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恐らく中南米で一番の

2011年05月31日 16:32

何が一番かっていうと、

中南米の無数のコロニアルシティの中における

町としての美しさ。ヨーロッパっぽさ。

これはあくまでも中南米が対象であって、

範囲を世界に広げてしまうと、恐らくあまりに手ごわすぎるヨーロッパの

数々の美しすぎる都市と勝負するにはやや厳しい。




とはいえ、中南米一ともなると、そのコロニアル・・・

そもそもコロニアルっていうのはスペインの植民地時代に作られた

建物の様式の事なんかを指すわけで、

当然中南米は、長い長いスペインの統治の歴史を持ってるおかげでコロニアル様式だらけ。




とにかく、その僕の主観的ランキングで栄えある1位に選ばれたのがグアナファトという町。

グアナファトは起伏にとんだ地形で、町の至る所に地下道が走っていて、

ほとんどの道がくねくねと折れ曲がっているので、

方向音痴な人間は一度散歩に出たら戻るのは至難の業なんじゃないかと思ったりもする。


そういう町って、一見や二見じゃ簡単に把握できるもんじゃなく、

おかげさまで町歩きをしていると、何があるのか分からなくて楽しい。

何が起こるかわからないから旅だからね。
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しかし、なかなか写真ではその良さが伝わらなかったりもするので、
是非確かめて頂きたかったりもする。
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市場を上から見る絵っていうのは、なかなか好きです。
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なかなかひとつのフレームでこの町の魅力を伝えきるのはとても難しい。

ヨーロッパみたいな洗練された完璧な美しさじゃなくて、

ところどころ中南米っぽく汚れた部分があって、

ワンフレームで撮るとどこかにその汚れた部分が写りこんでしまうわけ。



だから、この町は是非是非歩いて頂きたい。

狭い路地やカラフルな家、典型的なコロニアル様式の教会、

ところどころにあって旅人を惑わせる地下道、丘からの夜景や市場など

その町の全体を捉えて初めてグアナファトの魅力が存分に伝わるのです。


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より高く、よりでかく

2011年05月29日 17:23


中南米にはいくつもの遺跡があって、

それはインカやマヤを中心として、さまざまなパターンがあって、

実際、その中で尋ねた遺跡は数少ない。


その理由は、「もう石の遺跡には飽きた」わけだけど、

それでもメキシコシティ近郊にあるティオティワカンに

やややっつけ仕事気味なテンションで行ってきた。



メキシコシティの北バスターミナルから30分置きぐらいに

バスが頻発していて、とにかくティオティワカン行きのバスのって「ピラミッド」で降りれば着くから、

アクセスがいい。



このティオティワカン遺跡、敷地がかなり広大だ。


ここに一大都市が存在していたらしく、そこに10~20万人の人々が

暮らしていたというのだから、それも当然なんだけど、

それをそのまま遺跡にしちゃってるもんだから、

観光する身としては、ちょっとこのだだっぴろさに

やがて訪れるだろう疲労や煌々と輝く太陽に照らされて体力が消耗するんじゃないかと

いきなり心配になる。



まぁつべこべ言ったところで何も始まらないので、

最初に現れるのは、ケツァルコトルの神殿。

ここでも結構な規模を誇っているというんだけど、まだまだ強敵が残る。

この神殿と呼ばれる場所には、当時の文化の痕跡を残す動物の顔をした石刻がぶいぶいと

飛び出している。
#SC_1005


そして、この神殿が見える城塞と呼ばれる場所から南を望むと、

はるか遠くに二つの巨大なピラミッド。
#SC_1003
正直、うんざりするような距離だぞ、これ。



まぁ、仕方ないので歩く。歩く。その名も「死者の道」とやら。


ちなみにこの各地名は、ティオティワカン人ではなく、この文明が滅びた後にやってきた
アステカ人が名づけたんだと。


とにかく歩きまくって、次に現れるのは「太陽の神殿」標高60メートル。急な階段。
#SC_1016


この遺跡群の中で一番高い太陽の神殿を上りきると、360度ティオティワカン遺跡が見渡せ、

その背後に見える山々なんかも何か意味深にさえ思える。
#SC_1029

そして、2000年前のティオティワカン人と同じ景色を見ているのかなと、

ちょっと古代のロマンに浸ってみる。

頂上に書いてあった落書き。「ディアノを愛してる」世界遺産なんだけどね。
#SC_1018


そして、ラスボス「月の神殿」すでにこの時点で3万歩ぐらい歩いてる気分。
#SC_1046


ラスボス「月の神殿」は頂上まで行くことができないので、実はあっさりとクリア可能。

そしてそこから自分が歩いてきた「死者の道」が見渡せる。

人間が米粒のようだ。これでこの遺跡のスケールのでかさが分かっていただけるかと。
#SC_1048


こんな感じでざっくりとティオティワカン遺跡なわけだけど、

久々に遺跡に対して感動を覚えた。

まず、何しろでかい。

そして、それほど期待してなかった。

さらにでかいだけじゃなくて、何もかもがとても精巧に作られている。

その辺は、エジプトのピラミッドよりも全然精巧で個人的には

古代エジプト人よりこの古代ティオティワカン人の仕事の丁寧さがとても好き。

だって、エジプトのピラミッドってよくよく見るとだいぶ雑。


高度な天文技術を使用して作られたと言われるこの遺跡。

さらには、残された文章の解読がほとんど進んでいなくて、

ティオティワカン文明の全貌が全然明らかになってなかったりと、

ロマンたっぷりのこの遺跡。

久々に石の遺跡に感動しましたね。
#SC_1051


それと、でかいつながりで、メキシコシティにあるこのディエゴ・リベラだとかの壁画。
これもまぁまぁ面白いよ。
#SC_1079

この大都市に住むことは僕にとって極めて魅力的な気がします

2011年05月29日 16:33

泣く子も黙る世界有数のメガシティ、メキシコシティ。

僕はそんなメガメキシコシティにやってきたのです。

メガメキシコシティは、感覚的なものだけれど南米の大都市の

ビッグリマやビッグボゴタなんかに比べても、桁違いの大きさを肌で感じられ、

世界中の大体の町は、2日や3日居ただけで、勝手にその町のことが分かったような気になれるのに

対して、このようなメガシティに来て見ると、

たかだか1年住んだところで、この町を掌握するのは難しいだろうなと

直感で感じる事ができて、

そういう感覚はイコール「簡単にこの町には飽きない」わけであって、

僕の心はやや躍るわけです。



のんびりとした田舎の町も好きだけれど、

やっぱりこの様な巨大な都市には、

魑魅魍魎とした計り知れない裏表のありまくる

漠然とした魅力が潜んでいると感じ、

その全貌を徐々に覗いていきたいという欲望に

僕はかられたわけなのです。



ということで、巨大すぎるために細かくひとつひとつ紹介するなんてことをしてしまうと、

折角暮れた陽が、再び昇ってしまいかねませんので、

簡潔に記載させていただく事にいたします。

こちらは革命記念塔の守衛さん
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革命記念塔に群がるデモ隊のみなさん。極めて平和的デモ。ってかこれデモ?
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メキシコシティで見かける警官の数は半端ないのですが、彼らが真面目に働いてるところをほとんど見かけません。
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魑魅魍魎としてるでしょ。
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これは確かテンプロマヨールとかって遺跡にあった顔かお顔かお顔。
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これは、中南米最大といっても過言ではない国立人類学博物館近くの公園でいちゃつくカップル。
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これは、中南米最大といっても過言ではない国立人類学博物館で最大の見所といっても過言ではない太陽の石
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以下、国立人類学博物館の展示品の数々

