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お呼びでない移動地獄 その1

2011年05月15日 06:25

メキシコ、カンクンからグアテマラのティカル観光拠点となるフローレスという町への移動のはなし。

キューバからカンクンに辿り着いたら、もう思い残すこともないからと思いつつも、2日の時を過ごし、

グアテマラに向けて出発した。


まずはグアテマラ国境を目指すべく、カンクンから3等バスでテノシケという町へ向かうことにした。

本来フローレスに向かうには、パレンケから朝早くの直通のツーリストバスかなんかで行くのが、

王道らしいのだけれども、最近はテノシケからフローレスまでの道が整備されて、安くて早いというので、

そういう選択をした。


パレンケ(palenque)やらフローレス(Flores)やらテノシケ(Tenosique)はどこにあるんじゃ?って方は、

お手元の世界地図かGoogle Mapでのご参照を





テノシケへ向かう3等バスとやらが胡散臭くて、そもそもメキシコを旅する外国人ツーリストは、

1等バスや2等バスを使うのが当たり前で、中南米でも経済的に発展してる部類に入るメキシコにあって、

この3等バスとやらは、それに似つかわしくない趣きのぼろバスだ。



その分値段も2等バスの半額程度とかなりお買い得。



エアコンなりトイレつきとか言い張っていたけれど、もちろんそんなものもあるはずもなく、

それどころか窓は開けっ放しのまま固定されてしまって閉まらない始末。

いくらメキシコと言えども、バスのスピードから放たれる夜風は冷たく、

僕の伸びきった髪の毛がばしばしと顔に当たり、存分に睡眠の邪魔をしてくれた。




さらには、不親切な事極まりなく各ターミナルに辿り着いても、

そこの町がどこなのか一切のアナウンスも無い。

こんなの一言いってくれれば良いだけのはずなのに、日本じゃ考えられない。




そして、僕の目的地のテノシケというのはこのバスの最終目的地ではなく、

テノシケには、どうも早朝5時、6時に辿り着く事になっていたらしい。

そして、気づいた時にはもう8時ぐらいだった。






結果から言うと、僕はテノシケを寝過ごして、乗り過ごした。


乗り過ごしてどうなるかというと、バスは無慈悲にもさらに西へ西へと突き進み、

僕の目的地は、東へ東へと遠ざかり続けた。




テノシケというのは、パレンケよりさらにカンクン側にある町なのに、

僕はパレンケすら乗り過ごしてしまったらしい。


そもそもパレンケやテノシケに止まったのかどうかすら謎だけど。




寛大なメキシコのバスは、乗り過ごしたところで追加料金を取るどころか、

乗り過ごしたことにすら気づいていない。




ようやく気づいた僕が降りたのはビジャエルモッサという町。



正直、グアテマラ国境がだいぶ遠ざかり、グアテマラに行くことすら諦めてしまいそうになったけれど、

グアテマラをあきらめるともはや行くべき場所はアメリカしかなくなってしまい、

それはまだ時期尚早という判断の元、パレンケに戻ることにした。



パレンケまで約2時間。2時間分も乗り過ごすって、なかなか無い事だけど、

あまりに夢の中で何かに没頭してしまったらしく、あっさりと寝過ごしてしまった。

東京から仙台に行くつもりが、八戸まで行ってしまうようなもんだ。



その日中にフローレスに辿り着きたかったというのに、これは大きなロス。



仕方なくパレンケからフローレスへと向かうことにする。

本来なら早朝に出てるはずのフローレス行きのバスも朝の10時には、

すでにあるはずも無く、刻んで行くしかない事が確定した。



本当は、パレンケにも世界遺産の遺跡があるんだけど、今の僕のテンションは、「前へ、前へ」

もう世界遺産一つ一つにかまってはいられない。



そして向かうべきはメキシコ-グアテマラの国境コロザル(corozal)という町。

パレンケに着いたバスターミナルでそのままコロザル近くまで行くというので、

コレクティーボに乗り換えて、コロザルを目指した。



カンクンの景色と比べると、パレンケ-コロザル間の景色は一気に様変わりした。

人々は、いかにも農村地帯のローカルな人々ばかりで、

なんとなく格差みたいなのが垣間見れた。


車窓は、日本の地方を思い出す山々に囲まれ、木々が生え茂ったような景色がずっと続いた。


そして、こののどかで交通量が著しく少ないと思われたのに、急に渋滞が始まった。

渋滞というか停滞。


何かと思うと、前方で大勢の男たちが揉めている様子で、道路が封鎖されていた。
IMG_1160.jpg


IMG_1161.jpg

ドライバーにどれくらいかかるんだ?と尋ねると、

「1時間ぐらいじゃない?」との回答。

正直、ドライバーもどこまで知ってるのかどうか怪しいところだ。


物騒な道路封鎖は、どうやらこの辺の地元たちの賃金上げのデモのようなものらしく、

こんなド田舎でシュプレヒコールをあげたところで効果があるのか

激しく疑問だったけれど、何もやらないよりはましでしょう。



そうこうしているうちに、武装警察(軍隊?)が登場。
IMG_1166.jpg


彼らが何かをしたというわけでは無いみたいで、彼らは一歩もトラックから降りることは無かったけれど、

とにかくこれが功を奏して、事態は収まり、封鎖されていた道路は開通された。




そして、そこから20分ほど走って、僕は車から降ろされる。

このコレクティーボは、国境の20キロ手前から別の方角へと行ってしまった。

国境まで20キロもあるなかで、そこには一応国境行きのタクシーのようなコレクティーボのような

車が待機していたんだけれど、ほかに乗客がいないから、

4人乗りを一人で使うんだから、通常の4倍払わないと行かないと言い張る。




正直、4倍も払うのはあまりに腑に落ちず、このタクシーを使用するのを諦め、

とりあえず僕は途方に暮れることにした。



長いので続きは次で。
















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