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2010年12月31日 21:35


今年の漢字。





僕が勝手にどっかで見て、勝手に2010年の今年の漢字だと思ってたのが、



「流」



しかも、今さっきそれを知ったかぶりして、



多くの日本人に




今年の漢字は「流」だぜ!って言い放ってしまった上に、なんとなく納得させてしまった。



「暑」だったのね。





とはいえ、冷静に考えてみて僕にとっての今年の漢字は「流」で間違いないな。



1月のトルコから中東、アフリカ、ヨーロッパ、そして南米と流れ続けた。


一箇所にほとんど長居することもなく、淡々と風のように海のように流れ続けた。




流浪ってやつ。




こうして流れる場所があったことに、とても感謝。


地球が広くて、大陸がいくつもあって、


もちろんたくさんの国もあって、


そこにすむ多くの人々が居て、


それが全て一緒ではなくて、


様々なカラーがあることに感謝。




そして、日本でじっとしてるよりは割と死に近い場所を


流れていたわけだけど、


こうして今生きてる事に感謝。




お蔭様で、とにかくとても満足した1年でした。







来年ももう少しだけ流れます。だらだらと。

















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ハンバーガーをなめている全ての人たちへ

2010年12月31日 00:21

僕もなめてます。



そもそもパンがいまいち好きでない。





それはおいて置いて、メンドーサから夜行バスでやってきたサルタ。





もうそれはほとんどボリビアへいくための通過点でしかなく、


そこがサルタである意味はゼロに近い。



その町がなんであるにしろ、次に行く町はボリビア。





ボリビアが恐らくチリともアルゼンチンともだいぶ違う国だってのは知ってて、


心の準備のために3泊。




世界一周航空券とか使ってる人は、ひっきりなしに観光地から観光地への移動の連続で、


何の心の準備もなく、絶景をお見舞いされなくちゃいけないと思うんだけど、


それってどうなんだろーか。




やっぱりステージチェンジのためには、

僕にはワンクッション必要なんです。




ってことで、だらだらしようと思ったサルタだけど、



町にひとつのカジノで、僕はお酒に酔ったまま行ってしまって、

恐らく人間にとってもっとも必要な要素である

理性を失ってしまったがために、

200ペソ(4,000円)を割と一瞬で失ってしまった。
DSC_3998_3999_4000.jpg


それを勉強料ということにして、


僕は「一生、酔っ払ってカジノに行かん」ということを誓いました。




サルタの中心部は、ヨーロッパの旧市街のようで意外ときれいです。


クリスマスが近づいていたのでイルミネーションなんかが施されてて、



こんな感じ。
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きれいでしょ。
DSC_3994_2_3.jpg



そして、山に登りました。



ロープウェーで。



夜景を見るために。




僕が世界で一番綺麗だと誇る函館の夜景なんかに比べると


意外とたいしたことなかったけど、

綺麗でしょ。
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南米はカトリックの国ばかり。
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十字架ばかり。キリストもそんな祈られちゃたまったもんじゃねーよね。



雑でごめんなさい。

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ワインに押し潰される。

2010年12月28日 02:23

危うく、メンドーサでワインの酒蔵をスルーしてしまうとこだったんだけど、



出発する日のバスの便を遅らせて、



リベンジする事が出来た。




そういう事で、昨日行ったのと同じボデガへ。



そういえば、そんなボデガ行く前に巨大な公園へと行きました。



そして、久しぶりに懸垂をしてみたり、久しぶりに坂上がりをしてみた。



体中の筋肉がピキピキとなるのが聞こえて、運動不足を切に感じた。



かれこれ17ヶ月前の2009年の7月ぐらいに僕は成都でいわゆる沈没をしつつ、


毎日、一回ずつ懸垂の回数を増やしていって、


最終的には、40回ぐらい出来るようになっていた。


それが、今となっては10回が精一杯。


筋肉だろうと語学力だろうと、継続して使わないと衰えるもんだなって


切に感じる。


代わりにワインに関しては、飲みまくったおかげで、


1日、1本ぐらいは空けられるようになった。


「継続は力なり」。





という事で、一箇所目。 5杯で、10ペソ(200円)ひとつはただのジュース。
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種類が違いすぎて、飲み比べのレベルじゃない。
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二軒目、「Bodega Lopez」


