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(フィッツロイ)テントの中で氷点下とか・・・

2010年11月28日 08:05

ロス・グラシアレスのミニトレッキングの翌日、3時間かけてエル・チャルテンへと向かった。





ペリトモレノ氷河というビッグイベントをこなして、



翌日にフィッツロイに向かうなんて、



近年まれに見るフットワークの軽さである。



自分で自分を褒めたいと思います。



なにしろ、すごいものを見た後には1クッションか2クッション置かないと、



続けて、絶景を見てしまいますと、感動も薄れてしまいますし、



疲労も蓄積されてるままでしょうし、心の準備も出来てなかったりするわけで。




なんやかんやいいけど、とにかくエルチャルテンに到着したのは16:30。



やいのやいので、テントとテントマット(1日30ペソ、600円)を借りて、



フィッツロイへの入り口に到着したのは18時。
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こんな時間に登りはじめるとか、どう考えてもなしじゃね?って思ったけれど、



まだまだ太陽が沈む様子もないし、そんなに時間もかからないはずなので、さくさく歩き始めた。



前方の山々にはどんよりと雲が覆っていて、いまいちモチベーションは上がらない。


フィッツロイがどこにあるのかもわからない。
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やいのやいので歩き続けること、3時間。



割と平坦な道で、フィッツロイが見えずとも、割と絶景がずっと楽しませてくれたので、

荷物の重さも苦にならず、淡々と歩く事が出来たわけなのです。





21時になって、まだ明るいものの陽はほぼ沈みかけていて、


どういうわけか雪が舞っている。



そして、キャンプ場が見つからない。



この広大な原っぱのような場所で、地図では明らかにここってとこにたどり着いたんだけれど、


テントひとつ見つからない。


まさか、この期に及んで、誰一人、キャンプ場でテント張ってないのか?という想像もしつつ、


とりあえず周辺を歩いて探したら、ま、地図とは少しだけ違う場所にキャンプ場発見。


本当、キャンプ場の位置違うとか、命取りになるので全力で注意をして頂きたい。
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テントを設営して、さっさとあまり美味しくないパスタを食べて、就寝。








夜中、なんか寒くて、目が覚める。






ちょっと待てよ。この寝袋はISUKAのAIR280。




2度まで対応するはずだぞ。



ナミビアの冬だって乗り切ったんだぞ。



寝袋、壊れたのか?




と思うけど、寝袋壊れるとか状況わからないし、



とにもかくにも寒いし。



あまり頼りにならない僕の温度計付きの時計を



寝袋の外に出し、テント内部の気温測定を試みる。





そして15分後。












結果    -3度







いやいや、ここテントの中ですし。





外は、明らかに吹雪。想定外の雪どもが猛威を振るって僕のテントに体当たりを続けてたみたい。






そんなこんなで僕は朝9時ぐらいまでぐずぐずと寝袋を頭まで被って、



寒さをしのいでいたのです。




寒さをしのいだ甲斐があってかどうか分からないけど、


翌朝、凍てついた空気と済んだ空と昨日は全然見えなかった山々が、


僕のテンションをあげてくれたのです。
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氷河に押しつぶされる恐怖症

2010年11月25日 19:26

とことん氷河の上を歩き倒して、自前のお昼ご飯を食べて、


だらだらと氷河のそばで過ごすと迎えのフェリーがやってくる。

アディオス、ペリトモレノ
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と思いきや、またバスに乗って再び展望台へ。



ペリトモレノさんと正面からご対面。
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あなおそろしです。この迫力。


ゴジラとかのレベルじゃないですね。しれーっと巨大な音たてて崩落中。
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ゴジラだって、氷河の前ではひとたまりもないんじゃないかって迫力。


多分、ボキャブラリー不足中の日本人の多くがこの氷河を前にして
「すげー」って言ってしまうんだと思います。
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なにしろ僕も言ってしまいましたしね。