トルテカ文明のやつ。
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唇がうにゅってなったやつ。
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半分以上欠けちゃったやつ。
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世界の各人種の顔と骨格。「僕は君の骨格が好きなんだ。結婚してくれ。」
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こちらは、大変居心地のよいスペースも広くて快適な日本人宿「ペンションアミーゴ」
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以下、メキシコ国立自治大学の有名な巨大壁画 ぱーとわん
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メキシコ国立自治大学の有名な巨大壁画 ぱーとつー(おもて)
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メキシコ国立自治大学の有名な巨大壁画 ぱーとつー(うら)
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そういうことでメキシコシティの魅力は、1万分の1%も伝え切れないまま、

メキシコシティについては、これでおしまいなのですが、

ひとつだけ特記するとすれば、僕はこの町で生まれて初めて親子丼を作りました。



融合

2011年05月26日 23:47

サンクリストバルデラスカサスからわずか20分北に上がったところに

なかなか奇妙な信仰をしている民族がいるってことで、

(ただ近かったからだけなんだけど)

行ってきた。


サンファン・チャムラという村。


到着すると、なにやらピーヒャラドンドンと中心部の教会周りが騒がしく、

行ってみると、民族衣装を着た方々が各々楽器を持ってる人や

ただ草を束ねたものを持ってる人たちが、集団でどこかに向かって歩いていた。


時折、強烈なロケット花火が宙に上げられ、華やか。

なんだけど、写真撮ろうとしたら、


のーーー。


って言って、とめられた。どうやらここの人たちは写真撮影されるのをずいぶんと嫌がる。
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そして、この教会。入場料を払わなくちゃならないんだけど、ただのカトリックの教会ではない。
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スペインがこの地域を支配し、キリスト教伝道しまくるわけだけど、
ここの方々は土着信仰を捨てきれずに、それでもスペイン人が強制的に改宗を
強いり、それでも抵抗した結果生まれたと想像される
キリスト教徒と土着信仰が融合した宗教。何教って呼ぶのだか知らないけれど。

教会内部も、世界中にあるありとあらゆる教会とは完全に一線を画しており、

まず椅子がない。皆、床にそのまま座る。

床一面には、松の葉が敷き詰められている。

信者の方々はその干草を少しずつ避けて、開いたスペースにおびただしい数のロウソクをたてまくる。

そして祈りの方法も、なにやらぶつぶつと何かに取り憑かれたように唱え、怪しげに祈っている。

まるでキリスト教とは思えない。


教会内には、信者の人たちが残していったローソクがそのまま火が灯ったまま多数残され、

教会内部は、その奇妙な呪文と数多くのローソクとで、不思議な神々しさを持った空間を作り出していた。

教会内部、ちょっと撮っちゃった。ごめんなさい。


お金払ったら撮らしてくれた.14円。
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衣装はかなり独特。どこかアイヌっぽい感じも。
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十字架もだいぶ雰囲気が異なる。
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お土産はこの一体共通っぽい。
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得体の知れないフェスティバルは、なんだか得たいが知れないままなにをするでもなく、
とにかくロケット花火がたまに打ち上げられながら、続いていた。
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日本だって、もしどこかの列強に侵略されて植民地になったら、

当然キリスト教への改宗を強いられたんだろうけど、

その場合あっさり神道や仏教は捨てたんですかね。



サンクリストバルデラスカサスと反グローバリゼーション

2011年05月26日 09:38

グアテマラのケツァルテナンゴには4泊ぐらいしたんだけど、

まぁ特別これといって書くことも無いので、次へ。

タカハウスっていう日本人宿は、ザ・日本人宿って感じでした。

あそこ泊まるだけのために、シェラいっても面白いんじゃないかな。




ケツァルテナンゴから国境目指して、再び勇往邁進とばかりに

チキンバスに乗りまくり、揺られまくり、

8時間・・って聞いてたけど12時間。もう12時間の移動なんて屁でもない。

想定内もはなはだしいってぐらいに想定内。

日中ずっと移動三昧。

こんなバスに乗ってね。
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国境もすんなり超えて、やっぱりメキシコに入るとバスの種類なんかも変わったりするし、

メキシコ人とグアテマラ人ってのも見た目違ったりして、国境越えたことを実感致しまして、

兎にも角にも、辿り着いたのはサンクリストバル・デラスカサスという

民族関連では、たぶんメキシコで一番有名じゃないかって町。




昔々はマヤの方々が暮らしてたんだけど、それをスペインからやってきた

コンキスタドールの方々がわんさか地元の方々を殺しまくって作ったのが

この辺の建造物達。中南米中どこもかしこも似たようなもんばかり作りおって、まったく。

ホベル。
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サクリストバルデラスカサスには、それでもいまだに民族衣装を着用した先住民系の方々の割合は割と多く、
ただのコロニアルな町ってだけじゃないとこがみそ。お土産も豊富。安いし。
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そして、この町の近くにはメキシコのゲリラ組織サパティスタ民族解放運動のエリアがあって、
そこを訪れるツアーなんかもあったりする。行きたかったけど。行かなかったけど。こんな格好してて、
彼らの独特な衣装はもはや観光名物。
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サパティスタの歴史は割りと新しく1994年。北米自由貿易協定が発行されたタイミングなんだと。

地元農家がお隣のアメリカの大規模生産してる農家と戦う競争力なんてあるわけねぇじゃねーかこのやろ。

と、インディオを中心に立ち上がって出来た組織なんですね。

インターネットを利用して彼らの主張を世界に発信し、国際的に支持されてるらしい。



日本のコメ農家のこれ位の命を掛けた意気込みがあれば、

国民の注目をもっと集めて、システムに縛られてるばかりじゃなく、

新しいスタイルが創造されたりするかもしれなくて、面白いかもね。

いざ、平成一揆!!
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サンクリストバルデラスカサス(サンクリ)結局、一泊しか出来なかったけど、なかなか見所ありですよ。
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世界を不幸にしたグローバリズムの正体世界を不幸にしたグローバリズムの正体
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ポイポイポイポイポイポイポイポイポイポイ

2011年05月25日 09:30

ポイwith fire.

