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ウユニ塩湖のトリック写真とかじゃなくて、敢えてふんどしとか履いてふざけまくった写真

2011年02月28日 23:49

DSC_6497.jpg

しつこくウユニ。

僕がこのブログを見てたら、「しつけーな、コイツ」って思い兼ねないんだけど、

でも、ウユニ。

ウユニのことは、日本出る前から知ってましたよ。

京都の自転車屋さんに

「世界一周する人は、だいたいウユニの塩お土産に持って帰ってくるの定番ですよね」って

言われたの覚えてます。

もう2009年の春のことです。

円山公園の桜がきれいでした。



桜って本当に綺麗ですよね。平安神宮だかどこか忘れたけど、鏡張りの桜があるんですよね。

それは、もしかしたらウユニ塩湖の鏡張りに匹敵するかもしれません。

日本に帰ったら確実に見てみたいです。









この流れで京都の円山公園の写真を貼ろうと思ったら、データ持ってなかった・・・・・。

けど、辛うじて札幌市の円山公園の紅葉の写真があったので、そちらでも。。。。
koyo.jpg


これを企画したのは、僕ではないのですが結果的のは物凄く良い結果になったと、

満足しきっています。







全員ふんどし。




僕はどこかにいるけど、全然探さなくていいです。


全力で捜さないでください。。


後生ですから。







ピラミッド。
DSC_6195.jpg





しこ踏んでみた。
DSC_6224.jpg








騎馬戦。
DSC_6310.jpg




これいいでしょ。
DSC_6252.jpg















そういうことで、初日はあっというまに夜を迎えてしまったのです。
DSC_6445.jpg





と、いうことでトリック写真皆無。





ま、トリック写真なんてものは結局鏡張りが見れなかったときのための苦肉の策でしかないんですよ。

っていうか、トリック写真って撮るの何気に大変ですよね。

あれをがんばって撮ってるかたがた凄いなって思います。

だって、塩湖の地面ガタガタすぎて、そこを超低地から写真撮るの大変なんですよ。

膝とか滅茶苦茶痛いんですよ。針の山ですか?みたいなしんどさなんですよ。

しかもそれにあわせて人の動きとかカメラの位置とか対象物とかを合わせるのも大変なんですよ。

だからちょっと羨ましくもあります。




でも、それを超越して今回はふんどしを履いてみました。


っていう写真の数々です。

これはこれで全力でありだと思うんです。

完全にありだとおもうんです。


最近といっても、もう去年の年末からですが

ウユニ塩湖での全裸写真が流行ってて、そういうのもどうかと思ったんです。

何しろ陰部は隠さねばなりませんからね。

それじゃ、写真としてやや恥じらいだ写真になるじゃないですか。


結局、そうなってみるとふんどしなんかを着用してみれば、

絵的にも不自由を感じなくなるし、

この大自然で裸で居られる状況を肌で感じられるし、

いいと思うんです。




全部、後付で「ふんどしでウユニ」に関しての肯定文を書いてみたけれど、

ま、ありだと思いますよ。




なにしろ、背景が綺麗なので何してもありですよ。
DSC_6483.jpg



とにかく色々とウユニ塩湖の上には治外法権が存在するような気もしたりするんです。




ウユニブログ、あと2回ぐらいお付き合いください。



どうぞ観念してよろしくお願いします。

書くこともいい加減全然なくなってきましたが。













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ウユニ塩湖の割と大変なことになってる陽が昇る前後の写真

2011年02月27日 14:25

さて、ウユニの写真でがんがん引っ張り中ではございますが、


引き続き風のごとく岩のごとくウユニで引っ張っていきたいと考えている


所存でございます。



何しろ、ウユニ塩湖でみたあの景色というのは

僕がこれから1ヶ月生きるのか100年生きるのかは知らないけれど、

まず間違いなく一生ベスト3に残り続けるような景色だったんです。
DSC_6510.jpg


こんなに何度も何度も写真を載せ続けると、乾季で妥協してしまった人に

本当に申し訳ないというのは分かりきっているのです。

だってどう考えても乾季と雨季での景色の差っていうのが歴然すぎて、

DSC_6532.jpg

これ人の写真借りてます。thanks for yukky
IMG_3598.jpg

って、これ以上言い過ぎると本当に悪い気がしてきたんだけど、

とにかくウユニ塩湖で見れた景色っていうのは、

もう幻想的というか神秘的というか異次元というか、

ここでやっぱり表現につまづいてしまうんだけれども、

体中が全て包み込まれてしまって、

だって、何しろ見渡す限り全てがこんな景色なもので、

もはや写真でも全然伝えきれてなくて、

それでも伝えたくて、

DSC_6529.jpg

伝えたいっていうか、むしろ自慢したいだけなのかもしれないけれども、

なんというか、とにかく地球にはこういう景色が存在してるんですよ。

DSC_6518.jpg

これも人の写真借りてます。thanks for momochan
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僕は、危うくこんなにも美しい景色を見逃しかけました。

何しろ徹夜した結果のこの早朝の景色。

どっかで妥協して、睡眠欲に負けていたら見れなかったんです。





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でも写真取りまくったせいで、何百枚も撮影可能なNikon D90の電池がなくなってしまいました。

ただ、幸運にも同じ機種持ってる人がいて、

なんとかその日のウユニ鏡張り定番写真を取ることが出来ましたのです。

なんかとにかく色々とずっと感謝です。




DSC_6580.jpg



ウユニ塩湖の普通に絶景で言葉にならなくなる写真

2011年02月25日 17:25

ウユニ塩湖1泊2日ツアー。


昨日の写真は1日目の午後まで、

そして今日の写真は2日目のお昼から。

定番の鏡張り写真の数々。

なんというか本当に言葉にならない。

言葉にならない理由は、日本にこんな景色が存在しないから

日本語としても存在しないからかもしれない。

あるいは単に僕のボキャブラリーが不足してるだけかもしれない。


とにもかくにも

自分の存在が分からなくなる。

ここが地球なのかも分からなくなる。

「なんだこれ?」と叫び続ける。

正直、本当にこれがなんなのかいまだに分からない。

分からないことも無いけれど、分からない。


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なんというか綺麗なのはもう分かりきってる。


ただ、「キレイ!」とかで済ませてしまっていいのか。


そう考えると、完全に適してない。


不適合もいいところだ。


もう綺麗を超越しまくってる。


大体、部屋が整理整頓されてる状況をきれいと呼んで、


この景色がきれいっていうのも可笑しすぎる。


もはやこれは日本語の限界なんじゃないかって思う。



自殺を試みる人にこの景色を見せてあげたい。


例え、全てがうまくいかなくて死にたくなっても、


死ぬ前に一度だけこの景色を見てから、どうぞ死んでください。


と。



もはや何が言いたいのか自分でも分からなくなってくるけど、


とにかく何を言っても無駄なんです。この景色。



この光景の前には、ありとあらゆるものが、

もはや神ですら圧倒されてしまって、言葉が出なくなるのです。

この景色は、キリストも仏陀も超越してるんじゃないかと。








最初に、ここを発見して、この鏡張りを見た人はどう思ったんだろう。


この状況を理解できたんだろうか。



DSC_6587.jpg


地球にこういう景色が存在して、




そして、僕がこの地球に生まれて、




こうして、この景色を見ることが出来て、



僕はとても幸せです。



そして、明日もあさってもまだウユニ写真でこのブログをひっぱります。



乞うご期待!!










