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ソウルでもカジノ

2011年06月30日 10:15

結局のところ、ソウルですっかりやることがないというか、

観光に対しての興味がわかなかったので、

向かった先はカジノ。

Paradise Walker Hill Casino というとこで、

情報がなかったのでApple Storeで、

勝手に情報調べてから向かった。都心から30分。




丘の上にあるけど、最寄の地下鉄の駅から無料のシャトルバスが出てるんですね、はい。




最後の最後までカジノ。


ラスベガスで締めくくろうかと思ってたけど、

なんとなくゲイに邪魔されたので、

往生際悪く韓国でも来てしまった。


韓国のカジノは外人専用なんですね。


このカジノのミニマムベットは、

ブラックジャックで5,000ウォン、バカラで、10,000ウォン。

大小も5,000ウォン也。




予算100,000ウォン(約7,500円)で勝負を挑みました。



だらだらと最低10,000ウォンのバカラのテーブルで、

小1時間ほど、誰かついてる人がいたら、それに便乗しようと思って

遊んでいたんだけれど、

いまいち誰も彼もついてる様子がなくて、

僕のほうも泣かず飛ばず。

そういうことで勝負どころもつかめないまま、

最高でも120,000ウォンぐらいにしかならず、

結局最後は55,000ウォンとほぼ半分になっちゃって、

そのテーブルを離れた。

こういう安っぽいテーブルだと、バカラでもあんまり大勝負とか好勝負とか

面白い出来事が発生しづらくて、なんか事務的な感じになっちゃうんですね。




元々半分になったらやめようと思ったんだけど、

そこがカジノの嬉しくも悲しくも酔狂な性ってなわけで、

そうそうやめられまへん。



10,000ウォンのテーブルの隣の隣には、

ミニマムベット50,000ウォンのテーブルがあります。

ここで遊んでいるのは、いかにも金持ちそうな中国人と

どっかの社長じゃないかと思われる日本人とその奥様。

そして、僕の手元には55,000ウォン。

ここに掛けてみようということになったんですね。


こういうテーブルって、安っぽいテーブルと違って、

たまたまだとは思うけれど、なかなかきわどくて

手に汗握る勝負が繰り広げられます。



バカラのルールってのは、基本単純なもので、BankerとPlayerの

どちらかに賭けて、

配られる2枚か3枚のカードの和の一桁目が9に近いほうが勝ちというゲーム。

細かいとこはまだあるけど、基本それだけ知ってればブラックジャックなんかよりよっぽど簡単で、

期待値も高い。



そういうことでこのゲーム、8とか9が出ればほとんど勝ち。

片方のカードがめくられて、合計が「8」とか出た時点で、

確率的にもうほとんど勝負は決まってるはず。




それが、このやや高レートなテーブルに来てみると、

8が出て勝ったと思いきや、相手は9で、負けだとか、

9とか出るともうほぼ確定なのに、相手もやっぱり9で引き分けとか、

とにかくそのお金持ち連中のヒキの強さが、

安いテーブルとはわけが違う。

そんなものただの確率でしかないはずなのに、

ただ傍観してても、そういった好勝負に出くわす数がやっぱり違う気がする。




ということで、僕はそのテーブルで3回だけ勝負した。


金持ちそうな中国人とどっかの社長っぽい日本人がどっちも同じところに賭けるタイミングで、

僕も同じところに賭けた。


1回戦 たしか、Bankerに賭けたんだけど、7対5ぐらいで勝ち。

1時間かけて負けた50,000ウォンが一気に帰ってきた。

2回戦 どっちに賭けたか忘れたけど、逆が先にめくられて「9」。

あーあ、負けたかなと思いきや、こっちサイドも、まさかの「9」ってことで引き分け。




そして、

3回戦 どんな数字が出たのかすっかり忘れたけれど、

とにかく結果は、勝ち。

結局、最終的にはほんの5分に満たない時間で、

僕は50,000ウォンを150,000ウォンにし、

カジノを後にした。




そして、このカジノも多聞に漏れず、中国人だらけ。

しかもハイレートなテーブルによく群がる。


1回、1000ドルとか賭けちゃってる明らかに20代前半の中国人の女の子とか

どういうことじゃ?