ポイじゃなくてもだけど、人間ってこの大きな炎を目の前にすると、

虫のことを馬鹿に出来ないほどに、火に夢中になっちゃうよね。

ってことで、これ全部ポイっす。


炎の前に言葉はいらないよね。だから写真だけ。
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played at Takahouse in Xela.


馬に乗って旅するってのもありだよね。ドナドナ市

2011年05月24日 09:59

さて、ブログを何とかリアルタイムに追いつかせるために怒涛の更新中。

残念ながら、まだまだ2週間近いギャップを抱えてるんだけどね。




サンティアゴアティトランからパナハッツェルに戻って、

北上を続け、辿り着いたのはケツァルテナンゴ(通称シェラ)

そこから日帰りで簡単に行ける市が毎日どこかしらで開かれていて、

各市とも一風変わった個性を持った市でして、

陶芸やら生地やら家畜やらと、グアテマラを堪能できるわけです。




そして、今回訪れたのは家畜市と呼ばれるエルアルトで開かれている市。


家畜市ってことで家畜が売られていられるわけっす。


豚、一匹2500円。
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羊、一頭3000円。
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馬、一頭30,000円。
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30000円で馬買えちゃうなら、ここで馬買って、メキシコ、アメリカをのんびりと北上するのも
ありだななんて、不覚にも思ってしまったわけで。
なにしろ、30,000円で馬券買って、紙くずにしちゃうような人もいるわけで、
紙くずにしちゃうぐらいなら、本物の馬買っちゃったほうが全然建設的だよね。間違いなく。
馬パッカー。

エルアルトの人達、なんかいい感じでした。ツーリストがどうだかとか関係なく、
他人に対しての素直な反応がにじみ出てまして。
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なかなか面白い市でしたぜ。
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牛一頭、50,000円ぐらいだったかな。
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この子は、ずっと一頭の豚売りっぱなし。どなどなどなどな
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「この猫食うの?」って聞いたら、「飼うのよ」だって。一安心。なぜか写真撮っちゃだめっていわれた。
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家畜だけじゃなくて、食料もたっぷり売っております。
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日本で着用してたらウキウキウォッチングになりそーなグアテマラの正装。
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この人の写真を撮った記憶がまるで無いんだ。勝手に僕のメモリーに入ってきた彼女。
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違法にコピーされまくってるCDやらDVDを無性に欲しがる子。
「買って買って買って」 「ダメよ、うちはそんな安物買うほど落ちぶれちゃいないのよ。正規品を買うわよ」
「でも、正規品どこにも売ってないんだもん」「たしかにそうね。グアテマラで正規品なんて見た事無いわね。」
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僕のお尻がランブータン by 大泉洋  
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グアテマラ人女性は、やたらと歯を金にしたがるようで、金にした上にさらに星までいれたがるようで、
歯に星が入った人、結構見ましたね。
でも、歯に星あったら見えなくなっちゃうから、やっぱり星は空になくちゃあかんと思いますよ。
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ということでして、エルアルトはなかなか面白かったですね。

エルアルトといえば、ボリビアの首都ラパスに隣接して毎週木曜日と日曜日に市が開催される

あのエルアルトを彷彿とさせ、

どちらも単純に「たかいとこ」っていう名前の町なんだけど、

人は高いところに市を開きたがるんですね。サンプル2件だけど。





サンティアゴ・アティトランの皆様

2011年05月23日 10:16

グアテマラといえば、やっぱりティカル遺跡。


それも見ちゃったら、やっぱ民族だよなぁと思って


一枚のポストカードに惹かれて辿り着いたのは、


パナハッツェルの対岸に位置するサンティアゴアティトランという町。



写真盛りだくさんでお楽しみください。
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おみやげいっぱい その1
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おみやげいっぱい その2 何にも買ってないけどね
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グアテマラの各地域でこのカラフルな色使いも少しずつ違ってきます。
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湖で取れまくったと思われるえびえびえべびびびえべ
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サンティアゴアティトランで珍しいのは、男性もが民族衣装を着ているとこ。
こういう地域はなかなかないんだぜ。ただ、女性と比べるといまいちコンセプトがつかみづらいね。
一見、寝巻きだし。
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ほんと、みんなこんな格好ばっかしてる
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そして、頭に器用にモノを乗っけて運ぶパターンの人達
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湖で洗濯。湖はどんどん汚れてく。
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公衆の洗濯場がございます。女どもは、洗濯物を頭に乗っけてここまで運び、せっせせっせと洗うのです。
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ほとんどの女の子が、いくつになったらか分からないけど、
母親につきっきりで家事に専念をするようになるっぽい。
そして、そのうち頭にモノを載せることに簡単に慣れていくっぽい。
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そういや、これがグアテマラ名物チキンバス
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ええ。
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中心部にある市場。買うのも売るのもみんなこんな格好
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おみやげ その3くらい
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何画つうんすか、これ?
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何画つうんすか、これ? その2
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アティトラン湖湖畔のサンティアゴアティトランでした。

意外とツーリスティックというか、外国人慣れしていて

現時人の外人に対するピュアなリアクションなんかはまったくなし。


あまりに民族服の着用率高いから、これは結構新鮮でしたね。

日本が開国しなかったら、いまだにこんな感じで皆着物着てたんかね。

別にここの人達は鎖国してないけどね。


アティトラン湖畔にはここ以外にもいくつかこういった民族の集落があって、

物価もパナハッツェルより安かったりするらしいんで、

是非是非足を運んでみては?





村岡さんちとマイケルのおいしいコーヒー

2011年05月22日 09:35

さてさてパナハッツェル。


ここはアティトラン湖畔のツーリスティックな町。


グアテマラの移動は、とりあえずバスターミナルらしきとこで目的地叫んどけば、

わんさかと時間とか関係なくバスがあるから、楽



お邪魔したのは「ホテル・エル・ソル」という村岡一家経営のホテル

50ケツァル(500円)の割には設備は充実していて、大変清潔。

そして、風呂場があって、一人用の浴槽に浸かれるのがなにしろありがたい。

欠点は、町の中心から結構距離があるって事と、WIFI使うのに別料金取るって事と、

かつ丼の肉がちょっと硬くて、汁が多すぎる割に、宿代より高い(600円)って事かな。

まぁ、とにかく素敵な宿でした。ぶれぶれだけど。
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パナハッツェル名物は、このカフェ 「CROSSROADS CAFE」
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オーナーのマイケルがいいやつ。何も言わんでも、勝手にグアテマラのコーヒーの歴史の分厚い本を
持ってきてくれるし。そして、パナハッツェルを訪れるツーリストにはけっこー有名。
コーヒーもうまい。そして、お代わりフリー。豆買ったら、コーヒーフリー。
たまに日本人に折り紙折らせて、折り紙折っても、コーヒーフリー。
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小さい店だけど、マイケルのコーヒーに対する健気な思いが凝縮された素敵なお店。
本当に素敵だなと僕の心にぎゅっと染み渡るお店でした
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そんな ぱなぱなぱなぱなパナハッツェル
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本当は、アティトラン湖とそのバックにたたずむアティトラン火山なんかも素敵。

