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ベネズエラ情報まとめ

2011年04月30日 14:20

ベネズエラ行く人あんまりいないかと思うけど、情報もあんまりないので。


闇両替情報

ベネズエラは固定相場制を取っていて、公定レートは$1=4.4VEFだかになっているんだけれど、

もちろんだめだめベネズエラがアメリカと対等に安定した為替を維持し続けるのは難しいわけで、

必然的にインフレが進むわけです。

そうすると物価が上昇。なのに、レートだけは変わらず、外国人にとってはたまったもんじゃありまへん。

ということで、闇両替。ベネズエラに潜む大量の闇両替商の方々が実質レートに近い価格で両替してくれます。

色んなとこで換えてみたので、その情報。

2011年3月現在

・コロンビア-ベネズエラ国境のバスターミナル $1=7.84VEF(ドルからじゃなくてコロンビアペソから両替したほうがレートいい。)

・コロンビア-ベネズエラ国境 $1=8VEF

・メリダの中心にある公園のPosada Guamanchiという宿兼旅行代理店 $1=8VEF

・シウダーボリバルのSalt Angelって旅行代理店 $1=8.2VEF

・カラカスのシモンボリーバル国際空港 $1=8VEF
(両替額が少なかったから、最初の提示は7.5。8にしてもらうまで結構大変だった)



日々刻々と実質レートは変わってるらしく、その時々で違うとは思いますが、

くれぐれもATMなんかで引き出さないように。

物価が勝手に自分だけ倍になっちゃいますので。


移動情報


コロンビア首都ボゴタ→ベネズエラとの国境の町ククタ バス

50,000ペソ(約2500円) 15時間

ククタ→ベネズエラの国境の町サンアントニオのバスターミナルまでは、徒歩

サンアントニオ→メリダ バス

11:00出発 23;00到着 65VEF($8)

メリダ → バレンシア バス

16:00発、06:00到着 86VEF($11)
*本当はシウダーボリバル直行したかったんだけど、ローシーズンのため直通なし。

バレンシア → シウダーボリバル  バス

11:00発、深夜2時着(11時予定) 100VEF($13)


シウダーボリバル → プエルトラクルス(Puerto La cruz) バス

18時発、23時着 60VEF($8)

プエルトラクルス → マルガリータ島(プンタピエドラス) フェリー

08:00発、10:00過ぎ到着、88VEF($11)

マルガリータ島 → カラカス 飛行機

所要50分。 250VEF($32)

カラカス → バレンシア バス

所要2時間 25VEF



宿情報

安宿情報。そんなにたくさんは泊まってないけど。

メリダ

・Posada Guamanchi ドミトリー 1泊60~80VEF Wifi付

・Hostal Patty 40Vefぐらい?

どちらもカテドラルから徒歩5分ぐらいの公園そば。


シウダーボリバル

・Hotel Union シングル 80VEF ダブル 100VEF

Urica11(川側の通りから歩くと、わかりやすい。Calle UricaとCalle Venezuelaの近く)

割と清潔、エアコン付きの部屋あり。

・Salt Angel ドミトリー 無料(ツアーを申し込めば)Wifiあり

Libertad通り

あまり綺麗とは言えないけど、無料だし。




マルガリータ島

・Hotel patrick 1人 100VEF Wifi付

Calle el Fuerte, Juan Griego, Margarita Island, Venezuela

フアングリエゴの町自体大して何も無い。宿の親父は親切で、色々と調べてくれる。


カラカス

・宿名不明  1部屋 350Vef 空港からの送迎付き Wifi付き

空港から車で10分程度。

空港で客引きがいると思われる。値は張るけど、安全を買うと思って。
いない場合は国際線カウンター1階のインフォーメーションで案内してくれる。





ツアー

シウダーボリバルからの2泊3日エンジェルフォールスツアー

 Salt Angelで、1,850VEF(230ドル)

少なくとも親父もロッドマンもいいやつだったとは思います。

web: www.saltoangel.com.ve
tel:(058)-0416-0428598
Address:Calle Libertad Local#31 Casco Historico Ciudad Bolivar


WIFI情報


ベネズエラなにげに、空港やバスターミナルなんかでWifiの電波が

結構飛んでいて、無料で使えるところが多かったです。



無料WIFI飛んでたとこ

・メリダのバスターミナル。

・バレンシアのバスターミナルのはしっこの会社。

・カラカスの国際空港




以上。

ベネズエラ意外と旅しやすいかもよ。



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南米脱出!!!!

2011年04月29日 14:11


早朝のカラカスシモンボリーバル国際空港。


昨晩の薄暗くて、陰鬱で、今すぐにでもどこからともなく拳銃が飛び出してきそうな

いやーな雰囲気はだいぶ改善され、

とりあえずいつも通りの1日を始められそうだった。



6時に出発するバスで空港を後にして、カラカス市内へと繰り出す。


目指せ、セントロ(町の中心)!!


わずか乗客2人のバスは、7時前にも関わらず恐ろしい渋滞に巻き込まれ、

僕の今日1日の将来を不安にさせる。



そして、バスが辿り着いたのは、なぜか高級ホテルの玄関の前。

何を撮っていいんだか分からないけど、とりあえず写真を撮ってみる。
IMG_1045.jpg


そして、そこからバレンシア行きのバスが出ているバスターミナルに移動すべく、

カラカスの地下鉄の駅を目指した。

Bellas Artes駅は、親切にもそのホテルからすぐのとこにあり、あっという間に

辿り着いてしまった。


その間は、ただの早朝の都市って雰囲気で危険さを微塵も感じることは出来なかった。

ただ、駅の入り口にだけ感じの悪い人々が朝から思い思いにその辺のベンチに座っていて、

なんか怖い。何もせずにただただその辺でぼーっと座ってるだけなんだけど、怖い。

だから、そこは写真撮れなかった。殺されたくないし。
IMG_1048.jpg


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そして、地下鉄に乗車。

まだ7時だっていうのに、だいぶ混雑してる。

多分、彼らは暗くなるとさっさと仕事終えて、家に帰って、

でもって、大してやることがないから必然的に早起きになってんじゃなかろうか。


ベネズエラ人は、中国人の乗車マナーより100倍もましで、彼らは人が降りてから乗るということを

ちゃんと知っていて、それに彼らは、ごくふつうのビジネスマンで地下鉄内も特に危険はなさそうだ。
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IMG_1052.jpg
大丈夫そうでしょ。