でも、この氷河に関しては「息を呑むような」だとか「想像を絶する」だとか、
「圧倒される」だとか、まぁなんか面倒くさい事考える必要なく、このペリトモレノさんは凄いです。

眼前にどんどんと迫ってくる恐怖さえ感じるペリトモレノ。
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多分、ここでずっと働いてたらそういう恐怖症になってもおかしくないと思う。


相思相愛

2010年11月24日 15:00

さてさて、パタゴニアさんは次から次へと僕にメインディッシュを用意してくださる。


「今は、おなかいっぱいだから次は一週間ぐらい後にしてほしいんだけれど。」とお願いしても、


「いやいや、そんなわけには行きませんよ。なにしろパタゴニアですからね。」


「なんでパタゴニアさんは、そんなにストイックに僕をおなかいっぱいにしようとするんですか?」


「私もちょっと不器用なところがありまして、なかなか加減が効かないのですよ。あまりに寒かったり、風が強かったりするせいで、なんだかその辺の調節機能が麻痺してしまったみたいで・・・」




と いうことで、エルカラファテという湖と巨大な丘に囲まれた町でのんびりしようと企んでいたんだけど、

パタゴニアさんが僕のけつをひっぱたいて、次に連れてかれたのは


ロス・グラシアレス国立公園


日本で、パタゴニアについて何らかの番組が

やってたらまず間違いなくここの映像が垂れ流されてくる。



僕が持ってるパタゴニアのイメージとしては =ロスグラシアレスっていっても過言ではないんじゃないかってくらいチョーメジャーなとこ。




チョーメジャーなところすぎて、随分前から調子に乗りっぱなしでツアー代も、うなぎのぼり。


飯も出ねぇツアーに10,000円オーバーとか本当に腑に落ちなかったけれど、


氷河の上を歩くっていうのは、もはや僕の趣味みたいなものなので、


出し惜しみせずにミニトレッキングとやらに参加した。




前日の晩に多分とても下らない理由で、夜更かしをしてしまい、国立公園までの移動のバス内で眠くてたまらない。


こんな眠い状態で来てしまって、折角の料理を用意して下さったパタゴニアさんには申し訳が立たないです。






バスはさっさと船乗り場に到着。よく状況がわからないまま船に乗せられること、ほんの一分。



いきなりペリトモレノさん登場。
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「いきなり現れたらびっくりするでねぇが。前以って言ってくんねぇと、こっちも心の準備ってもんがあるでよ」と、隣に座ってたブラジル人が説教を始める。

どこからどこまでがペリトモレノさんなのか、見当もつかないままとにかく船は氷河を横目に対岸に到着。
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そこで簡単なブリーフィングを受けた後、僕は欧米の老夫婦の方々とともに森を抜ける。


森の入り口一歩目で、アメリカ人の親父がいきなり木の枝につまづく。


まぁ、そういうのはおいといて僕は生まれて初めてアイゼンというものを装着したわけだ。
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そして、氷河への第一歩を踏み出す。



氷河言っても、ただの氷。



一歩目の感触というか、二歩目も三歩目も小さいころから存分に歩きまくってきた札幌での氷上生活と


ほぼ変わらない。


ただ違ってるのは、アイゼンを装着しているということ。
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そして、このアイゼンを装着しながらの氷河への一歩一歩の信頼感がたまらない。



あまりに噛み合う。



もともとアイゼンというのは、氷の上に自生してる植物か鉱物なんじゃないかってぐらいフィットする。



こんなにも不安定な場所を歩いているはずなのに、とてつもない安心感。


アイゼンと氷ってのは相思相愛の仲なんですね。



みんなこんなにも自由で歩き放題のはずの場所を馬鹿の一つ覚えで縦一列に歩く。
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絶対犯してはいけない不文律があるかのように、みなが決められた道を歩く。