uyuni33.jpg
















uyuni3.jpg












ウユニ塩湖のまぁまぁ美しい写真

2011年02月24日 12:44

ということで、僕は日帰りを終えて、翌日再び1泊2日のツアーへ。

なんと総勢15名だか17名だか。とにかく大勢を載せていくことと相成った。

雨期が始まった!という情報が入ってかどうかは知らないけど、このランクルの数々。
DSC_5982.jpg


一路、ウユニの中心?へ。
DSC_5984.jpg

バスで来れるなら、ツアーじゃなくてよくね?
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まだ、じみーに地面見えます。
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まだこんなもん。
DSC_6028_20110224121913.jpg

いよいよ確信へ。
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で、これ。
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もっと凄いのあるけど、後日。
DSC_6132.jpg


気づいたら、日が沈み始めました。
DSC_6391.jpg




いいでしょ。
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ウユニ塩湖の序の口画像

2011年02月22日 08:30

本日からのブログはウユニ塩湖に関するもので、

写真が綺麗なのでなるべくおおきいまま乗せたいままちょっとレイアウト変更して、

さらに画像の要領もでかいので、結構迷惑な感じになっていますが、ご了承ください。




ウユニ塩湖の雨期。




雨期なんてのは、旅行にとって恐らく世界中のほとんどの地域で、あまり好まれれるものではなくて、

雨期が待ち遠しくてたまらないのは、ウユニ塩湖と鎌倉の明月院ぐらいなものじゃなかろうか。




そもそも僕もそのために、ラパスで荷物を盗られるかもしれないリスクを負いつつ、

現に荷物を盗まれてまで待っていた。






恐らくあんまり日本では知名度も高くないんだけど、旅行者の中では相当に

評判の良い場所で、雨期のウユニは世界一綺麗だとか。



そりゃ期待する。


そして、ここまで来て、たまたまこの時期にこの場所にいるのに、

妥協して乾いた塩湖に行って、トリック写真を撮って満足だなんて、

僕としては受け入れられない。


断固拒否したい。





だから、待った。




それなのに、「今年は雨が少ないから雨期の鏡張りは無理かもしれない」なんて情報が入ってくる始末。




そのせいで、危うく妥協しかけた。

乾季でもいいかなんてなりかけた。


乾季でもいいかなんてなりかけて、じゃあほかにも行く人いるみたいだから、

電車で一緒に行きますか?ってなった。



そしたら、ウユニ塩湖が鏡張りになったという情報が入ってきた。




どなたか知りませんが、いつもいつも僕を見守ってくれている人間以上の存在がどこかにいて、

皆既日食のときとかと同様に最高のコンディションで僕はウユニ塩湖を観光する事が出来た。


そこに行くまでの電車での様子とか、あるツアー会社の感じが悪いというか平気でうそをつく憎たらしいばばぁの事とかは一切を省いて、

早速、写真を羅列します。


あらかじめ言っておきますが、こんなのほんの序の口。


ウユニ塩湖に向かう前に、列車の墓場に勝手に連れてかれます。
trenes1.jpg


uyunitrain.jpg



塩湖に向かう途中に塩工場兼土産屋があるのですが、すでにそこでなんとなく塩湖が見えていて、
テンションがあがって、僕はこのテンガロンハットを買ってしまいました。
DSC_5731.jpg



という前菜を片付けると早速メインディッシュが登場するわけだけど、

実は僕はウユニ塩湖ツアーに2度参加してて、これからの写真は最初のやつ。




piccoro2.jpg


で、まだ水がたまってないとこもたくさんあって、乾いてるとこんな感じ。
アリバイ的に乾季っぽいのも見れて良かったっちゃあ、良かった。
sakadati3.jpg




ということで、こちら3枚が鏡張り序の口の写真たち。
DSC_5881.jpg



DSC_5738.jpg



uyuni.jpg

恐らく、これだけでももう反吐が出るほど十分に美しいんだけれど、

翌日、再び1泊2日のウユニツアーに行きました。

そして、それはそれはもう奇跡的なというか奇跡でした。


それは、また後日。


デスロードで死んじゃうとかほとんど有り得ない

2011年02月17日 20:35



やっとデスロード。


デスロード。正式名称ユンガスロード(多分)

世界でもっとも危険な道と言われてたりもします。
そして、ラパスに来たらほとんどのバックパッカーが挑戦していきます。


この道路は、チャコ戦争でパラグアイの囚人によって作られ、ラパスからアマゾンの熱帯雨林までと続いているわけですが、車幅はどこも3.2メートル以下で、断崖絶壁が続くようなところで、
1983年には、バスの落下で100人以上の死者を出している危険なところです。

ちなみに今でも年間200~300人が崖に落ちて死ぬらしく、

年に25台の車が落ちるんだとか。2週間に1台のペース。


そんな危険な道路が、今ではマウンテンバイクで下るためのアクティビティとして観光地化されているわけです。

で、1998年以来自転車での死者は18人だそうです。(ソース:BBC)



詳しくはこの辺をご参考ください。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/8683075.stm




かなり期待してた。なにしろ僕は自転車が好き。




けど、ラパスは朝からあいにくの曇天。


前日の盗難騒ぎから影響で、どうやらお天道様は見方してくれなかったらしい。



僕はエルソラリオでデスロードツアーを申し込み、


前日にオーナーやらスタッフにデスロードに行くって伝えてあったのに、


どういうわけか、僕の分のヘルメットとジャージが用意されていなかった。




嫌がらせ?