負けてたけどね。





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太平洋も日本も超えて

2011年06月29日 19:20

さて、飛行機に乗ること12時間。

僕は太平洋を越える気持ちだったのだけれど、

ちょっとそういう表現はルート上、正しくはないようで、

カナダからほぼ陸伝いにアラスカやロシアの上空を飛び続け、

ほとんど太平洋を見ることのないまま再びユーラシア大陸の一部へとやってきた。



一瞬、北京を経由して、辿り着いた先は、ここ。
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大韓民国



韓国っていうより、この無秩序に各々自由に主張しまくる看板を見ると

アジアに戻ってきたんだなという感覚を覚えた。


正直、この韓国の首都ソウルに来たところで

日本との大きな違いを見出すのが難しい上に、

二度目なので、世界遺産とかのあの中途半端な寺社仏閣とか見たところで、

それほど僕の旅の欲求が、満たされるはずもなかったので、

結局ソウルで行ったのはミョンドンだけ。


ガイドブックとかないし。

韓国語読めない上に、日本語以上に英語通じないし。

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ソウルといえば、やっぱり食べ物か買い物なわけで、

女性にとっては大変魅力的な場所なんだろうね。

だけど、男にとってはそれほどぐっと来るものが見当たらんわけですね。


だから、家族連れとか夫婦とかで来てた日本人の男のほうは

大概、化粧品店やブランド服店で暇そうに

ぼけーっと待ってるパターンが多いわけで。


さらには日本人女性向けに化粧品の宣伝活動を行ってるのが、

日本の芸能人が、ゲイばっかりだったり

なんだかよく分からない。


地下鉄に乗ると、

乗客のほとんどが携帯をいじったりしてるのは、

日本でもよく見る光景なんだけれども、

気づいたら、使用機器のほとんどがスマートフォン。

iPhoneかあるいはほとんどiPhoneみたいなスマートフォンを

ソウルの皆さんは使っていて、

折りたたみ携帯を使用しているのはごくわずか。

多分、これは日本なんかよりよっぽど多い気がする。



思えば、スマートフォンの普及というのは

僕が旅していたこの2年でもっとも変わったことの一つかもしれない。

もちろんごく一部の先進国での話だけれども。

燃えちゃった南大門
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泊まっていた宿のちかくにあったラーメン屋さんの標語。
「まずいものをだべていると、人生は短い」
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なんかいまいち納得できないというか、