ま、朝から町の中心を歩いてみたり、地下鉄に乗ってみただけで、強盗にあったり、殺されるなんて都市、

さすがにこの地球には存在しないと信じたい。



バスターミナルのあるLa Bandera駅に到着。目の前にバスターミナルがででっとそびえてる事を期待したけど、

残念ながら、そこから6,7分ぐらいは歩く羽目に。

結構歩くから、18時以降はあんまりオススメできませんな。





そして、僕はカラカスからバレンシアという都市に向かう。

この町は、ベネズエラの交通の要所になってるような場所で

多分、観光資源は何もない。



だから、バスターミナルに辿り着いて、さささっと空港へ。
IMG_1054.jpg

Dutch antilles express という見たことも聞いたこともない航空会社の飛行機で、

僕はベネズエラの最北端よりは南にあるカリブ海に浮かぶ島へと飛び、

ついに南米を脱出したわけなのです。



ブラジルのフォルタレザから始まった南米の旅は、

無事、ベネズエラのバレンシアで幕を閉じたのです。



めでたし、めでたし

ありとあらゆる人間が避けまくる都市

2011年04月28日 15:39

ベネズエラの首都カラカス

2008年12月に500人を越える殺人があったとかで、世界最悪の治安を記録した都市。




大体、500万人の都市で毎月500人も殺されてたら、年間6000人。

1年で0.5%の人がその都市から命を奪われるという形で姿を消してしまう計算になる。

ちなみにこれは東京の100倍以上。恐ろしいことこの上なし。


一般旅行者はもちろん、地元のベネズエラ人ですらカラカスを訪れることを嫌がる。



マルガリータ島を離陸した飛行機は1時間足らずで、そんな世界最悪の都市カラカスに

日が暮れて間もなく到着した。


もはやその最悪な雰囲気は、空港にまで浸透しており、

どういうわけか空港全体が薄暗く仕上がっている。


どういうつもりでそういう演出が施されているのかしらないけれど、

荷物を受け取り、この空港での自由が与えられてみると、四方八方から拳銃が飛んでくるんじゃないかって

不安に襲われてしまうほど、とにかく陰鬱な雰囲気が空港内ですら漂っている。


今までのベネズエラ各都市の人々は、それほど悪くないというかむしろ親切だったのに、

なぜか空港内で闇両替やタクシーの斡旋をしてくる輩はもれなく感じが悪い。




カラカスにいると治安の悪さを見せ付けるために演技してるかのように、

彼らは怪しい感じで近寄ってくる。


彼らが言う何もかもが嘘に聞こえてくる。



ベネズエラを脱出するために必要な資金が足りず、仕方なく空港での闇両替を強いられたものの、

信用する相手が見つからない。



国際線のターミナルへと移動すると、その雰囲気はいくらか改善され、

とりあえず声を掛けてきた男に、両替の打診をしてみると、

なぜかその男は空港にいる警備員ばかりに声を掛け捲っている。


闇両替は、闇ってぐらいだから違法。

ベネズエラ国内中、色んな場所で当たり前のように行われてはいるんだけど。

そもそも闇両替をしないことには、妥当な価格で物が買えないという時点で

だいぶ常軌を逸した状態なんだけど。







とにかくその男が警備員に声をかけまくるものだから、

こんな都市で逮捕されちゃかなわんと、

その男から離れて、別の人間を探す。



空港を出たタクシーの発着場にたむろしたでっぷりとした親父に

両替の打診をすると、その親父は「まぁ、待て」といって、

しばらくすると、やっぱり警備員を連れてきた。



そして、僕は結果的にその警備員と闇両替をすることに。


その警備員が警察を恐れてか、周囲を見回しながら、こっそりと僕に

現地通貨のボリーバルフェルテを渡してくる。




ただの両替のはずなのに。





いまいち状況がつかめない。





とにかく、両替を済まして、空港から極力近くて、極力安い宿に1泊。





翌朝、僕はカラカスのバスターミナルを目指して、

空港からの冒険を余儀なくされた。












































こんな綺麗な夕陽なマルガリータ島

2011年04月27日 07:45

カリブ海に浮かぶマルガリータ島の存在を知っている日本人なんて0.01%以下だとは思いますが、

ベネズエラ人のリゾート地として君臨するマルガリータ島。


シウダーボリバルから直通っぽいバスが出ていて、簡単に行く事が出来るのです。


シウダーボリバルを16時とかって中途半端な時刻に出たバスは、23時にプエルトラクルスという

島に行くためのフェリーが1日2,3本出てる港町に到着。

そして、AM2:00にフェリーあるはずなのに、無い。


23時着のバスも、2時のフェリーがあること前提でこんなわけの分からない時間に

到着してるのに、ないし、だからって何の保障もないし、

相変わらずのThis is Venezuela



おかげさまで、翌朝8時までフェリー港のエアコンがんがん効きすぎて、

そのまま氷付けにされてしまいそうなベンチの上で寝袋被って、

警備員にたたき起こされるまで就寝。

閑話休題でベネズエラのお札。全員、縦。100ボリバルフェルテの人は、シモンボリーバルっていう、南米じゃだいぶ有名な革命家。
DSC_1701_20110427072704.jpg


8時のフェリーに乗って、慌ただしくマルガリータ島上陸。
あまりになんの情報も無さ過ぎて、途方にくれたまま、とりあえずセントロ行きのバスに乗ってみる。

そして、どこにでもあるような見慣れたセントロから、辛うじて情報のあるホテルへと向かう。

辿り着いたのはJuan Griegoという地域にあるHotel Patrick。

そして、海。カリブ海のはずなんですけど、あんまし綺麗じゃない。別にこれなら石狩湾で十分だぜ。
DSC_1705.jpg

ここはビーチってより、漁港。エイが大量に上がったらしく、トラックにがんがん積み込み中。
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マルガリータ島でマルガリータ飲んで、マルゲリータのピザでも食べようと思ったんだけど、カルボナーラ。
音は似てるでしょ。
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そんなわけで、マルガリータ島の日は沈む。


この夕陽が、実は美しくて、黄金に輝いてた。
DSC_1760.jpg

日本海側に多数存在する夕陽百選に勝るとも劣らない夕陽。
DSC_1763.jpg

ベネズエラの港町プエルトラクルスに着いたってことで、僕のウシュアイアから始まった南米陸路縦断は完結。

エルネスト・チェ・ゲバラが「モーターサイクルダイアリーズ」で走ったのと

似たような道を大体たどれたみたいなので、おおむね満足。


と、いうことで久方ぶりに僕は飛行機に乗ることになりました。
ベネズエラの国内線って、大体3000円とか4000円で乗れるんで、お買い得。
向かった先は南米最狂の都市カラカス。
DSC_1772_20110427074010.jpg



ちなみにマルガリータ島。税金がフリーなんだか、そういう設定になってて、お酒とか安かったです。

日本で2000円のお酒が、800円ぐらいです。

そのために、この島に来る人はいないとは思いますが。





だめだめベネズエラ

2011年04月23日 02:46

エンジェルフォールツアー3日目。


この日は帰るだけ。


帰るだけのはずなのに、帰れなかった。


なぜか僕にハンモックにかける毛布が支給されず、


微妙に寒くて眠れない夜。



15人以上を搭載したぼろいボートは、何台ものボートに抜かれ、

さらには、僕が座るすぐ横から浸水が続く。



仕方なく、もらった救命胴衣をクッション代わりに敷いて、

浸水を防ぐ。

そして、そのうち救命胴衣は水がしみこみまくり、

もはや着るに耐えないほど水浸し。



やれやれ。



とにかくそんなこんなでカナイマの空港があるロッジに戻ってきた。



その時点で、帰りの飛行機のことについてはほとんど知らされない。



考えてみれば、ツアー中もガイドは一切解説とか無かったな。



ただ、見れば分かるでしょ。的な。



正直、ガイドのクォリティが低すぎる。



こっちから聞かないと、ほとんど何も情報が得られない。



とりあえず、ロッジで待ってたけど、一切情報が来ないものだから、



「私たちの飛行機、いつなのよ?」とガイドに尋ねると、


すかさず、「今から空港に行く、着いてきて。」と言われ、


早急に準備を済ませて、空港まで歩いていく。



そして、ガイドは「あと20分で飛行機は来る。」とか言う。



そして待つこと40分。何も変化なし。


1時間半経過して、ほかのツアーのメンバー達がシウダーボリバル以外の場所へ向けて、

続々と帰っていく。




ガイドに尋ねる。「おいおい、どうなってんの?」



そして、確認してもらうと、



「お前達は帰りの飛行機代を払ったのか?」と聞いてくる。


「もちろん、払った。ツアー代に全部含まれてるはずだ。来るときに渡したバウチャーに書いてあるでしょ」


「それが確認できない。支払いが完了してないんだ。」




え?