おかげで、その道の氷は完全に砕かれて、ゆるーい道が出来上がる。


その上をアイゼンで歩いてても、全然アイゼンの本領発揮せずつまらん。


ということで、僕だけ途中から誰も踏まない氷上をさくさく歩いてた。
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1時間半ほど、氷河の上をぐるぐると歩き回ってトレッキングは終了。
氷河の氷で溶かしたウィスキーが振舞われる。
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ウィスキーはスコットランド製。
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ちなみにアイゼンって和製登山用語らしく英語じゃクランポン





エルカラファテの墓と花と空

2010年11月23日 20:50

何はともあれ、空が澄んでいて、花が咲いている状況に身を置くというのは

心も清々しくなるような気がする。

空気がすがすがしいように。



ペットが飼い主に似るっていうけど、人はその土地の風土に似てくるっていうのは十中八九紛れも無く、

間違いのない事実だと思う。


ここの人たちは、この澄んだ空の下で一生肉を食べ続けて死んでいくというのも事実らしい。


厳しい自然環境に身を置く人達の心は、どこもかしこもそんなにはすさんでないんじゃないかって思います。

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虹色に輝く雲と肉

2010年11月22日 22:25

虹色の雲
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日本語では彩雲。英語では cloudと呼ぶらしい。




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もうこれだけで色々と十分だし、色々と満足なパタゴニア。


色々と考えすぎたり、悩みすぎたりする必要もないし、


答えが見えてるわけでなくても、とにかくこれはこれで充分。





万が一牛肉を食べまくるアルゼンチン人の食生活をインド人が知ってしまったら発狂して、


インド、10億人が長蛇の列をなして、連日連夜ガンジス川に飛び込み続けるんじゃないかって思ったりする。


そういえば、そうでなくても彼らは連日連夜ガンジス川に飛び込み続けてたんだった。





地球に生まれてパタゴニアに来ないとか、まぁそれはそれで別にいいですけど。

2010年11月21日 17:13

早朝3:40。




昨晩の夜更かしがたたって、やけに眠い。





そして、やけに寒い。




女の子に起こされて、眠くて寒いという理由でテントにひきこもるわけにも行かないので、



思い切って外へと出る。




テントの中といい、外といい完全なる闇が広がる。



森を抜けて、空を見上げると、一面の星が広がっている。





唯一、オリオン座ぐらいしか分からなかったけれど、




とにかく澄んだ空気の中で輝く星たちは、いつも以上にどっぷりと化粧でもしたんじゃないかってぐらいに




煌いていた。




ってことで、星明りの下でトレッキングスタート。





ライトで照らしながら上っていく。



明るければ、迷いようもないはずなのに、暗すぎて次に進む道を見失いかける事、数度。




始めの一時間はずっと平らなトレッキング道で、日本中どこにでもあるような簡単な道のり。




そして途中からのぼりが始まると、それはそれで日本中の山ならどこでもあるような



ちょっとだけ険しい岩場なんかが続く。




そもそもなんのために早朝に歩き始めたかを書き忘れていたけれど、



3本の塔だとかって言われる Torres del Paineが朝焼けで赤くなっていく様を見るため。




まぁ、そのためには申し分ない天候だ。







スタートから上空に雲がないというのは、精神衛生上大変良い。










そうこうして歩くこと2時間ちょい。



上空に輝いていた星はいつのまにかすっかり消え去り、後方が徐々に明るくなり始めて来た。




後半は岩場が続き、目的地へのルートを示す黄色い印を探しつつ、歩みを進める。




この黄色い目印がなかったら、まず間違いなく迷ってた。


というか恐ろしく変なところを無駄にロッククライミングしてたかもしんない。











ようやく目的地らしき、眼前に広がる3本の塔と湖がある場所に到着。







到着して、まもなく背後から上りつつある太陽が雲を赤く染める。
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そして、徐々に3本の塔も日に照らされて赤く染まっていく。
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これもまた美しすぎる。



