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I am a superstar!

2010年04月29日 17:46



アジスアベバを出て、どこに向かったんだか3週間も前の出来事になってしまって忘れかけてて、

必死に思い出したところシャシャマネに向かったんだという事を思い出した。


シャシャマネという町には、近くにラスタファリズムの聖地ラスタビレッジがあるらしいんだけど、

そこは治安が悪い上に、ただ皆が仲良くマリファナを吸ってラスタファリズムを信仰しているという、

救い難い場所のようなので行くのはやめた。

僕とボブマーリーに関しては、思い出す限り何にも関連性がない。


というか、相変わらずビザの期限が迫ってた。



そこでは、一緒にいた子が7年ぶりの感動的な再会を果たし、

それを傍目に世界ウルルン滞在記 再会スペシャルを見るかのような極めて客観的な視点から

拝見させて頂いた。


一期一会だったはずの出会いが7年経って再会によって違う形に変わる瞬間というのは、

白紙に鉛筆で何かを書いて、消しゴムで消すとちょっとだけ後が残って、その後をたどってまた鉛筆で

書いて消しゴムで消して、前とはちょっとだけ違って、少しだけ濃い後が残ったみたいな。


とりあえず写真が何一つ残っていなかったんで、シャシャマネはこの辺でわずか一泊だけで

翌朝、いつもどおり4時に起きてアルバミンチへと向かった。








エチオピアの名も知れない各村々は、外国人に対して恐ろしくピュア。


バスが休憩なのか故障なのか知らないけど、停車しているとそのわずかな間に、

わらわらわらと村中から人が群がってくる。

こんなに閑散とした村のどこにそんなに人いたんだ?ってくらいに群がってくる。

平日の昼間に、学校も行かず、仕事もせず、何をしてたんだ?ってくらいに群がってくる。


何の告知もなしに、外国人が来たからと100人くらいがものの10分くらいに群がる。

そのときは、日本人5人くらいで移動していて彼らにとっては衝撃的に珍しいことなのかもしれないけど、

こっちとしても、ただただいきなり止まったその村で人がそんなに集まってくるのは衝撃的。
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彼らは、物乞いをする事も無く、



なんとなく「ペン、ペン」って言ってるのは聞こえてきたような気はしたけど、



一眼レフを振り回して写真を撮ってると、興味津々で撮られてくれて面白かった。

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そうこうして、アルバミンチ到着。



南部は人がうっとおしいという話を聞いたし、バスを降りて子供が着いて来て何かをねだってような気もしたんだけど、

この旅を通して、余りにそういう物乞いに慣れすぎてしまったせいか何とも感じなくなってしまった。


これが日本から飛んですぐだったら、「うっとおしーな。遠く遠くに吹っ飛ばしてやろうか?」という

あるまじき感情を抱いたんだろうけど、物乞いっぷりが生易しいと物足りなくて、むしろこっちから絡んでしまうようになってしまった。

子供「お金ちょうだい」

僕「お金ならいくらでもあるけど、あげない」

子供「お金ちょうだい」

僕「どうして」

子供「いいからお金ちょうだい」

僕「だから、どうしてかあげなきゃいけないか教えてよ」

子供「これからマーケットに行って、買い物するからお金ちょうだい」

僕「何の因果があって、見ず知らずの君らにお金を上げなきゃいけないのか教えてくれ」

子供「お金ちょうだい・・・・」

僕「5ブルくれたら、2ブルあげる。」


こんな他愛も無い会話をしてると、向こうは諦めて去ってしまう。

エチオピア人は、この辺の諦めのよさが何とも可愛らしいわけだけど、油断をしてるとバスに置いておいたかばんをナイフで

切り裂かれてしまうので要注意。
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(エチオピア)最貧国の首都

2010年04月28日 17:40


開発発展途上国エチオピアの首都アジスアベバ。

ネパール、スーダン次いで三カ国目の最貧国の首都。

こういう国の首都は、そういう国なりに不完全さをしっかりと備えていて、

水はけがやたらと悪かったり、道路がぐずぐずだったり、抜け目がない。

そして、たまーに首都らしく近代的なビルなんかが建っている。

アジスアベバには、アフリカ大陸の53カ国が参加するアフリカ連合の本部がある。

中に進入しようと堂々と試みたんだけど、


「アポイントメントはあるの?」あるわけないし。

「ただの観光なのです。」

「ソフィアには連絡したの?」だれじゃ?