そもそも「まずいものをだべるという」行為が、

なんなのか僕には検討もつかない。


熊本ラーメンっぽいラーメンの味は、まぁ普通で、これをアフリカあたりで食べられたら

食べられるという機会を得たという事のみで狂喜乱舞してたのかもしれない。





そういうことで、世界一どうでもいいソウルについての旅行記になってしまった。





世界一周終わりかけ

2011年06月23日 22:36


バンクーバーでは叔母の家に泊まっていたので、

宿代の心配も食事代の心配もすることなく、

ほとんど財布を開くことのないまま

甘えきってしまって、なんだかもうすっかり

旅人的な意識が薄れてしまった。




僕の2年にわたる旅が今にも終わろうとしているというのに、

どうも今にも終わるんだという思いが沸いてこない。


今まで何度も何度も、旅が終わる瞬間の感慨深すぎる心境を

イメージトレーニングしてたというのに、

いかんせん本番になって、


どうも


それ


が、いまいちやってこない。





なにはともあれ


太平洋を飛ぶことにした。

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バンクーバーの家、家、家、家

2011年06月22日 21:47

やっぱり北米(米国、カナダ)に入ってから家のクォリティみたいなのが

急激に上がった気がする。


中南米じゃ、写真に撮りたい家なんてほとんど無かったのに。。


今思えば、別にたいした家じゃないけど、

適当に散歩して、適当に取った家々。


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ばばばっとバンクーバー

2011年06月17日 16:28

別にばっととButかけてるわけじゃないかんね。

ばばばっとバンクーバーの写真です。


何はともあれお寿司。てんぷら。ぎょうざ。ごちそうさまでした。
おかげで、日本に帰る楽しみが減ってしまったわけで。「貴船寿司」
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バンクーバーには多国籍なレストランがいたるとこにございます。
そもそもカナダ料理のレストランなんてのは無いので。
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おなじみグランヴィルアイランド
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グランヴィルアイランドから見たダウンタウン近くの高層マンションたち。
なんか高層ビルが以前よりだいぶ増えました。
そしてビルがどことなく香港に建ってたのに似てます。
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グランヴィルアイランド内のフードコードみたいなとこ
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tree of life
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ダウンタウンにあったバスストップのチェア。
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どっかのらくがき。
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バンクーバーといえば、これ。って大して これ!って感じじゃないけど
ガスタウンにあるガス燈。みんなこれに群がってる。どういうわけか。
実際たいしたこと無いから、札幌の時計台みたいなもんなわけで。
バンクーバーも観光するって感じの場所じゃないんだよね。
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つづく
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世界で一番住みやすい都市

2011年06月16日 12:53

この町に来るのは3度目。

最初に来たのはもう13年近く前。

そして2度目はおよそ3年前。




世界で一番住みやすい都市に選ばれた


バンクーバー



前回、来た時に十分感じたけれど

この町は海と山に囲まれる上に、

市内にも大きな公園を擁していて、

そこそこの都会にも関わらず、

自然に囲まれた大変素敵な町。



世界をめぐって、数多く都市を見てきたけれど、

やっぱりこれほどの都市は、世界にはそうそうない。

オーストラリアを見ていないのは心残りだけれど。




ただ3年前から比べて、激しく変わった点がある。



それは中国人の増加



3年前にも勿論彼らは大勢ここに住んでいたし、

そもそも大変歴史あるチャイナタウンが100年も前からあるので、

割と自然な流れなのかもしれないけれど、

それにしても今回行ってみて驚愕だった。


都心から住宅地へと向かうスカイトレインが

バンクーバーオリンピック以来建設されて、

それに乗ってみたんだけど、乗客の7割以上は中国人というか東洋人。

街にある表記なんかも、相当中国語が目立った。




調べてみると、2006年の時点でバンクーバーの人口の3割は中国人らしい。


2011年時点できっと4割以上は中国人だと思う。


体感比で。




幸いにして、バンクーバーに住む中国人の皆さんは、

本土の方々と比べるとだいぶ民度が向上し、

朱に交われば赤くなるというべきか、

交通マナーも悪くないし、道端で痰を吐くようなこともなければ、

公衆の面前で大喧嘩をしてみたり、

子供を歩道の真ん中で排尿させてみたり、

など中国で見かけた目に余る信じられない行為はぜんぜん見当たらなかったんだけれど、

まぁ、そういう問題じゃない。






この違和感は、フランスのパリやベルギーのブリュッセルに行ったときに

黒人だらけの街を見て感じたのと似たようなもんで、

ただの偏見かもしれないけれど、

中国人が洗練された美しい都市に住むシチュエーションというのが、

なかなか信じられないというか似つかわしくないような気がしてならない。


別に中国人に対して、とやかく言いたいわけではなく、


ただただ

物凄い違和感

を感じただけです。

僕の持っていたイメージが壊されたというか。


ただ、カナダ人は日本人に比べると移民に対しての許容力なんかは、

10倍も20倍もあるはずで、自然と受け入れてはいるんだろうけれど。




おかげで、個人的に世界で一番住みたい街だったはずなのに、

なんだかその魅力がやや落ちたような。

中華食材ほか、アジアの食材が簡単に手に入るようになっているというのは、

大変好ましくはあるんだけどね。

そもそも、カナダ料理なんてものがほとんど存在しないし。




本土でがっぽりと稼ぎまくった中国人の皆さんは、

バンクーバーで土地や物件を買い捲り、

おかげでバンクーバーの不動産は高騰中。

そのためにローカルのカナダ人が家を変えない状況が発生してるんだとか。


あるいは、

小学校なんかでは、白人よりも中国人の割合が大部分を占めて、

マイノリティである白人がいじめられる状況なんかも発生してるんだとか。



こうなってしまうと中国政府の暴虐な政策と併せて、

自然な流れで移民排斥的な思想も

一部の方々の中では生まれてくるんじゃないのかな。

いまいち本文と関係あるような、ないようなだけど。
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シアトルさんぽ