ワイン工場見学。
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これが意外と楽しかった。しかも無料。
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全編、英語で繰り広げられるこのツアー。ぶどうの収穫の時期じゃないから、ぶどうのぶの字もこの工場には
見当たらなかったけど、貯蔵30万リットルだとか。
DSC_3815_20101228040417.jpg




以上です。

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読む価値すらないけど、とりあえず行ったからメンドーサ。

2010年12月26日 19:46

メンドーサのバスターミナルにたどり着いた。


意外にも巨大なバスターミナルで、バスのステップを降りると


たくさんの客引きに囲まれる。



この客引きに囲まれるという感覚は、そんなに悪くない。


客引きの中に、たちの悪い泥棒なんかさえいなければ。



ただ、アジアと違うのは、「一言、断るとすぐあきらめる」



もうちょっと、しつこいぐらいが張り合いあるんだけどな。



チリもアルゼンチンも想像してた以上に人々がまとも。



まともってのは要は、一般的なモラルだとか恥の感覚だとかを持ってるって事。


まともだと、旅しててストレスも堪らないけど、張り合いも無い。


ちょっとインド人のあれは、張り合いってか、もう嘘と欺瞞に満ちすぎていて、

憎しみにしか変わらないんだけど。




バスターミナルに到着して、荷物を受け取ると


広大なバスターミナルをぐるっと回って、外に出る。




そして、予約をしていた「SAVIGLIANO HOSTEL」を目指して、


地図を片手に歩き始める。



バスターミナルからすこぶる近いはずなのに、すぐ見当たらない。

道行くアルゼンチンのカップルに住所を見せて、場所を聞く。



「知らね。」だって。


なんだか随分冷たいじゃないか。
こういう一つ一つの対応が、僕のこの国のイメージを作ってくんだぞ。

それでいいのか。


とか思ってしまう。

人間の印象なんて、所詮そんなもんだ。




そうこうして、「Savigliano Hostel」に到着。



とりあえずアルゼンチンのホステルなんかに、大概常備されている


Wifi,キッチン、朝食、そしてプールと卓球台なんかもある。





一見、素敵なホステル。






だがしかし、





朝食はだいぶしょぼい。



石のように固いパン。



キッチンは広いものの


ヘラもザルも包丁もない。



そういう細かいとこが行き届いてない。


そこがアルゼンチン仕様なんかな。


そんないまいちなSavigliano Hostelのベランダの写真を生まれて初めて、HDRとやらで加工してみた。
savigliano1.jpg



メンドーサは、ワインの町。アルゼンチンで生産される95%がここで生まれているらしい。




日曜日にも関わらず、某D社の某歩き方を真に受けて、


バスに乗って、ボデガと呼ばれるワインの酒蔵へと行ってみた。


一軒目。おやすみ。
DSC_3687.jpg


二軒目。おやすみ。
DSC_3690.jpg





・・・・・。




信じた僕が馬鹿でした。


DSC_3695.jpg



そして、メンドーサでの二日目もあっさりと終了。

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アンデス越えなりなりー

2010年12月26日 10:57

アンデス山脈を越えるってのは、


ずいぶんなロマンを感じる。


この響きだけで。



ところが、バスなんて文明の利器を使ってしまうと、


これがあまりにあっけない。
andes1.jpg





andes2.jpg


さすがにバスのスピードで、登ってしまうと結構な標高のはずなんだけど、

空気の薄さとか気圧の低さも全然感じず、

なんかもうそのときの記憶すら失いかけそうだ。
DSC_3647_20101226041500.jpg



ずっと車窓を眺めながら、アコンカグアを探してたんだけど、


いったいどれなんだかわかんねぇ。




これ?
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そして、5度目のアルゼンチン入国。
DSC_3657_20101226041459.jpg