「連絡してません。誰ですか?」

「待って、ちょっとれんれくしてみるわ。・・・・やっぱりいないわ。明日出直して。」

ということで、文字通り門前払いを食らった。
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アジスアベバにいる間中、高山病なのか下痢なのか分からないけど、腹の調子が悪くて、

せっかくわずかに20円の生ビールもそんなに飲む事が出来なくて、

これに関しては、このたびベスト3に入るくらい残念な止むに止まれぬ事情だったと思う。

何しろ、20円で冷えひえのちょっと薄めのドラフトビールが飲めるって言うのに体の事情で飲めないんだから、

それはもう映画を観に行って、前の人の背が高すぎて画面の下のほうがずーーっと見えないくらいに残念だったと思う。



料理が常に独特で、冒険し続けなければいけない国エチオピアでアジスアベバには、たくさんのほっとするメニューがあった。

サラダとかモカコーヒーとかフレッシュジュースとか、サイドメニューにこそエチオピアの真価が発揮されていた。


それとともに、再びものすごく残念な事に出会ったわけで、どうしてもと言われて中華料理屋へと皆で足を運んだ。


そこで頼んだチンジャオロースのはずの食べ物や、焼きそばのはずの食べ物は、何故かピンク色に施され、

見た目からして食欲をそそらず、味も当然想像通り、中華とは思えない不可思議な味付けだった。
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食後に中国人のオーナーだかマネージャーと思しき男が、僕らに料理の感想を聞いてきた。

あまりに残念な味だったので、「So so」とだけ答え、それにしても本国とはかけ離れた中華なので、

事の真相を伺おうと、質問をしてみた。

「中国には行った事あるのか?」

「いいや、ない。」

「どこで生まれたの?」

「ナイロビ」

これで全部分かった。


彼は、中国人の仮面をかぶったアフリカ人で中華料理が何たるかを知らず見よう見真似でこの得体の知れない料理が作り出されていると言う事。



世界中の中国人が、自分たちのコミュニティをその場所で作り出し、本格中華を作り出していると思ったんだけれどな。




それと、エチオピアには銭湯があって、日本みたいに公衆浴場ではなく、各々が個室になっており、ファミリー風呂形式、45分一本勝負。

風呂には1stから4thまでグレードが分かれていて、1stといえどもわずかに18ブル(120円)くらいなので迷わず1stのチケットを買う。

そして中に入場すると、待合室らしき場所でたくさんの人が本も雑誌も読まず、ただぼーっと何もせず待っている。


あまりにたくさんの人が待っているので、係りの人にどれくらいかかるのか聞くと、1時間くらいという。

そして、目の前で待っていた親父に聞くと5分いう。

5分待てども、1時間待てども順番は来ず、昼飯を食べて戻ってきても、まだ順番は来ず、結局トータル4時間待ち。

空の浴槽に勝手に自分で適温のお湯を入れて、勝手に気持ちの良い温度で一人きりで浸かる事が出来るので、

大変快感ではあるのですが、日本で誰が4時間も待ってこんなただの風呂に入るのでしょうか?