2011年06月12日 12:54

シアトルマリナーズの試合を見てしまうと、すっかりシアトルで何をしていいのか

途方にくれてしまって、

それでもこの町はきっと住むのには、とても快適で素敵な街。冬はどうだか。。
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特に面白い出来事も起きたわけではなくて、

まぁ、典型的なアメリカの一都市だなーとしみじみと実感しつつ、歩いて回ったわけです。
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アメリカに来るのも実は3回か4回目だったりするので、やっぱり特別目新しい新鮮な事はなくて、
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それでも、ナチュラルに受け入れられる感じがするので、
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あまりにも難なく住む事ができるなと、しみじみ実感しつつ、
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ただ、自動車も自転車も無いことには不便な事極まりなく、
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シアトルのアリバイ的な観光にとどまったわけですが、
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幸い天気も良く、気持ち的にも特に観光という気分ではなかったので、
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ただのサンポということでちょうど良かったかなと。
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ラスベガスの華々しさや喧騒なんかと比べると、
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シアトルも、シアトルに来るまでに経由した街もずいぶんと大人しい感じでした。
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スタバ1号店
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スタバ1号店のメニュー
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すずきいちろー君

2011年06月11日 11:01

ラスベガスから再びあほみたいにバスに乗り続け、

西海岸を北上し続けることおよそ36時間。


この旅を通して、何時間バスに乗ったんだか換算してみたい今日この頃。


アメリカ最大手バス会社Greyhoundの長距離バスには

コンセントとWifi完備って事で、バス社内では

思う存分インターネットし放題。





けど、酔う。






ということで、やってきたのはシアトルはSafeco field
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目的はもちろん日本最強の侍イチローの試合を見るため。
本日の試合はマリナーズ対アスレチックス
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何気に結構いいシートで、イチロー近い。

左打者のイチローをこの角度で見るために、わざわざシート選んだんだけどね。

彼がこのポーズをすると「いよいよ、見に来たんだ」という実感がわいて、こっちも激しく興奮してくる。
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ショートゴロ。
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なんだ、このふざけたキャラ。
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イチロー君、ぜんぜんヒットを打てません。。
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3打数無安打で迎えて、最終打席は出塁!!

けど、敬遠。なんだかなぁ・・・。
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試合はというと、1対1で向かえた9回裏2アウト2塁出塁の状況で、マリナーズの選手が

大きな大きなフライを打って、まさか誰も落とさんだろうと思うような球を

アスレチックスのセンターが落球。


ということで、マリナーズにとってはスーパーラッキーな勝利!!
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天下のイチローもすでに37歳。