イミグレーションで、ちょっと前まで騒ぎまくって、

多分、標高の高さゆえ、やられちゃってる女の子。
DSC_3654.jpg



ただただ、バスに乗って車窓を眺めながら、たまに写真撮っただけの出来事。




いつか自転車で越えてみたい。



自転車で越えてこそのロマンだな。




あー、もどかしい。















多分、2010回目の誕生日

2010年12月25日 12:25

Merry X'mas!!


2010回目の誕生日。


本当に、2010回目なのか、本当に12月25日なのかも分からないだろうに、



きっと大切なのは信じることなんでしょう。



だって、もしキリストの誕生日が12月25日じゃなかったら、



世界中の人間が2000年もかけてやってるドンちゃん騒ぎがいったい何なんだか。



それこそただの空騒ぎじゃん。



でも、意味があって2010年間も祝い続ける誕生日よりは、


意味もなく2010年間も続けて馬鹿みたいに騒ぎ続けて、


実は何でもなかったです的なほうが、


よっぽど世界を平和に感じられる気がするので。



僕は予言します。

きっと2012年当たりに、ローマ法王ベネディクトがこう言い出す。


「すみません、皆さんにご報告があります。実は、キリストの誕生日は12月25日じゃありませんでした。本当20世紀にもわたって、とんだ誤情報を送り続けて失礼いたしました。」


そして、世界は終わる。
DSC_0617_20101225012459.jpg






それにしても、こうして毎年毎年クリスマスを世界中でお祝いする姿を、


僕はたくさんの国を旅して初めて、より具体的に想像する事が出来ます。



具体的に想像すればするほど、


いっそう、こんな日に貧しくて物を乞う人々の姿がまた哀れで、

とてもとても悲しくなってくるのです。



そういうのは、普通の人間なら当たり前のように抱くと思われ、


それを利用して、ラスベガスでクリスマスに物乞いをすると


大金が稼げるらしい。。。。



僕はそんなクリスマスを標高3650メートルの都市ラパスで、すごすことになりそうです。


多分、金輪際こんな標高の高い場所でクリスマスを過ごすことはないとは思います。


そして、僕が今とてもほしいものは、酸素です。





アンデス越えの記事を書くつもりが気づいたらクリスマスになっちゃった。













2010年、世界中で流れまくって、聞きまくった曲ランキング

2010年12月24日 19:15


2010年、僕はずっと日本でもなくアジアでもないところのどこかしら、

それはアフリカだったりヨーロッパだったり中東だったり、そして南米だったりしたわけだけど、

意外と世界中で流れる曲は、ほぼ一緒。

もちろんその国や地域のオリジナルミュージックもあったりするけど。


文化のグローバリゼーションが進んでいるわけですね。

多分、ビートルズの頃からずっと。




今年がワールドカップイヤーだったというのもあって、

どこの国に行っても同じ曲が流れてるってのは、世界中が一体になった感じがしました。

たとえ何万キロ離れていても、同じ曲が流れてる事で感じられる一体感は悪くないものです。


そういうことで、僕が世界中の街角で聞きまくった曲ランキングBEST5ぐらいご紹介します。



日本から来た旅行者「この曲知ってる?」って聞いても、意外と知られてなかったりです。



BEST5とはいうけど、順不同で。

まずは ワールドカップ関連 2曲。

SHAKIRA 「WAKA WAKA」 World Cup 2010 official Theme song




Knaan 「Wavin' Flags」 World cup 2010 official theme song





そして、最近まで曲名わからなかったけど世界中で聞きまくり。日本じゃどうだか知らないけど。
Yolanda Be cool Vrs DCup 「We speak no americano