トレビアーン





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3本の塔が赤く染まっていたのはほんのわずかで、その時は温かみすら感じたのに、




太陽がしっかりと顔を見せてくると、どういうわけか風も強くなり、


登られることをはっきりと拒んでるかのように寒々しく、強烈な峻険とした岩山へと変身。

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ということで、十分すぎるほどパイネ堪能。



本当はもう一泊して違うとこ行こうかと思っていたんだけれども、


まぁ、僕の膝が無理するとすぐに悲鳴をあげるし、


荷物は相変わらず重いままだし、


次の目的地まで歩く距離がさらに8時間歩いて、テントを張り、


翌日もさらに12時間近く歩くという山手線一周出来そうなぐらいの


強烈なメニューが予想されたわけで、


再び絶景が見れるというのは、なんとも捨てがたかったわけだけれど、結局捨ててしまった。

そんな帰り道。
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Torres del Paineの美しさはパタゴニアに来ないと絶対に経験できないけれども、

帰り道の緑の覆われた山々の景色は正直、これぐらいの景色なら日本にもあるんじゃないかって思う。

しかももれなく秘湯なんかがついてきたりして。

だから、まぁどうしてもパタゴニアに来れない人は、北海道の山でも登ったらいいと思う。


いや、やっぱりパタゴニアに来るべきだ。
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これで温泉が用意されていたら、すこぶる最高なのに。
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というパイネ一泊二日のトレッキングでした。








地球に生まれてパタゴニアに来ないとか、天ぷらそば頼んで、天ぷら残すようなもん

2010年11月20日 12:35

パイネのつづき

前の晩、がっつり寝たはずなのに、パイネ国立公園移動中もがっつり寝る。



短時間移動でも。




そういうことで、起こされるたびに目の前では絶景が相変わらずお見舞いされる。


Salto Grande でっかい滝
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この滝の色が他の世界中のありとあらゆる滝とは一線を画したエメラルドグリーンっぷり。

滝の規模はそうでもないにしろ、とにかく色に見とれる。


滝が見える場所から振り返るとこんな景色。
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かなり加工が施されてますが。


滝のそばから見る山々。
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写真がちっこくて、この壮大さがなんとも伝わりにくいのがもどかしいんだけれども、
とにかく眼前に広がるこの山といい滝といい反則すぎるほどに綺麗なのですよ。





澄み切った空といい、絵で描いたような雲といい、世界で数箇所でしかお目にかかれないこの色の湖といい・・
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素敵過ぎる。




移動の途中にアルパカ。
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そうこうして、15時30分。予定よりだいぶ早くツアーは終了し、僕はツアーのミニバンから降ろしてもらい、


トレッキングを開始。




気合を入れすぎて、重くなりすぎた荷物とともにパイネ山中へと歩き始める。




とにかくずんずん歩く。
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なかなか激しい強風が僕と僕のバックパックを吹きつける。