野球選手としては、だいぶ歳を召されてまして、

なんだか衰えを感じなくもなかったな。


何しろ今日この頃のイチロー、成績悪すぎ。


日本人の鑑として、これからも球をばっさばっさと切りまくってほしいもんです。




ラスベガス・カジノ顛末

2011年06月10日 14:30

ラスベガスは言わずと知れたカジノの町。

むしろラスベガスからカジノを差し引くと、

砂漠しか残らないぐらいにカジノの町。

押しても引いてもカジノシティ。



この旅を通して、実はカジノに行きまくってきまして、

軽く思い出すだけでもカジノに行った国は、

マカオ(中国)、ネパール、エジプト、ブルガリア、ルーマニア、クロアチア、

アルゼンチン、チリ、ボリビア、ペルー、エクアドル、メキシコ、グアテマラ
など

日本でパチンコ・パチスロは一切やらないんだけどね。

金額的には、大体トントンか少し負けてるか。

勝率的には7割ぐらいの国で勝たせてもらってる気がする。



カジノの目的はギャンブルだけじゃない。

金を増やしたいだけじゃない。


とにかくあの雰囲気が好きだ。

庶民からVIPまで各々の第六感を信じて、

賭けに興じるあの雰囲気は、

人間の素直な部分があからさまに出てる感じがして、

それを見るだけで面白い。



ツキとかツイてないとかがカジノだとはっきり見える。

ブラックジャックの卓で20か21ばっかり出てる人もいれば、

中途半端に15とか16とかになっちゃって、ディーラーに勝てない人とか、

ルーレットなら3,4箇所ぐらいに重点的にベットして、

そこに3回も4回も連続で当てまくって、一気に元金から3倍とかになっちゃってる人とか、

そういうのを見てるだけで面白い。






今回、世界中のカジノに行きまくってきて、

自分的にはこれでカジノの旅の集大成って意気込みでラスベガスに乗り込んだ。




だがしかし、ゲイのゲイリーとの出会いにより

どうにも調子が狂ってしまったらしい。


あるいはラスベガスは思った以上に強敵だったのかもしれない。


おかげさまであまり面白い展開には至らなかった。


ので、結果だけ。


スロット 20ドルマイナス

ルーレット 40ドルマイナス

クラップス 10ドルマイナス



そして、スリーカードポーカー 

100ドルマイナス




ええ。


そういうことです。





負けました。





惨敗です。




スリーカードポーカーでの100ドルなんて割りとあっちゅーまにいなくなりましたね、これが。





もーね、いいんですよ。



全部、ゲイのゲイリーのせいにしてやるんですから。






胃液まで吐いたら、運も逃げますよ、そりゃ。















自分できれいだと思うものは、なんでもぼくのものさ。その気になれば、ラスベガスでもね。

2011年06月04日 09:36

ゲイのゲイリーから逃げ出していよいよラスベガス。

ゲイのゲイリーのせいで僕に残されたラスベガスでの時間はわずかに2日だけとなってしまった。

ゲイのゲイリーがすんなりと送り届けてくれたホテルは、「IMPERIAL PLAZA HOTEL」というところで、

平日なら1泊35ドル。

35ドルなのに、こんなお部屋。しかもプールつき。行かなかったけど。
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部屋にいてもやることないから街へと繰り出す。


アメリカ経済がリーマンショックでがくっと落ち込んで、

今は徐々に立て直してるのかも分からないけど、

この街はそんなこと全然関係なく、

浮かれる街だ。
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なんかしらんけど、ライオンとかいるし。
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無料でショー見れるし。
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お菓子で自由の女神作っちゃうし、
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カジノの中、写真撮れちゃうし。
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そして、夜になるとこの町はよりいっそう浮かれまくる。

夜、街を歩いてるとどこからともなく「ひゃっほーー」

って聞こえまくる。

どんだけ浮かれてんのか知らないけど、とにかくこの街はこういう街。

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華やかなのはストリップの通りだけかと思いきや、古くからあるダウンタウンも何気に満足度が高い。

このフリーモントストリートエクスピエリエンスなんて、通り全ての天井が音楽に合わせて、

派手やかな映像が流され、さすがアメリカ!ってなもんで完成度が半端ない。
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そして、ダウンタウンにもカジノ多数。
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エルビスいるしね。
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春はあけぼの、夏は夜、そしてラスベガスもやっぱ夜。
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日が暮れるのが遅いので気づいたら12時とかにすぐなっちゃうけど、この不夜城は
そんなこと全然関係なく、照りまくり。清少納言も戸惑いを隠しきれなくてとまどいまくり。
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ってなわけで、ラスベガスはね多少お金なくても結構楽しめるし、
お金あったら、ショーとか見てもっと楽しめるし。
次回はカジノ。