こっちは盗まれた立場だっちゅうのに。



確認したら、「おまえもデスロード行くのか?」だって。



昨日、伝えたっちゅうのに。





とにかく、曇天のなかTOYOTAのハイエース3台がたくさんの自転車を積んで、

ラパスからどんどんと山を登っていき、峠を少し過ぎたところで、

おろされて、ずらっと並べられた自転車の中から各自料金別の自転車を渡される。
IMG_0696.jpg



ガイドは、乗り方、漕ぎ方の説明をする。
IMG_0700.jpg

目の前に自転車があるのに、なぜか全てジェスチャーでやるから、分かりにくい。



そして、僕はフロントのギアーがトップに上がらないことに気づく。


ガイドにそれを伝えると、どうやらそもそもそこはギアではなくて、ギアの代わりに、


丸いわっかがはめてある。




多分、あんまりスピードを出さないためにこういう風に施されてるんだと思うんだけど、


これは序盤から僕を苦しめる。



走り始めてしばらくは、長い長い舗装路の下り道。


カーブも緩やかで、傾斜も割りとゆるく、見通しも悪くなかったので、


必然的に、とても漕ぎたくなる。




そして、漕ぐ。漕ぎまくる。



ところが、本来あるはずの一番重いギアが無いために、濃いでも漕いでもスピードが伝わらない。



6速あるマニュアル車の5速と6速がなくなってしまって、最高4速でエンジンが

ぶんぶん無駄にエグゾーストだけが高まってる状態。



そして、それは残念ながらエンジンではなくて、僕の足だし、


そこはとても標高の高い場所なので、無駄にペダルを空回りをさせる僕は、


無駄に息切れ。



無駄に息切れしつつも、ほぼ最後尾から出発して、華麗なカーブ裁きで、

ブラジル人から日本人までみんなごぼう抜きにして、先頭集団に追いついたりして、遊んでた。


この同じ乗り物で、人の力で、しかも抜くときに華麗に追い抜けるのが自転車の魅力だと思ったりする。



ところが、結構長い間、舗装路が続く上に、ギアが重くならないから、途中からあきらめて


前にも後ろにも誰も居ない状態でのんびりとその景色を楽しんでたりしたわけだけど、

その画像はどこにもなく。



そこからしばらくすると、一度停車させられ、バナナとチョコを配られて、

再度車に乗車して、自転車もろとも運ばれる。




車でいくらか走ると、本当のデスロードの入り口に到着。


道は舗装なんかされてないんだけど、まぁ割と締まってはいたかな。


そして、ところどころに大き目の意思が転がってたりもする。


意思じゃない石だ。

IMG_0707.jpg


そんな道を下りはじめる。


雨も降り始める。


左側には断崖絶壁が続いているはずなんだけど、霧のせいであまり下が認識できない。


でも、多分落ちたら死ぬんだろなって事ぐらいは分かる。



舗装路で、スピードを出しまくって調子に乗りまくってたブラジル人たちも


未舗装のダート道に変わると、急に腰が引けるというか運転が不安定に。


後輪を滑らしたり、崖側ではなくて、壁側の溝に突っ込んだり、


そんな彼らを僕は再び華麗に抜き去る。



やっぱりこの追い抜く感覚がたまらない。




ところがこのデスロードツアー。

絶対に守らなければならない黄金律みたいなのが存在する。


先頭のガイドを抜いてはならない。



恐らくガイドはとてつもなく早いから、そんなの全然関係ないんだろうとか思っていたんだけど、


ガイドが意外と遅い。


おかげで、たくさん追い抜いて先頭集団に辿り着いても、団子状態になってしまい、

降りしきる雨のせいで、前の人からの水しぶきを全身にあびるばかり。



雨は強くなってきて、ゴーグルもサングラスも支給されないので、タイヤから飛んできた泥や雨が目の中に

入って、視界不良に陥る。


これが一番の大敵だった。


なにしろ見えないと死んじゃうし。



ところが自転車にとっての車幅3メートルってのは、結構余裕。


道もそれなりに締まってるし。


前輪からつまづいて、ジャックナイフになったり、

カーブですべって、ドリフト状態になったりみたいなことは何度かあったけど、

とにかく、後半はずっとガイドの後ろ付きっ切りで、

ガイドを煽ったりして、危うく抜きかけそうになって、

無駄にブレーキかけてこけかけたりして、遊んでました。





対向車とかもほとんど無いし、万が一来た時には、ガイドが口笛吹いてくれるらしいので、

(つっても実際二回来たけど、一回も吹かずじまい)


色々と安全でした。


怪我する可能性は十分にあるとは思いますが。


多分、日本で信州辺りの本当に狭くて、傾斜があって、見通しが悪い峠道のほうが、

よっぽどMost dangerous road in the world だと思う。

IMG_0711.jpg




deathroad.jpg





























久々にルートのおさらい

2011年02月16日 20:40


旅のルート っていうカテゴリーがあるのに長らく放置されてたから久々に更新。

おかげさまでずいぶんと移動しまくったものです。

より大きな地図で 旅路 を表示

大切なものを盗まれた上に、260ドル損しました。

2011年02月15日 17:18

昨日の記事の続きです。



ようやく英語が喋れると思しきちょっとほかの警察とも服装が違って、刑事っぽい人が宿に登場しました。

その後、現場検証に入ります。

現場検証といっても、大勢の警察と被害者3人、宿のスタッフで32番の部屋に行き、各々が盗まれた場所を指差して記念撮影です。
記念撮影とはいえ、笑ってしまっては雰囲気を台無しにしてしまうので、
真剣に「やられてしまった」風の顔をして、警察から写真を取られました。



そして、撮影が終わると部屋の外でなにやら長い話し合いが警察と宿のオーナーの間で始まりました。



どうやら、その話は  被害にあった金額の何パーセントを保障するか


みたいな話のようです。


「え、お金返ってくるの?」

僕は浮き足立ちました。

だって荷物を盗まれて、宿が保障するなんて思ってもいなかったし。

そもそもこのエルソラリオって宿は、以前にも何度も何度も何度も盗難が発生している宿で、

かつで、宿が保障したなんて話一度しか聞いたことなかったし、

その一度だって、被害者が相当ごねてごねて何とかお金を取り戻したって話だったし、

なのに、何もしないで、勝手に話がそういう方向に向かっているというのは、

僕にとってずいぶんと意外でした。

もちろんお金がもらえるに越したことはないですし。


ただ、この宿の宿泊代わずかに一泊20ボリ(240円)です。
10泊したって、2400円です。
なのに僕が盗難被害にあったと主張している金額は1200ドル。
宿10泊分の40倍の金額です。


それに、実は部屋にはちゃんと張り紙がしてあって、「貴重品はレセプションに預けてください。盗まれても責任は負いかねます」的な文言がちゃんと書いてありました。


が、警察も宿のオーナーもその紙には結局気づかないままで、

もし僕が宿主だったら、その文言を武器に「残念ながら、そういうことですので、残念でした。」と
難を逃れるような気がしたんだけど、その張り紙については、最後まで議論にあがりませんでした。


ボリビアの警察もあまり評判は良くありませんが、今回に限っては僕らの見方です。

特に、バックパックから何から何まで盗難にあったキムさんは、猛烈に警察に対して、
自分の要求をプッシュしまくり、警察に
「まぁまぁ、落ち着いて」といわれても引き下がらないのですが、
警察は警察で、その要求をちゃんとオーナーに伝えて話し合ってくれるのです。