ヨーロッパを除けば、ビートルズよりこっちの方がよく聞く。2010年に限らず、永遠に流れ続けるんじゃないかな?
Bob marley 「One Love」




そして、中東限定だけど、強制的に聞かされまくるのが、アザーン。

Azaan





世界遺産バルパライソの隣のまち。

2010年12月23日 12:23


サンチアゴからバスで3時間。



ビーニャ・デル・マルという町にやってきました。

多分、日本にいる人はどんな町なのか想像もつかないだろうけど、

想像もつかないぐらいに都会な町。



チリでは、リゾート都市らしい。








海鮮市場で、魚が食えるっつうので、わざわざ来たんだけど、



それ以外に何があるってわけでもないので、




結局、1日だけ市場寄って、
DSC_3475.jpg


魚、物色しぃの、
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アザラシに威嚇されぇの、
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ホタテ焼きぃの、食いぃの、
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あとは町歩いてエンパナーダ食ったぐらいかな。
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わずか3泊だけ、こういう宿に泊まりました。最近、HDRというものにはまってる。
まだ、全然使いこなせてないけれど。
shiomiso2.jpg


ビーニャ・デル・マルの隣には、


世界遺産のバルパライソという町があるんだけれども、


もう世界遺産がどうのこうのとか、結構どうでも良くて、


実はそれはとても勿体無いのかも知れなかったんだけれど、


別に後悔の欠片も無く、イースター島から帰ってきた後のモチベーションの停滞もなかなか

戻らず、さくさく行こうぜ!ってことで、


4日目の朝には、再びアルゼンチンに入国すべく、


アンデス山脈を越えるバスへと乗車したのです。










サンチアゴで現実逃避ボーリング

2010年12月21日 16:21

イースター島から再び4時間かけて、サンチアゴへと戻ってきた。



そこで待ち受けてたのは、

計り知れなく無尽蔵で果てしなく空漠たる疲労感と脱力感。




簡単に言うと


スゲー疲れてた。



その日は、飛行機に乗っただけのはずなのに、もう何もする気力が起こらないってぐらいに

エネルギーのかけらも残ってなかった。


そして、翌日。



やっぱりなんか疲れてる。



多分、遊びすぎたんだな。




そして、サンチアゴの町に対して全然何にも興味が湧かなくて、

ほとんど観光なんかしてないけど、

全くする気が起きない。





多分、パタゴニアとイースター島というビッグイベントをこなしてしまって、

正直、この次に何を楽しみにするかって言うと、

しばらくは惰性になってしまうのが、ほぼ見え見えの状況で、

とにかく南米すでにものすごく満足してしまっている自分がいて、

気力がすぅーっと失われてしまったようだ。



そして、イースターというあまりに小さい島から

南米っつう巨大な大陸に戻ってきてしまって、

島の感覚に少しばかりなれてしまった僕としては、

ちょっとその存在のでかさに圧倒されてしまったんじゃないかと、

推測する。






結局、何も起きる気がしないからやったのはボーリング。


退屈な意味でのBoringじゃなくて、

投げるBowling。


一緒の便で戻ってきた薄井夫婦とご一緒しました。


実に2年ぶり。


サンチアゴのボーリングの代金は、時間制で1時間、1レーン6,000ペソ(約1,000円)

それと靴代が1500ペソ(約270円ぐらい)。

3人で遊んで、一人2500ペソ(US5$)で2ゲームはできる。

2年ぶりの僕の華麗なフォームと絶叫をご覧ください。


結果 1ゲーム目 93
CIMG3373.jpg

2ゲーム目 106
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あまりにぱっとしなかった。


スコア見てわかるとおり全員さえない。






そして、生まれて初めてカレー粉からカレーを作ってみた。


カレーライスというよりスープカレー。

これが超絶美味。
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適当にカレー粉とその他もろもろ宿にあった調味料入れまくっただけなのに、うなるうまさ。
CIMG3390.jpg