だって、世界一綺麗な湖だとか。

摩周湖も負けてはいないと思うけどね。
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ワン、ツー、スリー、ふぉー、ふぁいぶ、えいと、ないん、てんって英語の練習してたよこの子
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お次は、アンティグアからフェリーで対岸に行ってみるわけです。

中南米最大の噴水って言われても・・・

2011年05月21日 12:11

グアテマラの首都グアテマラシティがなかなか危ないっていうもんだから、


国境からのバスで降ろされてすぐに乗り換えて、アンティグアへ。



グアテマラシティってのは、ごしゃーっとした首都でした。

まるでレゴブロックをぶちまけて、そのまま都市にしてしまったような感じ。



ってことで、世界遺産のアンティグア


アンティグアは、世界遺産だからっていうよりも

スペイン語の勉強が大変お安いってことで、人気がございます。


でもね、僕はもうスペイン語にお世話になる時間もそろそろ終わりに近づいてるので、

この町に滞在した時間も

ティーパックがお湯に染み渡って紅茶になるのにかかる時間ぐらいなもんで、

とりあえずこれがアンティグア。
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山々に囲まれた高地にあるコロニアルシティで、グアテマラシティから近い割に
治安は悪くないから、旅行者はとりあえずグアテマラシティを避けて、こっち来るらしい。


この町に、いくつか教会だとか、過去の地震の爪痕だとか入場料払ってみるとこがあるんだけど、
ほぼ無視して、一箇所だけ訪れたのはここのカテドラル
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教会入るのは、もちろん無料。ミサやっとった。この煎餅らしきものを神父さんに食わしてもらう儀式、
クリスマスでも見ますた。
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教会の裏に、大噴水がある。中南米一の規模を誇った噴水らしい。でも、水出て無い。
水出てなきゃ、まるで意味無いよ。
音の出ないクラリネットみたいなもんだよ。
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町並みは、中心部ほどこうしてカラフルでコンパクトな建物が並んでたりして、お散歩するには
まぁまぁ楽しいっす。
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アンティグアの真髄を写真でとってないっぽいけど、とりあえずこれがアンティグア
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欧米からのツーリストやらもけっこーいたね。この人達は違うけどね。
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つぅことで、ばいばいアンティグア。

両替マジックで危うく。。。

2011年05月21日 11:38

さて、素敵なホンジュラス、

エルサルバドルをめぐる素敵なスタンプラリーを終えまして、

再びグアテマラ入場。



国境で両替しようと思ったら、騙されかけまして。


グアテマラの通貨はケツァル。

大体、1ドルが7.5ケツァルなんですね。

そして、国境越えのときにエルサルバドル側で「7.3でどーだ」って言われて、

とりあえず無視して、グアテマラ入国しちゃったんですね。



そして、グアテマラに入ってタクシーの運ちゃんが

「8.75でどーだ」って言ってくるんですね。



「おうおう、いいレートじゃないっすか。換えてちょーだいな、おっさん。」

と僕はのこのこと60ドルの両替をお願いしちゃったんですね。



で、電卓をたたいて数字を導き出すんだけど、単純に60×8.75って打てばいいものを、

8.75の後に、なんやかんやバタバタとさらに数式を加えるわけですね。

この上なく簡単なはずの掛け算を、なんやかんやと訳分からなくするんですね。


それで導き出された数字が 375・・。



何を思ったか僕はこの時、そのまま375ケツァルを受け取ってその場を離れてしまったんですね。


そして、10歩ぐらい歩いて気づいたんですね。



おかしー。と。


そりゃそーですね。



で、おじさんに




のーーーーーーーーーーーーーーーーー



言って、もっかい計算直させたんですね。


でも、おっさん何度も複雑な計算式で金額を導き出すもんだから、


「電卓貸せ、こんにゃろ」言っても、なかなか貸さないんですね。


そりゃそーですね。


でちょっと貸してもらっても、僕が

 6 ・・ 0 ・・ かける ・・・って打ったとこぐらいでなぜか電卓没収するわけですね。



でやっぱり、わけのわからん数式で375を導き出すんですね。


僕は再び電卓を取りあげて、 60×8.75の計算に成功するわけです。


必然的に575という数字が出てくるわけで、


575ね。って差し迫るわけですよ、おっさんに。



そしたら、おっさんは「これじゃできない」言うわけですよ。


できないじゃないですよ。8.75言うたんやから。

で、結局「7.0でどーだ」みたいな話になりまして。



のーーーーーーーー


言って、最終的には60ドルを分捕って、

ほかのまともな人間と「7.3」で両替しましたって話です。


ちゃんちゃん。



鼻から人間を信用しすぎるのも国によっては、ほどほどに。



ってことで。



滞在時間16時間でごめんなさい

2011年05月20日 19:45

ホンジュラス国境を越える。

国境から続く道を10分歩く。

バスに乗る。

US1.7ドルを支払う。

4時間、日が暮れつつある車窓を眺める。

夜のエルサルバドル首都サンサルバドルに到着してしまった。




エルサルバドルとサンサルバドル。


なんとなくイメージは内戦だけど、今はそんな物騒な事に陥ってない事を心からお祈り申し上げる。




日没後に到着しちゃったもので、とりあえずバスターミナルから安宿がありそうなところへ、

路線バスで移動して降ろされた場所は、

道行く人が恐ろしく少なく、電灯も少なく、恐ろしい場所。


なんとなく中米各国の首都ってのはどこもかしこもまとめて危険なイメージ。


実は、サンサルバドルも御多分に漏れず、やっぱりそこそこ危険らしい。



数少ない通行人に安いホテルの場所聞いたら、親切にも教えてくれて、

あっさりと見つかってくれて、ほっとした。




ただ、こういう都市での暗い道において人通りが少ない状況で、

全ての所有物を抱えて歩くというのは

たまらなく緊張する。


何しろどこからともなく銃やらナイフやらを所有した悪党どもが、

有無を言わせずに僕をぼこぼこにして、身包みはがしてくれる可能性が

わずかでもあるわけで、今思ってもあれは緊張したひと時だったと我思う。



そんなハードルをとにかくクリアーして、僕はサンサルバドルでの朝を迎え、

もうほとんど何をしていいやら情報が無い中、兎にも角にも町の中心へと向かう事にする。

中心部は、政治機能や経済機能が集中してるっていうより庶民が利用する店がごちゃっとしてる。
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そして、やっぱり治安が悪いのか、ただの薬屋の前でこの装備。
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コピー天国。先進国以外、アジア、アフリカ、中南米まるごと著作権という概念は存在していないと思う。
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ごりっとイチオシされてる、サンサルバドル中心にあるカテドラルの装飾。
そして、これが全て。(Catedral Metropolitana de San Salvador)
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香辛料やさん。香辛料は豊富なのに、その辺の店の食事はいまいちなんだよな。ぽるけ?
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朝っぱらから活気だけはありまして。
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ちょっと歩きつかれたから、公園でぼーっとしてたら