いやいや。




したら、帰れないじゃないじゃないですか。




陸の孤島カナイマにこのまま取り残されてしまうなんて、


ちょっとロマンを感じるけど、今のところそんなロマンお呼びでない。



そろそろ、さっさと日本に帰りたいのだ。


ガイドは、旅行会社に直接連絡してくれと言い、

僕らはシウダーボリバルの旅行会社、その名も「Salg Angel」に連絡する。


するとそこのスタッフは、「おかしいな。確認してみる」とのこと。



その間にシウダーボリバルへと飛ぶ正規のフライトは飛んでいってしまった。



さらには、もうほかにその日に飛ぶフライトはほとんど無い状況で、

掘っ立て小屋のような空港は、わずかにスタッフしかいなくなる。




シウダーボリバルのツアー会社からは、多分15時ぐらいに飛行機が来る。

でも遅れていて、17時ぐらいになるかもしれないとのこと。


しかし、空港のスタッフは「もう今日は飛行機はないよ」とのこと。



もう何も信じられない。



そして、結局その日シウダーボリバルへと飛ぶことは出来ず、

どういうわけかカナイマでもう一泊する羽目になった。

もう一泊の宿泊代はもちろんタダだけど、食事がついてない。


ツアー会社に連絡して、一人100ボリーバル(1200円)分、好きなものかって食っていいことにしてもらう。


しかし、その日は日曜日。そしてすでに夜。


この町にまともに食うものが見当たらない。



仕方なく、その日の晩餐はウエハースとポテトチップス祭り。



なんとも満たされん。




そして、翌朝。



13時のフライトだって言われてたのに、9時ぐらいに起こされて、


「おい!おまえたちの飛行機が空港で待ってるぞ。早く行け」


とのこと。


いやいや。聞いてないから。


しまいには、ほかの人いわく

「飛行機は君達を1時間待ったけど、もう飛んでしまったよ」とか


言ってることが、人によって全然違う。




ここはインドか?




とにかくそれで空港へ向かうと、僕ら(日本人4名)だけのためにセスナ機が待ち受けていて、


全員がそろうと、すぐにそれに乗り込み、慌ただしくもシウダーボリバルへと戻った。
DSC_1651.jpg


セスナ機からの眺めは、来るときに乗った小型飛行機より低空飛行だったせいか、
DSC_1657.jpg

ギアナ高地を満喫できましたので、ま、よしとしよーか。
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テーブルマウンテンだらけ。
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世界で最大の落差を誇るエンジェルフォールの美しすぎる写真

2011年04月22日 14:06

エンジェルフォール

思い返してみても、こんなにも感動的な滝はあったかな。

この旅でアフリカのビクトリアフォールスと南米のイグアスの滝は見た。

そして2004年にナイアガラの滝を見た。

世界三大瀑布はいちお全部見た。

季節によって水量が違い、情景も異なってくる滝は、一度行っただけじゃ、

全部見たとは言い切れないんだろうけど。




そして、エンジェルフォール


迫力という意味では、劣るかもしれない。


ただ、総合的に見て完全に世界三大瀑布を凌駕した。


世界中にあるありとあらゆる滝を凌駕している。


ここに辿り着いた時点で、僕の旅の満足度は、もはや150%をゆうに超えそうだ。
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そして、夜。


ハンモックで寝るロッジからは、遠めに滝が望める。


あまりにも最高のシチュエーション。電気も水道も無く、本当に生きるには不便すぎる場所にあるけれど、


こんな美しい滝を見ながら、夜を過ごせるなんて、今考えても、心にぐっと来たあのシチュエーションが


忘れられない。


この日は月がとても明るくて、月明かりがずっと滝を照らしていてくれた。

エンジェルフォールがうっすらと姿を見せ続けた。

そして、もどかしくかかる雲から見え隠れする星。

何度も何度も飽きるほど見たオリオン座。


それを写真で撮ったら、こうなった。
DSC_1606-1.jpg

肉眼で見ると、こんなにはっきり見えてなくて、もっとうっすらと見えてる滝は実に幻想的。

滝壺までの距離がありすぎて、滝はそこまで落ちないためか、滝はやけに静か。

こんな景色を見れただけ、僕は本当に幸せです。

これは朝。
DSC_1622-1.jpg


是非一度、足を運んでいただきたい。






全てはこれだけのために

2011年04月21日 12:40

正直、ベネズエラはカットする予定だった。

治安の悪いことこの上なく、実際に僕のであった人が強盗にあったりなんかして、

予算的にももうオーバーしてたんだけど、些細なきっかけでこうしてベネズエラに来てしまった。

秘境といわれるギアナ高地に来てしまった。




何がおこるかわからないから旅なんだ的なノリではこれはこれであり。

何が起こるか分かったらたびなんてつまんねー。人生だってつまんね。

楽かもしれないいけどね。

2日目は7時ぐらいにはもう出発する。

朝食が6時って言われてたのに、6時半まで出てこなくて、

出発が6時半って言ってたのに、7時になった点にベネズエラらしさがおおいに現れる。

ボートに乗って、数分もすると島に上陸し、なぜかその島を無駄に30分ほど歩かされ、

再びボートに乗る。そこから約2時間。背もたれもなく、浸水甚だしいボートには、

約15名が乗船し、何度も何度も、ボートの底が川底に当たり、

正直言って乗り心地はよくない。

ただここから見える景色は格別だ。

もはやこれまで見てきた世界とは一線を化す、別世界が姿を現す。
DSC_1641.jpg


ボートで進んでいく間中、ずっと周りにはこうした不自然なまでの絶壁の山々が登場する。
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こんな景色を見ていると、とんでもないとこまで来てしまったなと僕は感慨にふけるわけだ。

何しろ日本でもたくさん絶景を見てきたけれど、それとは比べ物にならないほど

壮大で、もはやここがどれくらいあるのかも想像をするに難く、地球を感じることが出来た。






とにかくそれをクリアーすると、本日の宿に到着する。



今日の宿は、ハンモック。ハンモックによっては、やたら臭い。臭く無いハンモックとしれっと交換。
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そして、僕の右手はドラえもんと化す。どんな虫が僕をこんな事にさせたのか、全然分からない。
恐るべしギアナ高地。とにかくパンパン。
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パンパンの右手をガイドに見せても、やつは笑うだけだ。


そして、僕らは昼食をとった後、世界で一番を目指して歩き始める。
DSC_1490.jpg

目指すは、Salt Angel(スペイン語)
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わずかに1時間ほど歩くと、ついにその滝が見える展望へと到着する。