カレーのおかげで、もう少しやれそうです。



イースター島さん、お世話になりました。

2010年12月20日 16:05

10日間に及ぶ僕のイースター島生活は、


散々遊びまくって幕を閉じたわけです。


最後にとても美しい夕焼け雲が見れたり、
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星とモアイのいい感じの写真が取れたりして、
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写真にはないけど、シュノーケリングでウミガメなんかと泳げたりもして、


その他もろもろとにかく満足です。


10泊滞在した宿の名前は、「Petero Atamu」

一泊6,000ペソ(約1,000円) ハイシーズンは7,000ペソかも。

キャンプサイトでも5500ペソだって事を考えれば、相当安いし、

それなりに必要なものは、大概あります。Wifiも。めっちゃ遅いけど。

やたら人懐っこいラゴって犬(写真の犬)と、僕の手を噛んだタイソンって犬もいます。
DSC_3439.jpg




こちら最後に宿から空港へと向かう途中の動画。たいしたことないけどよかったらどうぞ。

モアイの墓場

2010年12月19日 20:36


そろそろこの脈絡のないイースター島の記事から離れたいんだけど、


無限にあるモアイの写真達がそれを許してくれない。


別にこんなとこで載せなくても、Googleで「モアイ」検索すれば似たような写真が出てくる。


そもそもモアイは動かない。びくともしない。


まるで死んでるかのように、動かない。


多分、死んでしまったんだと思う。


その死にっぷりたるや、


ゴキブリが最後の最後まで往生際が悪く、

ぐずぐずと手足をぴくぴくと動かしながら死んでいくのとは正反対で、

あまりにもいさぎよく、自分の死を受け止め、堂々と死に様をさらしている。


もしかしたら、彼らは生死に関してあまりに無関心なのかもしれない。

生きていようが、死んでいようが、そんな事どうでもいいんだ、きっと。

そういうことで、僕が訪れたのは「ラノ・ララク」と呼ばれるモアイの切り出し跡だった場所。

ここには大量のモアイがたたずむ。
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切り出し工場なので、ここは本来モアイが続々と生まれるはずの場所なんだけど、
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一人、早朝入場時間前にこの場所でボーっとモアイを見てると、どう考えてもやっぱり

彼らはもう息絶えてしまったようにしか見えず、

ここはモアイが生まれた場所であるものの、墓場なんだなと思った。
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イメージ的には、「天空の城ラピュタ」のラピュタで働いてたロボット達がそのままの状態で壊れちゃって動かなくなってるシーンなんかと似たような感じ。
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人間のエゴで生み出され、そして放置されてしまった彼ら
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なんとも物悲しい。
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そんな風に想像してみると、ちょっと哀れすぎて泣けてくる。
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哀れなので、命を吹き込んでみた。
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以上、ラノララクでした。入場料60ドルという勘違いした料金取られます。
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おかげさまでした。

2010年12月17日 22:52

僕が宿でぐだぐだしていても、気づいたら楽しい楽しいイースター生活と化していたのは、

偶然だったのか必然だったのか、一緒に同じ宿に滞在することになった皆様のおかげです。

いかんせん、一人で時間がたっぷりあるとなると、活動があまりにネガティブになってしまうものですから、

やっぱりこうして日本人の方々とご一緒しますと、いつも以上に楽しめましたので、

僭越ながら、この場を借りまして、心より感謝申し上げます。

28歳元SEのひろくん

ストイックなアスリート夫婦 けんご&かずえ夫婦

世界科見学の陽二郎&里美夫婦



もし、皆さんとお会いできなかったら、



もしかしたらこのイースター島で初開催の入場無料のサーカスすら気づかなかったかもしれないし、
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空中ブランコの失敗をこんなに心温かく見守る事もできなかったかもしれないし、


こんな大量のお刺身にも、きっとありつけなかっただろうし、
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このオロンゴの火口にも、車では行けなかったかもしれないし、
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こんなきれいな景色を無料で見ることすらできなかっただろうし、
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海外らしからぬ、お魚三昧はまず間違いなく無理だっただろうし、
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大量のうにを収獲して、
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舌鼓を打つなんて、きっと日本でやったら密漁なんだろうし、
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早起きして、真っ暗な中朝日に浮かぶモアイ像を見に行くなんてのも、誰かがいるから出来たかも知れなくて、
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イースター島名物カリカリダンスも一人で行くよりはよっぽど楽しく見れたんじゃないかと思うわけで、




そういうことで、繰り返しにはなりますが、


Mucho Gracias!!


