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白砂漠と2000円

2010年09月30日 10:06

さてさて波が荒すぎるフォルタレザでやることなんて、もう一切見当たらないので、次の町へ。



予定では、このままずーっと南下していくつもりだったんだけれど、旅は道連れ世は情け。



といっても、ここしばらく孤独な旅が続いていて自由奔放に行き先を決められる贅沢な環境。



少しだけ北に行ってみることにした。少しだけ行くにしては、ブラジルのバス代はえげつなく高い。




ナミビアだとか南アフリカと同等だ。もうヨーロッパは抜けたんだから、先進国並みの物価は勘弁してほしい。







バスで18時間ほどかけ、フォルタレザから1000キロぐらいありそうなサンルイスという町へ。



そして、そこからさらに4時間かけてバヘリーニャスに到着。




わずか二行で終わってしまうバス移動にどれだけ苦しめられたか。





バヘリーニャスにたどり着くと、待ってましたとばかりに旅行会社の数人の兄貴が近寄ってくる。




バヘリーニャスは、レンソイス・マラニャンセス国立公園ってのがすぐ近くにあって白い砂漠と青い水溜りで有名なところ。ただ国立公園にはツアーで行かねばならない。


以前なら色々と確認して、ほかの店もあたってとツアーを選ぶのにも吟味をしていたはずなのに、



なんだか面倒くさくて、そのまま一人の兄貴に言われるがまま、バス停のすぐ近くの旅行会社に連れて行かれ、



そして、30分後のツアーを申し込む。50リアル(2500円) ついでに安宿の斡旋をしてもらう。




何気に750円もするその臭くてぼろいインドを思い起こさせる宿にチェックインを済ませ、




その国立公園に存在するらしい砂漠の泉で泳ぐために着替え、ツアーの車を待つこと30分。



予定より15分も遅れて、ツアー用に改造したランドクルーザーはやたらと要領の悪いスタッフとともにやってきた。

国立公園に向かう途中、ジープとともに渡河を行う。



DSC_4953_20100930104750.jpg
こんな感じで。鉄板にエンジンをつけただけの船に一度に2台のランクルと乗客が乗船。
そして、それを行ったり来たりさせるわけだけど、僕らのスタッフおよびドライバーの要領の悪さから
僕らの車は、ほぼ最終回の渡河となり、それまでほかの車が行ったり来たりするのを眺めて待ちぼうけ。




とにかく渡河を済ませると、その後は強烈な悪路が待ち受ける。


車のどこかに常に掴まっていないと、体が投げ出されそうな勢いで、その居心地の良くない移動は40分ほど続いた。



そうこうして宿を出て早1時間半。




ようやく目的のレンソイス・マラニャンセス国立公園に到着したらしく、



目の前に立ちはだかる砂の壁をはだしでずんずんと登る。




砂の壁を登りきると目の前には、突然途方もなくどこまでも永遠に続いていそうな砂漠が広がる。
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そして振り返ると今までたどって来た道のりが全て覆い隠されてるようなジャングルが眼下に広がっていた。
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さらに、白砂漠の上を歩くこと15分。ようやく目的の雨が降って湖になっている泉に到着
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早速水着になって、その湖に入ってみるんだけど、どうも浅い。
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ずっと浅い。もはや泳げるレベルじゃない浅さ。

どんなに深いところ行っても、ひざ上30センチぐらい。



これにはちょっと拍子抜け。ほかの観光客も、一応水の中に入って、適当に泳ぐフリして、

割とあっさり、水から出てた。



というのも、やっぱりここのベストシーズンは雨季の1月~6月で、そのときはもっとたくさんの湖が出現して、

本当に青と白のコントラストが美しく映えるらしいんだけど、そんな美しい景色にはちょっと遠い水の少なさ。
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残った時間は、適当に砂漠で遊んでた。日本の夜明けぜよ って。日没だけど。
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そして、帰りもまた存分に体をランクルにまかせて、揺られまくって宿に到着。





翌朝、チェックアウトしようと思ったら、ロビーに宿のスタッフがいなかったから宿代15Rを置いて、


歩いて5分のバス停に行って、サンルイス行きのバスに乗り込んで出発を待っていた。




すると、なにやら何らかのスタッフと思われる女性がポルトガル語で べらべらと僕に何かを要求してくる様子。




僕は、バス代を請求しているんだと、てっきり思って40R(2000円)を支払う。


そして、彼女はバスを出て行った。すぐにおつりを持ってくるんだろうと思ってたんだけど、そんな気配は一切ない。


そして、また別の男がバスに乗ってきて、なにやら僕にポルトガル語で要求してくる。




もうバス代も宿代も払ってあるし、こいつに金を払う因果は一切ないということで追い払う。




そして、さらに違う男がバスに乗ってくる。というか、彼はバスのスタッフらしくチケットを発見させる機械を持ってるし、制服も着ている。


彼に、もうバス代は払ったよ と言ってみたけど、何のことやら意に介さない。


そしてやむなくバス代を再度支払う。



どうやら最初の女に払った代金はバス代では無かったことが判明。


あれはなんだったんだ?

物乞いにしては、まともな格好してたし、宿のスタッフじゃなさそうだし、謎。




そんな謎に2000円も払ってしまった。



すごく悔しい。




悔しいので、バスの座席に拳を強打してみたけど、お金が帰ってくるわけもなく、バスは間もなく出発してしまった。





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大西洋を4時間で飛び越えて・・・2度目の飲酒運転。

2010年09月27日 20:04


太平洋を飛び越えるためには、飛行機に乗ってエコノミー症候群になりかけて、

もうこれでもかってぐらいたくさんの映画を見尽くして、ようやく超えたかと思ったんだけど、

大西洋ってのは、意外と幅がないのでしょうか。

わずか4時間のフライトで対岸の南アメリカ大陸へとたどり着いちゃった。



リンドバーグも実はたいしたことないんじゃね?