ゲイとゲロ

2011年06月03日 11:21

ロサンゼルスをさっさと出発して、次に向かった先はラスベガス。

この旅を通して、どーいうわけかカジノにも行きまくってるので、

ラスベガスを抜かさないわけにはいかない。



初日、グレイハウンドのバスで4時間ほどの移動をこなし、バスターミナルに到着する。

予約した15ドルの宿に向かって移動を始めるも、

ラスベガスを南北に貫いているバスで、無駄にラスベガスを縦断し、さらに往復してしまう。



無駄に迷った末、宿まで徒歩あと数分と近づいたところで

フォードのハイブリッドカーに乗った男に声を掛けられる。

優しげな雰囲気で若干白髪が目立ち始め、

典型的なアメリカ人っぽく太っているおじさんだ。

「なにしとるん?」

「宿に行くとこ。」

「そーか、そーか。ま、とりあえず車にでも乗りたまえ」

と、なぜか無防備に車に乗ってしまう。

そのまま、彼の車でラスベガスを縦断し、さっき見たラスベガスのストリップの通りを

車上から簡単に再び案内してもらう。

正直、僕としては彼の目的が一体なんなんだか、多少訝しくはあったんだけれども、

そんな怪しそうにも見えない。

彼の名はゲイリー。

今は59歳で、以前三和銀行のロス支店で働いてたらしく、旅行が好きなんだって、

そういういきさつで旅行者に声を掛けたんだとか。

「今まで57カ国に行ったんだよ。」って自慢げに言われたんだけど、

僕にとって、アメリカ合衆国はこの旅で実は58カ国目。

その数字を正直に告白してしまうと、彼のプライドががらがらと音を立てて崩れてしまいかねなかったので、

僕は若干空気を呼んで、「50以上」と答えておいた。


そして、なぜか常に車の中に常備されている彼が旅行したときに撮影したと思われる

あんまり上手じゃない各地の写真を見せられつつ、

気づけば車はラスベガスを離れて、北へ北へ。



どうやら、彼の自宅に行くらしい。


そして、僕が予約したホステルがいかにひどいとこかをとくと説明される。


彼の家にはよく日本人の留学生とかが泊まりに来るらしい。


ラスベガス郊外にある彼の家に到着。


どうやら彼は独り身らしくて、猫一匹を飼っている。

そして、豪邸とは行かずとも3ベッドルームと大きなリビングルームのある

日本と比べると十分豪華な家だ。

そして、部屋の至る所に世界各地で買って来たというお土産が飾られていた。


僕はひとつのベッドルームに案内され、特に泊まるみたいな話にはなってなかったはずだけど、

とにかくクイーンサイズのベッドをひとつあてがわられる。


ラスベガス滞在もそんなに長くはないから、

本当は夜のラスベガスを楽しむために、ラスベガス市内に滞在したかったんだけれども、

まぁ、これも旅の醍醐味って事で、ゲイリーに付き合うことにしよう。



その日は月の綺麗な晩で、家のテラスみたいなところで、

夕食も特に食べてなかったけれど、

日本の500ミリリットルのカンよりさらに大きいカンビールで乾杯。


そして、飲むペースがなぜか速い。


スペイン語でまず勉強しなくちゃいけないのは、「セルベッサ、ポルファボール」(ビールください)

だとか、

旅にとって、大切な三つの事。(なんだか忘れたけど、最後はビールを飲むことだった)