本当、遊びまくって楽しい日々でした。

希望はいいもんだ、多分最高にいいもんだ。

2010年12月16日 22:58

イースター島の時間はゆっくりゆっくりと流れる。

そして、イースター島の雲は孤独すぎる島に漂うのを嫌うかのように、

とてもとても早く流れる。



だから、島の天気はとても不安定。


早朝は、曇ってたり、雨が降ってたりしても、


昼になればたいてい晴れる。


そして、また降ったりもする。



天気予報を調べると、一週間ずっと雨だったり、一週間ずっと晴れだったり、

全然当てにならない。

経済評論家の為替予想や政党のマニフェストぐらいあてにならない。

おかげさまで現在地が雨ざぁざぁでも、待つか、あるいは移動すれば晴れる。

晴れるかもしれないって希望が持てる。


「ショーシャンクの空に」でモーガン・フリーマンも言ってました。

「希望は素晴らしい。おそらく最高にすばらしいものだ。そして素晴らしいものは決して死なない。」って



結局、何が言いたいかって、


多少、天候に不安を抱えつつも


レンタカーを借りて、
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あまりに長すぎて、先が全然見えないお先真っ暗の洞窟に行ったり、
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アフアキビとかって7体のモアイを見てみたり、
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アフナウナウでプカオって呼ばれる帽子(本当は髪の毛らしい)をかぶったモアイを見たり、
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海ではしゃいでみたり、
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ようやくイースター島でもっとも有名なアフトンガリキに行ってみたり、
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ついでに、夕日に沈むモアイも鑑賞しまして、
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たっぷり遊んだって話です。
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モアイを1000回飛び越える

2010年12月14日 17:45



ご存知でしたか?

イースター島って、世界で一番孤立してる島だってこと。

それがどういう因果関係でそうなるのか分からないけれど、

イースター島の重力だけ、本来の3分の2ぐらいしかないらしいんですよ。


すごいでしょ。


でね、モアイって意外とでかいんですね。


そして、なんかしらんけど同じタイミングに日本人が同じ宿にたくさん集まりました。



じゃ、じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ、モアイ飛び越えてみない?




って話になったんですね。


どうせだから全員一緒に飛び越えようぜ。ってことで、このありさま。



Take 2
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重力が低いせいか、何度飛んでも疲れ知らず。



Take 15
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エンドレス。



Take 47
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人間の限界を超える。


Take 122
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もしかしたら366回目かもしんないけど。


Take 365
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1000回目で、誰かがようやく「やめよう」と言い出したのです。


take 1000
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Take 1001
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モアイにまつわる名言集

2010年12月13日 19:52


モアイ思う、故にモアイあり
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モアイよ、大志を抱け
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No Moai,no life.
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雨降って、モアイ固まる。
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生きるべきか、死ぬべきか、それがモアイだ。
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モアイはいつもかれ以外のものを、モアイと信じている。
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モアイは強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格すらない。
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モアイなんてくそ食らえ

2010年12月12日 17:19

さて、そもそもなんで僕はこの島に来てしまったんだろう?


それが、この島に来た初日にふつふつと自然にわきあがった疑問。


この先10日間この島で、何をして過ごせと?


それが、この島に来て二日目に悩んだこと。


イースター島って、モアイ以外なんかあるの?