それがこれ。


世界最大の落差979メートルを誇る滝



エンジェルフォール
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あまりに凄すぎた。

そして、乾季のはずだったのに、この水量。

やっぱついてる、俺。






はじけとべ、紅茶

2011年04月20日 18:34

ちょっと今回は写真多めで。

この不可解なタイトルのために時間がかかってしまった。

ツアー初日にして、僕がいまいるのはカナイマという村。

その村に隣接するカナイマ湖。

この辺の湖というか水は、すべてタンニンというお茶やワインなどに含まれる

ポリフェノールの一種だかが多分に含まれていて、タンニンは植物界に普遍的に

存在していて、抗菌作用、消臭作用、肌荒れ防止効果を持つんだとか。


そのタンニンが水の色をこんなにまで染め上げる。
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タンニンに染まった水と虹と遠くに見えるテーブルマウンテン
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そんなタンニンに染まった滝にたたずんで、テーブルマウンテンを望む僕
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初日のツアーは、結局15時ぐらいから始まり、

ボートに少し乗って湖の対岸に辿り着いて、たくさん歩いて、滝をめぐる。

滝の裏を歩ける。滝の裏を歩くなんて、中国で行った黄果樹大瀑布以来だ。
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滝の裏を歩くと、必然的にびしょぬれになるので、水着。

これがまた寒い。

それにしても、迫力ある滝の裏ってのは、これまた迫力がある。
そして、ひっきりなしに水が襲ってくるから、会話もままならず、
滝の裏にいる間は、なんかずっと落ち着かない混乱状況が続く。

とりあえず寒いから、さっさと抜けてしまいたいってのが正直な感想。

それでも滝の裏を歩けるのは、貴重な体験。

そして、再びボートへ。もう滝の裏は満喫したぜ。
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そう思いきや、再び滝へ。
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ガイドは言う。

「今、俺らは水着を着ているんだ。だから服を脱いで、滝の裏に行くぞ」

そういう理由で、再び別の滝の裏を歩かされる。

日も暮れ始め、正直だいぶ寒い。

おいおい。

しかも往復しなくちゃならない。そして、タンニンの含まれた水をたっぷり浴びる。
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その後なんとなく、肌がすべすべしたような気がするんだな。さすがタンニン。
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タンニンを存分に浴びて、初日のツアーは幕を閉じる。
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この日は満月。タンニン滝と満月
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ということで、2日目の朝から僕らは再びタンニンに染まった川を上りある場所へと向かった。
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小学生くらいの男の子 世界のどこまでも飛んでいけよ

2011年04月19日 17:48

カナイマに到着しました。

陸の孤島と呼ばれ、飛行機でしかいけない村。

もしここに人間の住む集落がないと仮定して、赤ちゃんがここに放置されたら、

その子は確実にもののけ姫に仕上がってしまうだろうことが想像される

そんな場所。


2泊3日のツアーだというのに、空港について早々ガイドに案内されるでもなく、

空港からロッジまで勝手に歩いていけと、何の説明もされず、けっこーな放置プレイを受ける。

そして、ロッジに着いたら着いたで、30分放置。

そして、簡単な説明の後、2時間放置。

昼食の後、再び2時間放置。


ツアーとして、成立してるんだかかなり疑問にも思うようなツアーが始まったわけです。


そういうことで、いきなり放置受けまくりだったけど、目の前の学校でなんかやってたから

写真撮ってみた。

久々の子供たち。

でべそはなはだしい男の子
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吹き矢を吹く女の子。狙いはダンボールで作られたみすぼらしい的
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無題
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笑顔1
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笑顔2
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Help Us!!
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そういうことで、ここに住む子供たちは飛ばないことには、外の世界を見れない。こんな環境早々お目にかかれない。飛んでいけって心から切に願う。
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ひえひえのビールを持ち込ませてくれたっていいのに

2011年04月18日 11:00

何のために来たのかよくわからないメリダで結局17時間強の時間をつぶして、

次の町へ。


この繰り返し。



この繰り返しがなんともたまらない! ってわけでもない。



この繰り返しの最中には、度々余計な時間が発生する。



そういうのを積み重ねていくと、結構膨大な時間になってる気がする。



時は金なり。



僕はこの2年の間に、どれだけ無駄にしたんだろ。


いっても、日本にいても無駄にするだけだけどね。


とにかくメリダからバレンシアという町を経由して、

これまた膨大な時間を移動に費やしてやってきたのはシウダーボリバル。




ベネズエラのバスは、大体空気を読むということを知らずに僕を深夜に目的地へと辿り着かせてくれる。



シウダーボリバルに着いたのは12時をはるかに回って、深夜2時。



バスターミナルから外をのぞくと、奇声をあげるおばちゃん。

目的の宿まで歩いてみようかなんて思ったけど、そんなおばちゃんを見て、

僕のそんな気持ちはすっかり萎えてしまった。
DSC_1171.jpg



そして、仕方なくバスターミナルのベンチで4時間ほど時間を潰す。


硬すぎるベンチの上で。




早朝になって、とりあえずシウダーボリバルの町へ。

町の中心カテドラル。中心だからといって、周りには大して何もなし・・・
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どことなく風の谷のナウシカとかを思い出す絵の一部分
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シウダーボリバルの紹介は、ほぼ皆無だけどとりあえずそこの旅行会社で

某世界で一番高い滝を目指して、ツアーを申し込み、

翌日にはこうして、操縦席丸見えで、操縦中もずいぶんと暇そうなパイロットたちに不安を覚えながら、
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カナイマという町へと飛んだわけですが。




この飛行機に乗るときに旅行会社のつねにへらへら笑ってるスタッフが、

冷えひえのビールを持っていっても大丈夫だと言ってくれて、

恐らく物価の高い、ビールも高いカナイマでシウダーボリバルで買ったひえひえのビールを

飲もうと思ったのに、

空港のゲートでひっかかってしまい、全部没収。


こうして書いてみると割りと自然な成り行きなんだけど、

そのゲートに冷えひえのビールを持ち込んだらあきませんなんて

文言、一言も書いてなくて。

飛行機が出発するギリギリまでもめる。


「ちょっとまってください!」と片言の日本語をしゃべるおばちゃんが登場したけど、

「ちょっとまってください!」しか喋らず、話にならず。


最終的には、飛行機行っちゃうからとかいうわけの分からない理屈で、

冷えひえのビールを没収されたままになってしまったのは、

本当に腑に落ちない。


どうせあいつらは僕のひえひえのビールを仕事終わりに飲むんだ。

それには本当に腹が立った。


基準も何も無く、なんとなくひえひえのビールはダメだろうという

勝手な独断により没収されてしまった。



ベネズエラ人なんてきらいだ。







僕がメリダに行く理由なんて何ひとつない

2011年04月17日 08:36

メリダなんてベネズエラの一都市、日本人の誰も知らないし、

僕だってごく最近まで知らなかったし、

正直、なんで来たんだかよく分からないまま終わってしまいました。

何をしたいか分からなくても、とりあえずスペイン人によって建設されたカテドラルは、そこにあって、
別に行きたいわけでもなく、キリスト教徒でもないけど、そこに足を運ぶのです。
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ベネズエラの人達も基本的には、暇そうです。
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暇すぎて暇すぎて、死んでるんじゃねーの、ってぐらい暇そうです。
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あっという間にメリダの写真がなくなってしまいましたが、
メリダの町は実は、世界で一番長いロープウェーだかがあるはずなんだけど、工事中。だめだめ。
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メリダに深夜に到着した僕を迎えてくれたのは、この宿。
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POSADA GUAMANCHU:10ドルぐらいかな。WIFIあります。両替も出来ます。