厳密にどういう話し合いが行われたのかは、さっぱり知りませんが、

とりあえず、「被害金額の60%は保証する」ということは確定しました。



つまり僕の場合、1200ドル×60%で、700ドルです。


それだけで、僕としてはもう十分でした。何しろ700ドルです。
カメラの分を余計に被害にあったと申告してしまったから、このお金ですでに盗られた物は買いなおせてしまいます。



ところが、被害金額2000ドルの金さんに保障される金額は6割の1200ドル。

彼女の場合、パスポートもカードも服もバックパックも何も無いので、それで引き下がりません。

もう一人の被害者ミネは、僕と同じパソコンを盗まれたのにどういうわけか600ドルを申告しています。

そして、韓国人二人は一向に引き下がる気配がありません。

「現金は100%、荷物分に関しては80%は保障してもらわないと、困ります。私は全てを盗られたのよ。この先どうするのよ。」金さんは、オーナーに対してなかなか無茶な要求を続けます。

そして、もう一人のミネも、「私のパソコンには2年分の思い出が詰まっていたのよ、こんなんじゃ本当は全然足りないわ」

そういって二人ともオーナーに食い下がります。
正直、僕としては貴重なものを部屋に置きっぱなしにしてあった責任がこっちに無いわけではないと思うので、ここまで言ってのける2人には、少し驚きです。

ところが、僕の場合は写真のバックアップは取ってあって、今提示されている700ドルでもう十分満足なので、
それ以上言うべき言葉が見つかりません。

というかむしろもう十分でした。

ただ、宿側から、「それならいくら要求するんだ?紙に書いてくれ」といわれて、3人一緒の請求じゃないといけない雰囲気になってというか、韓国人2人に「だめよ、あなたも80%請求しなさい」みたいな半ば脅されて、ちょっと困ったのですが、960ドルと書いたわけです。

正直、960ドルなんて多すぎます。


僕が960ドルで、金さんが1600ドルで、ミネが480ドルです。
宿側としては、3000ドルの保障です。



そして、宿側で15分ほどの協議が行われました。





ところが、宿側もどういうわけか、僕とミネの要求を受け入れました。

でも金さんの1600ドルについては、「もうちょっと話し合わせてくれ」との回答。



それで僕とミネはとりあえずオーナーの事務室みたいなところにつれてかれて、現金取っ払いになるようなシーンに至ったのですが、一人残された金さんがいて、彼女と一緒にいるミネも引き続き食い下がっていますので、
なんとなく僕だけ960ドルを受け取るわけにはいかない雰囲気です。

金さんは、引き続き警察をとおしてごねているみたいです。

多分、この後うまいことやっていれば、色々とうまく収まっていたはずなんですけれど、
金さんが、「ノー、ノー」の一点張りであまり妥協もしなかったものですから、
なんとなく事態が結局膠着してしまいました。

「きむさーん、そろそろ妥協しようぜ」と言いたかったのですが、

彼女が一番の被害者ですので、僕もそういうわけにはいきませんでした。



そして、少しすると宿のオーナーがどこかへ電話をしだします。

英語のしゃべれる警察が、
「非常に悪い事態になった。弁護士に連絡して、明日以降警察で話をするとオーナーは言っている」


それはこちらとしても困ります。
なにしろ僕は明日、「デスロード」に行く予定なんです。
もたもたしてられないんです。
おなかも減ったんです。もう21時過ぎです。

っていうか、「金さん、妥協してくださいよ。」って僕が一番言いたかったのですが、
もう金さん聞く耳持たない状況で、我を忘れちゃってて、
皆に、「まぁ、まぁ、落ちついて」となだめられてる状況。






結局、弁護士とかそういうのは面倒くさいので、いったん落ち着いた60%の金額を

取っ払いということに相成りました。


つまり700ドルを僕は受け取ることが出来ました。

その場で。この宿にこんな大金がそのまま置いてあったことに僕は驚きました。


本当、こんなにもらえるなんて思ってもいなかったです。
でも、一時960ドルという金額にいたったせいで、
人間の欲望というのは怖いもので、
なんとなく260ドル損したなみたいな気分にたまになってしまったわけです。



でも、おかげで僕は無事パソコンを買いなおし、iPodはラパスで高すぎたので、別のMP3プレイヤーを購入し、
それでもお金が余って、ウユニ塩湖観光に充てることが出来ました。


めでたしめでたし。


























ラパスで本当に大切なものを本当に盗まれました

2011年02月14日 19:19

以前、アルゼンチンタンゴを見たときにこんなふざけた記事を書いたわけですが・・・
「とんでもないものを盗まれてしまいました」



ここボリビアのラパスで大切なものを本当に盗まれてしまいました。


僕の泊まっていた宿は、日本人バックパッカー御用達のエルソラリオ。

そもそもここは、よく盗難のある宿ということで有名ですが、
やっぱり安さにはかなわず泊まってしまってました。


そこのわずか20ボリ(240円)の6ベッドのドミトリーに泊まっていました。
そして、当時6ベッドには僕を含めて日本人3人と韓国人3人が宿泊していました。

盗難が発生した日、僕はサブザックを全部盗まれてパスポートやらカードやらを全部失ってしまったある大学生と
一緒にラパスの電気街や隣町のエルアルトに行って、デジタルカメラなんかを新しく購入するという事で、
探しに行ったわけです。

そのとき、冗談で「今頃、俺のカメラも盗まれてるかもしれない」なんてことも言ってたりしたわけです。
もちろん本当に冗談のつもりだったのです。


そして、17時頃でしょうかエルアルトからコレクティーボに乗って、ラパスに戻り、
見慣れた宿へと帰ったわけですが、エルソラリオの入り口のドアを開けるや否や、

「しょーちゃん、32番の部屋に泥棒入った。なんか盗まれてるかもしれないから確認して」

と、結構パンチの効いた速報が入ったわけです。

宿の入場して、レセプションの前を通り過ぎると、その部屋にはわらわらとたくさんの警察が既にいました。

そして、僕は32番の部屋に戻り、ベッド周りを確認します。

僕のベッドはこの写真の奥です。
IMG_0724.jpg


ジャングルから戻ってきて、既に1週間ぐらいは経過していましたので、
僕のベッド周りは割りと荷物が散乱しています。

荷物が散乱していると、どういうことが起きるかと言いますと、
たとえ何かが無くても何が無いのか分からないのです。

実際、見た感じバックパックはそのままになって置いてあるし、
ベッド横の棚の上においてあったものはそのままだったのです。

そして、何があって、何が無いのか分からない状況でベッド周りを確認したわけですが、
引き出しを開けてみるとどうやらパソコンがなくなっているらしいことはすぐに分かりました。
何しろ宿を出る前にパソコンをそこに閉まったことは、結構はっきりと覚えていました。
多分、今の日本の総理大臣が誰かって事よりもちゃんとはっきりと覚えていたと思います。