だとか、

世界各国の食事の彼なりのランキングのことだとか。

彼にとっては、

1位 中華料理

2位 フレンチ

3位 イタリアン

4位 アメリカ料理

そして、5位が日本食なんだとか。


おいおい、日本食5位かよ。そしてアメリカの食事より下ってどういうことだよ。

とも思ったけど、彼は激しくメタボだし、日本の健康的なローファットな食事よりは

脂っこい、肉肉しいものが好きなんだろう。納豆もあかんって言ってた。


彼の思想も典型的なアメリカ人って感じで、

カナダはアメリカに対してとやかく言うけど、ただの嫉妬なんだとか

イスラム圏の人がいかにダメなのかだとか、

とにかくアメリカに対して文句を言う相手に対して、全てに文句を言っていた気がする。



そうこうして、気づけばビールが5本目。

このビール、アルコールが8%ぐらい入ってることにいまさら気づく。


で、なぜかおもむろに指相撲をし、彼の巨大な親指に、僕の華奢な親指は

圧迫しさせられそうにつぶされていた。




そして、ついに彼がカミングアウトをはじめる。


「I am gay」







「ちょっと待て、おっさん」


手を握ってこようとするので、静止。


「ゲイは嫌いか?」



「いや、別に好きとか嫌いの問題じゃなくて、俺はゲイじゃないから。」



悲しそうな顔をするゲイのゲイリー・・・・。


「一緒のベッドで寝よう」



「ノーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーゥ」



幸いにも彼はそのままショットガンを持って、僕を蜂の巣にするようなことはなかった。




ということで、その場はお開き。

僕は何も食べずただひたすらビールを馬鹿みたいに飲み、ゲイの話を聞き、

ゲイの家のクイーンサイズのベッドで、ラスベガス最初の夜をすごした。




翌朝、

久しぶりに激しい二日酔いに襲われ、

当然すきっ腹であれだけ飲んだらそーなるわけで、

ゲロゲロと3度か4度に分け、胃液に至るまで

何もかも全てを吐いてしまい、壮絶な気持ち悪さで

二日目のラスベガスを迎えた。




ゲイリーは「もう一晩泊まっていけ」と言うけれど、

彼の家に泊まっていると、ラスベガスを一切楽しめない上に、

そもそもゲイの彼に何されるか分かったもんじゃないから、

高級ステーキを今晩はご馳走するという誘いも断りまして、

その日はストリップにあるやや高級ホテルまでつれてってもらい、

ゲイリーとは永遠のお別れをしたのでした。




グッドモーニングロサンジェルス

2011年06月02日 12:08

いよいよ本格的な北米。

アメリカ合衆国にやってまいりました。

メキシコのティファナからサンデイアゴへと入り、バスからの車窓はガラリと

変わって、まさに世界をリードするスーパー先進国。

メキシコだって、ずいぶん発展してると思っていたけど、

やっぱりこのアメリカの光景を目にすると、両国間には激しいギャップが感じられる。


そして、とにもかくにもロサンゼルス。


地図を見る限りあまりに広大すぎて、今までのように公共交通機関じゃ太刀打ちするのが

だいぶ困難な上に、当然のごとく物価が高い。


ロスなんて来ようと思えば、割と簡単に来れるだろうから、今回はさわりだけさらさらっと。

とりあえず。
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親子です。冷静に考えてみて、こんな親父どうなんだ?
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スケーボーがごくあたりまえに普及しまくってる。
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リトルトーキョーに行って来た。日本に比べると高いけれど、豊富な在庫の紀伊国屋には感動したというか、
日本の本読むのが楽しすぎて、楽しすぎて、帰国の楽しみがひとつ増えたわけです。
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定番の手形
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それと、LACMA(Los Angels Country Museum of Art)っていう美術館へ。
ここ平日17時からは無料なんすね。(曜日によって違うかも)
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アジア、ヨーロッパ、アメリカ、イスラム、エジプトなど各地域で建物やエリアが別れていて、
どれもこれも結構なボリューム。
定番のダリだとかピカソだとか抽象画の耳切っちゃった人の作品だとかアメリカの現代美術だとか。
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Japanese artはそれ専用にこんな建物が用意されていて、実に久しぶりに日本の芸術を堪能。
The Japanese Pavilion

やっぱり日本の芸術ってのは世界に誇れまくるなって実感。
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無料の割には、だいぶ楽しめる。そして、僕が世界中で見まくってきた作品のおさらいみたいな感じで、
特にエジプトだとかイランだとか中国だとかの作品は懐かしかったなぁ。
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海外では最大の韓国の芸術品が展示されてるスペースもあったんだけど、わずかに100点ちょっとだけで、おいおい・・・って感じ。似たようなもんばっかりだし。つぼとかね。

これはただの街角の落書き。
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それと、海。
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まぁ、こんなとこかな。