ってことで、久々に本当に何しに来たんだか良く分からない町に来た気がする。


両替はしたんだけどね。



渡航の是非を検討しなきゃならない国境越え

2011年04月14日 12:12

コロンビアの首都ボゴタ
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これを見るためにかなりの急勾配をケーブルカーが優勝できなかったスポーツマンみたいにちっちゃな根性で
ぐいぐいのぼる。
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何気にでっかいまちでした。

なにしろ人口780万人。こんな人間もいる町です。
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そんなボゴタを出発して、次に目指したのはベネズエラ。

今考えると、コロンビアあっさりすぎる。

何があるわけでもないと、あっさり飛ばしちゃったけど、ちょっと心残り。


ちなみにコロンビア-ベネズエラの国境付近は、

弾テロや誘拐を行ってきたFARC(コロンビア革命軍)やELN(国民解
 放軍)といった左派反政府非合法武装勢力が主要部隊を失い劣勢となった
 ため、国軍や警察に対する武力攻撃やテロ事件の件数は減少し、使用する
 爆弾も殺傷能力の低いものが多くなっています。活動範囲は、政府の取締
 りが手薄なエクアドル国境及びベネズエラ国境に近い地域に集中し、犯行
 は夜間に行われることが特徴です。



みたいな感じになってる。

それでも現大統領のサントスが2010年8月以降治安対策にがっつり力を入れてるおかげで、
あまり悪いうわさは聞かない。治安はだいぶ改善したらしい。

政治家次第で治安はよくなる。

ということは、治安の悪い国=政治だめだめ ってことかな。

短絡的過ぎるけど。



夜は移動しないというルールだけを作って、いざベネズエラ。


①ボゴタ→ククタ(コロンビア国境)

15:30にボゴタのバスターミナルから出発。50,000ペソ。

移動はだいぶ快適で正直あんまり記憶にない。

でも夕日だけは綺麗でしたよ。
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眠りこけて、起こされて、朝7時。

ククタ着いちゃった。

ベネズエラ大接近。

バスターミナルでやることは、ベネズエラのお金入手。

とりあえずバスターミナルの両替屋さんでのレートが 1ドル=7.83.

事前に入手していた情報で1ドル=8ぐらいが妥当なんじゃない?

って話だったので、とりあえず7.83で何ドルか両替。

これでとりあえずベネズエラで生きていけそうです。


②ククタ(バスターミナル) → サンアントニオ(ベネズエラ国境の町)

ククタのバスターミナルを誇り高く守る警備員のお兄様に

ベネズエラ行きたいんだけど・・・と聞くと、

そのバスターミナルからそのまま市内バスが出ていて、それに乗り込む。



国境に向かう道は、なぜか渋滞。かなり渋滞。

みんなベネズエラに行きたいんですね。

何で行きたいのかは知らないけど。
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そのバスは、そのままイミグレとか無視して国境越えてベネズエラにいっちゃう勢いだったから、

バスの運転手に、国境の手前で降ろしてもらって、コロンビアのバスチケットを手に入れる。


ついでに両替しようかと思って、その辺のおっさんに

「ドル換えたいんだけど、」といって聞いてみたら、

わざわざ両替所まで僕を導いてくれた。

そこのレートは1ドル=8ボリーバルVEF

ちなみに公定レートが固定相場制で4.3だから、闇レートとのギャップは2倍。


そこで200ドルぐらい両替。



それを終えて、ついにベネズエラ国境へ。

また同じバス乗って、ベネズエラに入っちゃおうかと思ったけど、

なんかえらい渋滞してるので、歩いてみた。


橋をわたる。動画にしてみた。全然面白くないよ。


中国からネパールに入ったときの陸路での国境越えにずいぶんとロマンを感じたけれど、

もう何カ国陸路越えしたか分からなくて慣れきってしまった。

それでも今回のベネズエラ入国は結構どきどき。

何しろベネズエラだからね。

この歩いて国境を越える感覚ってのは、日本じゃ絶対に味わえなくて、

だからこそのロマン。


いってもあっけなく越えちゃったけどね。

一緒に国境のラインでジャンプしてくれる人もいなかったけどね。



ベネズエラに入国。橋を渡って、ちょっと歩いたところでスタンプを頂く。


なんかベネズエラに入って、なんとなく町の感じが寂しげになった。

あんなに激しい渋滞だったのに、ベネズエラに入っていきなり車減ったし、

人通りも少ないし、店も少ないし、南米にしては久々に国を越えた感じがしますね。

相変わらずのスペイン語だけど。




バスターミナルの位置を人に聞くと、歩けそうな雰囲気だったから、



歩くことにした。




ところが、何気にバスターミナルまでの距離1.5キロぐらいはあったんじゃないかと思う。



いきなり人通りが少なくなる。


ここはベネズエラ。


なんかこわいよね。


誘拐されちゃう とか思いながらバスターミナル到着。




次の町メリダへと目指すことにしたのでした。


朝からバス全然なくて、いきなりバスターミナルで3時間待ち。
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こんなに太った人を見まくったのは初めてです。

2011年04月12日 15:03

アンマリヤルコトナイボゴタ。

チアンハイイノニ。


南米じゃ、初めてか2度目か忘れたけど、ポテロ美術館なる場所へ行ってきた。

入場料無料。

実はこの日は、東日本大震災の翌日とかで正直テンション駄々下がり。



フェルナンド・ボテロ
存命。1932年生まれのコロンビアの美術家・彫刻家

抽象芸術家です。

こんなん書いてます。
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こんなんばっかです。
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とにかくありとあらゆる人物をぼってりとさせて描くのが彼の特徴です。
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面白いなとは思うんだけど、正直なところ僕の心にぐっときません。
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潜在的に太ってることに対して、良い印象を持ってないだけなのか、
ただただ、ワンパターンすぎるからなのかは知らないけど。
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とにかくここにあるフェルナンド・ボテロの絵画のほとんどがぼってろした絵ばっかり。

さらには、ボテロ以外にもピカソやダリ、ミロ、シャガール、モネなんかの作品がしれっと展示されてる。

それが無料で見れるので、ボゴタお立ち寄りの際は是非是非って感じ。


住所はこちら Calle 11 No. 4-41, Bogota, Colombia



個人的には、やっぱシュールなダリさんが好きです。
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そして、この旅でピカソの画を見まくってきたおかげで、

大体これはピカソかなってのだけは分かるようになってきた。

これはピカソじゃなくて、ただの通路。
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粋なコーヒー屋さん
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南米最悪の治安?