イースター島に来る二ヶ月ぐらい前から、ずっと思ってた。





モアイなんて、宮崎の日南海岸にも、札幌の滝野霊園にも、なんなら渋谷の駅前にもあるぞ。

それ以外にも、どっかで見たぞ。


それを何が悲しくて、こんな世界一の孤島まで大金かけて見に来なきゃあならんのじゃ。


モアイって何様じゃ。イースター島ってなんじゃ。



と僭越ながら、感じていたんですね。



「おい、モアイ、イースター島に来るためにいくらかかってると思ってるんだ。
お前たちのせいで随分と散在してしまったじゃないか。」

モアイにそんなことを問いかけてみたところで、やつらは馬鹿みたいにボケーっと突っ立てるばかり。
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あまりに物言わないので、苛立たしくなって、モアイのくそったれ!!とばかりに殴りつけてみたり、
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蹴りつけてみたんだけれども、
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なしのつぶて。




ただ、ここまであまりに何もいわないモアイ君達が哀れに感じてきてしまったんですね。


もしかしたら、人間のエゴでこうして勝手に世界一の孤島に製造され、


物言わなくされたまま、放置されてるんじゃないかと。


なんてかわいそうなんだ。

まぁ、酒でも飲もうかと。
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ただ、こいつ飲まないんですね。



サンチアゴからわざわざ重い思いして持ってきて、


グラスに注いでやったっちゅうのに。




うんともすんとも言わないから、ちょっと鼻くすぐってみたけど、
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やっぱり無駄。





こうやって、くだらない写真を駄々並べてみて、


やっぱり思うのは、



そもそもなんで僕はこの島に来てしまったんだろう?



ということです。



*モアイには一切手も足も触れてないのであしからず。





ジュゴンの見える丘

2010年12月11日 00:43

まだ青い海

まだ青い空

終わりを告げるよな真白色
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泣きたかろうに

引き受けた夢

しゃらしゃら珊瑚

声も上げずに
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もういいよ

目を閉じていい

もういいよ

少しおやすみ
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悲しみはいらない

やさしい歌だけでいい

あなたに降り注ぐすべてが

正しいやさしさになれ
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この島では、COCCOの「ジュゴンの見える丘」をとてもよく聴いていました。









太平洋に恋焦がれて

2010年12月09日 13:12

バリローチェから、チリ国境を越えて、オソルノへ。


オソルノから快適な夜行バスでサンチアゴ到着。




翌日、9時30分に離陸するはずの飛行機が、平気で5時間ばかり遅れて、



ブエノスアイレス以来再会したDaidaiさんと


空港でただビールやらただ飯やらをがっついて、



飛行機が離陸すると、待ちに待った600日ぶりの太平洋が姿を現す、
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違った。




これ。
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太平洋。



多分、最後に太平洋らしき海を見たのは香港。




なので、太平洋を見るのは600日ぐらいぶり。




どこの海を見ても正直、区別はつかないんだけれど、




なんとなく還ってきた気がした。




飛行機の機内で新手のねずみ講映画「Pay it forward」を鑑賞。
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こんな海外路線の国内線に日本語吹き替え版があるなんて、Lan航空さん、やるじゃないですか。




そうこうして、4時間ぐらいするとある島に到着。
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飛行場にたった今着陸したこの一機しかない状況は限りなく、

カーボベルデのボアビスタを思い出す。ATMに3度もカードが吸い込まれて、

ろくなことなかったけれど。




この島にたどり着いて、一番初めに来たのがお墓。
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たまたま、誰かが前日に亡くなったらしく、ちょうど皆さんが埋めるやら、泣くやら、笑うやらと故人の埋葬に勤しんでいたのです。
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この島でのスタートが、ある人間の終わりっていうのは、なんとなく感慨深い。



なんかこの島、伊豆大島に似てねぇか?
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でも、ずいぶんと空が澄んでいてきれいです。どこまでもどこまでも。
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そして、多分伊豆大島には頭の上に太宰治の『斜陽』を載せたウミガメはいないと思うのです。
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このウミガメに、「竜宮城連れてけ」って強要したのですが、