ディズニーランドも有名人のお宅拝見だとかやってませんです。

最後の治安悪化地帯を移動しまくって、ついにあの国

2011年06月01日 22:54

グアダラハラのバスターミナル。

ここで、今後のメキシコ北部についてどう動いていこうか検討した結果、

15分悩んだ後、アメリカとの国境ティファナまでのチケットを買ってしまった。



メキシコは想像していたよりも大きな国で、各地でその見所の性格が全然違うので、

ほんとうに魅力的な国でした。英語もたまに通じるし。

そんな国に後ろ髪を引かれながら、僕は2泊3日のバス移動を選択した。


メキシコ北部ってのは、うわさで聞く限り物騒だ。

最近でも、麻薬組織絡みの抗争で120の遺体が見つかったとかってニュースを聞いた。

そして、犠牲者の中には長距離バスを利用した外国人旅行者が含まれていたとか。

物騒すぎる。そして話がリアル。


今まで、リオデジャネイロやカラカスや南アフリカの都市なんか危険だって噂を聞いていた場所に

行ってきたけど、こんな具体的なニュースはなかなか入ってこなかった。


それに比べると、このメキシコ北部でのニュースは、どうにも現実的で

自分も巻き込まれそうな気配がして怖い。

メキシコ各地の性格の違いを考えると、ほかの町で大して危険を感じることは少なかったけれど、

なんだかやばそうだ。



飛行機の使用も少し検討したけど、結局バス乗っちゃった。

だから、ちょっと高級なバスを利用。


そんな高級バスは乗車前に飲み物とお菓子が配られる。
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約36時間の移動なので、こんな量じゃ足りないのは分かりきってたから、

自分でも2.5リットルのジュースとメロンパンを用意。



治安対策は皆無だったけど、空腹対策は万全。




バスの中で二度夜が明けた。


そして移動中、信号も何もないとこで停車した場合はたいてい検問で、

警察がバスに乗り込んできて、適当に仕事をして降りていく。

一度だけ国境越えのようなゲートがあって、全員の荷物をくまなくチェック。
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高級で快適なバスは、検問といくつかの町での停車を除けば、極めて順調に北上を続け、

本州と九州まですっぽり入ってしまいそうな距離を移動し続け、

僕も慣性の法則に従って、穏やかに淡々と眠り続けた。


日が沈んで、何もない平地のはるか遠くに見える山々がシルエットとなり、

反対車線を走る車のライトだけが唯一の変化で、

それ以外は本当に落ち着ききった世界。

そんな景色をいつのものように眺め続けていると、

どこか物寂しい気分になる。

世界がどんどんと無になっていく感じがして。


とにかく、そうして36時間の移動は

強盗もマフィアも麻薬組織もすりも泥棒も現れることなく

極めて平穏に終わり、

早朝5時過ぎにメキシコ最後の町ティファナに到着した。

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以前は24時間のバス移動で、無駄に意味不明な「絶望」を感じていたのに、

36時間の移動があまりにあっさりと終わってしまった。

そして、そのままティファナのバスターミナルで

アメリカ行きのバスに乗車。国境に辿り着くと、過去に見たことのない長蛇の列。
それは人も車も。
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バスは専用レーンがあって、アメリカ入国もすんなり出来たけれど、普通に渡ろうとしたら

ゆうに1,2時間は待たされておかしくないほど。

アメリカ合衆国の相変わらずの人気っぷりには、嫉妬しますわ。






この町ももしかしたら、住んでもいいかもしれないね。

2011年06月01日 11:39

メキシコ第二の大都市グアダラハラ


メキシコシティと比べると観光資源はだいぶ少なくて、

町の中心の大通り沿いにある大聖堂や

世界遺産のオスピシオ・カバーニャスぐらいなものだから、

正直なところあまり面白くはなかったけれども、
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このグアダラハラの人口は、165万人ほど。

これは僕の故郷、札幌市と同じぐらいだ。

そして、1時間ぐらい離れた場所にある長距離バスターミナルから

町の中心部に向かう最中に町を眺め、そして中心部を歩いてみると、

景観はまったく違えど、

なんとなーく札幌と似たような規模だって感覚が、

なんとなーく自分の居心地センサーに反応してくるわけ。
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それなりの規模だから、そんなには退屈しないし、

大きすぎないから、そんなには窮屈しないだろうし、

そのなんとない極めてあいまいなフィット感がグアダラハラの魅力なのかと思う次第。



実はわずか4時間しか滞在しなかったから、

何にもわかっちゃいないんだけどね。
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メキシコシティを出てからグアナファトで1泊、そしてグアダラハラには夕方到着して、

そのまま夜行で北を目指しまして、次に向かうは・・・・

ま、グアダラハラもグアナファトも知名度があまり高くないので、

ちょっと想像するのが難しいかもしれませぬが。
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