2011年04月10日 12:07

渡航の延期をお勧めされてる場所を、延期もせずにむしろ、巻きでやってきた

コロンビアの首都ボゴタ。


僕の勝手なイメージだけど、やたらと治安の悪い場所。


最近はめまぐるしく治安が改善されて、南米の中でも比較的安全な都市になってるらしい。


実際、僕が肌で感じる町の雰囲気もそれほど危険を感じなかった。


ちなみにこれまで行った都市でなんともいやーな治安の悪い雰囲気を感じた都市は、

ダルエスサラーム(タンザニア)
ナイロビ(ケニア)
ケープタウン(南アフリカ)
サンパウロ(ブラジル)
リオデジャネイロ(ブラジル)
リマ(ペルー)
マドリード(スペイン)

全ての都市の全ての部分が危険なわけじゃなく、
人通りが少なくなったり、日が暮れたりしたりしたときの
なんとなしな空気がやばーい町だったとこ。

上記の都市どれも、別に平日・昼間の町の真ん中なら大丈夫だったけど。


それらと比べるとボゴタなんて全然屁でもないぐらいやばい空気を感じなかった。

ってことで、アリバイ的に観光してきた。


ってもボゴタには大して観光資源はありまへん。


っていうことは、必然的にとりあえずボリーバル広場と呼ばれる旧市街の中心へ。

そうなると、南米お決まりのパターンで立派なカテドラルがそびえる。
南米の都市部中心がワンパターンすぎる。
アンパンマンの終わり方よりもずっとワンパターンな気がする。
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リマ以降アンデス山脈を下ってきてから、久々のリャマ。野生のリャマじゃなくて、看板リャマ。
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コロンビアには美人が多い、多いと聞いていたんだけど、全然そんなことないんだけど、
どういうこと?ボゴタじゃだめだった?
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この写真、時計が二つあるんだけど、示してる時刻がけっこー違う。どういうこと?
それでもこの写真お気に入り。みそは左のコロンビアの国旗。
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どこもかしこも教会ばっかだぜ。
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アリバイ的なボゴタ観光、次回は、コロンビアの誇る芸術家ポテロ編。

渡航の延期をお勧めされてる国境越え

2011年04月08日 17:00

「渡航の延期をお勧めします」のほうが、
「渡航の是非を検討してください」より危険度が上だなんてことを今知ったわけですが、

正直この外務省の海外安全ホームページの情報って、

避難勧告はさすがに避けなくちゃいけないけど、
「渡航の延期をお勧めします」までの地域って、
外務省の職員がどこまでちゃんと調査してるかによって、
信憑性がだいぶちがうんですよね。


実際、スーダンの外務省職員が治安の基準にしていたのは自分たちの調査とかじゃなくて、
国連の安全基準だったからね。


そんなわけで、エクアドルのキトから弾丸スピードでコロンビアのボゴタへと移動したわけです。


まずはキトのカルセレンバスターミナルからスタート。


①キト(Quito)からトゥルカン(Tulcann)へ

トゥルカンはエクアドルの国境の町。
カルセレンバスターミナルから所要5時間。 US$4.5.

「キトの宿のスタッフに国境越えは18時以降危険だからいけません」といわれており、
トゥルカンにちょうど18時。
仕方なくトゥルカンのバスターミナル前の宿で1泊 US$8.

②トゥルカン(Tulcan)からボーダーへ。

国境行きがバスターミナルから出ていなくて、バスターミナルそばの大通りから
路線バスを拾う。
国境行きだと思ったバスが方角は大体あってるけど、行き先が違って、
トゥルカンの郊外で下ろされる  20セント

郊外で下ろされて途方にくれ、いろんな人にボーダーへの行きかたを聞きまくり、
そこから1.5キロは歩いた場所にあった公園からムチャラという国境に接する町までの
コレクティーボに乗車   75セント


③ボーダーからコロンビア国境の町イピアレス(Ipiales)へ

コレクティーボは、イミグレを無視してコロンビア国境を超えてしまう。
仕方ないので、徒歩で再び国境を戻ってエクアドルに入国し、
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出国スタンプを押してもらう。

そして、再度コロンビア入国。
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渡航延期が出されてる割には、全然物々しさを感じない、極めて平和な国境。
本当に両国間もめてるんですか?

コロンビア国境にはATMが無いので、取り急ぎドルを必要なだけ両替。

両替商のお兄様方が群がってくる。

ボーダーからIpialesのバスターミナルまでは乗り合いタクシー 1750ペソ(1ドルくらい?) 約3キロ


④イピアレス(Ipiales)→カリ(Kali)

ボゴタに行きたかったんだけど、とりあえずカリまで。

割と頻発していて、料金は35000ペソ 12時間。

イピアレスのバスターミナルにもATMは無いので、引き出したい場合はセントロいかなくちゃダメ。
バス代はドル払い可。

⑤カリ(Kali) → ボゴタ(Bogota)

なんだかんだでカリに到着したのは深夜12時。

バスちんたらしすぎ。

カリのバスターミナルにもATMが無く、かなり悪いレートでドルを両替して、
ボゴタ行き 12:30のチケットを購入。50,000ペソ 12時間

急いでる場合は、ドルを国境で多めに替えて置いた方がよさげ。
みんな同じレートだったし、そんなに悪くなかったし。
$1=1850ペソ。

ということで、ボゴタのバスターミナルに到着したのは、

キトを出発して、約48時間後。


怒涛の移動劇でございましたとさ。

この情報がどなかたの役に立てれば、これ幸い。

大事なのは


明るいうちに移動する ってことですね。


店閉まりまくりまくりまくり攻撃@キト

2011年04月07日 08:23



南米のカルナバルが鋭意継続続行中のキト。


カルナバル(カーニバル)いっても、ボリビアのオルーロあたりでは、毎日のように壮絶な水かけ祭りが

繰り広げられているらしいんだけど、こっちじゃ地味ーに泡かけがごく一部の人々の間で

行われてるだけで、基本ただの祝日と化している。
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日本のようにストイックに休みの日でも稼いでやろうという方々はこの国には

極端に少ないもんで、

首都のはずのキトは、連日ゴーストタウン。

土曜、日曜じゃ収まらずそのゴーストタウンっぷりは、

月曜日、火曜日まで侵食。


キトで、赤道見に行った以外はアリバイ的にこうやって、

旧市街を見に行っただけ。これは多分、大統領府。
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街角。
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サンフランシスコ教会。南米にどんだけあるのよサンフランシスコ教会。字余り。
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独立広場。1830年8月の独立を記念した碑。
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キトの町を見下ろせるでっかい教会とかあったらしいんですけど、

僕、キトでひとりぼっちだったんです。

キトだけじゃなくて、リマ以降ずっとひとりぼっちだったんだけどね。


ゴーストタウンで、ひとりぼっちで孤独だと、テンション駄々下がりなんですね。

テンション下がったまま、カジノとか行っちゃって、なんかあっさり50ドルぐらい負けちゃったし、

世界遺産のはずのキトの店が閉まりすぎてる事実は、

正直、僕にとってキトのイメージを駄々下げする要因となってしまいましたね。



治安のいいはずの新市街だって、夜歩いてたら、

わらわらと感じ悪い野郎どもが現れてきて、

「ちーの」攻撃受けたり、

完全にドラッグで行かれちゃった感じの人から、

ウルトラスローなパンチモーションで殴られかけたりと、


この町、油断すると撃たれます。

店が閉まりまくってるせいで、首都のはずのキトは余計に陰湿で、

不穏な空気をたっぷり感じたわけですね。


カルナバルが完全終了した水曜日に僕はキトを出た。

出る前に評判の良かった玉面館(Manuela Canizales駅降りてすぐ)の餃子を食べた。
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写真じゃ、ただの餃子かもしれないけど、実際この餃子、ただの餃子をはるかに凌駕しております。