道はほとんど大した事のないトレイル道だったけれど、2,3箇所滑って落ちたら這い上がってこれないような



がけっぽいとこがあった。強風と相まって、なかなか危険だったはず。







そういうわけで、一時間半ほど歩くと山中にキャンプ場を発見し、午後6時ぐらいに




プエルトナタレスで借りたテントの建築を10分足らずで済ませ、重すぎる荷物をすべてテントに押し込み,




パスタを茹で、ナタレスのスーパーで購入したトマトベースのパスタソースをかけて食う。




このパスタソースが日本のそれと比べるとずいぶん残念な感じ。




もっと具とか見栄えとか味とか何とかなるでしょってぐらいに、



パスタソースのはずなのに、まるでただケチャップをかけたような見栄えだし、


味も一口で飽きてしまうようなトマト味だし、


具ひとつもないし、




いかにもキャンプでただただ腹を満たすためと言わんばかりの食事をした。




その後はこの記事に一度も出てきてなかったけど、たまたまツアーとトレッキングを一緒に回ってる


埼玉県を日本で一番魅力のない県だと言い張る埼玉県在住のななちゃんと


大富豪をして、8勝2敗ぐらいしたとこで、就寝。








そして、僕は就寝したはずなのに、翌朝日の出を見るために3時半起きしなくちゃいけないのに、



誰かから貰ったipodの動画の池袋ウエストゲートパークを貪り見てしまい、結局寝たのは12時過ぎ。







翌朝、3時40分ぐらいにテントを引っぺがされて、ななちゃんに起こされた。








つづく

地球に生まれてパタゴニアに来ないとか、銭湯に行って湯船につからないようなもの

2010年11月16日 23:32

パイネへの拠点となるプエルトナタレスの町には、21時ごろ到着。




ウシュアイアで教えてもらった「Hospe daje strellita del sur」とかって



一生かかっても覚えられそうにない名前の宿にチェックインをする。





始めはフルだって言われたんだけど、



オーナーの親父が普段寝てるらしきベッドを空けてくれた。



おかげで親父はソファーで寝てたわけだけど。



家と宿が一体化した民宿のような宿なわけで、僕のベッドがあるスペースには家人用の冷蔵庫やタンスがあって、


家の人々が突如現れては、僕のあるんだかないんだか分からないプライベートを邪魔してくれる。




それでも、わざわざベッドを空けてくれたことには感謝をしなくちゃね。






翌日は、パイネ目指して、色々と情報収集及びアウトドア道具の調達。


テントが3500ペソ(7ドル)、テントマットが1000ペソ(2ドル)/day

バーナーとかシュラフとかその他諸々、大体1000ペソぐらいで借りられる。

大体どこもかしこも、それぐらいの値段らしい。





そして、翌日。

とりあえずパイネ一日ツアーっていう、ガイドブックに乗ってる見所を一通り回ってくれるのに参加。





出発早々、眠りこけようと思ったらでっかい岩の前で停車して、3000ペソ(6ドル)払わされる

そして、これがミロドンの洞窟
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だだっ広い洞窟。中で野球でも出来そう。




で、こいつがミロドン。生まれて初めてミロドンの存在を知った。
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もう絶滅してしまったらしく、果たして本当にこいつがこんな姿をしていたのか知らないけど、
ナマケモノの一種なんですって。




そんな余興はあっさりとやり過ごし、パイネ国立公園の管理局に行くと

再び強制的に15000ペソ(30ドル)を支払わされる。

入場料がツアーにインクルードじゃないところが、なんとも腑に落ちないけど仕方ねぇっすね。


国立公園に入場して、とりあえず一箇所目。


駐車場を降りて、10分ほど歩くと、眼前に


Lago Grey(グレイ湖)
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なんだかいきなりとてもすごいものをみせられる。


氷の塊がしれーっと湖に浮いてる。



氷の塊のほうは、存在感を感じさせず、当たり前のように浮いてると思ってるんだろうけど、


こっちとしたら、湖にこんなにも巨大な氷の塊が浮いてるなんて状況は想像を絶しているわけで、


葬式に真っ白いタキシードを着て登場するぐらいに氷の塊の目立ち方は尋常じゃなかった。
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奥のほうに見えるのが氷河。
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このグレイ湖をお昼までじっくりと見た後は、再び車に乗車して移動。



こういうとこでおろされた。


湖と青空と山のコントラストが美しすぎる。
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つづいて、これ。
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車でちょっと移動すると、すぐに絶景がお見舞いされる。カナディアンロッキーを彷彿とさせるエメラルドグリーンの湖と登られることを執拗に拒んでるとしか思えない峻険とした山々。

