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ムスリムからの開放

2010年01月30日 09:09

エレバンまで向かう途中のアルメニアの各町を見る限り、この国の荒廃っぷりを懸念してたわけだけど、

いざエレバンに着いて見ると、町の中心部は綺麗なイルミネーションなんかが施され、

歴史的な教会や建物もあって、大きめのスーパーマーケットやレストランなんかも街中にあり、

イメージが全然違った。かなりの都会。


そして、美人の多さが尋常じゃない。



で、そんなアルメニア、エレバンで何したか思い起こしてみる。




・リダの家から徒歩7,8分のシャワー屋さんに、足を引きづりながらシャワーを浴びに。

・靴下購入

・禁酒生活のイランを抜け出して、ストレス発散にワインとウォッカで飲んだくれる。

・牛肉と野菜の赤ワイン煮込みを作ってもらって食らってみる
Picture 1608

・暖房のないリダの家で震えて、ガスコンロの熱で手を温める。

・エレバンの町はそんなに大きくなくて、何度も何度も同じところを歩きめぐる。

・教会でぼーっとする。
Picture 1650

・ナイトクラブ的なとこに行く(ビールとエントランスフィーで800円くらい)
5人くらいの女の子が代わる代わる踊ってました。


・エレバン大学に行って、美女探しに行くも、あまりに美女だらけすぎて、疲れる。
エレバンは、モデルみたいな美しい女性がたくさん歩いてます。首が疲れます。

・惣菜パンをずいぶんと食べる。
一個20円とか30円で頂けます。

・トルコによるアルメニア人虐殺祈念館へ
Picture 1620

・国際学生証を8ドルくらいで作ってみた。
しかも、本物。僕は25歳くらいに若返りました。これから役に立ちそうです。

エレバンでは皆さん割とシャイで、向こうから絡んでくるのは幼い子供達だけ。
そのシャイさは、日本人に匹敵するんじゃないかってくらいに思った。


ヒンドゥー教のインドとイスラム教のイランを経て、たどり着いたキリスト教国アルメニア。

色んな事が自由で、左手使ってご飯食べるのも、牛肉食べるのも、お酒飲むのも、全部自由。

特にイランでの束縛感が強かったせいで、アルメニアに着いて、いつどこで何しようが自由である事に、

新鮮な気持ちを覚えて、開放された気分だった。


イランにいたって特に縛られていたことなんて、お酒くらいだったけれど、それでも国全体が、

束縛感に囲まれていた気がして、なんだかずっと息苦しかった。

息苦しかったんじゃなくて、イラン人の息苦しさを肌で感じていたのかもしれないけど。



そして、イランで出会う人々は口々に現政府や、イランイスラム革命後の社会の愚痴を言っていた。

革命前は、アメリカ寄りの政府で資本主義が進み、欧米の資本がずいぶんと入っていて、

貨幣価値なんかも、今よりもっと高くて、生活し易かったんだと。

車だって、家だって、ソニーのテレビだって、もっと買いやすかったんだと。

イラン人の給料は良くて15万円/月。平均10万円くらいだとか。

世界2位の石油産油国だってのに、ほかの湾岸諸国に比べるとずいぶんと生活が苦しいんじゃないかと思う。

死刑率の多さは、中国はダントツの一位として、サウジアラビアと並んで2位に位置しているらしい。
思想と宗教的行動に関する縛りは相当に厳しいようで。


イラン政府が、どうしようと勝手な話だけど、イラン人の暮らしがこれ以上悪くならなきゃいいと願います。








いつだって、苦しむのは民衆ばかり。











最近、イラン核開発問題でずいぶん社会をに賑わしてるようだけど、そういうのって本当に市民の暮らしとは

全然関係なくて、むしろ核開発する事によって、西欧からの経済制裁食らって、いつも手に入ったものが、

急に手に入らなくなることが大きな問題なんじゃないかな。

日本で似たような事が起こると想像すると、戦争直前のABCD包囲網食らってる日本の状況だったりして、

恐ろしい。









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