そんな事はないとは思いますが、こうして現代の文明の利器を使ってブラジルに到着。
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ブラジルのフォルタレザって都市。



聞いた事なかったけど、巨大な空港で深夜に到着したから、そのままそこで一晩を明かした。



そして、気づいたら28歳になってた。




未だかつてない孤独な誕生日。



この新大陸に僕を知るものは1人もいないし、僕が知ってる人も1人もいない。




フォルタレザは意外と大都市で、朝空港からバスで町の中心に向かう道のりは


アジアのような喧騒が思い出される、ごみごみとした雰囲気。


ブラジルもカーボベルデ同様ポルトガルの元植民地で言語も同じ。


もちろん大陸が変わり、国も変わったんだけど、劇的な変化が見られない。


なんだろう。せっかく新しい大陸来たってのに。



ブラジルは、とにかくモノだけはあふれてる。それだけはわかった。





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そして、ビーチへ。波強し。


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ブラジル人、やっぱサッカーうまい。砂の上でも技術が華麗。


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1年半ぶりに見た鳥居。


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だれもいなくなったビーチ


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そして、この日の夕食。1000円ぐらいした。ブラジル、物価高い。



と、新大陸初日があっさり終了。



あっさりしまくってる。



翌日、とまっていた宿(Hostel Terra da Luz)のオーナーのSalidasが翌々日誕生日だから

前祝に誕生パーティをするという事で、宿泊者全員参加って形で、

宿から歩いて20分ぐらいあるとこに連れてかれた。


宿泊者8人ぐらいと、さらにSalidas関係者10人ぐらいで、路上のパブみたいなとこで

パーティというかただの飲み会が繰り広げられる。



皆さん、ブラジル人かポルトガル人かスペイン人でもちろんポルトガル語で会話が繰り広げられる。



僕の両隣は、運悪く英語が話せない。



という事で、この会話がままならない飲み会ってのはなんとも言えず辛いものです。



ま、英語が喋れる人が何人も居たから、何とか場を持たせる為にちらほら会話はしてはいたんだけど。


完全に外様。アウェイも甚だしいな。


そこにいる人みんな何らかのパートナーが居て、


フランスから留学中で、ブラジル人の彼女見つけてたり、

プエルトルコに留学行って、ブラジルに彼氏連れてきてたり、

スペインから二人で仕事に来てたり。



そこで「あなたの国では、挨拶に何回キスするの?」って聞かれたんだけど、

もちろん回答は「0回」なわけで、文化の違いを感じた。

こっちじゃ、男女で両側のほっぺをあわせて、キスするフリするのが挨拶。

誰もがいつでもどこでもやってるわけじゃないけどね。




そんなこんなで20時半に始まった飲み会は気づけば日付変わって1時。



もう帰んなくちゃねって話になり、Salidasは車で来てたんだけど、

じゃ、誰が運転するの?ってもちろんSalidas。


彼女もビールジョッキ4,5杯は飲んでるわけですよ。




僕は助手席に座り、彼女に命を委ねる形になる。







しかもエンジンかけて早々、バックしなくちゃなんないのに、前進しちゃって、壁にぶつかりかける。











おいおい。







幸運にも、深夜でほかに車も走ってないし、宿まで車で5分ぐらいだったから、無事帰れた。








飲酒してる人の車に乗車するのは、中国の重慶で乗せてもらった時以来2度目。





飲酒運転は本当にいけないと思います。




カーボベルデもこれでおしまい

2010年09月26日 19:19


プライアでの1日

朝、9時前に目は覚めるんだけどやることが思い当たらず、ぐずぐずベッドの上で時間を潰す。



11時頃にようやく起き出して、シャワーを浴びてみたりする。




気づくともうお昼。




量り売りのビュッフェのランチが食べられるレストラン Panoramaへ行く。



そのレストラン、大体1グラム1円ぐらい。結構まともなものが手ごろな値段で食べられるのはいいんだけど、


一つ一つの料理を取ろうと、トングを持つと絶対感電する。


しかも結構激しくビリビリって体を電気が走る。


なのでペーパーナプキンでトングをつかなきゃならないと、少し不便な点があったりする。


ほかのお客さんもビリビリきてるはずなのに、あんまりキテる感がないのはなんでだろう。


自分だけ、電気を通しやすい体質なのか?とかあまり意味のない疑問を抱えてた。




そして昼食が終わると、パソコンを持ってネットカフェSOFIAに行く。


ネットカフェつう名前だけど、路上にプラスチックのコカコーラって書かれたテーブルとイスが並んでて、

地元の人の交流の場になってる。


そしてネットカフェで、一応wifiも飛んでるんだけど、そのパスワードは店員も分からないらしくて、

使うネットワークは、隣接する公園から飛んでるらしき公共の電波。

という事で、ここがネットカフェであろうが、ただのカフェであろうが全然関係ない。



そこで、パソコンのバッテリーがなくなるまで、ブログ書いたり、その他諸々暇つぶしをしていた。

でも回線が遅いから、色々と思うように行かなくて、ほかのカーボベルデ人をただぼーっと眺めながら、

その様子をTwitterでつぶやいてた。



物乞いが本気で泣きながら迫ってきたり、

チェスでの揉め事で本気のケンカが始まったり、

何をしたのか分からないけど、その人を攻めるべく周りにいた女性全員で獣のようなうめき声を上げて、責め立ててたり、

カフェの前にステージが設置されて、スタイル抜群のモデルと思しき女性たちが歩いてたり、
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で、女の子が歩いてるんだけど、いつもこのカフェに来るちょっとおかしなおじさんが、

そのステージに勝手にあがって極めてフツーに歩いて、その様子をお客さんたちが

やんややんやと盛り上がってみたり。



プライアでやることなかったけど、とにかくこのカフェにいるだけで、色々と出来事が巻き起こってたんで、

それ見るだけで楽しかったな。




夕食は、普通にレストランで食べると750円以上。しかもあんまり大したことない。
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だから、スパゲティの缶詰とかを食べる日々だった。


そして、思いがけず9泊もすることになった"JAJO"PENSAO
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トイレ・シャワー共同で1150カーボベルデエスクード(約1200円)
これ以上安いところはプライアにはない。ってタクシーの運転手が言ってた。
町のほぼど真ん中にあって、前述のネットカフェSOFIAとかレストランPANORAMAとか、その他スーパーマーケットとか色々近くて便利な場所。


そういうことで9月14日に無事ブラジルビザを手に入れることが出来て、

その日にカーボベルデを去り、ブラジルへと飛び立った。







太平洋を中心にした世界地図だと明らかに世界のはじっこにあるカーボベルデ。


旅を始めるずっと前に、外務省のホームページ見て在留邦人が1人だか2人だかしかいなくて、

世界で一番日本人が少ない国という事で、世界一周をするとかしないとかを決める前に

カーボベルデには行こうという事だけは決めていたんで、ここに何があるわけでもないけど、

一応旅のひとつの目的だった、カーボベルデ。


結局、観光のメインになってるサル島とかほかの島とか言ってなくて、

首都でだらだらしていただけなので、この国を語るにはあまりに不足すぎるわけだけど、

結局は、カーボベルデもアフリカ大陸から離れている島国とはいえ、アフリカなんだなってのは痛感した。


ただ、東アフリカじゃなくて、やっぱり西アフリカって事で、音楽も南米やポルトガルやアフリカが融合したようなリズムがどこからか聞こえてきたりして、その辺はカーボベルデ的なオリジナリティを感じた。