だから僕はまずパソコンが盗まれた事を認識したわけですが、どういうわけか引き出しの上に、
写真のデータのバックアップが取ってあった外付けのハードディスクは残っていました。
たまたま、ルレナバケのツアーのデータをハードディスクに移したばかりで、
パソコンに入っている全てのデータは運よくハードディスクに移してありました。


とりあえず、それでほっとしました。


そして、その引き出しの下にある扉を開くと、一眼レフのカメラはちゃんと残っていました。
恐らく泥棒はその棚を開かなかったみたいです。
何しろそこに入っていたものは全て残されていたものですから。


まずは、パソコンがなくなっていることを確認して、ほかに盗まれそうなものを考えますと、
やっぱりiPodが思い当たりました。
そして、iPodを探し始めたのですが、見つかりません。
今朝までそれで、クリント・イーストウッド主演の「グラントリノ」を途中まで見ていて、
適当に枕の近くにしまったはずなので、複雑な場所にあるわけがありません。

一応、布団をひっくり返し、枕もひっくり返しましたが見当たりません。
パソコンの入っていた引き出しにも無いので、
iPodも盗まれた事が分かりました。

「グラントリノ途中までしか見てなかったのにぃ」
iPod盗難発覚時の僕の発した一言です。のんきですね。

ついでにあと何盗まれたのかなと、ベッド周りを物色します。

「そういえば、コンパクトデジカメどこだ?」

そう思って、適当に探したのですが無かったので、恐らく盗まれたんだと勝手に思い込みました。

ついでに最近壊れたエジプトで購入したLafumaの20リットルのサブザックも見当たらないので、それも恐らく盗まれたんでしょう。肩紐が片側破れて壊れてるのに。。。



iPod,パソコン,デジカメ、かばんが盗まれたということになり、警察の群がるレセプションへ行きました。

そして、警察に「何が盗まれたかとその金額を書いてくれ」と言われたので、

A4サイズの紙に


・パソコン 500ドル
・ipod 300ドル
・デジカメ 300ドル
・かばん  100ドル



と書き込みました。


ちなみに同室に居た6人のうちほかに韓国人2人が被害にあっていまして、

被害が一番ひどかった金さんは、所持品全てを持ってかれました。
つまり、バックパックごと持ってかれたんですね。
しかも、その中にパスポートや現金、カードなど全部を入れていたらしいです。

そしてもう一人の韓国人は、僕とまったく型の同じパソコンを盗まれたとのこと。
彼女は、2年分の写真がパソコンに入っていて、バックアップを取っていたなかったので、
思い出が全て盗まれたと嘆いていました。

そういうときの韓国人の結束力みたいなのは素晴らしいのかどうかは良く分からないけど、
ほかに宿泊していた韓国人、みんながレセプションの周りに集まってずっと心配してくれてました。


そして、それからしばらく部屋に警察と宿のオーナーがとどまり、
スペイン語もたいして理解できないので、その間何が起こっていたのか良く分からないけど、
恐らくツーリスト用の英語のしゃべれる担当者が来るのを待つことになっていたみたいです。

どうせ雑なポリスレポートが発行されて終わりなんだろうななんて思ってました。

そして、2時間ほどなんだかよく分からない時間が経過しました。

僕はその合間に宿のスタッフの重厚なスカートをめくって、
「俺のパソコンどこ隠したの?ここ?」なんてふざけてみたり、

もう一度荷物を確認して、盗まれたと思っていたデジカメを発見したりしていました。


もう19時を過ぎていて、僕は空腹です。

そんなところで警察に動きがありました。


続きます。



5400メートルの山で息絶える

2011年02月12日 21:09

僕の尊敬する植村直己は、北米最高峰マッキンリーで行方不明になった。
マッキンリーは、標高6194メートル。

そして、僕が今登ろうとしているチャカルタヤは5395メートル。

ほぼイコールだと言っても、過言ではない。
すなわち、死ぬかもしれない・・かもしれない・・っていう設定でいいでしょうか。


僕は、そんな険しいチャカルタヤ登山の第一歩を踏みしめた。
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雨季のボリビアだから、この恐ろしく標高の高いチャカルタヤは豪雪状態かと思いきや、
地球温暖化の影響で、雪はわずかに残る程度で、締まった道は僕の行く道を助けてくれる。
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しかし、油断は許されない。

前方をさえぎる雲を見て、ガイドは注意を促す。

「頭にピリピリ電気を感じたら、すぐに逃げて。落雷の恐れがあるわ。」

周囲に緊張が走る。日帰りのツアーで落雷で死んでしまうなんて、想定外も甚だしい。

走って登れるかと思った山頂は実は山頂ではなく、その裏には険しい山道が延々と続いていた。

そして、酸素の薄さを僕の体は一瞬で感じ取ったらしく、息苦しさを感じる。

慎重に呼吸をしながら一歩一歩歩みを進めていく。

慎重に呼吸をする事にあまりに慎重になりすぎてしまい、
気がついたときにはガイドをとっくに追い抜いて、僕はツアーメンバーの先頭を歩いていた。


出発間もなく、ガイドから「この先に分岐があって、左になにがあって、右になにがある・・・」みたいな事を
言われた気もしたけれど、僕はそのときからどうやら英語を聞き取るよりも呼吸をする事に一生懸命になりすぎていたみたいで、もはやどっちに行くべきなのか分からなくなってしまっていた。

さらには、酸素不足で思考能力を失いつつあり右も左も分からなくなっていた。

恐らくあれがチャカルタヤの頂上なんだろうと勝手に思い込んだ方向に僕は一人で、
今までよりさらにハイペースで黙々と歩き続ける。


歩いて、5分もすると前方の雲が開けてくる。

すると、うっすらと見えていて僕が山頂だと思って目印にしていたのが、

ワイナポトシ山だという事が発覚した。
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いくらなんでも、あれは遠すぎないかという指摘を受けそうだけれど、酸素濃度が薄くて、思考能力が低下すると、そういうことも起こりうるらしい。

遠方にはおよそこの世とは思えないおどろおどろしい色のした湖が見える。
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あまりに山頂に行く事に夢中になっていたために、それまで脳に伝わっていなかったらしい空腹や寒さが、

一気に僕の体に突き抜ける。さらには、酸素の薄さもあいまって、僕の意識はどんどんと薄れていく。






まだ生きたい。






そう思ったのを最後に僕の記憶は飛んでしまった。


どうやら意識を失ってしまったらしい。
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意識を失って、わずか5秒後に僕は運よく同行したツアーメンバーに発見され、

