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サールナートで説法を

2009年10月12日 11:09

インドは移動がいちいち面倒臭い。


町は大きくて、歩くには距離があるすぎるから、サイクルリキシャーやオートリキシャー、バスを使わないと移動がままならない。



サールナートは、バラナシから北に15Kmほどのところにあるブッダがはじめて説法をした所で、4大仏跡のひとつだそうだ。




バラナシからの行き方は、宿泊してるガンジス川沿いからは一度バラナシの駅に出て、そこからバスに乗るのが安そうだという事で、 たかだか北に15Kmの場所に向かったわけだけど、まずサイクルリキシャーに駅まで頼んだら原因不明に途中下車させられ、 現在位置を把握していなかったために、そこから人に聞き、またやりなおし。



途中、乗り合いオートリキシャーに乗り、それでも途中渋滞で駅の少し手前で降りる羽目になり、 結局、駅までは徒歩。




駅では、サールナート行きのバスがすぐ見つかり、乗車後30分してようやく出発。



バスの揺れにうたた寝をしてしまい、夢が佳境に差し掛かったところで、起こされ、サールナートには30分後くらいで到着。


サールナートの見所はずいぶんと小さく、ものの1時間もあれば観光が終わっちゃうようなところで、 物乞いからの鋭い眼差しにもくれず、ダメークストゥーパモニュメントサイトを見るべく、 久々に入場料 100Rsを払っちゃったりなんかして、その敷地内へ。



入場料を取るだけあって、なかは整備されており、そこには6世紀に造られたという巨大なストゥーパ(仏塔)がそびえていた。
IMG_4932.jpg



他にも遺跡があり、観光客もあまり居なかったので、何となくその古代の雰囲気に浸る事が出来た。



ストゥーパは、そもそもは仏舎利(遺骨)を埋葬したものが起源らしい。

ブッダの死後、その骨だかが信者によって分けられて、 各地に散らばったとかって何かで読んだ気がするんだけど、そもそもブッダの意志では、 自分の遺体を崇拝するような事はあってはならないと、死ぬ間際に言い残してるらしく、 ブッダの死直後から、弟子達は言いつけを破ってる不届き物らしい。 



って何で読んだっけかな。 結局、それが五重塔やら三重塔やらへと形を変え、日本にも伝わってきてるそうな。


そんなのは後付けだけど、サールナートでは、ブッダの説法のごとく白い装束を着た人たちが、 何やら説法を受けていた。

何を言っているのか分からず、想像もつかなかったけど、 話を聞いてる人々は真剣だった。
IMG_4930.jpg


ブッダは、ここに来て何を説法したんだろうか。

彼は、ブッダガヤで何を成道したんだろうか?

ずいぶんな修行、苦行を積んだそうで俗世にまみれて煩悩だらけの僕には知る由もない。

ただ、悟りを開くとそのままその喜びに浸っていられるそうで、どんな境地なんだろう?


ストゥーパのそばには、近くの遺跡から発掘されたんだとかって言う木彫りの仏像を売っている少年達が居て、 本当に遺跡から発掘されたとは、どうにも考えられないけどはじめからの言い値が10Rsと ずいぶんと可愛いもので、最終的には5Rsとかで観光客に売っていた。


バラナシで花を売っている女の子達もそうだけど、子供が売る物は割りと値段が良心的でいいな。




帰りは、しつこく言い寄ってくるオートリキシャーに宿付近まで80Rsで乗せてってもらう。 現地の人が、この乗り合いリキシャーを使った場合たかだか5Rsや10Rs、30Rsが相場なようで、 旅行者に対するこのぼったくりはいちいち腹が立つ。 それに、降りた後もあと10Rsとかチップとか言ってきて素直じゃないし。往生際が悪いよ、本当。
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