行ってみたら、大して何もなく、

僕は再びツアーに合流すると、早々と帰りのボートが待つ島の反対側へと歩かされる。


おいおい、食事した人たち全然島でのんびり出来ないじゃないか。


とか思ったけど、ツアーが当たり前の人たちにとってそんなことはお茶の子さいさいらしくて、

特に何の文句もなく、とにもかくにも帰路へ。

おみやげ一覧。
DSC_0275_20110308095123.jpg


そんなチチカカ湖島巡りツアー。
taquire.jpg


一泊したりしたら、もっと色んな思い出作れたんだろうけど、僕にはこれで十分。

なにしろこの島の雰囲気、日本の離島とか海岸沿いの段々畑とかのある地域にもどこか似たところがあって、

ま、先住民の皆さんに日本でお目にかかるのはなかなか難しいけれども

やっぱり日本っていうのは島国なんだなっていうのを改めて思い返したりもした。
























うまれてはじめてペルーにきました

2011年03月08日 11:30

コパカバーナをわずかに1泊のみの滞在とし、

次に目指すはプーノ。





いよいよペルー。




コパカバーナからプーノまでは、いくらでも腐るほどバスが走っていて、

適当な旅行会社で25Bs(600円)で購入した。


コパカバーナを13時に出発したバスは、出てまもなくボリビア-ペルー国境に辿り着く。


この国境では、警察に貴重品チェックされて現金抜かれるとかって可愛らしくない所業が

たまにあるらしいけど、警察に声も掛けられず。



そういえば、親子で国境越えしてる日本人の3人家族がいた。

こういう人たちを見ると日本という現実が近づいた気がする。




ペルー入国したものの車窓の変化は特に無く、チチカカ湖沿いをバスは走り続ける。

標高が高いせいか、青空も湖もより青くより濃く見える。


自転車で走っていたら、途中下車して、じっくり写真取れるんだけどなぁ。

彼はここを走ったのか・・。ちょっと羨ましいななんて

ウユニ以来何日間かずっと一緒にいたチャリダー2人けんくんとかずくんに思いを馳せる。

2人のブログはこちら。
Border Cycle Diaries
Road to World Trip“自転車”世界一周踏闘記

彼らは今頃パタゴニア激走中のはず。

僕もパタゴニアを自転車で走りたい。もし地球の時間が3ヶ月ぐらいぴたりと止まったら僕はひっそりとパタゴニアを誰かの自転車をこっそりと拝借して、走りに行って、戻ってきて、ひっそりと返そうと思います。


とにかくそういうことで、プーノに到着。


プーノでは、「Manco Capac Inn」なる宿を色んな人に薦められていたので、

大人しくそこに行こうと思って、バスターミナルをとりあえずうろつく。


すると、「俺がManco Capac Innのスタッフ」だと名乗る親父がやってきて、

「はぁ、そうですか。じゃあ、サービス無いんですか?」って聞いてみると、

「それは自腹で行ってくれ、一緒に行くよ」といわれて、

なんとも怪しかったし、タクシーで移動してる間ずっと「ツアーはいかがですか?」

みたいな話になって「はぁ、はぁ」と聞き流していたら、宿に到着。




そして、「Manco Capac Inn」に到着して、タクシー代を払って、チェックインを済ませて、


レセプションの台にでかでかと書いてある注意書きみたいな日本語を読んでみると、

「ここのスタッフだと名乗って、ツアー勧誘してくる人いるけど、気をつけて」



やれやれ。

このおっさんのことじゃないか。



このおじさんの時間が浪費されてしまう事に多少の自責の念を感じつつも、

仕方なく、僕はこのおっさんを冷たくあしらい、プーノの町へと出かけてみた。




そして、どういうわけかプーノの写真が1枚も無い事に今気づく。



プーノという町は所詮、そういう町だったという事で、

僕は翌朝チチカカ湖に浮かぶ島に行くツアーへと出かけた。

プーノ宿情報:

Manco capac Inn 住所:Jr. Tacna N277 Puno 料金:15ソル Wifiあり。
ホットシャワーは、お湯を出しっぱなしにしとけばそのうち出る。





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