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日本に着いて、まず食べたもの

2011年08月23日 15:37

下関港に到着して、

人通りの少なすぎる下関の中心部を歩いて思ったのは、

道が奇麗すぎること。


映画のセットか何かかと思った。


そして、僕は駅に行ってコインロッカーにバックパックを預けようと思ったけれど、

あいにく1万円札しか無いために、それを両替するしかなかった。



訪れたほとんどの国で、その国の最高紙幣の両替なんてのは、

大概迷惑がられたり、拒否されたりというケースが多くて、

そんなトラウマからかこの1万円をどう両替してやろうか困ったんだけれど、

そもそも朝早すぎて店がほとんどやって無くて、

僕は下関の駅の構内にあったカレースタンドに入ってみた。


カレーがわずかに300円と物価の高いはずの日本に帰ってきたのに、

どういうわけかずいぶんと安い。

この2年で日本のデフレは相当進んでしまったのでしょうか。

僕が日本に到着して最初に食べたカレーというのは、

まさに日本的カレーだった。この味を求めて、世界中の日本食レストランに何度も赴いた。

その味が、こうしていとも簡単にわずか300円で手に入ってしまうという事や、

店のおばちゃんのずい分と丁寧な接客や、

文句も言わずに1万円で支払わせてくれる事とか、

とにかくこの300円のカレーに、日本の当り前の良さがぎゅっと凝縮されて、

日本に戻ってきた、僕を迎えてくれた気がした。
IMG_1290.jpg



下関でやったのはこれだけ。


次は福岡。

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チャレンジ!税関通過。

2011年08月10日 19:31

いよいよ日本国は下関港に到着して、

日本の地を踏むと、やっぱりいよいよ戻ってきたんだという

感慨深さがじわじわと伝わってくる。


そこにはゴールテープも何もなくて、待っていたのは入国審査。


プサンから下関にたどり着いたフェリーの乗客は90%が韓国人で1割が日本人。

プサンから日本へは、下関以外にも、福岡行きという極めて便利で早い便があるから、

こんなマイナーな路線を使うのは、よっぽど交通費を節約したいのか

1泊分の宿代を節約したいのか、情緒あふれる船旅をじっくり楽しみたいのか、

知りませんが、意外と乗客多かったな。




とにかく入国審査は、日本人と外人とに別れ、

日本人向けには1つしかない窓口は、かつて無いほどに遅く、

久々に戻ってきた日本になかなか入国出来ないあのじれったさは、

僕の感動であふれ熱くなった心は、いい加減冷めに冷めまくった。




そして、僕の番が来た。

色々な国のスタンプが押され、ビザが貼られたパスポートを無言で受け取ると、

「おかえりなさい」の言葉も無く、淡々と僕のパスポートはその係員に

ぺらぺらとめくられる。


どうやら日本出国のスタンプが見つからないらしい。


「日本を出たのはいつですか?」と聞かれて。

「2009年の春です。」と答える。

一瞬、係員は驚いた様子だったけれど、何事もなく

無事に入国スタンプがパスポートに押される。



この間、なんなら他の日本人や、なぜか日本と韓国のパスポート持ってる在日韓国人よりも

すんなりと入国出来た。




そして、その後待ち受けるのが税関。

税関なんて、往々にしてほとんどの人間がスルーできるもんだと思っていたわけで、

現にほとんどの国で税関なんて存在してるのかしてないのか分からないぐらいに

あっさりと荷物の持ち運びはできたんだけれど、

ここ日本国はそう甘くは無かった。




税関の優しそうなお兄様は、

最初はすんなりと通してくれそうな気配で僕を迎えたんだけれど、

「日本を出たのはいつ?」

という質問に対して、

「2009年の春」と答えると、

急に顔が曇り始めた。

そして、

「これ、全部開けてもいいですか?」とのこと。


できれば、開けないで欲しいんだけど、

残念ながらNoと言えない日本人であるばっかりに、

というか、そもそもNoという選択肢が存在してるのかどうかも

この質問に対しては疑問なんだけど、

覚せい剤や拳銃、違法持ち出しの宝石などが入った僕の

55リットルのバックパックは、その職員により次々とあらわになっていく。


かばんの奥底に隠されたその品々(なんてものはあるはずないけど)が

見つかる事にびくびくしながら、

ちょっと核心を突くような質問をされる。

「こちらで海外で購入されたものはありますか?」




「・・・。」





ほとんど全部である。




イランでバックパックを失ってしまったがために、

今カバンの中に入っているものは、ほとんど現地調達したものあるのである。


一瞬、言葉に詰まったんだけれど、

ここは堂々と、


「いえ、ほとんどありません。お土産が何点か。」と答えてみた。


職員は、「ほんとか?」とちょっと疑わしい顔をしたけれど、

この質問は、華麗にスルー出来たみたいだ。




そもそも、2年ぶりに日本に帰ってきたというのに

はじめからこの仕打ちは無くないか。

もうちょっと優しい歓迎の仕方があったもいいのではないか。

という不満を胸に抱えつつも、バックパックをすべて調べられたあとは、

別室に連行された。


事情聴取でもされるのかと、(何も結局見つからなかったんだけど)

ちょっとどきどきしたけど、

残念ながら靴を脱がされ、靴に何か隠してないかをチェックされて、

ボディチェックされただけで、解放されてしまった。

バックパックも背中の裏にあるポケットとか、そこまで丹念には調べられず、

本気を出せば、拳銃でも覚せい剤でも持ち運べるようなチェックだっただけに、

こんな調子で日本にいろいろと持ち込まれてるんじゃないかと、逆に少し心配になる。






いよいよ、僕は関税を通過し、ようやく日本国へと戻ってきた。



日本国下関市。さて、ここで何をしようか。












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