時間に対する考え方の違いを思い知らされる。




エチオピアで撮った写真を見て思い出せる限りのエピソード。


そして、4泊ほど宿泊してたBaro Hotelはホットシャワーが出て、スタッフも親切でいい宿だったんだけど、

部屋の電気があまりに暗すぎて、洗面所の明るい電球と取り替えようとして、

はめたらバチっという音と火花と共に、スイッチあたりから煙が沸いてきてびびった

電球が死んだと思いきや、そっちのほうが生きてきて、スイッチがショートしてたらしい。



今、思い出したエピソード。

チャリ>バス

2010年04月26日 17:11



ラリベラからアジスアベバまでの一泊二日の行程は、今のところ、アフリカ縦断史上一番辛かった。



今までが楽すぎたってのもあるんだけど。




イースターを控えているせいか、エチオピア人はやたらといろんな物を首都へと持ち込みたがっている。


色んな物というか、主に生きた鶏なんだけど。



北部の敬虔なエチオピア正教会信者の彼らは、白い装束を身にまとっている。

その布が綺麗ならば、彼らの敬虔さもいっそう際立つんだろうけど、

白いせいで長いこと洗っていないだろう汚れが目立ち、そんなやつが隣の座席に座る。


割と臭い。


服を伝って、ダニや南京虫が移動してくるんじゃないかという恐れさえある。


そして、バス車内で野放しにされたにわとりは客席を歩き回り、たまに鳴き、



それと彼らが持ち込んだ穀物の袋の匂いとかで、車内はカオス。
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バスに乗るときは、よっかかるための枕代わりにいつも窓側を強奪するわけだけど、


席に座って窓側にもたれると、そこは硬い硬い鉄の枠。



エチオピアの山道を越えていく道のりで車は左右に揺れる。





おかげさまで、頭をがんがんとその枠にぶつけて、眠りを妨げられる。




臭さと居心地の悪さと座席の狭さに苦しめながら、バスは休むことなく朝の5時からずーっと移動し続けて、

12時の昼食休憩の後なんか、とろとろとろとろといつ着くのか、いつ止まるのかも分からないまま

何時間も進み続けた。日が暮れても進み続ける。



暗くなっても、ライトをつけないもんだから、このまま真っ暗な中走り続けるのかとちょっと危機を感じたけど、


ライトくらいはこのぼろバスにもついていた。





そうこうして20時くらいにバスはようやくストップし、得たいの知れない町の宿に横付け。



疲労困憊の状態で、そのままベッドにもぐりこんだ。



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あーしなさいとかこーしなさいとかもううんざりだよ

2010年04月23日 21:21

ラリベラで教会を見に行った後、あえて帰り道を反れて


現地の人々が住んでいる集落に行ってみた。



そこでは、本当にウルルン紀行のロケ地になりそうな昔からずっと同じ生活を営んでいる


場所で、ありとあらゆる事が手作業で行われて、文明が入ってくるのを一切拒んでいるようだった。


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子供たちも、外国人を見るのがやたらめったら珍しいのか、すぐに6人も7人も群がってきて、

カメラを見せると、かわいらしい表情で応えてくれる。

なんてことないのにやたらと楽しそう。

カメラを覗き込む子供達。
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彼らは、ゲームとかとは程遠いところにいて日本の子供が望むものなんて何一つ手に入らないんだろうけど、
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それなりに幸せそう。
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まぁ、そういうことなんだな。




で、翌日ラリベラで大きなマーケットが開催されていた。
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ここも随分と規模は大きかったんだけれど、売ってるものは基本原材料。


豆とか粉とか果物とか、あとたまに衣類なんかも売ってた。


そして、面白いのは家畜がそのまま売ってる。その場で牛買える。

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廃タイヤを利用したサンダルというアイデア商品なんかも売ってた。
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見た目も悪いし、履き心地も良くないだろうけど、その何かを作り出すという事がここエチオピアにおいては、