これがキト一番の思い出かな。





ゼロが六個並ぶ場所

2011年04月06日 15:18

カルナバルのせいで、どいつもこいつも休みっぱなしのクエンカを出発して、

次に目指したのはエクアドルの首都キト。



このキト。僕の旅仲間が拳銃強盗にあって、病院送りにあってたりする


結構怖い町。



そりゃびびります。



なのに、もう深夜といって過言ではない22時過ぎに僕が乗ったバスは


空気も読まずにキトに到着してしまった。



ここで考えられるう選択肢は3つ


①明日の朝までバスターミナル待機。

②夜のキトで思い切って、宿探し

③一泊の宿代と夜行バス代が同じぐらいだから、無駄に夜行バスに乗ってみる




まず、考えたのはバスターミナル待機。でもあいにく寝られそうな場所もないし、寝たくもない。


そして、次の選択し夜行バス使って寝る。

ところが、エクアドルのバスって無駄に各駅停車しまくる。

4時間往復ぐらいの場所探したけど、あんまいいとこ無くて

結局却下。



ってことで、色々悩んだ結果深夜のキトへと繰り出すことにした。


あんまり宿候補なかったんだけど、

とりあえず治安のよさげなキトのマリスカル地区へ行くことにした。



そこに辿り着くまでの交通機関はエコビアとかいう

専用道路が町中に引かれた路線バス。


そこで、Manuela Canizales駅で下車。


誰もいねぇ。真っ暗。



やれやれ。



まじ、こええ。




でも、バス停降りてすぐにみつかりまして、ほっとしましたです。




ということで、0が6つ並ぶ場所は赤道。

キトから行くのはやや面倒くさいけど、当然のごとく観光地化されていて、

こんな巨大な記念碑まで建ってるものの、
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残念な事に、この記念碑の下に赤道は通っておらず、

さらにそこから北へいくと、本物の赤道が走ってるミュージアムが見つかる。


町行く人に「オリジナルの赤道はどこ?」って聞いたら、教えてくれる。

これが入り口。実際結構わかりづらい。
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ミュージアムってことで、勝手に入場料取られるんだけど、

英語のガイド付きで色々説明してくれるんで、結構楽しい。


まずは赤道うんぬんの前に、エクアドル在住の少数民族の説明がある。

なんか頭を切って、ミイラにしちゃう風習があるらしい。

結構えぐい。
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0度0分0秒の場所。地球のど真ん中を貫いてる場所。
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赤道を陸路で通るのは、このたび2度目。

飛行機でも2回通ってるから、4度目。

5ヶ月ぶりの北半球。

再び日本と同じ周期で四季がやってくるはずの場所にやってきた。



もう陸路で赤道を越えることなんて、この先あるんかな。



この赤道、なかなか物理的に面白い場所で、

詳しいことはグーグルが教えてくれるんだけど、

簡潔に言うと、




卵が立つ。僕が立てた卵。ガイドより上手に立ててやったぜ。
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ということで、赤道。なんとなく満足だぜ。

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亀を本気で応援したくなるカルナバル

2011年04月04日 19:36

クエンカに到着した翌日は、カルナバル。


朝からやけに静かだと思いきや、ほぼありとあらゆる商店が閉店。


そして水かけ祭りなるものが南米で無差別に繰り広げられるらしく、


本場のボリビアのオルーロではよっぽど大変な事になってたみたいだけど、


ここクエンカでもしれーっとほとんど子供たちと、一部の大人たちが


水かけに興じている。



道を歩いていて、急に水浸しの地域を見つけた場合、周りと見渡すと、こうして建物の屋上から
子供たちが水風船で攻撃待機をしてる証拠。
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幸いにも攻撃対象が、知人とか子供とかなんであまり被害にはあわなかったけど、

ちっちゃな子供とかがしれーっと、水鉄砲をかけてきたりもしたりする。

町の中心では、カルナバルが。ついでに水かけというか泡かけもやってて、
踊ってる人達かけられまくりまくり。
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でも、飽きちゃって、この有様。カルナバルよりドラえもん。
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クエンカに着いた初日に、パナマハット屋さんを見つけて、


パナマハットの軽量さにえらく感動したんだけど、翌日以降店みんな閉まっちゃって、


買えずじまい。困ったもんだ。




だから結局、クエンカ出発してキトに向かったのですが、


クエンカの宿で飼われていた亀がひっくり返ってた。
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なんか愛着わくでしょ。



ぶいぶい言わせながら、彼は起き上がろうと必死で努力。



それでも全然起き上がれる気配が無くて、



何度助けようと思ったことか。



宿のチェックアウと時に、おつりが一向に来ないから、



ずっと彼の努力の様子を眺めてた。



もう無理かなって何度思っただろうか、



やっぱお前には無理だよ。って。



でもこいつはあきらめないんですね。



希望を捨てないんですよ。



1ミリも捨ててないんですよ。



彼の中には、恐らく不可能なんて言葉は存在してなかったんでしょうね。



何気に5分以上ずっと彼は甲羅をぐらぐらと揺らせて、



何度も何度もずっとずっと再び地に足を着く事だけを考えて、



必死で努力してたわけですね。



そして、彼はついにやりました。
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ドヤ顔してますね。




ショーシャンクの空で、モーガンフリーマンのいった言葉を思い出しました。


「希望はいいものだ。多分、最高にいいものだ。
良いものは決してなくならない。」


Hope is a good thing, maybe the best of things, and no good thing ever dies.





くえくえくえくえクエンカ

2011年04月03日 13:45

クエンカに到着するまで、


無駄に途中停車が頻発するエクアドルのバスに眠りを妨げられまくったり、

全然目的地まで辿り着かないで、バス会社払いで市内の路線バスに載せられたり、

クエンカのバスターミナルに2:30とかに着いちゃって、

何気に標高高くて、寒いから、寝袋被って、人気の無いところでひっそり野宿しようとしたら、

警備員に「ここは危ないけん、他のとこでねないといかんよ。」って注意されて、

早速エクアドルの治安にびびったりして、

朝になって、目当ての宿行ったら満室で、その後も立て続けに3件ぐらい全部フルで、

宿探しが難航したことを除けば、


まぁまぁ無難に到着したクエンカ。

町の中心にそびえるカテドラル。1885年製造。
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てっぺんに青いドームがのっていて、色んな角度から色んな表情を見せる。
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ここからの眺め好き。
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オロスタルって言葉が、一切原型をとどめて無さ過ぎるところが、さすがエクアドル。
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そういえば、この町は世界遺産だった。
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何気に教会がうじゃうじゃある。
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健気でしょ?
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こんなクエンカ。厄介な事に翌日からカルナバルに突入。


どうなるおれ?