ま、とにかくこうして僕の旅のひとつの大きな目的を終えて、


次は、4大陸目 南アメリカ。


しょーもない世界遺産

2010年09月25日 19:51

この日本人の1%ぐらいしか知らないようなカーボベルデって国にも、世界遺産はあった。


その名は シダーデ・ヴェーリャ。





ただ、プライアでやることないし、割と近かったので行ってきた。


でも、当日なんだか頭が痛く、体が重い、そして天気がよろしくない。


よせばいいのに、行く事にした。


町の中心にある公園に一応ツーリストインフォメーションセンター的なものがあるんだけど、

英語が通じない。そして、地図も持ってない。極めて役に立たないインフォーメーションセンター。

シダーデヴェーリャへの行き方を尋ねるも、地図がないからバス乗り場がどこにあるんだか、指で「あっち」ってやられるだけ。

なんとなくミニバスというか、トヨタのハイエースがわらわらと集まってる場所があったので、そこ行くと見つかった。


そして、町を離れるとすぐに荒野が始まる。で、40分足らずで到着。




到着したのはいいものの、ただの漁港だ。



どんよりした曇り空で、村人達もなんだかずいぶん暇そうに町の至るとこで、ただただ座って誰かと会話してる。







で、どうしたらいいんですか?






普通、世界遺産ってのは到着したら看板なりツーリストインフォなりがあったり、入場口があったりして、

なんとなくそれにしたがっていけば、その世界遺産を堪能できるものなんだけど、

なにしろ、ここはただの漁村じゃないか。

昔は、このシダーデベーリャが貿易港としてカーボベルデの中心の役割を果たしていたらしいんだけど、

岸辺のがけに船がぶつかるもんだから、

当時、闇貿易なんかが行われてたプライアに首都が移されたらしい。


シダーデヴェーリャはバスコ・ダ・ガマもコロンブスも訪れている西アフリカにおけるポルトガルにとっての重要な都市だったんです。

奴隷貿易の重要な港だったんです。とにかくそんな町です。




そして、観光客らしき人は一切見当たらない。


近くになんとなく、何かの遺跡っぽいものがあったので行ってみた。
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で、これなんなんでしょうか?って話になるけど、一切説明が見当たらない。

柵があったんだけど、ところどころ破られてて全然保全されてない。





それでも、村の上の上の上のほうを見上げると、うっすらと城壁らしきものが見えた。



あれか。


上るしかないのか。



仕方なく上り始める。上り始めて、まもなくいきなり道がなくなる。


壁の上を歩けということらしい。
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子供たちには、これが世界遺産だから観光収入がっぽりだぜとかもはやまったく関係ないっぽい。
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そして、ずんずんと上り続けると到着。シダーデ・ヴェーリャの町が見渡せる。
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そしてこれが城壁の正体。レアル・デ・サン・フィリペ要塞
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たどり着くや否や雨が降ってくる。しかも結構強く。なんだか全然歓迎されてる感のない、やたらと冷たい雨にお見舞いされる。

そこにも一応3人の女性で営まれるチケット売り場 兼 喫茶店 兼 要塞の案内所みたいなとこがあって、

それ無視して、要塞に入ろうと思ったら呼び止められる。



「あんたー、入場料払いなさい」って。


価格を聞いたら、500円だと。



外側から見る限り、内側に何にもないのが丸分かりなのですが、支払わないといけないんでしょうか?

って伝えたかったけど、言葉も通じないし、結局そこで雨上がりして、

ついでにその案内所みたいなとこに、要塞のミニチュアがあったから、それを眺めてみると、どうやら入り口は1つではないらしいという事が判明し、裏側に回ってみた。



裏側の出口にはやる気のないチェーンが、ちょうどまたいで超えるにも、くぐるにも丁度良くない高さで

かかっていて、ま、それをくぐると、あっさり中に入れた。


で、500円払うとお見舞いされる要塞内部がこれ。
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これがすべて
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ちょっと待ってくださいよ。


頭が痛くて、体がだるくて、雨も降ってて、そんな中これですか。



いくらなんでもひどいじゃないですか。



ひどい仕打ちじゃないですか。



と、誰にも言えない悲鳴を胸に抱えつつ、帰路につきました。

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このシダーデヴェーリャ認定されたのは2009年なので、かなり日が浅い。


日が浅い世界遺産は、大体大したことない。


なんというか世界遺産認定の条件を無理やり当てはめて世界遺産にしているところが散見される。


今後も永遠にそうやって見た目には大したことない世界遺産が増産されていくと予想される。


そういう世界遺産を楽しむためには、知識と情報がものすごく重要になってくる。


逆に言うと、何も知らないと全然分からないということだ。




カーボベルデにひとつしかないこの世界遺産。

結局は、ヨーロッパ人によって作られたという事実。

というかカーボベルデという国自体、奴隷貿易の拠点としてポルトガルに利用され始めたところから始まってて、

カーボベルデ人つっても、奴隷とポルトガル人移民の混血なわけで、なんともこそばゆい歴史を持った国なんですね。





プライアの人々と抜けなくなる犬

2010年09月24日 20:41


ブラジルビザを待ってる間の一週間、ずっとカーボベルデの首都プライアで

日記に書くと三行で終わってしまうような日々を過ごしていた訳ですが、

まぁ、散歩もしたりしたのです。

雨が止んだ直後だったので川はどぶ川と化しています。そもそも雨の降らない土地柄のせいで、
普段の川はからっからです。
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そしてお花の写真をとっていたら、
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この親父に声を掛けられたのですが、さっぱり会話になりませんでした。
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さらに歩いていると、彼に「ちーの」といわれたので、「ジャポネーズじゃ」と修正すると、
「フィッシュ、フィッシュ」と返事をされます。さっぱり何のことやら。
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彼のことは、一切記憶にありません。多分ただの通りすがりです。
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汚らしい街なのに、サッカーのグランドだけは人口芝で割ときれいに整備されておりました。
そして、全員はだしでサッカーをしていました。
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そして、彼もサッカーを眺めていて、カメラを持った僕を見つけると、
俺の写真をとってくれとせがんで来たので、とって上げました。
メールでデータをくれと言われてメールアドレスを聞いたのですが、まだ送っていません。ごめんなさい。
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退屈そうに店の軒先で遊んでいた少年Aです。
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少年Aの横にいた少女Aです。
DSC_4685_20100924120505.jpg