カメラの広角が全然足りなくて、この大パノラマの景色が全然伝わらないのが、残念。




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つづく・・








パタゴニアの海と空とペンギン人間

2010年11月15日 04:48

気づいたらパタゴニア。





ウシュアイアもパタゴニアだったらしい。





パタゴニアはこの旅で僕が一番行きたかったところのひとつ。







旅出る前からずっと呼ばれてる気がしてた。

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そして、パタゴニアは期待に応えてくれてる。いまのとこ。


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寒々しいせいか、空が澄んでいて、そういう空を見ると、ただの青空の100倍は心が躍る。
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チベットのときみたいに。


ただの青空にも色々あるんだなと。

ペンギン人間のいるウシュアイアのお土産屋さんで久々に買い物とかした。
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そして、ウシュアイア出発。さよなら上野山荘さん。
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たくさんの旅人の思いの詰まった素敵な宿でした。




で、次に目指すはパイネ国立公園への観光拠点となるプエルトナタレス。




へと向かう道中にマゼラン海峡を渡る。




わずか20分足らずの航海の間にイルカ?が船をびったし付いてくる。
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なかなか素敵なオプションでないですか。頼んでもないのに、付いてくるなんて。


とにかく海も空もええ感じ。
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つーことで、プエルトナタレス到着なり。
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世界最南端でじたばた

2010年11月11日 21:45

で、ウシュアイアって町自体位置的には世界最南端の都市ってなってるだけで、


まぁ、見所らしい見所は町にはあんまし無い。






仕方が無いので、レンタカーを借りて遠出。



ペンギンが居るかもしれなかった場所に、ペンギンはいなかったので、


「ペーター」って叫んで、丘を全力で下ってきた。
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そして、全力でこけた。
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おかげで今も筋肉痛。




風が強すぎて、曲がっちゃった木に行って飛ばされてみた。
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無風だったけど。




そして、一緒に言ったみんなでじたばたしてみた
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いつまでも暗くならないウシュアイア
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アラスカから17000キロ。長かったな。いろんな事あったな。
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って思えたら、ここにたどり着けた感動は何にも代え難いものになったんだろーけどな。



世界最南端の列車の駅。
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世界最南端を走る蒸気機関車。観光用。囚人によって作られたらしい。
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ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド

2010年11月10日 03:58

世界の果てにブエノスアイレスから飛行機で3時間半。



世界の果てってのは、割と簡単に来れるもんなんだな。



世界の果てに行くより、ブエノスアイレスの中心からブエノスアイレスの果ての国際空港に行くほうがよっぽど面倒なんじゃないかと思う。




国際空港はやっぱり都心からのアクセスの利便性が命なんですよ。




誰も都心から2時間もかかるような場所に国際空港がある事を望んでないんですよ。





とにもかくにも飛行機で移動する事自体はいいけど、
町から空港まで移動するっていうプロセスをなんとかかんとか省くことは出来ないものでしょうか。
本当に、面倒くさいんですよ。

地下鉄一本にして欲しいと常々思う。






って事で、うしゅあいあまで飛行機でぴゃーっと来てしまった。
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夢にまでみたパタゴニア。



山とビーグル水道に囲まれた世界最南端の都市ウシュアイア。



The End of The World.
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最南端の割には、それほど最果て感もなく、町からさらに南方に陸地が見えたりもして、



今まで色々と行って来たインド亜大陸最南端コモリン岬とかアフリカ最南端アグラス岬とか

ユーラシア大陸最西端ロカ岬とか暫定日本最北端の宗谷岬とかに比べると、


そもそも岬じゃないから、そういう達成感が感じられない。



そして、緯度がそれほど南にあるわけでもなく、


北半球と比べるとデンマークぐらいに位置するような場所なので、




果てまで来たんだなって実感もない。そもそも飛行機で飛んじゃったし。


Endなんだから、終わってくれなくちゃ困るんですよ。


なんでエンドなのに、この先に陸が見えるんですか?