宗教の勧誘。ものみの塔の皆さんは世界中どこ行っても変わらぬ雰囲気を持ってらっしゃる。



それを断ると、携帯電話の勧誘が到来。

スペイン語あんまし分からんのよぉ。って言ったけど、

日本のアニメが好きだとか言って、なんか色々喋っていった。



いつもいつも海外で人気の日本のアニメは「ナルト」よね。

でも、「ナルト」の事一切知らないもんでして、相手が何人であろうと、

もはや日本人相手だろうと、僕は「ナルト」の話はできませんよーだ。


多分、彼はジャッキーチェンを装ってるんだと思われる。
僕は「チーノ」じゃありませんよーだ。
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サンサルバドルも午前中だけでさっさと終わり。そして、さっさとエルサルバドルも終わりまして、

再びグアテマラを目指したのでした。




滞在時間1時間半でごめんなさい

2011年05月19日 19:11

元々予定にはまったく持って皆無といっていいほど来る予定の無かったホンジュラス。


グアテマラにいるときですら、行くことを何度もためらったけれど、


中米エリアの米粒のような小ささから、移動が楽なんじゃないかって推測と


僕のこの旅での訪問国をカウントすると、あと2つばかり行くと、


割とキリの良い数になるという、正直言ってホンジュラスがどうこうとか関係の無い理由で、


僕はホンジュラスに行くことにした。




グアテマラのチキムラをセマナサンタ(イースター)の朝に出発。

まず目指したのはエスキプーラスというグアテマラ-ホンジュラス国境から割と近い町。

この町にもこんな風に町の中心にもれなく大きなカテドラルがそびえる。
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そして、実はこの中に黒いキリスト像なるものが潜んでいるらしく、

それこそがこのエスキプーラス随一の見所だというのに、

僕はあっさりと教会に入ることもせず、国境へと向かった。


なにしろ、それを見るために物凄い行列が予想され、バックパックも背負ってたし、

正直、黒いキリストに対して何も惹かれる物がなかったので・・・・

トゥクトゥク
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これから僕の隣に座ってきて、僕の座席を執拗なまでに窮屈にさせてしまうおばちゃん
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ということで、エスキプーラスからミニバスに乗ってボーダーへ。


この辺の地域は、交通機関が異常なほど頻発しているので、30分もどこかで待機するという事態が無い。

おかげで何度も何度も乗換えが必要なんだけど、あらかじめ情報が無くても、

地名さえ頭に入ってりゃ、移動が出来るから、楽っちゃ、楽。



ボーダーに到着。



とりあえずといった感じで、なにかしらの客引きがわらわら集まってくる。

両替商の皆さんだったみたいなんだけど、とりあえず彼らを

ご飯にまとわりつくハエを追い払うようにし、とにもかくにもイミグレーションの作業を済ませる。


もうこのスタンプを押される作業は慣れきってしまった。緊張感のかけらもない。


というか、ただ何も言わずにこの赤い印籠を出すだけで、

ほとんどの国は僕をその国に入れてくれるわけで。



「旅行か仕事か?」とか「どこに泊まるんだ」とかって質問すらほとんど聴かれたことが無い。



遂に夢にまで見た

ホンジュラス入国!!












そして、1時間半後



ホンジュラス出国!!







ええ。この辺も地図を見てもらえれば分かるのですが、

グアテマラ側のホンジュラス国境からエルサルバドルとのホンジュラス国境までの距離は、

地球儀なんかで見たら、本当に米粒の横サイズぐらいなものでして、

僕はこのホンジュラスという国をほんの少し見て、現地の紙幣をゲットして、

この国のスタンプを僕のパスポートに押してもらうってのが目標だったので、

それで事足りたわけですねん。



ボーダー → OCOTEPEQUE バス 1時間弱 20レンピーラ

Ocotepeque → El Poy 乗り合いタクシー 30分 $1




グアテマラのゴールデンウィークにグアテマラで宿探しをしてみる

2011年05月18日 15:13

さて、もはやタイトルさえ思い浮かばず、恐らく非日常的で刺激的な事なんだろうけど、

それが僕にとっては、すっかり日常的に当たり前になってしまった、

見知らぬ土地の移動や宿探し、そして町歩き。


いい加減、ひとつの町に住み着きたいという願望は頂点に達しつつあるわけですが、

こんなコバンでそんな事も言っておられず、

僕はコバンから次の町へと歩みを進めるわけです。



もはやコバンがどこなのか、そして次に向かったチキムラという町がどこなのか、

日本からしてみれば、あまりに検討がつかなすぎるかと存じますので、

こちらをご用意させて頂きました。

より大きな地図で guatemala を表示

なんとなくこれでご想像いただければと思います。




いよいよセマナサンタ(イースター)が翌日に迫った4月23日。

僕は、コバンにとどまるでもなく再び移動を始めます。



まずコバンから目指したのは、エルランチョ。

エルランチョに行くはずが、途中で降ろされちゃって、一度乗り換えてようやくエルランチョ。

そして、エルランチョから無事チキムラへ辿り着いたわけだけど、

到着した瞬間あいにくの雨。

そして、セマナサンタ前日ということもあり、町中の店が閉まりまくり。


僕は宿を探さなくてはならないんだけれど、この冷たい雨と人通りの少ない道の中、

ちょっとした不安を抱えつつ、歩き始めた。



とりあえずめぼしを付けていた宿に行くと、シャッターが閉まっていて、

「今日は部屋ないよ」とのこと。

まぁ、祝日だから仕方ないか、と思い、次の宿へ、

「今日はやってないよ」とのこと。

365日営業してるのが当たり前のはずの宿が

やってないなんて状況を僕は初めて体験し、ちょっとこの流れはやばいななんて、

久しぶりにあせりつつも、そのスタッフに

「じゃあ、どこならやってんのよ」と聞いて、指示された場所へと向かう。

そっちに向かってって、たまたま家から出てきた人に、

「こっちに宿あんの?」って聞いたら、

「こっち側には宿なんてねぇよ」との返答。

そして、彼に教えてもらった場所に向かって方向転換し、歩き始める。

すると、町の中心みたいなとこにたどり着き、街角に突っ立っていた暇そうなおじさんに

宿の場所を尋ねる。

そこから少しも歩かないとこにあるよ。とのことで、

行ってみたら、その宿のドアも固く閉ざされていて、

がんがんとドアを叩いてみても、音沙汰がなくあきらめる。


さらに、そこの向かえが宿っぽかったから行って見たら、

その宿の隣のアイスクリーム屋さん曰く、

「今日はやってないよ」との回答再び。



やれやれ。



4軒も回って、見つからない状況なんてのは久しぶりだ。



チキムラで何かをしたいというわけでもないので、

そのまま移動してしまう事も考えたけど、このとき既に暗くなり始めていて、

このまま移動したところで向かうべき場所の検討がつかなかったので、

もう少し宿探しをすることに。





と思って、ちょっと歩いたら、すぐに見つかっちゃって、

しかも30Q(300円)とだいぶお買い得。


ただ、町がだいぶひっそりとしてしまって、飯を食うところも見つからず、

その日は仕方なくフライドチキンとポテトを貪り食うことに。

なんか主食が無いってのは、どうにも満たされない。




そうして、翌日はセマナサンタ。

町中が、号砲と共に皆が騒ぎ始めるかと思いきや、いたって普通。
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とりあえず昨日までひっそりと死にかけていた町が、キリストの復活と共に復活をしたような感じはした。