驚異だなと関心させられる。


このサンダルを履いて歩いている人を見たことはないけど。



ラリベラで泊まった宿はKedemt Hotel。

家族経営の小規模な宿で、朝起きて部屋を出ると、その敷地内でにわとり達が朝6時前から

迷惑にも朝を知らせる合図をしきりに送ってくれ、

宿の人は、昨日のゴミで焚き火して、その火でお湯を沸かし、そのお湯でコーヒーを入れて、

たらいで洗濯をして、そういうのが全部終わったら、あとは何もせずぼけーっとしてるような

のどかな宿だった。




ラリベラを出発する晩に、彼らと記念写真。


日本食の作り方を教えてくれという。


ただ、ラリベラには砂糖と塩はあるかもしれないけど、醤油も酢も味噌もない。



この町で日本食を作るのは至難の業。



一緒にいたA太郎氏がなぜかチャーハンの作り方を教えていた。




そこのおばあちゃんにシリアで買ったキッコーマンの醤油を一舐めさせてあげたんだけど、




舐めた瞬間、渋い顔をして、こっそりとつばとともに醤油を吐き出していた。







未知との遭遇は往々にしてこんなもんだと思う。







翌朝、そこのオーナーのおじいちゃんが一緒に旅立つというので早朝5時に宿を出て、


バックパックを背負って、長い長い坂を真っ暗闇の中下って、この素敵なラリベラを出発した。









ラリベラや ああラリベラや ラリベラや

2010年04月20日 21:16


ラリベラは、エチオピア正教会の聖地らしい。




何にも期待してなかったし、何にも知らなかった。





そして久々に高山病にかかった。



僕は油断すると簡単に高山病にかかるらしい。


この旅に出て高山病との付き合い方も心得て来たわけだけど、


標高2600メートルでかかるってのは、どうにも腑に落ちない。


高山病じゃなくて、ただの下痢かなとも思ったんだけど、


高山病になった時の胃から来る独特の匂いってのがあって、それでいつも判別してる。



高山病は置いておいて、ラリベラの町人ってのはやけに感じが良い。



町を歩いていると、いろんな人から


「Welcome to Lalibela」と声をかけられる。


そして子供達からは「You,You」と相変わらず声をかけられる。



とにかくえらく気持ちの良い町。





この町に何があるかっていうと、12世紀から13世紀にかけて作られた岩を掘りぬいて作られた教会群。



何気に世界遺産。




遺跡の数がやけに少ないアフリカにとって、このラリベラの岩窟教会群はかなりのハイライト。




ハイライトだけに、入場料も300ブル(約2100円)と馬鹿に高い。





入場券を買うときに、ガイドが頼むのが当然かのように後ろで待っている。


そして「いらない」という。

ガイドは、「なんでいらないんだ?」と聞く。


「ガイドブックがあるし、ガイド代高いよ」と答える。


ガイドは、「ヨーロピアンは、いつもガイドを頼むのが当然なのに、なんで日本人はいつもガイドを雇わないんだ」と問う。


「お前は、日本語がしゃべれるのか?日本語でガイドしてくれるなら雇ってあげるよ。」と英語で答える。


ガイドは黙る。



確かにガイドがついていると、その遺跡に関する知識をじっくりと深められるわけだけど、

日本人バックパッカーって基本的にそんなもの使ってない気がする。おかげで知識も深まらない。

ケチるとこではないと思うんだけどね。知ったところで、どうしようもない知識もたくさんあるわけで。



そういうことで、ガイドブックの地図を頼りに教会めぐり。



初っ端の教会には立派な覆いがされていて、これがこの町で一番近代的な建造物らしい。



おそらく外国の援助で建てられたと思われる。
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教会自体は随分と深く深く地中深く掘り下げられて、立派な建物が出来上がっており、

今でもその教会達は、エチオピア正教会の信者達に普通に使われていた。


教会の中はライトなんかなくて、真っ暗。



その中でこげ茶肌のエチオピア人がなにやら儀式をしている。




キリスト教の儀式で、一応厳か。



ただやっぱり何か違う。



厳かさなんだけど、その行為を行ってるのがエチオピア人となると


チベットの僧侶の格好をした白人みたいで、変な違和感をちょこっとだけ感じた。


ただ場所が石の中の暗い場所なので、エチオピア人にぴったりだな。
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そして、これがエチオピア名物St.George教会。
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教会の形が十字架。



十字架の教会越しに見るこの景色は壮大で、石彫りでよくもこんな綺麗な形のものを

作ったもんだと関心。


ところが、それ以来この国には遺跡なんてほとんど残されてなくて、7,800年の間何していたんだろ?


と不思議にも思ったりもして。



インドで行ったアジャンター、エローラもこんな感じの岩窟遺跡で、よっぽど規模はインドの方が大きいけれど、

ラリベラのこの遺跡群は、なにしろアフリカにあるってのが重要で、アフリカにこんなに特異な遺跡が、

彼らの文明によってのみ造られたという事実は、ある意味エチオピア人の誇りなんだと思う。
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全部石彫り。
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(エチオピア)だまされた?