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ウシュアイアの町と北海道の知床の羅臼のイメージがものすごくかぶる。



寒々しい感じ。


あんまり宜しくない天候。


漁港に止まってるボロい船。


すぐそばに迫る山々。




そういう意味では知床ってのは世界の果てみたいなもんなのかもしれない。

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そして、アルゼンチン名物アサードをやりました。
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肉がうまいとかってのももちろんあるんだけど、



そもそおお酒をたくさん飲んだので、とても楽しかったです。


数々の旅人が泊まってきたこの上野山荘本館。いろんな意味で本当に暖かくて素敵なところです。
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寒いからこそ暖かさが身に染みる。












新婚旅行でウルグアイに行くとか行かないとか

2010年11月07日 03:26

アルゼンチンに比べると、ウルグアイの人々の心の温かさは大分素敵です。



何しろお金くれたりするし。





ってことで、ブエノスアイレスを深夜12時に出発して、サクラメントなんちゃらコロニアに朝4時に到着するフェリーでウルグアイへと向かった。



なんで、わざわざ深夜12時のフェリーなんかに乗る羽目になったかを、



具体的に述べてしまうと、ある人物への誹謗中傷の羅列となってしまう可能性になりかねないので、



簡単に言うと、国から国へと越えるために唯一必要な薄っぺらい紙切れを忘れたがために、



本当は乗りたかった朝の便を逃してしまったわけなのです。





でも、旅は道連れ、世は情け。 おかげでよりストイックで楽しいウルグアイ訪問と相成りました。







なにしろ、朝4時に到着して、あまりに寒くて、フェリーターミナルのベンチで暖を取って、



日が上り始めるころに、ラプラタ川を望むビーチへと行くとこんなに素敵な朝日と月が見れたわけで。
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ウルグアイの評価とこの情景の美しさから察するに、多分この日の出が、すでにウルグアイのクライマックス何じゃないかって事は容易に想像されたわけで。




フェリーターミナルのあるコロニアに早朝居たところで、寒すぎてどうしようもないので、

バスで寝つつ、首都まで行ってしまえということで2時間半かけてモンテビデオへと移動。


モンテビデオという町は、特別パッとしないとこなんだけど、本当に人は親切で愛想がよかった。


そして、第一回ワールドカップ開催会場
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会場に備え付けられたこの高い高い塔が何なのか結局よくわからず。
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そして、モンテビデオの中心。アルティガスさんの像。
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アルティガスさんは、ウルグアイの英雄なんだけど、


彼の弟が日本人の女性 東京静子さんと結婚して、彼らの孫だかひ孫だかが


日本で起こした会社が東京ガスなんですよ。



知ってましたか?





まぁ、うそなんですけどね。




これがモンテビデオの中心の町並み
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普通だよね。






でも、ブエノスアイレスに比べると雰囲気が全然違って、治安の悪さみたいなのは感じない。




旅行者に道を聞かれて、その隙にスリに会うなんてこともなさげ。



そして、お土産屋さんに「日本のお金持ってる?」と聞かれて、



「ないけど、代わりに10兆ジンバブエドル持ってるよ」といつもどおり0が大量にあるお札を見せて、


「僕もお札をコレクションしてるんだ」って話したら、


彼女は僕にグアテマラのお金をくれた。



彼女に限らず、ウルグアイの人はとても感じが良い。比較対照はアルゼンチンだけど。


南米での、今のとこ人の感じが良いランキングは


ウルグアイ>パラグアイ>アルゼンチン>ブラジル。




そして、コロニアへ戻る



一応世界遺産なんだけど、ちゃんと世界遺産の場所を巡ったのかどうかさえ今となっては危うい。

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何しろ街並の写真とか全然撮ってない。


エビフライ
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黄昏れてるフリをする女
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そして、最後にウルグアイ名物パリージャをいただく
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そういう事で、楽しい楽しいウルグアイ訪問と相成りました。