何でこんなにも渋い顔をしてるのか、さっぱりわかりません。
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抱えられてる黒い手は、多分彼の親父のものだと思われますが、この色の違いは衝撃的です。
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こんなにかわいらしいのも今のうちです。
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最近この国ではやってるらしく、町を歩いてると年齢関係なく、この頭のてっぺんから蛇でもぶら下げてるような髪型を目にします。
DSC_4713.jpg


そして、帰り道。面白い光景を目にしたわけです。
二匹の犬が妙な格好で、踏ん張り、それをさらに二匹の犬が「おいおい、大丈夫か?」と心配そうに眺めているのです。どうやら交尾をして抜けなくなってしまったみたいなんですね。
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退屈だったので、その様子を数分の間じっと観察していたのですが、目の前を車が通り過ぎ去る瞬間に
無事、二匹の犬は再び独立した一匹の犬へと解放され、自由を謳歌していました。

めでたし、めでたし。




なんというか、こうやって写真を見てみるとカーボベルデという国は

どこをどう見てもアフリカだなと感じさせられます。

ここがアフリカじゃなかったら、どこにあてはまるんだろ?と考えても答えなんて存在せず、

とにもかくにもアフリカなんです。たとえ大陸から離れていても。



チーノ、チーノ、チーノ、チーノ、チーノ、チーノ・・・・

2010年09月24日 10:25

僕がプライアにいる間に、「チーノ」って何度言われたか計り知れません。


彼らが悪意を持ってそう言ってるケースはほとんどなかったと思う。


ほかの国だと、明らかに馬鹿にした感じで言ってきたりするけど。


この国にいたっては、まさかジャポネーズがいるわけないと思ってるらしく、


完全なる思い込みから「チーノ」って呼ばれる。


何しろ町の中心のとおりに、5,6軒中国人が商店を開いてたりして、彼らの世界進出っぷりには驚かされる。


いくらお金が稼げるからといって、中国の温州からわざわざ世界の果てのカーボベルデまで来てたりする。


彼らのアグレッシブさは、驚異的。



で、僕はというと「チーノ」いわれるたびに「ジャポーネーズ!」って言い返してた。


100回ぐらい言ったんじゃないかと思う。


そして、宿周辺では宣伝効果もあってけ、僕を見ると

「ジャポネーズ!」と呼ぶ声がちらほら聞かれるようになってきた。


そもそも声かけなくていいんだけど。



でもほかの国だと日本人って分かると大抵

「オーベリーグッド」みたいなリアクションが期待されるものの、この国では日本人って分かったところで、

反応が薄い。


そりゃそうだよな。さすがにお互いに情報がなさ過ぎる。



それにしても、中国人ぐらいどの国に言っても一発で国籍が当てられるナショナリティはないような気がする。

そんなプライアの目抜き通り
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そんなプライアの市場
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そんなプライアの市場2
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そんなプライアに咲いてた花
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毎日通ってたスーパーマーケット。めっちゃLG宣伝されてる。
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プライア近郊のビーチ。
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カーボベルデはいくつかの島国からなる国で、ほかの島に行けばリゾートっぽいとこたくさんあるんだけど、プライアに至っては、首都で海辺も漁港として利用されてるから、なかなか泳ぐとこがないのです。

カーボベルデでブラジルビザを取ってみる

2010年09月23日 09:31

プライアに到着したものの、ここでの最大にして唯一のミッションはブラジルビザの入手。




なにしろここから南米に行けないとなると、一度ヨーロッパに戻って別ルートでの南米入りを試みないといけなくなるわけで、ベルギーからカーボベルデまで行きはわずかに99ユーロという破格の価格で来れたものの、戻るとなると安くても350ユーロ。なんだか腑に落ちない。


是が非でもブラジルビザを取らないと、いけなかったわけです。





そして、カーボベルデ首都プライア到着2日目 月曜日

調べてあった住所を元に、人に場所を聞いて、

町の中心から徒歩20分ぐらいのところにあるブラジル大使館を訪問。



そこの担当のカーボベルデ人、英語が喋れず、ポルトガル語のみで必要資料の説明が繰り広げられる。


この旅を通して、大使館の人が英語喋れないとか初めてかもしれない。つってもほとんどの国のビザを国境で取ってるから大使館行ったなんて数えるほどしかないけど。




とにかく、彼から他人の資料を見せてもらって判明した必要資料は、


1.WEBでダウンロードした申請書
2.収入証明書
3.残高証明書
4.往復のチケットのコピー
5.パスポートのコピー


他人の見せてもらったとき、その人の収入だか残高までもきちんと見せてもらって、
カーボベルデ人が何気に月収170,000円とか150,000円とかもらってるっぽくて、
さすが後進国を脱しただけあるななんて関心したのはいいんだけど、

ちょっと待ってくださいと。1と5はなんとかなるかもしれませんけれどもね、


わたくし、収入ないし、銀行の印鑑のついた残高証明書なんて用意できるわけないし、日本帰国のチケットなんて今買えるわけないし・・・。

「用意できないかもしれないんだけど?」って親父に聞いたら

「それじゃインポッシブル」との回答。


そんな状況で途方にくれながらも大使館を後にした。。






途方に暮れてちゃ始まらないので、なんとかせなあかん。




まずは、残高証明書。もうこれはWEB通帳をダウンロードして、コピーするしかない。

全文日本語で書かれてて、向こうにとっちゃ数字以外さっぱり分からないだろうけど、とにかくそれをダウンロードした。


そして、収入証明書。

ほかの国で取るブラジルビザを読んだらこんなもん必要だなんて、どこにも書いてない。
でも、あの頑固親父から承諾を得るためには、ないよりはましなんだろうなと思って、私文書偽造に取り掛かった。

勝手に、日本語で収入証明書なるものを作成した。

「貴殿が株式会社なんちゃらの従業員であり、なおかつ下記の収入がある事を証明する」という短い短文をでかでかと英文と日本語で載せて。いかにもそれっぽくWORDの力で作らせていただきました。

