最新記事

スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

サラエボる。

2010年08月10日 20:08

サラエボ行きの電車からの車窓です。
DSC_6063.jpg

サラエボ行きの電車内の写真です。
DSC_6074.jpg

サラエボへの途中、ボスニアヘルツェゴビナに存在するセルビア人カントリーを勝手に通過したがために


勝手に、出入国スタンプを押されてしまいました。



ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボに着きました。


まずは、宿を探せねばなりません。


といっても、予約してあるので指示に従って駅から歩くだけです。


駅から近い割に、ずいぶんと見つけにくいところにありました。



ホリディインを見つけました。ユーゴスラビア紛争の時に、報道の方々は皆ここに滞在してたそうです。
DSC_6136.jpg


宿に着きました。



ここのおばさんが親切な人で、どういうわけか一泊しかしないのに、一泊無料にしてくれました。



しかもドミトリー料金で、個室を頂きました。



宿にいても仕方がないので、20時のサラエボの町を歩き始めました。




少し歩くとモスクや教会などの宗教施設,ヨーロッパの香り溢れる建物などが連なっていました。
DSC_6162.jpg


DSC_6176.jpg





そして早速飽きてきました。




仕方がないので、カジノに行きます。




ずいぶん長いことルーレットをし続けて、少しだけ勝ったのでステーキを食べます。



気づいたら、2時半になっていたので帰りました。





翌朝、再びサラエボ観光をしました。




サラエボといえば、紛争だよね。と思って博物館に行くと数点の生々しい当時の遺品などが残っていました。





サラエボという街は、ロンリープラネットの観光都市ランキングでかなり上位に位置しているらしく、
多くのヨーロピアンの方がこぞっていらしてました。
DSC_6158.jpg


翌朝も、色々とサラエボの町を歩き回りますが、如何せん小さい街なので観光は一瞬で終わります。
CSC_6197.jpg


ふざけた親父に話しかけられたので、そのままの勢いでケバブを食べました。
DSC_6178.jpg

生きるべきか死ぬべきか、それが問題です。じゃなくて、
生きるべき、生きるべき。だそうです。
DSC_6186.jpg



そういうことで、サラエボ観光が終わったので再びカジノに行きました。



そしたら、一瞬にして昨晩の儲けが消えてしまったので、凄く退屈な午後を過ごし、



19時のバスに乗って、モンテネグロのコトルへと向かいました。


現金を一切持たないで、バスに乗り込んだので、途中ATMの前で降ろされて、


バス代を無理やり払わされました。




ということで、ボスニアヘルツェゴビナもわずか一泊で終わりです。














コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://yadohanashi.blog23.fc2.com/tb.php/343-e84e9d65
    この記事へのトラックバック



    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。