帰りのフェリーで、もし、奥さんがどうしても行きたいと言ったら、ウルグアイを新婚旅行の地に出来るかどうかって話になったんだけど、



もし僕が日本でまた働き始めて、新婚旅行のためにそんなに長くない休暇を手に入れている


シチュエーションを想像すると、30時間もかけて、この国にまた来るというのは、


世界中のもっと素敵なリゾート地と天秤を比べると、ちょっと前向きに考えるのは難しいので、


僕は奥さんを全力で他の場所に行くように説得すると行くことになりました。


そして、最終的には屋久島に行くことになりました。


ウルグアイ良い国ですよ。





いつもいつも支離滅裂でごめんなさい。






子ライオンがかわいすぎる

2010年11月04日 16:28

ブエノスアイレスからバスで2時間。

ルハンというとこにあるルハン動物園。


動物がやたらめったら近いって事で行ってきた。
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ライオン近い。人間食わないらしい。でも、怖い。
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で、これが子ライオン。かわいいでしょ。
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象さん。
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ま、ほかにも色々いるわけで。
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で、らくだにも乗れるんだけど、乗ラクダ時間があまりにも短すぎて・・・
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ってことで、雑ですみません。



大統領が死んだ日

2010年11月01日 02:00

その日はそもそも10年に一度だかの国勢調査があって、



アルゼンチン人は調査のために家に引きこもってなきゃいけなくて、



それ故、ほとんどの店が20時まで営業禁止だった。




だから朝起きて、いつもなら道路から聞こえてくるクラクションやエンジン音が全然聞こえてこない。




とにかく町が死んでしまったかのように静か。



そして、そんな死んでしまった町でやる事もなく、僕は僕で宿でだらだら過ごしてた。





そして、午後になりテレビを見ると宿から歩いて20分ぐらいのところにある


五月広場(Plaza de Mayo)から中継が入っていて、


大勢の人が集まっていた。



スペイン語が読めも聞けもしないから、何のことだかさっぱりわからなかったけど、


テレビに書いてある人名を調べると、どうやら現大統領クリスティーナの旦那で前大統領の事らしい。



ネストル・キルチネル前大統領逝去。





経済破綻したアルゼンチンを立て直し経済成長の波へと乗せ、インフレを止め、


IMFへの借金返済を無視し、国民からどうやら割と愛されてるらしい。


スティグリッツの本に書いてあったと思うけど、IMFの言いなりになると国は駄目になるみたいだね。





まぁまぁ、そんなわけで宿で管巻いてるのもなんなんで、


前大統領を偲ぶ人々が集まる大統領府近くの5月広場へと行って来た。

大統領府近くに行くと、長蛇の列。献花に訪れた人の列らしい。
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読めないけど、なにやらキルチネル前大統領へのメッセージ
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わらわらと群集が広場へと集まっている
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半旗が掲げられている。その奥のピンク色の建物が大統領府。いつもは入場無料で見学可能。
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雰囲気はデモっぽいけど、これでも大統領を偲ぶために床にぺたぺたとメッセージが張られる。
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何て書いてあるのか、ほとんど分からないけど、さぞかし愛されてたんでしょう。
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大統領府と5月広場を仕切る柵にも張られる彼へのメッセージ
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これは読めた。ありがとう。ネストル。
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テレビでは一日中ずっとここの様子が放送されてた。ずーっと。
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昨日、ネストルの遺体は飛行機でブエノスアイレスからエルカラファテへと飛び立った。



昨日は昨日で空港まで遺体を運ぶパレードが執り行われて、大勢の人々が沿道にかけつけた。



パレードの自由っぷりが日本の比じゃなく、警備が雑というか人員が不足してるのか分からないけど、



簡単に遺体を運んでいる車に一般人が近づけて、車の窓をぱちぱち触ってたり、



すぐそばをただのバイクが併走してたりとか、日本でそれやったら、即効警察に押さえ込まれて



終了なんじゃないかって行為がやたらと目立った。




ま、それだけ愛されてたということで。









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