判子は用意できないので、勝手に他人のサインを自分で書いてみました。

今、見返したら日付すら書かれてないひどい代物です。



そして、チケットのコピー。

9月14日カーボベルデ発ブラジル行きのチケットは、すでに買ってあったのでそれをコピー。

これはスカイスキャナーのサイトで、サンパウロから成田行きのチケットを検索して、
購入前だけど、スケジュールはこんな風になります的なページが出てきたから、それをコピー。







とにかくそれだけのものを数時間かけて用意し、町のコピー屋さんで何枚かプリントアウトしてもらい、準備をしたわけです。





そして、翌日。その6枚ぐらいある書類を持って、ブラジル大使館に再訪。


ブラジルの祝日のため、おやすみ・・・・・


さらに、翌々日。

さすがに今日は営業中。

しかも今日は、英語が話せるお姉さんがいてくれて、話がスムーズ。

不安げにその書類を渡すと、奥に持ってかれた。


で10分ほどして戻ってくると、この口座に5500円払ってきてね。と言われ紙を渡される。




どうやら書類審査が通ったっぽい。これでブラジルにいけるのか?






とにかく再び町の中心の銀行に行き、ビザ代を振り込んで、再々再度ブラジル大使館へ。




すると今度は英語が喋れる人いなくなってて、あのポルトガル語親父しかいない。



で、一応彼も書類をチェックして、振込み所もチェックして、オッケーだからと引換証を渡される。




ところが、受け取り日時が 9月17日になってる




いやいやいやいや


「僕は9月14日に飛ぶんですよ、17日じゃ困るんですよ」と抗議。


しかし親父「インポッシブル」とのたまう。



いやいやいやいや



「英語の話せる姉さまを呼んできて」と頼む


するとしぶしぶ親父は、奥から彼女を呼んで来る。



彼女に状況を話すと、彼女は

「オーマイゴッド」
と言いながらも


なんとか融通を聞かせてくれて、14日の午前中へと納期短縮が相成りました。



ただ14日つっても、一週間先。これからかなーり退屈な日々がカーボベルデの首都プライアで繰り広げられるのです。









平和すぎて退屈な世界の果て

2010年09月17日 22:30

とりあえず夕食を食べなければとボアビスタ島Sal Reiの小さな町をうろうろしまくったけど、

全然食事するとこが見当たらない。


ようやく見つけたレストランで頼んだ750円はするツナ定食
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そして街の中心の広場でカポエラやってた
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ジャンベのリズムで、二人ずつ交代交代にカポエラ披露。ゆっくりした動作からいきなり現れる強烈なキックとか
見てて、面白かった。
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Sal Reiの街の中心は、割とまともな建物が建ってるんだけど、5,6分も離れると
もはやスラムみたいなとこ。
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姉歯さんがどうこうのレベルじゃない、雑なコンクリートの積みっぷり。
しかも建設ラッシュ。
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やっぱアフリカ。
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やることないから、毎日この宿から徒歩10分のビーチ来て、泳いでた。これはこれで極楽。
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全身に砂塗りたくって、白人の女の子追い掛け回してた。シュール。
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別の日の食事。チキン定食。やっぱり米とフライドポテト。
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町からちょっと離れるとこんな感じ。島なのに荒野。
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そして、ずーっと歩き続けるとこんな廃墟。これ以外何もない廃墟。そしてその先は海。
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ここ来たときに、「世界の果てに来ちゃったな」ってのをものすごく実感した。
何しろそんな場所。
そして、日本で見る世界地図を見ると、本当に世界の果て。



そんなこんな街にも渋滞が・・・ 何事ですか?
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つーことで、別の島へと移動したわけです。
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プロペラ機。ちょっと怖かったな。

雑でごめんなさい。

カーボベルデ到着!いきなりカード吸い込まれまくり。

2010年09月16日 19:29

ベルギーから飛行機で5時間。

ついに夢にまで見たカーボベルデに到着。

日本で発行される世界地図から見たら、いよいよここは西の世界の果て。

何しろ日本からの時差は10時間。

西アフリカのセネガルから約400キロのところにある島国。


日本人がカーボベルデの事に関して、知ってることなんて、カーボベルデ人が日本について知ってることよりはるかに少ない気がする。

何しろ大半の日本人が、こんな国の事すら知らないだろうし。



カーボベルデ行きの機内には、観光客と思われる欧米人や、家に帰宅するんだろうカーボベルデ人と思しき人達が搭乗していた。

世界の果ての割には、普通の観光客だったりして、ちょっと拍子抜けする。






ちょっと派手な着陸で、ボアビスタの空港に到着。


飛行機のタラップを降りると、蒸し蒸しした熱気が襲ってくる。


そして、その空港には僕の乗ってきた飛行機以外は一機もなく、何もない荒野に間違って着陸してしまったみたいな状態だった。


本当に荒野というにふさわしく、空港のまわりには砂漠やごつごつとした岩なんかが広がっていて、本当にここに人が住んでいるのかと思うような場所だった。


そこで事前に取っていたVISAのおかげで一言の会話も交わさずに入国を済ませ、バックパックを受け取る。



日本の地方の空港よりもさらに小さくしたそのボアビスタの空港で、とりあえず荷物を持ってうろうろするんだけれど、僕に情報を与えてくれそうな

インフォメーションセンターみたいなものは見当たらない。







まずは現金が必要だろうと、VISAの使用可能なATMに僕の国際キャッシュカードを吸い込ませたわけだけど、


今までポルファボーレ!言ってた画面が、急にwindowのエラー画面になり、ポップアップが無限に登場し始める。


そして、一向にカードが出てくる気配がない。



やれやれ。



そこは銀行備え付けじゃないので、関係者もいない。


ATMのそばにいたタクシーの運転手に


プロブレーム!って助けを乞い、お互いに英語とポルトガルと日本語を交えて会話をしてる内に、


一緒の飛行機に乗ってきたスウェーデン人が助けてくれて、


「とりあえず、町まで行って銀行に行き、なんとかしましょ」って話になり、彼女と一緒に

タクシーというかハイラックスサーフの荷台に乗り、空港から車で10分ぐらいのところにある

サルレイ(SAL REI)の町まで向かった。


カードが機械に入ったまま放置だったんで、万が一排出されたら、やばいんでね?