折角、セマナサンタなのに何も無いのはなんだかなぁ、と思ってとりあえず教会に行って見たら、

人がびっしり。

おごそかにミサが執り行われておりました。
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ただ、スペイン語のミサは残念ながらほとんど聞き取れず、その宗教的な有り難味も何も

分かったものじゃないので、早々に退散。



違う言語だから分からんとか思ったけど、思えば日本のお経って日本語で喋ってるはずなのに分からんよね。


日本人の宗教離れの一端にお経の難解さにあるんじゃないかと思ったりする次第です。

だって、お経の内容って実は生きるべき指針というか世の中の真理というか、

仏教の人生観みたいなものが淡々と述べられてるはずなのに、

実際に聞くと、もはや意味がどうこうとか関係なく、右から左へ~だもんね。

おかげで日本人のそういう儀式はもう本当に形だけになってしまって、

中身を理解してる人間はごくわずかになってるというのは、残念な話。




合掌。





キリストが復活した大事な日だというのに、僕はその日、国境越えを試みます。

イエス・キリストが世界中で復活しまくるお祭り

2011年05月17日 14:26

ティカル遺跡をちゃっちゃか見ちゃった後はもうフローレスには洋梨もはなはだしく、

僕はとりあえず南下をはじめたわけですね。

再びボートで渡河。誰か、橋作ってあげてください。
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実は、この時期ちょうどセマナサンタと呼ばれるいわゆるイースターの時期でございまして、

グアテマラは割と熱心なカトリック教徒が多いのか、あるいは単に連休なのか分からないけれど、

移動も宿探しも困難なんじゃないのかって不安を抱いていたけれど、


とにかくフローレスの脱出には成功。


ミニバスを乗り次いで辿り着いたのは、コバン・・・・。


かの有名なコバン・・・・・。


ってコバンって何があるんだか、さっぱりだったのでまぁ無理して来る事もないでしょう。


おかげで、宿もなんとなくすんなり35Q(350円)ぐらいで見つかりまして。

ツーリストなんてほとんどいらっさいません。



なにはともあれセマナサンタが始まる数日前から、グアテマラ中どこでもかしこも似たような儀式が執り行われるらしく、それがこちら。
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どでかいキリストやらマリア様が乗ったみこしを皆で担いで、教会から教会へと運ぶ儀式。

日本で神輿担いで運ぶのと、ほとんど似たようなもんだと思うんだけど、

粗方、大変激しく上下左右に揺られながら運ばれる日本のおみこしと違って、

こっちの運び方が大変おごそか。

厳かにもう一個おを付けて、御厳かってぐらいおごそか。

白装束をかぶった、従順なキリストのしもべ達は、雨の中文句ひとつ言わず、

前へ前へと十字架を運ぶキリストを運ぶわけです。


そして、そのみこしの両側にもさらに女子供大人が列を作って、その様子は大変仰々しくもあります。
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ところが、雨は容赦なく降りつけ、彼らはもうキリストどころじゃなく雨を防ぐのに必死です。
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もう雨に打たれて、疲れちゃってへたり込んじゃいます。
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彼女は仏教徒なのでキリストを運んだりはしません。
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これは別日。
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いまいち設定がつかめませんが、こんな感じ。
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本番はまだなので、こうして床一面になんだか派手に装飾しております。
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グアテマラの衣装に使われる布一覧。カラフル。祭り用とかじゃなくて、これが普通の衣服用。
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ということで、コバン自体の写真一枚もないけれど、さっさと次の町へいきましょー。
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どうやらコバン周辺にはコーヒー農園がたくさんあるらしく、

コバンでも安いコーヒー豆が手に入るらしいっすね。

でも、祝日連休のせいで店しまりまくりだったんだよな。

マヤ遺跡最高峰のティカル遺跡

2011年05月16日 19:41

情報社会の発展は、現地に行かなくとも、

もうそれはそれは簡単に現地の模様を手に入れることが出来るようになりました。

なんて便利な。



逆に現地の写真を見たくなくても、否応が無しに勝手に目の前に現れてくれます。

遺跡をいくつもいくつも行って思ったことは、事前に写真を見ないほうが感動出来るってことです。




フローレスに着いた翌朝6時のバスを僕は予約し、どういうわけか6:15に目覚めたのだけれども、

そのバスに乗り込むことが出来、1時間をかけて山中を進みティカル遺跡の入り口へ。



僕はただトランスポートのみを頼んだはずなのに、ミニバスに同乗してきた会社のスタッフは、

勝手にガイドを始めるのです。

それも親切に英語とスペイン語を交えるのですが、片方のガイドがされてるとき、

もう片方の言語利用者の方々は退屈でなりません。


さらに、当初英語のガイドがあったのに、途中からスペイン語オンリーとなってしまい、

英語利用者の面々は勝手に個人行動となってしまいました。




そして、僕はどういうわけか広大なティカル遺跡の入り口でもうすでに足腰に疲労をきたしていたのです。



歩き始めてあっという間に一人になり、最初に現れた遺跡。

どうしていいか処分に困り果て、とりあえず放置。
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そして、早速現れたティカル遺跡最大の5号神殿
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あまりに急に現れすぎて、これにも対処に困り果て、しかも厄介な事に、
この遺跡には上るためにだいぶ急な階段が用意されている。

すでに、足に疲労を抱えてる僕にとってこれは難関。

しかし、さすがに上らないわけには行かず上ることにしました。けっこー、急。
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5号神殿からは、ほかの神殿達が森の中から頭を覗かせており、けっこーな景色でした。



そして、少し歩くともうあっという間に遺跡の中枢グランプラザへ。

なんとローカルの人たちまで観光に。なんかこういう景色ってレアな気がする。
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この日は、セマナサンタ(イースター)祝日の連休のせいか、結構なグアテマラ人観光客がいた
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ということで、こちらが2号神殿
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そして、二号神殿と向かい合うようにしてティカル遺跡の主役1号神殿
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ということで、情報社会がどうたらこうたら書いて、僕も写真を載せてしまったわけですが、