意識を取り戻し、再びチャカルタヤ山頂に向かって歩き始めた。




どうやら僕は、謝った方向へと来てしまっていたらしい。

来た道を戻り、間違った分岐を正しい方向へと進み、さらに5分ほど登る。
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すると、ついに夢にまで見たチャカルタヤの山頂に辿り着いた。

この時は、計り知れない嬉しさだった。

間違ってお釣りを受け取って、それを指摘したら、実は間違ってたのは値札で、10円得したときのような。
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そして、僕の登頂を祝福するかのように山頂のまわりでは、タカがいつまでもグルグルと
円を描くように飛び続けていた。

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このタカの飛ぶ姿がとてもとてもかっこよくて、今でも僕の目に焼きついている。




そして、気づけばバスに戻る時刻をとっくに過ぎていて急いでバスに戻ると、
同行のツアーメンバーがいらいらと腹を立てていたんだけど、
僕よりさらに遅いメンバーが何人もいて、僕への苛立ちはすぐに
彼らへと向けられ、めでたし、めでたしなのでした。









僕が5400メートルの山に登った2つの理由

2011年02月11日 12:15

 
 ラパスには、すぐ近郊にチャカルタヤと呼ばれる標高5395メートルの山があります。

ラパスからツアーが催されていて、日帰り可能。




ラパスがすでに3650メートルの高地にあるために、

いきなり登るよりは、よっぽど成功率は高いし、ってかほぼ100%だし。

ワイナポトシを避けたというヘタレ感をなんとなく払拭させたかったし。

ということで、以下の理由でチャカルタヤ登山を決行した。

 1、楽

 2、安い(わずか10ドル)



チャカルタヤ行きのツアーバスは、ラパスのバスタミーナルを出発すると、

まずは標高4000メートルの隣町エルアルトまで、つづらになった道を延々と登り続ける。


エルアルトをあっさりと素通りし、今まで良かった道はあっさりと悪化。


そして、バスの揺れのせいで眠気が発生する。眠気が頂点に達し、もはやそのままベッドに直行したいと思うころに、バスはとても中途半端な場所で停車する。

それは僕にとって中途半端なだけで、恐らくそのツアーにとっては重要な場所だったのか、

ガイドは、「ここで写真撮ってね、よろしくー」と器用に英語とスペイン語で説明を行う。

僕は、いったい何を写真にとっていいのか良く分からずとにかく回りの風景を数枚撮ってみた。

バス
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湖。
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多分、湖が綺麗だから停車したんだと思うけど、いかんせん天気もすぐれず、あまり湖も映えない。


バスは発車すると、ルレナバケに行ったときの断崖絶壁の道を彷彿とさせるルートを走り始める。
今回、僕の乗っていたバスは中型だったからまだなんとなく落ちないという安心感があったけれど、
これが大型バスだったら、道を踏み外してもおかしくないような気がした。
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チャカルタヤへの道すがら、山肌はこんな風に瓦礫まみれ。
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そして、バスはチャカルタヤ山頂に迫るだけ迫って、山小屋のある5300メートルに到着。


山頂は5395メートル。


あれ?わずか95メートルを登れば、山頂に辿り着くじゃん。
しかもなんとなく山頂っぽの見えてるし。

とはいえ、ここは5300メートル。僕が偶然か必然か高度順応出来てるから、
若干の酸素不足と寒さを感じるだけで、それほどの辛さは感じない。
もはやその場所で、全力でダッシュして山頂に辿り着けるんじゃないかという錯覚さえした。
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ところが、このチャカルタヤ、一筋縄では行かなかった・・・。
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僕が標高6088メートルの山に登らない10の理由

2011年02月10日 11:40

ラパスには、すぐ近郊にワイナポトシと呼ばれる標高6088メートルの山があります。

ラパスからツアーが催されていて、大体1泊か2泊で登れてしまいます。

ラパスがすでに3650メートルの高地にあるために、

いきなり登るよりは、よっぽど成功率は高いし、僕の出会った人も結構挑戦して、

成功しているのですが、、、、


 
 1、死にたくない

 2、登れる自信が無い

 3、登山がそんなに好きじゃない

 4、多分、膝壊す

 5、お金が少しだけ勿体無い(たった100ドル)

 6、多分、恐ろしくしんどい

 7、クレバスに落ちたくない

 8、雪の照り返しで目が焼けて見えなくなるかもしれない

 9、ガイドのペースについていけないかもしれない
 
 10、もう高山病にかかりたくない





正直、標高6000メートルの山に登った事あるって、一生自慢し続けられるってメリットのために、
少しは登ろうかとも思ったんだけど、やっぱり登りません。






卵、ひとつ6円の平和な街

2011年02月09日 11:25

再びラパス。

5日間の低地生活を終えて、再び3650メートルでの生活。

高山病にまたかかるかと少し覚悟したけれど、5日間じゃ順応は解けないらしい。
これは僕にとって、少し意外で、少しうれしい出来事だった。
何しろ、あの頭痛のひどさったら、脳みその中でみみずが動き回ってるような痛み。
たとえ、覚悟は出来てても、二度と味わいたくはない。

で、標高の高さに慣れてくると、高い事が全然気にならなくなる。

気にならなくなっても、体は酸素の薄さに感づいていて、
ラパスの坂道を上ると、すぐに息が上がる。

スタジアム行きのコレクティーボに乗って、スタジアムに行ってみた。

どういうわけか開放されていて、別に走るつもりもなかったんだけれど、
なんとなく体が勝手に動き始めて、そのままトラックを1周走ってみた。



一度も歩かずに400メートル完走。
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つい1ヶ月前は、ポトシの街をほんの少し歩いただけで激しい頭痛に襲われていたというのに、
とても凄い進歩だと我ながら関心する。

とはいえ、走り終わった後の息の上がりっぷりは半端なかった。

もう体中の毛細血管が酸素を欲してるみたいで、

皮膚の隙間全体からこのラパスの空気を吸い取ってるような感じ。


だからカツ丼を食べました。
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味噌チゲも食べました。
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そういえば、ラパスでミニチュアのフェスティバルってのがあって、なんか大量にコピーされた
ドル紙幣、ユーロ紙幣が販売されてた。
日本だったら、こんなことしたら即効逮捕されちゃうような気がするのですが、
この国では、こうして紙幣を大量にコピーして、おうちに飾るのがどうやら縁起のいい事になるらしい。
この絵は、なかなか壮観だと思いませんか?
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一個40円ぐらい。
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1個6円ぐらい。
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ラパスの人たちは、というか南米の人たちはずいぶんとデモ好きで今日も華麗にデモが繰り広げられてます。
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相変わらず、僕はまだラパスに居ます。