久しぶりに莫大な金額をだまされ・・・

2011年04月02日 13:01


カハマルカを出発して、目指すはエクアドル。


再びLinea社のバスを利用して、とりあえずいけるとこまで北へ。


どこまでも北へいってやる。


チクライヨという町に到着。朝5時。


到着してすぐに6時出発のチケットを買って、9時にピウラへ。


さらにそこからTumbesというエクアドル国境の町を目指す。


乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎ。


旅してる感ばりばり。



正直なところ、ばりばりに旅してる感は今のところあんまりお呼びでなくて、

もっと快適なバスでシュイシュイシュイーっと行ってしまいたいんだけど、

残念ながらそんなわけにも行かずずずずず。



ピウラの町ってのが、いよいよ赤道に近づいて、標高も下がって、

むしむしと暑くなってまいりまして、人間もどす黒く日に焼けてきて、

なんか、ここインドか?みたいな雰囲気。



正直なところ、もうインドもいりません。

なので、さっさと次へ。



と、いうことでトゥンブスへ。





そんなくだりでバス移動を続けること20時間。

トゥンブスに着いたのは、17時。

この日は金曜日。明日は土曜日。


南米、特にペルー-エクアドル間だとか、エクアドル-コロンビア間だとかの

国境越えはあんまりいい噂を聞かない。

被害にあったっていう話もほとんど聞かないのだけれど、とにかく気をつけたほうが良いって事だけは、

僕の頭の中で、洗濯機で脱水に掛けられてる衣服のようにぐるんぐるんと意識づけられ、

トゥンブスのバスターミナルに着く頃に、

「とりあえずここで一泊したほうがいいかな」なんて決断は、一応下されていた。




バスターミナルに到着すると、とりあえず鶏が毎日卵を産むみたいに、ごくごく当たり前のように、

客引きがわらわらと寄ってくる。


それを僕は無視する。

すると当然だけど、結果的に誰もいなくなる。

宿の客引きもいなくなる。




トゥンブスの情報がまったく無い。





そして、当然困る。





ごく自然の流れ。




で、一人のタクシードライバーに声を掛けられる。


「国境行くのか?」


僕は答える。

「エクアドルに行きたいけど、もう遅いから今日は泊まりたい。どっか安宿ない?」と。


彼は言う。

「ここからタクシーで10分のところにセントロがあって、そこに安宿はあるよ」と。


でそこに行く流れになったんだけど、そこで怪しい親父登場。


「おい!おまえ。エクアドル行くんじゃろ。明日からカーニバル始まるから、移動大変やぞ。今のうちに行っておけ。俺は旅行代理店のスタッフで、もうすぐクエンカ行きのバスがあるからそこまで送ってやるから、行っとけ、行っとけ。」と。



怪しいんですね。なんとなく。明確な理由もなく、なんとなく怪しいだけなので、

正直、僕の心は揺れていた。


彼の言うことは一理正しいと思う。

明日からカーニバルから始まるから移動しておけという点。

だから移動してもいいかなとは思った。


ただ、如何せんこの親父が怪しい。


そしてどういうわけか僕に声を掛けてきたタクシードライバーも一緒に勧誘してくる。

彼はこの親父に僕を取られたら、彼の仕事はなくなるはずなのになぜか協力的だ。

やぱり怪しい。



で、僕は当然のように聞く。

「おまえは誰やねん?」と。


そして、

「旅行代理店のスタッフだ」という答えが返ってくる。


なんとなく信じられない。


で、バスの会社の名前を聞いて、その親父を無視して、別のタクシーでそのバス会社まで行くという手段を

試みるが、他のタクシードライバーも、「この親父の車で行け!」みたいなリアクションを取って来る。


しまいには、バスターミナルの警備員もターミナルの前の露天のおばちゃんも

「大丈夫、この親父を信じて良いわよ」みたいなことを言ってくる。


正直、そこまでの証人がいれば信じても良いんじゃないかなんて話になるでしょ。



という事で、彼の車に乗り込む。


乗ってる間も、なんとなく誘拐されちゃうんじゃないかとえらい心配だったんだけど、

とりあえずその辺は、証人の多さから言って大丈夫な気がする。



親父は、トゥンブスからクエンカまでのバス代を

「77だ。77だ。」と言っていた。

77ペソ。2300円ぐらい。

ちょっと高いけど、国境を越えて、クエンカまで言ってくれるなら悪くないと思った。



その車が、10分ほど走ったところで、彼らとの会話が進み、再び価格の話になる。


もう一度値段を確認するために。そして、値下げ交渉をするために。


「77じゃ高いか。じゃあ、67ドルだ。」


え?聞き返す、「なんて?」


「だから67ドルだ。」


ペルーのトゥンブスからエクアドルのクエンカまでの距離は、直線距離にして200キロ。


クスコからリマまでの700キロぐらいの距離にしたって、バス移動で3000円ぐらいなのに、

この200キロに67ドルはあまりに高すぎる。



まぁ、有り得ない。


しかし、僕は車の中。かごの中の鳥。


ただ、叫ぶ。

「有り得ない。高すぎる。今すぐ戻れ」と。



最近覚えたてホヤホヤの単語 {Volber:戻る}と、{Caro:高い}を連呼する。


「ボルベール、ボルベール、ボルベール!」と正直うる覚えで不確かだったんだれど。

「大体、ここはペルーなのになんで、67ドルなんだ?ペソだと思うだろ、どう考えても。」

というと、一緒についてきたタクシードライバーが

「いや、この親父はエクアドル人だから、彼が言う値段はドルなんだ。」

完全に理由になってない。日本に住む中国人が300といったところで、

その値段が300元だなんて誰も思う訳ない。

「そんなの知ったこっちゃ無い。とにかく、行かないから戻って。」


すると、その親父、別のプランを提案してくる。

「分かった、じゃあトゥンブスからクエンカまでじゃなくて、マチャラまでで35ドルでいいか?」

とか提案してくる。

「いやいや。高いから」


ただ、たまたま別のバス会社がその地点の割と近くにあって、車が停車。

親父が、

「お前はここで待ってろ。今チケットを取って来る。35ドルな。」とか言ってきて、

とにかく待ってろ攻撃が繰り広げられる。


やっぱり怪しいので、僕は車を無理やり下車して、バックパックも回収し、

親父と一緒にバス会社のカウンターへ。




カウンターの前に辿り着き、なぜか黙る親父。


スタッフに尋ねる。

「マチャラまでいくら?」と。


すると、

「12ソル。」との回答。僕は、とりあえずそのチケットを購入した。



12ソルは約4ドル。

親父の提示額35ドル。







親父、沈黙・・・・・・・・・・。





「おいおいおいおいおいおい、35ドルって言ったよね。どういうこと?」

と隣で黙ってる親父にたずねる。

「いや35ドルじゃなくて、35ペソってことだったんだ。いいからここまでのタクシー代をはらってくれ。」

とか言ってくる。

「いやいやいやいや、おまえさんはどちらさまですか?」と尋ねる。

「俺は、タクシー会社のスタッフだ。」との回答。

「いやいやいやいや、旅行会社のスタッフだとおっしゃったじゃないですか。何うそついてるのよ。」

「はいはい、だからここまでの交通費払って」とのこと。

「払うわけ無いでしょ。アナタ、ワタシだまそうとシタアルヨ。ハラッテタマルカアルヨ。」



その後も少しだけしつこくタクシー代の無心が来たけど、もうそこはバス会社のオフィスで、

彼のテンションも低め。

親父は、結局のところ、僕から1円も取らずにバス会社から去っていきましたとさ。







めでたしめでたし。









今まで、南米でこんな話聞かなかったんだけどな。


南米北部、やっぱりちょっと危険?













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