2010年04月18日 17:46


だまされたくさい。



だまされたのかどうかも良くわからないけど。



バハルダールから聖地ラリベラへのバスを調達したわけだけど、

あるエチオピア人は、「もうすぐイースターだから、バスがいっぱいだ。前日に買ったほうがベターだ」と言う。

エチオピアのバスってのは、予約不可能で4時とかに起きて5時のバスターミナル開門とともに買いに行くってのを聞いていた。

だから、事前に予約を進められるのをおかしいとは思っていた。


とはいえ、買ってしまった。


この野球帽をかぶって、いかにも何も考えずにその日暮らしをしてるんじゃないかって、この野郎は、
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バハルダールにいる間中、適当に僕らに親切にし、出発日にはわざわざ早いからと

早朝5時にホテルまで起こしにきた。そこまでは忠犬ハチ公だったんだけれど、


まだ日も昇らない真っ暗な街中を眠気とバックパックと共に彼に連れられ、バス停まで行き、

これがラリベラ行きだというバスに乗り込んだ。そして、彼とはさよならした。


すでに乗客が数名居て、ほかの人達もこれがラリベラなんだと言っていた。


僕らは、彼から買ったチケットを持って待っていた。

ところが、一向にバスが埋まる気配もない。






そして、彼が戻ってきた。







彼は、なぜか現金を僕らに渡す。








渡された額は、259ブル。



中途半端すぎね?





そして、残りの額はこっちでバス会社に払ったから、ラリベラについてからこれを払えと言う。









どうもおかしい。

なんで258ブルなのか。

なぜ彼は102ブルという中途半端な額を払うのか。

早朝過ぎて、考えがそこまでしか及ばなかったわけだけど、彼が去ってもしばし考える。

僕らは3人。258ブルは3で割れる。

一人86ブル。


チケットを買ったのに、あとから現金を払うなんて聞いたことない。

バスの車内に正規のラリベラ行きの値段を知ってる人を探したけど、どうやらいない。

そして、バスの外に出て聞いてみると、86ブルと言われる。



86ブル?



返された額じゃねーか。



残額は何なんだ?


一人31ブルは何でもないじゃないか。




あいつは僕らから31ブルずつを掠め取ったらしいことがどうやら濃厚になってきた。



バスターミナルの前にある旅行会社に行くと奴は折らず、事情を話すんだけど彼が居ないと分からないみたいな事を言われる。


バスの発車時刻は迫っていた。


はずなんだけど、バスに戻ってみると数名居たはずの乗客が誰も居ない。




なんだこれ?



近くの人に聞いてみると、「乗客が少ないのでラリベラ行きはキャンセルになった。


ラリベラに行きたいならGashenaというところまで行って、そこからバスに乗りなさい」とのこと。


ますます買ったチケットが無駄になった。



しかもチケットはカーボン紙の一枚目じゃなくて2枚目に書かれていて、チケットとして成立していないらしい。



この小さい町で奴を再び見つけるのは容易だったんだろうけど、Gashena行きのバスが間もなく出発するらしく、

泣き寝入りという形で、大変悔しいんだけれども、31ブル(207円)というはした金を、

無駄に失ってしまった。



って話。


エチオピアにどこでもあるけど、このフレッシュマンゴージュース(35円)激うまです。
奥に見えるのは、アボガド&マンゴのミックスジュース
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ゴンダールのスタバ。どこからどーみてもにせもの。
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そこからGashenaまで、野を越え、山越え、7,8時間くらいで到着。

そこから一気にラリベラに行きたかったんだけど、今日はもうバスがないと言われる。


地元エチオピア人も同様にそこで石に座って待っている。

彼らと共に、一向にくる気配のない車を待ち続け、2台ほどに断られる。


そんな中、この田舎町でもいちいち子供や大人が群がってくる。

平日の午後なのに、彼らはとことん暇らしい。

カメラを向けると、逃げ回ったり、動画に驚き騒いだりとこのピュアさが楽しい。
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彼らは僕と常に一定の距離を置きたがる。

それでも興味はあるらしく、常に群がってくる。

一緒に居たA太郎氏は、突如「わぁー」と驚かすわけだけど、

そうすると彼らは、本気で驚いて、全力で逃げていく。

そして、また群がってくる。
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そんな純粋無垢な子供たちは、この後まともな教育を受けられるんだろーか。



そして、2時間ほどで、欧米人を乗せたハイエースがその町に現れ、

言い値100ブルから何とか50ブルまで下げさせて、小雨の降り敷きるラリベラへと到着。



標高が高いせいか息苦しい。







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