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お前なんてワニに食われて死んでしまえ

2011年02月08日 10:51

もうパンパスツアーに関して、大して書くこともないんだけど、

写真が少しだけあまってるからそれをアップします。



僕らのロッジには、まるで飼い犬のようにずっとひっそりとたたずむワニがいて、

そいつにジョニーは餌をあげて、なかなか迫力のあるアニマルプラネット的な絵を取らせてくれました。
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そして、夜になるとワニは餌のためにワラワラと外出するらしく、ジョニーはこんな子ワニも見つけてくれました。
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こうしてブログ書きながら、こんなにワニを見ててもあんまり気持ちいいもんじゃありませんね。



全然、関係ない話だけど、ワニをたくさん見つけたガイドのジョニーは

2日目ぐらいからいつの間にやらイスラエル人アレックス(女)と良い仲になっちゃって、

ツアー中、ずっといちゃついてるもんで、ジョニーはあんまりガイドらしいことしないし、

そのアレックスがなかなかの巨体で、ボートの上でジョニーのところへ行くために

どすどすと動き回るために、ボートは本当にえらく傾くんですね。

そういう事で、何度もボートが転覆しかけるんですね。



困ったものです。




ツアーが終わって、ルレナバケから再びラパスへと

死んじゃいそうな道を通ってバスで帰ったわけですが、

これからその危険な崖道を通る前に食べた昼食が、

あまりにおいしくなくて、もしこれが生涯最後のご飯だったら、

なんかやるせないな。


と、しみじみ死に対する恐怖を本格的に感じたのを覚えてます。


僕はゲリラ兵じゃないのですが。。。。

2011年02月07日 10:47

最近、『チェ/28歳の革命』って映画を見ました。

まだ全部見てないし、揺られるバスの中だったから厳密にあれは見たとはいえないから、

「どうだった?」と聞かれても少し困るんだけど、



ボリビア、パンパスツアー2日目で4時間から5時間にもかけて行われたパンパス(湿地帯)をひたすら

歩き続けるそのイベントは、もうまるでチェゲバラがボリビアの森の中を政府軍と戦っていながら、

ゲリラ活動を彷彿とさせるものだったのです。





しかも蛇一匹のために。






ロッジで自分のサイズに合う長靴を選ぶところから朝は始まる。

たくさんある長靴の中には、壊れていて穴が開いてるものが多数。

そのため、ひとつ選んでは、わざわざ履いて、川まで行って水漏れがないか確認したんだけど、

一足目。

長靴履いて、川に足をつける。



・・・・。



一瞬で靴下びしょぬれ。長靴浸水。汚らしい川だけに、靴下も泥だらけ。




まだ出発すらしてないのに。







で、ロッジ裏から歩き始める。




ガイドのジョニーからは大して何の説明もなし。

とりあえず3時間ぐらいで終わるってだけ。



何の説明もなく、ひたすら湿地帯を歩き続ける。


歩き初めて、まもなく本格的な湿地帯が始まる。


湿地帯は、僕らの長靴を執拗なまでにのめりこませ、一生そこから抜け出せないんじゃないかってぐらいの

しつこさを見せ付ける。おかげで、足に筋力がないんだか、やる気がないんだか知らないけど、

ツアー同行のスイス人、イスラエル人、日本人の女子3名はことごとく、その沼にやられ、足がはまってた。
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「もうこんなとこ進めないわ、有り得ない。帰る。」とか言い出す。

さらには、「日本人男子ってのは、こういう時助けてくれない。イスラエル人はちゃんと助けてくれたのに。」とか文句を言う始末。



そして、その湿地帯には人知れず、茂みの中にワニがいた。



ワニ。


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ガイド・ジョニーは気づかず、それを報告すると驚いてた。

って事は、これ気づかずに近づいて、かまれちゃう可能性も十分あったってことだ。

ツアーとして成り立ってなくないか、このリスク。




湿地帯の粘着性が激しすぎるのか、ワニが居たことに驚いたのか知らないけど、

ジョニーはどうやら歩くコースを変えたみたいで、湿地帯でもなんでもない場所を

ひたすら歩き始めた。


川を渡って、身長をゆうに超えるサトウキビ畑みたい藪を切り開いて、ひたすら歩く。

相変わらずジョニーは、いまどこに向かってるとか、一切の情報を教えてくれない。

3時間で終わるといっていたのに、2時間半経っても折り返す様子がない。

そして、ガイド・ジョニーはひたすらコカの葉をかみ続け、休憩すらしてくれない。




僕らはどこに向かってるんですか。敵軍はどこにいるんですか。




そんな疑問が頭に浮かぶも、ペースの速いジョニーについていくだけで精一杯だ。




いつまでたっても、どこにも辿り着かず、ひたすら行軍は続く。




完全にもう帰りたいモード







そして、ツアー終了だったはずの3時間が経過して、ようやく湖というか沼に辿り着く。

辿り着いたところで、ジョニーは何もいわずにさらに歩こうとしていたんだけど、

一緒に来ていた一人が、急に叫んで、あせった顔をして、ジョニーに駆け寄る。






茂みの中にアナコンダを発見したらしい。


そういえば、このツアー。アナコンダを探すためのツアーだった。



それがこれ。アナコンダさんです。恐らく全長3メートル。
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これ。
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3メートル近くある彼の胴体には、恐らく食われたと思われる動物のふくらみが

ところどころに発見され、えらく生々しかった。


まぁ、アナコンダなかなか見れなかったするらしいのでラッキーだったんでしょう。





それにしても、ただただこいつのために、こんなに疲労困憊にさせられたと思うと、

今すぐ、輪切りにして、醤油でつけて食ってやりたいという憤りを少しだけ覚えた。




ちなみにアナコンダを発見したこの湖。ワニだらけ。分かりづらいけど、水の上に見えるの全部ワニの頭。
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ワニを見つけたことに満足して、1時間の帰路へ。





その最中、2度の川を渡った。




こんな感じで。
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長靴、完全に無意味。財布びしょぬれ。


こんなの聞いてませんでしたよ。誰からも。長靴の少し上ぐらいまでの川を渡るとは聞いてたけど、

全身、浸かるなんて、一度も着てませんでしたよ。


着てた服全部びしょぬれですよ。



そういうことで、たかが一匹の蛇のためにゲリラ並みの行軍をさせられるのが

かの有名なルレナバケのパンパスツアーです。





ロッジに戻って、ロッジ備え付けのターザンロープでターザンごっこ。
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これが完全に一番楽しかった。