とか心配しながら、町に到着。スウェーデン人は、そのままこのすぐ先が銀行だからと、降りていってしまった。


彼女は、カーボベルデ在住らしく、実家のスウェーデンから帰ってきたらしい。


降りると、旦那のカーボベルデ人と熱烈なキスを交わしていた。



それはともかく、英語が喋れないタクシードライバーと銀行に行って、

銀行で事情を話してもらう。

そこで「visaか?マスターか?」を聞かれ、VISAだと答え、パスポートを預けるんだけど、

10分ほどして、ノーノー、12時まで待ちなさい。みたいな事を言われる。




やれやれ。





仕方なく、そのタクシードライバーにすぐ近くのチープなホテル 2500エスクード(約2500円)までつれてってもらい、


無一文でチェックイン。


イタリア人経営の宿で、個室にトイレ、シャワー、ファン付きと僕には完璧すぎる。

ただインドで似たようなクォリティの宿が500円ぐらいだった事を思うと、やっぱり腑に落ちない。

日本で同じクォリティの部屋を探せば、どんなに安くとも5000円はすると思うけど。





12時になって、銀行まで行って、再びパスポートを渡すと、すでに回収に行っていたらしく、

手元に僕のキャッシュカードがあった。


そして、「このカードは使えないから、だめ」と言われ、もう一枚のvisaを見せると、「こっちは使える」といわれたので、

その銀行にあったATMにそのカードを入れて引き出そうと試みる。

すると2時間前に見た同じエラー画面が僕の目の前に現れる。そしてカードは帰ってこない。。。。




やれやれ。




すぐに銀行に入って、「プロブレーム」と担当を機械まで連れて行き、そのカードを取り出してもらった。


その担当者は、おかしいなって顔をしていて、本来は使えるみたいな事を言っていた。



結局、現金が作れないままでいるので、他の銀行に行って、そのカードで再度試すことにする。

するとやっぱり10分前に見たばっかりのエラー画面が現れて、カードは帰ってこない。

その場に警備員がいてくれたので、その人にその画面を見せて、担当を呼んでもらい、再びカードを出してもらった。



その銀行で手動でキャッシュの引き出しをやってくれるという事だったので、1500円もの大金の手数料を支払い、なんとかカーボベルデエスクードを手に入れることが出来た。




そんなやれやれの一日。

深夜のブリュッセルで痛切に絶望してみる。

2010年09月15日 18:27

ベルリンを思う存分とは程遠いほどに楽しんで、あっという間に後にした。

今じゃ、開発が進んで欧州の上海と呼ばれているらしい。確かにとりとめもなく色んなところで開発途中のビルディングとかあったけど、ベルリンを上海と読んじゃっちゃあ、ベルリンに悪いのではないかと思う。

ベルリンには住みたくても、上海に住むたくない。空気が汚すぎる。中華料理がどんなに美味しくたって、ちょっとあの汚染っぷりは尋常じゃない。

開発が進んでいると言う意味で似ていたって、交通渋滞やら公害やら空気の汚染レベルなんか全然違うし。


ベルリン空港からEasy JetというLCC(格安航空会社)を利用して、辿り着いたのはベルギーのブリュッセル。

到着時刻は、20時半ぐらいだったと思う。

そして、翌朝6時にはフライトが待ち構えている。




さて、どうしようか?



僕はベルギーという国、そしてブリュッセルという町を知らずして、ここを後にするのか?





それにしても時間はない。そして、情報も無い。けど、もったいない。






そして悩んだ結果、やっぱり街を見に行くことにした。







そして、バックパックを預けなければならない。




ロッカーを発見する。



なんと24時間で7.5ユーロ。高すぎる。


しかもそれ以下がない。それ以上しかない。



再び悩む。


けど、ここでケチってられないと荷物を預ける。


ロッカーにバックパックを入れているときに、大きなダンボールを運んでいる黒人が


「ちょっと手伝ってくれないか?」みたいな素振りをする。



こっちはなにしろ時間がない。そもそも街に出る手段があるのかも分からない状況。


でも、そのロッカーには僕1人しかいないし、仕方なく手伝う。



彼の持っていた巨大なダンボールの中身は、40インチのSANYOの液晶テレビ。


どういう事情か知らないけど、彼はこれをロッカーに預けたいらしい。



ところが明らかにその箱は、ロッカーに入らない。



思った。「あきらめろ。」と




しかし、彼は諦めずダンボールからテレビを出して、無理やり中に入れるという強攻策に移る。



しかも、彼は物凄く高価であろうこのテレビを雑に扱うし、上下逆に中にいれようとする。



結局、そのごだごだに時間がかかって、空港のバス停に行けたのは21時半。


ブリュッセル国際空港から市内までは10数キロ。



とりあえず何も分からないけれど、市の中心に行くらしいバスがあったので、それに乗車し、


とりあえず何も分からないまま、人がたくさん降りたバス停で降りてみた。

翌朝、4時には空港には戻らなくちゃならないけど、そんな時間のバスなんて無いから1時間後の終バスに乗らなくちゃならない見たいだってことになる。


そこには数件のパブやレストランと大きな近代的なビルがあった。


で、それだけだった。



その辺をうろうろする。



とりあえず東京に来て、電車に乗って上野駅に着いてみた方が全然ましじゃないかってぐらいに途方に暮れた。



見つけた商店で、とりあえずビールを買う。


そして、PCに入っていた地球の歩き方ヨーロッパ版のベルギーのページを読む。



すると、どうやら僕がいる場所らへんはブリュッセルの本当の中心より少し東に位置していて、

一切の見所がここより駅側にあるという事が分かった。

そして、空港に行く手段がバスだけじゃなくて電車もあり、12時20分ぐらいまでは走っているようなことが書いてあった。




PCを開きながら歩くわけには行かないので、僕は勘で駅を目指して歩き始めた。


夜のブリュッセル、街行く人の7割、8割は黒人。


雰囲気が全然良くない。

移民を受け入れるという事は イコール 治安が悪化する事も受け入れなければならないらしい。


そして、適当に歩き続けること30分。


もうバス停には戻っても、最終バスには間に合わない。



とりあえず大きな大聖堂を見つける。

これもパリのノートルダム大聖堂に良く似ている。

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そして、古い古いモール
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ブリュッセル観光   終了





黒人に尋ねると、英語しゃべれなかったりしたので、白人探して駅の位置を訪ねる。



駅に向かうとおりは人通りがめちゃくちゃ少ない。



呆れるほど少ない。



そして駅に行き、空港行き時刻表を調べる。






地球の歩き方によると、12:20ぐらいまで空港と駅間で列車が運行されてるはず・・・・




だった。





ところが空港行き最終列車は、11:25.



