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とりあえず世界の半分見終わった

2010年01月21日 10:14

地球の歩き方によると世界の半分は、一日半あればなんとか回れるそうです。


そうなると、僕がこの8ヶ月掛けて来て見てきたのはなんだったのでしょうか。




そんな屁理屈は置いといて、翌日も同室の4人でイスラム芸術の集大成といわれる

マスジェデ・エマームへと向かった。



26年もの歳月を要して17世紀に作られたイスラム芸術と寺院建築を極めた建造物 マスジェデ・エマーム。



前日は、大統領の演説のせいで入場出来なかったので、本日入場とあいなりました。




エスファハーンが世界の半分というのは、正直言いすぎ感たっぷりですが、

このマスジェデ・エマームの美しさは感動的でした。

入場して、すぐに迫力あるこの佇まい。
IMG_0107.jpg

実物は、もっともっと綺麗なんだけど、とにかく美しい青のタイルで構成された芸術的な天井。
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外から光が射し込み、光のラインがはっきりと見えた。
中国からずっと旅してて、カメラを持ってこなかったダイスケさんが、この時ばかりは「カメラが欲しい」と嘆いてた。
IMG_0113.jpg


素直に 「なんて美しいんだろう」 と建造物を見て思ったのはいつ以来かな。
期待してなかった分、感動出来たのかもしれない。
IMG_0115.jpg



荷物を無くして、エスファハーンのイラン人に腹が立って、
それでも、こうしてこんなにも美しい建物を見れて、エスファハーンに来れて良かったのかな。






その後は、バザールで取り急ぎ必要なものということで、タオル、歯ブラシ、歯磨き粉、シャンプーを購入。

これでようやく一泊二日程度には耐えられる装備には、なったかな。


エスファハーンのイラン人は、シーラーズと違って随分と幼稚な感じ。
日本人見ると、珍しがってからかってきたり、その絡み方が幼い。

なんで、同じ国でこんなに人が違うんだろってくらいに違った。




夜に再び、スィー・オ・セ橋へ。




ライトアップされた橋は、昼間とは全然違う一面を見せてくれた。
IMG_0128.jpg


という事で、苦い思い出のエスファハーンだったけど、美しさだけは約束できます。



翌日は、警察に行って、書類を取りに行き、そのまま電車でヤズドへと向かった。






バックパックを盗まれて、それでも観光。

2010年01月20日 01:12

バックパックを盗まれて、サブザックだけの超軽装のままHotel Amir Cabirに行くと、


成都以来の再会があった。それも二人。1人は、6月に会って以来だから6ヶ月ぶりかな。

もう1人は、成都で8月に会って、コルカタで10月に会って、二度目の再会。

同室に、エミレーツ航空の韓国人のスッチーもいた。当然英語ぺらぺら。


みんな西に向かってる上に、安宿なんて限られてるから、こうして出会う事もあるのでしょう。



何もかも失った状況で、日本人に出会えたのは幸運だったのかな。



その日、イランの大統領がエマーム広場で演説をするとかで、とりあえず一緒にその場所へ向かった。


荷物に国際キャッシュカードが一枚入っていたんだけど、大して使ってないし、

そもそもイランではATMでVISAじゃ、お金下ろせないんで、すぐに使われないだろと楽観しして、いきなり観光。


心の中では、カバンに入っていたものを思い返すたびに凹んでは立ち直りの繰り返し。



エマーム広場では、すでに大勢のイラン人達が広場を埋め尽くしていて、

厳重な荷物チェックを受けて、演説の会場へと向かう。





さすが、イスラム。ってことで会場は、広い広場にもかかわらず男女がくっきり分けられていて、

こっちから女達の歓声がたまに聞こえるばかり。


そして、こっちの男エリアでは、アジア人が珍しいのか、一緒に1人いた日本人が少々奇抜な格好をしていたせいか、

頭の悪そうなイラン人の若者達に囲まれる。



そして、やいのやいのと質問攻め、写真攻め、いじられ攻めに会い、シーラーズで好きになりかけたイラン人が、

いきなりうっとおしくなる。


もはやインド人と同じクオリティですよ。彼ら。所詮はアーリア人なんですか?



もうガキどもが、絶えず覚えたての英語で「英語しゃべれるのか?」とか「どこから来たんだ?」とか、

ずっと話しかけてきて、とにかくうっとおしいので、ほぼ無視してとりあえず演説を眺める。

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ところが待てど暮らせど、大統領の演説が始まる様子もなく、知らない大臣っぽい方々が、

ちょこっと話すと、また消えて誰もいない空白の時間が続く。
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若干、寒いし、大統領見たとこでどうなるもんでもないしと、僕らで話し合った結果、途中退場。