そもそもこの亀は僕に対してこれっぽっちの恩のカケラもなかったためか



願いかなわず。


さて、この島はどこでしょう?
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神戸を発ってから600日

2010年12月08日 13:19

日本という国を離れてからかれこれ600日。


2009年3月31日に誕生した赤ちゃんは、もう歩けるし、言葉を少しずつしゃべれるようになっているんじゃないかな。


2009年3月31日に出発した僕は、未だに英語もままならず、さらにはスペイン語という新たな壁にやられっぱなし。

ただ、生後600日の赤ちゃんよりは早く歩けるし、走ることもできます。



あまりに旅に慣れてしまったというか、

完全に日常と化してしまいました。


そりゃ600日も転々と移動を続けていて、

その状況を非日常と感じるほうが難しいわけで、

旅が日常化するのは必然。


生まれたての赤ちゃんが、毎日のように泣き叫んでいたのが、

生きてる事に慣れてしまって、だんだんと大人しくなっていくみたいに

旅を出た頃には、たくさんの出会いや出来事ひとつひとつが

新鮮だったのに、旅で起こる色んな事には慣れてしまって、

いわゆるマンネリというやつだなと感じます。




マンネリとはいえ、地球っていうのはそう簡単には飽きだとか退屈だとかを感じるまでには

至らないので、まだまだ存分に楽しめそうな気がしてならないのです。


非日常のマンネリ。



なんだかこの上なく贅沢。


1億円ぐらいの価値があるんじゃないかな。



こんな贅沢が日本でたかが3年ちょっと働いただけで、

得る事ができるなんて、日本人はなんて恵まれた国民なんだろうかと

よくよく感じます。



結局、何が書きたいんだかもよく分からなくなってしまいました。



とにかく600日経っても、未だに僕は心身共に元気です。








チョコレートとかはもうどうでもいいんです

2010年12月07日 13:01

チョコレートなんてはじめからどうでもいいんですけど。




エルカラファテでの美しすぎる絶景と美味し過ぎるステーキ生活に後ろ髪を引かれるように、
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24時間のバス移動でバリローチェへ。




バリローチェが南米のスイスだかって自称してるらしいんだけど


もうスイスに行ってしまったから、別にいまさら南米のスイスには期待のかけらもしておらず、


そんなテンションで訪れたバリローチェはなかなか素敵でした。


何度も書いてるけど、期待せずに行って、クォリティが高いと、満足もひとしお。




「1004」ってバリローチェ中で一番高いビルディングっぽいとこの最上階にあるホステルに行くと、


いきなりバリローチェの美しい景色をお見舞いされる。
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あまりに唐突だったので、少々戸惑いまして。


それでもバリローチェさんはアグレッシブに、どうぞどうぞと絶景を次から次へと


僕の目の前に配達してくださるわけなんですね。



着いた翌日に近くの山(カンパナリオの丘)に、わずか40分歩けばてっぺんまでいけるところを

横着して、リフトなんかに乗っちゃって、行っちゃったわけなんですね。
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で、そこからの景色がこれなんですよ。
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ここからの景色をとてもパノラマで表現したくて、いろいろと試行錯誤してみたんだけれど、


とてもとても面倒くさいので、あきらめたので、とにかく大パノラマが望めて、


それはもうとてもとてもきれいなんです。
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なんか知らんけど、本当になんかしらんけど、ここでセーラームーンっぽいポーズ取ってみたというか、
取らされたというか、とにかくこんな感じでやってみたんだけど、
「月にかわって、お仕置きよ」ってどういうことですか?
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なにしろ天気がとても良かったので、この黄色い花も映えることったらありゃしねぇ。
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で、バリローチェってチョコレートで有名な町らしくて、町に何軒かチョコレート屋があるんだけど、
寄っただけで、チョコレート食ってねぇです。
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そういうことでわずか中1日のバリローチェ。
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Thank you for everything,Patagonia.



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