完全に過ぎてる・・







もう歩くしかないわけだけど、最後の悪あがきで空港になるべく近い地下鉄の駅まで向かい、


そこから歩くことにした。そこからなら8キロぐらい。



まぁ、いけるでしょ。






そして、誰も歩いていないブリュッセル郊外をただただ北に向かって歩き始めた。






孤独。




何で歩いてるんだろ?って自問自答を繰り返す。




何しろ、この道のりが帰路じゃなくて、日本からさらに離れるためだから。





いったいどこに向かってるんだ?そして、どこに行きたいんだ。




月も中途半端に欠けて、星も大して見えず、町も素っ気無く、



この8キロの散歩は、この旅1、2位を争う途方の暮れっぷりだった。



日本に帰って、日本食が食べたくて仕方がなかった。

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まぁ、そういうこともありました。それにしても、この時の絶望感は果てしなかったな。





2時間歩いて、ブリュッセル国際空港にたどり着き、絶望のあまり時間つぶしに



ビールとベルリンで買った柿の種を食べたんだけど、この何気ない日本の味、最高でした。



ピーナッツが無かったので、少し不満ですが。










ってなわけで次に目指すはカーボベルデ






















ベルリンの壁を崩壊させてきた

2010年09月14日 17:10

ドイツベルリンには一度来て見たかったんです。


何しろ、GDPが第4位の国の首都。

それに日本よりも先に経済復興を遂げて、今は影を潜めるものの環境に対する配慮を怠らずに、

その辺では最先端行ってる国じゃないですか?

それにドイツ人の真面目なところって、どこか日本人と似た部分があったりして、親近感が湧く。



それにしてもベルリンって観光地としては、あんまりフューチャーされないような。

いまだかつて、ベルリン良かった~ なんて話聞いたことないし。



夜行バスは、ベルリンに着いた。予定より30分早く 冬の真夜中のようさ。
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予約した宿が11時以降に来てくださいというものだから、5時にバス停に着いてから、

とりあえずメトロに乗って、宿の近くの駅に辿り着く。ベルリンの中心からは少しだけ離れている。

だから住宅街。中野富士見町的な感じ。似ても似つかないけど。



11時まで、パン屋さんに備え付けてあるカフェでずっと読書したり、日記書いたりと時間つぶし。

少しだけバックパックを背負って、散歩してみたりしたんだけれど、

その日がちょうど日曜日で、さらには雨がしとしとと降っていたという事もあって、

ベルリンの町はまだまだ全然眠りに着いていて朝が来たのを忘れてしまったんじゃないかってくらいに、

とにかく人通りも少ないし、まだ8月だってのに哀愁が漂っていた。

そして、寒い。


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特にベルリンの何が見たいってわけじゃあないので、

宿にチェックインしてからは、ベルリンの町をただただ散歩。

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ベルリンのシンボルらしいブランデンブルク門へ。

すると門の前で旧ソ連の国旗を持って、記念撮影をしてお金を稼いでるおじさんがいた。
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観光客は、我も我もと彼との記念撮影をしてる。

彼らにとって、東西ドイツに分かれていた時代って言うのはただの過去に過ぎないんだなと思った。

ヨーロッパの人って、ある意味暗い過去だらけだから、そういう過去を持つことに慣れてるんじゃなかろうか?

問題が違うかもしれないけど、戦後60年経っても、相変わらず国旗掲揚とかなんちゃらで揉めてたり、

隣国に国旗燃やされたりして、まだ意味不明に問題抱えてる日本とはえらい違いだなって感じた。

これがナチスの旗だったら、どうなってるんだろ?

まぁ、いいや。



シャボン玉づくりのお姉さん。英語喋ってた。
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言語のルーツが同じってのもあるけど、ドイツ人の英語の上手さは尋常じゃない。彼女がドイツ人かどうかは置いといて。

観光資源が無くとも、それなりのものはベルリンにはありました。
美術館島とかってのが、世界遺産らしいんだけど結局一つも行かずじまい。
行ったのは、ダリ美術館だけ。
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TV塔 ベルリンといえば、これ。そっけなさが尋常じゃない。目立ってるけど、ほっといてって自己主張しまくてるみたい。
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たしか国会議事堂の内部
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多分国会議事堂の内部
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間違いなく国会議事堂の外部
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なんだっけな?
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深夜のバス停
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ソーセージにカレー粉をまぶしただけって言う、ドイツ名物のカリーヴルスト
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うまいっちゃうまいけど、ただのソーセージ。ドイツって料理に関しては、あんまりアグレッシブじゃない気がする。ピザとかケバブとかが一般的だったりするし。


なんだっけな。
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さすが、ベルリン。日本食が豊富にあるアジア食材店もありました。
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柿の種とのりたまとお醤油とか買わせて頂きました。



ということで、ベルリンの写真もこんなもん。


まだ8月だったっていうのに随分と寒かった。もう10月とか11月ぐらい。

ダウンジャケット着てる人も居るぐらい。

こんな寒いところに住んでしまうと、こぞって南欧のリゾート地に繰り出す理由も分かります。

何しろ寒い。

結局、ドイツはベルリンだけだったんだけど、他の都市もぜひぜひ行ってみたい。

ドイツは全然住めるし、1,2年ぐらい住んでみたい。



そういえば、壁を壊してきたってタイトルにしておきながら壁の写真すら貼ってないことに気づいた。

崩壊させた後の壁
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壁の横 ガムだらけ。
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誰も信じないだろうし、僕ですら信じてないけど、壁を崩壊させたのは僕です。

Everything's gonna be all right

2010年09月13日 18:11

プラハなんですけどね、



いやぁ、ここのクォリティの高さははんぱないっす。



みんな(って誰か知らないけど)チェコチェコ言う理由が分かります。
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そもそもプラハなんだかプラグエなんだかプラガなんだか。
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ニホンなんだかジャパンなんだかジャポネなんだかハポンなんだかリーベンなんだかイルボンなんだか