そして、広場のそばに警察の外国人課があったのでバックパックの盗難報告に赴く。


英語のしゃべれる親切なおまわりさんがいて、とりあえずポリスレポートをくれって話したんだけど、




どういうわけか、発行出来ないとか言い出す。

「発行出来ないってどういうことですか?外国人課でしょ?どこの国でも普通にしてくれるよ。」

と突き詰める。

すると「3日後に来てくれ。書類作って、それをテヘランに持って行き、テヘランでならポリスレポートを受け取れる」


ということになり、エスファハーン3日滞在が確定。







その後は、4人でエスファハーンのシンボルらしいスィー・オ・セ橋に行きチャイハネ。


チャイハネってのは、紅茶を飲む喫茶店みたいなとこ。


寒いんだけれど、とりあえずその1602年に作られたとか言う見事な橋のたもとでお茶を頂いた。


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荷物を無くして、凹んでるときにこうして旅人と一緒に観光出来たってのは、

気が紛れて良かったんな。

それでも、夜寝ようとすると、一瞬の出来事に対する後悔とか失った物を色々思い出したりして、

やっぱり落ち込む。




バックパックを失うというのは、どうやら面倒くさいです。






これから、色々荷物を取り戻さなきゃ。










世界の半分で僕の全てを失う

2010年01月19日 09:56

エスファハーンへと向かうファーストクラスのバスの中では、フルーツ(りんご、みかん)、お菓子数種類、ジュース、紅茶なんかが振舞われた。

ファーストクラスとセカンドクラスの値段の差は、わずかに3ドルくらい。


シートもかなりのリクライニングが可能で、本当に快適な移動だった。




そして、早朝5時 不意打ちのようにエスファハーンのバスターミナルへと到着する。










バスを降りて、豪華なおもてなしのおかげで尿意をもよおしており、トイレへ。



シーラーズで接したイラン人達が皆暖かくて、この人たちは信用出来ると思い込んでいた。


それで、トイレの外に僕の20キロ以上はあるバックパックをトイレの外の壁際に置き、トイレの中へ。


ほかのイラン人達で混んでいて、とりあえず荷物が心配だったので、すぐ外へ。



















すると、ほんの数十秒前にそこに置いてあったはずの

バックパックがなくなっている。














明らかにない。明白にそこに存在してない。








そこにいたイラン人達に英語で聞くも、全然分からない様子で、ジェスチャーで説明したけど、
知らない様子。












バックパック、盗まれたーーーーーー






周囲を見渡す。




盗まれて、まだ時間が立ってない。





バスターミナルの建物の中を歩き回る。
探してる間中、バックパックに入ってた物を思い返す。
あまりにも色々とあり過ぎて、考えるのが嫌になってくる。





見つからない。





再び、トイレに戻る。




やっぱりない。




その後、30分ほどバス停周辺を探し回ったけど、やっぱり見つからず、

バスターミナル内の警察に行って見たけど、英語通じず。





とにかく、そうして8ヶ月一緒に旅してきた僕のバックパックはエスファハーンで行方不明になった。





シーラーズでイラン人の人のよさに油断してしまったせいで、バックパックには

PCやカメラなんかも入れてしまい、とにかく多くの物を失ったらしい。

いつもより余計に大切なものが入っていた気がする。











残されたのは、サブザック、ガイドブックのコピー、ノート、電子辞書、iPod,小説、コンパクトデジカメ、

折り畳み傘、寝袋、ジジ人形、ボールペン数本、そして今来ている衣服。

もはや一泊二日が精一杯の装備。

パスポートやカード、お金なんかは、幸いバックパックには入れてなかった。







全部失ったけど、とにかく旅は続けられるんだ。

また買えばどうにでもなる。


そう思い込んで、とりあえずイスファハーンの安宿 ホテル アミールキャビールへと路線バスで向かった。







16世紀にイスファハーンは都に制定されて、多くの建造物が建設され、

交易都市とて繁栄していて、「イスファハーンは世界の半分」と称されていたらしい。



どう考えても言い過ぎだとしか思えないんだけど、とにかく世界の半分はイスファハーンだったって事で、

僕は、その世界の半分で全部を失った。









 