やっぱ如何せん初めて見るってのと、今までに写真で見たことがあるのを見るってのは、

インパクトにあまりに差が出すぎてしまうわけですね。


もちろんこの遺跡について、たっぷりな知識を抱えて挑むならいいけど、

僕はマヤ文明になんの縁もゆかりも無いもので、

でもって、写真だけ見ちゃってたから、

「あ、これ知ってる」ってなっちゃうんですね。




それでも行く価値は十分にありますよ。

この密林の中にひっそりとたたずむ巨大な遺跡というのは、

ロマンの固まりですよね。


もし僕が何も知らずにたまたまこの森の中をほっつき歩いていて、

たまたまこの遺跡を見つけてしまった時の衝撃は、きっとはかりしれないんだろうと思います。

何しろこういうジャングルに覆われたロケーションだし、

遺跡自体も巨大で十分に見ごたえがあるわけだし、

謎に包まれたマヤ文明に興味があれば、是非是非ですよ。


とはいえ、当時僕はずいぶんと足腰が疲れていて、天気も悪かったんですね。

足腰が疲れていて、天気も悪くて、写真で前にも見たことがある遺跡だったりすると、

如何せん感動が薄れちゃうのは、仕方の無いことなんですね、きっと。



僕は、マヤ人にこんな立派なものを作ってもらっておいて、本当頭が上がりませんよ。





4号神殿を上ったところから見る他の神殿。何も目立つもののないジャングルに、
この遺跡だけがひょっこりと頭を出す姿ってのは、かなり神秘的。
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神秘的なティカル遺跡をたっぷり満喫いたしいまして、
目指すは、フローレスにある日本人経営のレストラン、すいか。
こちらでカレーを頂きましたら、スープカレーみたいなチキンカレーでした。
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土産屋のピアス一覧。100円ぐらいかな。
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マンゴー売りの少女
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ってな感じでティカル遺跡でした。マヤの方々、大変ご苦労様でした。



お呼びでない移動地獄 その2

2011年05月15日 18:09

グアテマラへの国境まで20キロというところで途方にくれた僕は、

とりあえずその国境に向かう道の分岐に突っ立った。


そして、親指を突き出して、それを上げたり下げたりしながら待つことにした。



あまりに交通量が少なくて、僕の親指はシューシューと風に吹き去らされるだけで、

無意味な時間が過ぎた。




でも幸運な事に、2台目のトラックがあっさりと止まってくれ、僕は久々に

トラックの荷台での移動をすることになった。同乗者は医薬品ばかり。
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20キロの移動もあっさりと終わり、ようやく国境へと辿り着いた。

このコロザルでのメキシコ-グアテマラ間の国境は、川に挟まれていて、

橋が無いので、船で渡らなくちゃならない。



メキシコでの出国のイミグレのときから着いてきた男が、

国境越えの船とバスがあるからと誘ってきたので、

値段を確認してみると、400ペソ(3000円)とかという法外な値段を提示されたので、

彼を無視して、直接川に行き、ボートを出している男と交渉すると、

わずか20ペソ(150円)で渡ってくれるとの事だった。







あまりに時間を食ってしまい、すでに国境越えする人間は見当たらず、

ボートを占有し、国境を越え、ようやくグアテマラ入国。
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すでに時刻は16時となっていた。