僕はあんまり泳げない上に、着水ポイント周辺の岸にはワニがちらほら居たから、

そのままワニに食われて、ご臨終の可能性もあったけど、

それはおいといて、アナコンダが見つかったこととかどうでも良くなるぐらいに楽しかった。



ワニワニパニック

2011年02月06日 10:19

ボートでツアー会社のロッジに到着して、とりあえずベッドを案内される。


そしてツアー同行しているスイス人イザベルが絶叫する。



「きゃー、クモー、なんとかしてー、私こんなとこ泊まれないわー」


こっちとしては、「知ったこっちゃねぇよ。なら何でツアーに参加した?」と言い返したい気持ちで山々。

だって、ここジャングルだぜ。




初日は、もうテンション的にさっさとロッジにあるハンモックで何時間もずーっと揺られていたかったのだけれど、これがツアーの残念なとこで、強制的に次のイベントへと移行させられる。



次のイベントといっても、ただ夕日を見に行くだけ。



夕日ポイントに行く最中にワシがいた。タカかも。
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この旅を通して、プロ野球の各球団のシンボルになってる野生動物を結構見た気がする。

ライオンズ、ホークス、タイガース、イーグルス、スワローズ、イーグルス、バッファローズ。


おおよそ実在してる動物がチーム名になってるのは、大体見たのかな。

それにしても、鯉と竜が戦うってのもおかしな話だ。












ガイドおよびほかの会社のツアー客大勢でサッカーなんかをして、日没をただただ待つ。


ただただ人間にいじられて、ケツを振りまくって、逃げ回るエミューなんかもいる。
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どこで釣られたのか、ベンチで死んだまま放置されてしまったピラニア
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そうして、ジャングルは日没を迎える。
久々に標高の低い場所での夕日。なんか地に足が着いてる感じがして、ほっとする。
そして、ラパスは山に隠れてて夕日なんてまともに見れなかった分、
この夕日は本当に久々だ。
夕日を夕日として、認識して見たのはイースター島ぶりかな。暗くて、ごめんなさい。
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まったく明かりのあるはずのないジャングルでは、日が沈むと当然真っ暗に。
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真っ暗な中、ボートでボロいロッジへと戻る。

戻る最中、ライトで川の両岸を照らす。
すると茂みから二つの赤い光が見える。

しかも、何度も何度も。


これがどうやら全部ワニらしい。



ワニまみれの川。



光しか見えないから、それがワニなのかどうなのかはよく分からないんだけど、

このワニだらけの状況を想像してみると、恐ろしすぎる。

こんな川を泳ごうものならリアルワニワニパニック。

一匹目を倒すどころか、一匹目にこっちが餌にされてしまう。



そして、その夜はロッジに生える木々の隙間からとてもとても美しいお星様が輝いていたのです。



















自然こそ全ての始まりである

2011年02月05日 08:15

命がけのバス移動を経て、ルレナバケ。



ここでツアーを申し込み、翌朝、車でここからさらに3時間のボート乗り場へと移動する。


ツアー代は2泊3日でわずかの400ボリビアーノ。


約4800円。


飯代、宿代込みで3日のツアーが5000円




なんか死んでも文句が言えないような気がしてきた。





移動の最中、僕は生まれて初めて生のナマケモノを見た。


ナマケモノって首を270度回転させることが出来るんだって。


きもちわるっ。


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ついでに、生まれたての子豚も見た。
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ボロボロのランドクルーザーを降ろされると、ボロボロのボートに乗り換えさせられる。


巨大なイスラエル人(女)のせいで、ボートはその後幾度となく転覆の危機を迎える。



それにしても、こうしてボロボロのボートに乗って、ドロドロの川を突き進む様子には、
まさしくアマゾンのジャングルに来ている状況そのままで、
誰もが想像するアマゾンを走っている感じで、テンションがあがる。
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どういうわけか、車で3時間走っただけなのに、僕はもう無性に疲れていて、

無性にベッドの上で寝たかった。でもボートはとろとろと進む。


トロトロと進む理由は、この川の両岸にいる動物たちを僕らに見せ付けるため。

見慣れない鳥なんかがたくさん。
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ワニもいたし、カピパラもいた。



そのどれもが、結構いたるとこにいる。


だから、ボートが出発して30分やそこらは皆、初めて見るような野生動物に興奮。


でも、いたるところにいるものだから、どんなに新鮮だといえども飽きてくる。


そして、ボートはトロトロと進む。


なにしろ2,3時間のボート移動。




結果、眠くなる。



自然の流れ。



右足を出すと、次に左足が勝手に出てくるぐらいに自然な流れ。





そういえば、猿もいた。




猿というのはやっぱり賢い。



自分があまり食われない存在だというを知ってか、人間に近づいてくる。


そして、人間の食べ物を奪って去っていく。
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これも自然な流れ。


コンゴあたりじゃ、猿を食うのが自然らしいけど。




そういうわけで、僕はこの先2日間どっぷりと自然につかっていくわけなのです。

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死んじゃう

2011年02月04日 09:50


新年早々、山を下ってアマゾン川の支流のジャングルへ。



ラパスからルレナバケへは、断崖絶壁の山道を沿うように走って下っていく。

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一見、風光明媚な景色なわけだけど、これが実際バスに乗ってみて、
しかも崖側の窓側に座ってみると、景色を楽しむ余裕なんてもちろんなくて、
その恐怖ゆえに、笑いがこぼれ出る。
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だって、落ちたら死んじゃうし。
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とにかく無事に朝早くにルレナバケに到着。

ルレナバケの子供たちは、ラパスの憎たらしい子供たちとは違ってピュアでかわいらしかったのです。
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そして、いかにもジャングルというかアマゾンというか、それっぽいところだったのです。
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ということで、翌日からパンパスツアーに行って参りました。




史上最低な酒のつまみ

2011年02月03日 04:39


年末年始のことではありますが、


ボリビアも例にならって、新年をそれなりには祝うわけです。


大統領が気づいたら、ガソリン補助金廃止の政策を止めていたらしく、


急に上昇した物価も気づいたら、下がっていたのです。




31日には、街のいたるところで急に花火が売られ始め、夜になると


こうして、いたるところで花火に点火され始めたのです。
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そして、日本では恐らくほぼ確実に違法と思われる紙幣に若干の変更を加えたコピーが
商店で売られているのです。
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ドルからユーロからボリビアーノから、一見何も知らない人は間違えてしまいそうなぐらいにただのコピーなのです。



そして、フォルクローレと呼ばれるボリビアオリジナルの音楽を聴きに行って、
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新年を祝うべく、ボリビア人は踊り狂うわけですが、
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いくらなんでも酒のつまみにこれはないでしょ。
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ただの葉っぱ。日本には持ち帰れないコカの葉っぱ。これだけ。つまみこれだけ。
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ジャングルとチャリと盗難と宇宙

2011年02月02日 09:09

ブログが再び途絶えて、リアルタイムから1ヶ月。




しかも一週間ぐらいウユニ行ってたので、更新も途絶え。





1月も出来事、盛りだくさんでこれから書かせて頂きます。


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