(イラン)シーラーズとペルセポリスとイラン人と

2010年01月18日 08:50

シーラーズでは、結局2泊ほどして世界遺産のペルセポリスなんかに行った。


2,000年以上前の遺跡。


廃墟になった時期が長くとも、レリーフや彫刻なんかが一部しっかり残されていて、

今まで見てきた国々とは文化の違いがはっきり分かった。




荒涼とした土地に残されてる遺跡から当時の状況を想像してみると、


圧巻されるような都市だったんだろうな。


写真がないんです。



モスクにも行った。


柱が綺麗に並び、青いタイルが施されたそのモスクには、誰もいなく、

夜月とのコントラストと相まって、ものすごく幻想的な雰囲気を醸し出していた。

これがイスラム教の美しさなのかなってのを感じられた。

とにかく、凄く綺麗だったんだけど写真がないんです。



バザールにも行った。

バザールを外れて、小さな路地を歩いていると、125CCくらいのバイクに二人乗りをしたお兄様方が通り過ぎる。

誰もいないし、ちょっと怖いなとか思ってたら、今度はバイクがこっちに向かってくる音が。


そして、僕の目の前で停車。ちょっとびびる。





かと思いきや、二人乗りしてるバイクのさらに後ろに乗りな。どこ行きたいんだ?との事で、

大通りまで連れてってくれた。疑ってごめんよ。








シーラーズから次は、エスファハーンへと向かうことにした。




夜22時のバスだったので、チェックアウトを済ませてからは


シーラーズの町で時間を潰すわけだけど、かなりの暇のもてあましっぷり。



最終的には、小さなショッピングセンターの中のベンチで地図を見ながら時間つぶし。




空港で働いてるというイラン人に話しかけられる。


そして、Made in Chinaの携帯はすぐ壊れるからどーのこーのという話や、

日本で何してた?って話、彼の仕事の話(1,500ドル/月らしい)だとかを、話した後、

「近くの砦を紹介しちゃるで」ということになり、恐ろしく寒いシーラーズの町を

二人で散歩しつつ、すぐ近くの砦に向かう。


さらにその途中で、日本で働いてた事のあるという日本語の流暢なイラン人にも声をかけられ、


「何か困ったことがあったら、言ってくれよ」なんて心温かる言葉をいただく。




砦は閉まっていて、その彼がこれから彼女と待ち合わせがあるというので、

成り行きでその待ち合わせ場所まで一緒に行くことに。


「もし時間があったら、家に来て夕食をいかが?」って話にもなったんだけど、すでに手元にはバスのチケットがあって、事情を察していただく。


待ち合わせにその彼女が来たところで、彼とはお別れ。



イスラム教だから、結婚するまで二人で出歩くなんで事許されてないのかと思いきや、

そんなことなく、普通にデートしちゃうらしい。当たり前なんだけど。



彼と別れた後、荷物をピックアップして、シーラーズのバス停へとタクシーで行き、


次の町エスファハーンへとファーストクラスの超デラックスバスで向かった。






イラン初、イスラム圏初の町シーラーズで出会った人々は、みんな愛想が良く、親切で、

心を許せるような人たちが多かった。




この町を見て、すでにイラン人ってのは信頼できるいい人達なんだという認識を持ってしまったわけだけど、

その油断が、10数時間後に悲劇へと繋がる。










とりあえずイランええとこ。

2010年01月15日 23:33

シャルジャ空港からイラン行きのチケットをチェックインしようとすると、

往復のチケットがないことで、ちょっともめるも強引にトルコに陸路で行くことを押し通し、

上司まで呼び出されたけど、何とか完了し、再び1時間ちょっとの飛行機の旅。


そして、イランのシーラーズに到着。





75ドルでビザをもらい、日本人のせいか全指の指紋を取られるという仕打ちにあい、

イラン入国完了。




タクシーでシーラーズの町に中心に向かう。



タクシーから見た景色は、なんとなく寒々しい雰囲気。とりあえず寒い。



タクシーの運転手にリアルで払うべく、ホテルで両替。


40ドルで285,000リアル。



今考えると、ぼられた臭い。レート悪い。






宿探しを済まして、街歩き。




初めて訪れたイスラムの国。


偶像崇拝が禁止されてたと思ったけど、街のいろんなところに

イラン・イスラム革命の指導者 ホメイニーの写真が飾られている。



シーラーズの町中は都会とまではいかないけれど、電化製品や衣服、猟銃なんかが売っている店が

軒を連ねて、割と活気のある雰囲気。





ところが、昼過ぎになると、その店達がことごとくシャッターを閉めて、


外食がままならない状況。



皆様、何されてるんですか?シエスタですか?僕は、ただただ空腹です。




再び、夜になると街は賑わいだして、昼間には閑散としていた通りにもイラン人があふれ始める。



電化製品店なんか覗くと、普通に日本のカメラや家電が並んでたり、携帯電話の種類も豊富だったり、


ゲームショップなんかもあったりして、完全にイランのイメージが覆される。




特に今までインドを見てきたせいか、こういう当たり前に色々売ってる状況が新鮮に感じるらしい。




そして、イラン人がとても親切でフレンドリー。




シーラーズにて、この旅初めて観光案内所なる場所に行ったわけだけど、


無料の地図をくれて、親切に観光地の場所の案内をしてくれた。

そんな当たり前の事に、大きな感謝が出来る。


当たり前の事なんだけど、インドとのギャップが大きいせいか、

些細なことに気づく事が出来るっていうのは、出来そうで難しいこと。


道を聞いたら、ずいぶんと親切に教えてくれるし、愛想は良いし、

この寒々しい街でも、人の心は温かいようです。



この町にしては、高級らしいケバブをいただきました。5ドル。
美味ですが、米のボリュームが尋常じゃありません。若干味にも飽きてきます。
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