カンクンから夜行ですんなり来ていれば、本来なら午前中には通過しているはずのポイントなのに。



国境を越えると、そこにはフローレス行きのバスが待っていて、

乗り込んで待つこと1時間して、ようやくバスは出発した。



メキシコからグアテマラに入ったところで、言語が変わるわけでも

景色が圧倒的に変わるわけでも、人が変わるわけでも、

国旗が高々とその辺に掲げられてるわけでもなく、なかなか実感が沸かず、

イミグレーションもそこからさらに何キロも行った隣の町にあるということで、

まだ入国スタンプも押されていなかったけれど、

とにかく無理やり、「ここはグアテマラなんだ」と意識し、

新しい国に入国した事で気分を高揚させた。





とはいえ、やっぱり新しい国ということで交通機関のルールが一気に変化した。

乗ったバスは、トヨタの20人乗りのミニバスみたいなやつで、

各駅停車を超越した、乗り合いタクシー張りにその車は、

人がいるところ全てに止まり、降りたいところ全てに止まった、


おかげで、車はなかなか進まず、日はすぐに暮れてしまい、

乗り心地の悪いバスがフローレスに辿り着いたのは、

もう21時ぐらいになっていた。




それにしてもグアテマラのバスの中で、子供の位置づけはもはや人間とみなされていないのか、

かれらは絶対に座れない。

一緒に乗った親の膝の上に座らされるか、あるいはぎゅうぎゅうになって立たされるかの選択肢しか

選べない。

たとえ、空席があったとして、そこに座ることは許されず、彼らは窮屈な状態を強いられていた。


多分、料金を支払わなくていいからなんだろうけど、いかんせん窮屈そうで、

もうちょっと労わってあげても?とか思わざる得なかった。




と、いうことでフローレスに到着。


もう夜遅すぎて、宿探しもちょっと不安だけど、

街頭も少ない未舗装路をとりあえず歩いてみたら、

すぐにホテルは見つかり、部屋を見せてもらったら、

モスラサイズの蛾が飛び交う部屋だったけれど、

ま、安いからそこに落ち着くことになりました。


ちゃんちゃん。







お呼びでない移動地獄 その1

2011年05月15日 06:25

メキシコ、カンクンからグアテマラのティカル観光拠点となるフローレスという町への移動のはなし。

キューバからカンクンに辿り着いたら、もう思い残すこともないからと思いつつも、2日の時を過ごし、

グアテマラに向けて出発した。


まずはグアテマラ国境を目指すべく、カンクンから3等バスでテノシケという町へ向かうことにした。

本来フローレスに向かうには、パレンケから朝早くの直通のツーリストバスかなんかで行くのが、

王道らしいのだけれども、最近はテノシケからフローレスまでの道が整備されて、安くて早いというので、

そういう選択をした。


パレンケ(palenque)やらフローレス(Flores)やらテノシケ(Tenosique)はどこにあるんじゃ?って方は、

お手元の世界地図かGoogle Mapでのご参照を





テノシケへ向かう3等バスとやらが胡散臭くて、そもそもメキシコを旅する外国人ツーリストは、

1等バスや2等バスを使うのが当たり前で、中南米でも経済的に発展してる部類に入るメキシコにあって、

この3等バスとやらは、それに似つかわしくない趣きのぼろバスだ。



その分値段も2等バスの半額程度とかなりお買い得。



エアコンなりトイレつきとか言い張っていたけれど、もちろんそんなものもあるはずもなく、

それどころか窓は開けっ放しのまま固定されてしまって閉まらない始末。

いくらメキシコと言えども、バスのスピードから放たれる夜風は冷たく、

僕の伸びきった髪の毛がばしばしと顔に当たり、存分に睡眠の邪魔をしてくれた。




さらには、不親切な事極まりなく各ターミナルに辿り着いても、

そこの町がどこなのか一切のアナウンスも無い。

こんなの一言いってくれれば良いだけのはずなのに、日本じゃ考えられない。




そして、僕の目的地のテノシケというのはこのバスの最終目的地ではなく、

テノシケには、どうも早朝5時、6時に辿り着く事になっていたらしい。

そして、気づいた時にはもう8時ぐらいだった。






結果から言うと、僕はテノシケを寝過ごして、乗り過ごした。


乗り過ごしてどうなるかというと、バスは無慈悲にもさらに西へ西へと突き進み、

僕の目的地は、東へ東へと遠ざかり続けた。




テノシケというのは、パレンケよりさらにカンクン側にある町なのに、

僕はパレンケすら乗り過ごしてしまったらしい。


そもそもパレンケやテノシケに止まったのかどうかすら謎だけど。




寛大なメキシコのバスは、乗り過ごしたところで追加料金を取るどころか、

乗り過ごしたことにすら気づいていない。




ようやく気づいた僕が降りたのはビジャエルモッサという町。



正直、グアテマラ国境がだいぶ遠ざかり、グアテマラに行くことすら諦めてしまいそうになったけれど、

グアテマラをあきらめるともはや行くべき場所はアメリカしかなくなってしまい、

それはまだ時期尚早という判断の元、パレンケに戻ることにした。



パレンケまで約2時間。2時間分も乗り過ごすって、なかなか無い事だけど、

あまりに夢の中で何かに没頭してしまったらしく、あっさりと寝過ごしてしまった。

東京から仙台に行くつもりが、八戸まで行ってしまうようなもんだ。



その日中にフローレスに辿り着きたかったというのに、これは大きなロス。



仕方なくパレンケからフローレスへと向かうことにする。

本来なら早朝に出てるはずのフローレス行きのバスも朝の10時には、

すでにあるはずも無く、刻んで行くしかない事が確定した。



本当は、パレンケにも世界遺産の遺跡があるんだけど、今の僕のテンションは、「前へ、前へ」

もう世界遺産一つ一つにかまってはいられない。



そして向かうべきはメキシコ-グアテマラの国境コロザル(corozal)という町。

パレンケに着いたバスターミナルでそのままコロザル近くまで行くというので、

コレクティーボに乗り換えて、コロザルを目指した。



カンクンの景色と比べると、パレンケ-コロザル間の景色は一気に様変わりした。

人々は、いかにも農村地帯のローカルな人々ばかりで、

なんとなく格差みたいなのが垣間見れた。


車窓は、日本の地方を思い出す山々に囲まれ、木々が生え茂ったような景色がずっと続いた。


そして、こののどかで交通量が著しく少ないと思われたのに、急に渋滞が始まった。

渋滞というか停滞。


何かと思うと、前方で大勢の男たちが揉めている様子で、道路が封鎖されていた。
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ドライバーにどれくらいかかるんだ?と尋ねると、

「1時間ぐらいじゃない?」との回答。

正直、ドライバーもどこまで知ってるのかどうか怪しいところだ。


物騒な道路封鎖は、どうやらこの辺の地元たちの賃金上げのデモのようなものらしく、

こんなド田舎でシュプレヒコールをあげたところで効果があるのか

激しく疑問だったけれど、何もやらないよりはましでしょう。



そうこうしているうちに、武装警察(軍隊?)が登場。
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彼らが何かをしたというわけでは無いみたいで、彼らは一歩もトラックから降りることは無かったけれど、

とにかくこれが功を奏して、事態は収まり、封鎖されていた道路は開通された。




そして、そこから20分ほど走って、僕は車から降ろされる。

このコレクティーボは、国境の20キロ手前から別の方角へと行ってしまった。

国境まで20キロもあるなかで、そこには一応国境行きのタクシーのようなコレクティーボのような

車が待機していたんだけれど、ほかに乗客がいないから、

4人乗りを一人で使うんだから、通常の4倍払わないと行かないと言い張る。




正直、4倍も払うのはあまりに腑に落ちず、このタクシーを使用するのを諦め、

とりあえず僕は途方に暮れることにした。



長いので続きは次で。

















これ緊急事態?

2011年05月14日 11:45

キューバでの11日間の旅が終わりを迎えた。

長い旅の中でも、こうして同じ空港間での離発着は、

旅の中の旅の始まりや終わりを感じさせてくれる。

たとえカンクンに故郷とか帰るべき場所という気持ちを抱いてなくても、

知ってる場所に戻れるというのは、やはりほっとする。




そして、誰もがまさか帰り道に事故にあうなんて事、

頭の片隅で想定はしてるかもしれないけれど、

誰も望んでない。





来るときと同じ種類の機体だった。


機内の表記もロシア語が目立ち、毎度乗る乗客を惑わせる。

それに窓側の足元からは、フライト中ずっと冷機が大人しく乗客の足元を冷やし続け、

この機体は、毎フライトで乗客を脅かし続けているらしい。



そして、この事態。



タイトルに炎上なんてまどろっこしい言葉を入れてしまったけれど、実はこの機体、
これがあたりまえ。

着陸の15分ぐらい前になって、うわさに聞いていた煙が足元からもくもくと立ちこめた。

こげた匂いがするわけでもないので、エンジンの異常とか何かが燃えているわけではないのは

明らかで、なんとなく冷たいので気圧差から生じる何かなのかなと思うけど、

理科の不得意な僕にとっては、いまいちわからないまま。



そして、実際着陸前には機体はだいぶ不安定な飛び方をしていて、久々に飛行機に乗っていて、

命の危険を感じたフライトとなった。

飛行機は落ちないという絶対的な信頼を僕は頂いているけど、

何しろクバーナエアーは世界で2番目に危険な航空会社という

不名誉な統計すらある。


そんな事前情報を知ってるだけに、余計に心配になる。



とはいえ、今こうしてこの事態について書いているということは、

僕が無事カンクンに降り立ったということになりますね。


めでたしめでたし。


キューバのクラシックカー100台ノック

2011年05月13日 08:55

キューバに行く前に、キューバといえば・・・

って考えてたら、やっぱりクラシックカーだよなって安易な結論に至って、

実際、キューバにそれほど見所ないから、どうせだから何かをテーマを・・と思って

決めたのが、



クラシックカー、100台撮る!




ってことで、どうぞ。



まず20!
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40!
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60!
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80!
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100!と思いきや、足りんが。
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ということで、残念ながら100台のクラシックカーを撮るには至りませんでした。

有言不実行というのは、少し気持ちの悪いものです。









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