この人、怒ってるわけじゃなくて、歌ってるんです。
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見たこと無いメーカー
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そんなプラハなんですけど、結構ずっと天気悪かったりして、どんよりとした空気が漂ってたんだけど、
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なんとなくそれはそれでプラハらしいのかなって感じがする。鉄のカーテンの東側ってのは、
どこもかしこもそいういう時代の匂いがまだ少しだけ抜けきらずに残ってて、天候とともに
そういう香りがひっそりと漂ってくる感じがする。
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でも最終日だけは、お蔭様で晴れてくれたので、
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晴れのプラハも、やっぱり気持ちがいいなと。
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聖ヴィート大聖堂。パリのノートルダム大聖堂を髣髴とさせる巨大さ。
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そして内部はステンドグラスに太陽光が差し込んで、鮮やか
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旧市街の屋根屋根屋根
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プラハの地下鉄、結構深い。
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ただただ土下座して、お金を乞う若者。ただえらそうに座って、手を差し向けてるよりよっぽど効果がありそうだなと思ってたら、このすぐ後、この人は、ピザを一切れ受け取ることに。
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適当に貼り付けて、大して解説も相変わらず無いけど、そういうことでプラハは見所十分たくさんあるし、
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夜だって、街の至るとこでコンサートが繰り広げられてたり、中華料理店がいたるとこにあって、お手軽価格で食べれたり、ビールも安かったり、

とりあえず中欧に時間がないけど、行きたいって人は、チェコ行っとけば、いいんじゃないかと思いますよ。

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この国も、この町も期待を裏切らないところだなと。
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世界中の大手メーカーが、チェコに工場を作った理由は、
チェコ人が手先が器用かもしれないとかって適当な理由作って、
実はビールが安いから、出張に最適だなという事で、
いけいけどんどんで皆工場作っちゃったんじゃないかと思ったりもするわけです。
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この記事見たところで、プラハのどこに行けばいいのかさっぱり分からないけど、
そんな事プラハに行けば、きっと分かります。

プラハ、国立美術館ヴェレツジニー宮殿館へ

2010年09月12日 19:16

そして、再びプラハに戻った。バスで3時間。チェスキークルムロフからプラハへの道のりの車窓は、

丘陵地帯に田園風景が続いて、どこか美瑛の丘を思わせた。

学生でもないのに、みんなStudent Agencyってバス会社使ってる。安いし、割と快適。

バス内でWifiも使えるし。

www.studentagency.cz

プラハに関しては、プラハの春って出来事以外何も知らなくて、いろいろ調べたら美術館が面白そうだったから行ってみた。

ヴェレツジニー宮殿館へ。

メトロのZastvaka駅から北西方面に5分ほど歩いたら、辿り着くなんだか巨大で空虚な建物。


すっごく広いんですよ。まともに見たら絶対に3時間以上必要だと思われます。

そして、期待しないで行くと、裏切られずになかなか素敵な絵画をたくさん見ることが出来ます。

チェコ出身の画家や、世界の著名な画家の作品、そして最近の現代美術なんかも展示されてて面白いはず。

最後の晩餐
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モネ 「Orchard in Bloom」
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セザンヌ「フルーツ」
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ルノワール「Lover」
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ゴーギャン「こんにちわ」
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ゴッホ「Green Corn」
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そして、ピカソがたくさん
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ピカソ
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ピカソ「Woman in Armchair」って題なんだけど、どこにウーマンが?どこにアームチェアーが?って
めっちゃ悩んだ。
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ルソー「私自身、肖像=風景」
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犬神家の一族?
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知らん。
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知らん。
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そしてチェコ出身の画家クプカの作品が大量に展示されてる。
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バラエティに富んでて、一つ一つが想像力にあふれてて、見てて楽しかった。
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閉館間際で時間なかったけど。
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そして、最後にクリムトの「Virgin」
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って事で割りと有名な作品なんかもあって、国立美術館ヴィレツジニー(ベレツジニー)宮殿館

プラハで3日あるなら、2日目の午後か3日目に行ってみてもいいのでは?



世界で一番美しい町

2010年09月11日 19:08

リスボンに居るときに、一週間後のベルギー発カーボベルデ行のチケットを買ってしまったために、

そこから急ピッチでの移動が開始された。

空港でいちゃつく若すぎるカップルというか、実はただの兄妹。
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リスボンから飛行機に乗ってマドリードで乗り換え、再び鉄のカーテンを越えて、チェコ共和国へ。

プラハに着いて、そのままチェスキー・クルムロフへ。

とりあえず予約しておいた宿にチェックインして、荷物を置く。


すると隣のベッドにこんなものが。
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明らかに地球の歩き方なんだけど、欧の字だけがどうやら違う。

誰もいなかったので、中をぺらぺらをのぞいてみると完全に中国語。

ダイヤモンド社が中国語バージョンを発行したなんて話一切聞いたこと無いので、

これは完全にパクリ。ちょっとひどすぎる。韓国語版でもデザイン真似してるのあるんだよね。

ガイドブックの表紙ぐらい、パクらずに作れんのか?


それはともかく、このチェスキークルムロフ。

夜に到着したので、町の全貌は全然明らかじゃなかったけど、バスターミナルから宿までの道のりを

歩いただけでも、この町の良さがひしひしと伝わってくる。
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そして、翌朝散歩開始。
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まず、この町自体とても小さいから、歩き回ったって、半日どころか1,2時間もあれば十分。サイズ的には。
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なんだけど、小ささゆえにその小さな体全体で中世の香りを全力で現してくれてて、実に気持ちがいい。
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中欧、東欧を回っていると、大体見所は旧市街だったりして、それをたくさん見てると、
正直飽きてくる。凄いんだけど、こないだと同じやん。みたいな。

だけど、このチェスキークルムロフはそんな旧市街に飽きてしまった僕の目すら感動を覚えさせてくれた。
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こういうお土産なんかも実にオリジナリティあって、飽きないんですよ。
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本当に童話の国に居るような雰囲気。
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塔の上から町を眺めてみる。
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彼らのラッパの音色が結構遠くまで響き渡っていて、その曲がまた町に実にフィットする音色。
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そういうことで、チェスキークルムロフはこの欧州の数々の世界遺産や旧市街の中でもイチオシです。
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他の国の旧市街行っても、もちろん見た感じは違うだろうけど香りというか、
路線が一緒なので、無理していかなくても、とりあえず時間が無ければチェスキークルムロフに来ておけば
いいんじゃないんか?と思ったわけです。
何しろビールが安くて、うまいのです。そして、こんな景色が見られる場所で飲むビールはまた格別。
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ということで、時間内けどヨーロッパに行きたいんです。っていう人はチェスキークルムロフへ。
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プラハからバスで3時間。確か6ユーロ強ぐらい。

もう少しだけリスボン

2010年09月11日 00:38

リスボンの写真がまだまだあったので、とりあえずこうやって並べてみたんだけど、

いかんせん書くことが思い当たらない。

なにしろリスボンに居る間、居心地が良い割には宿泊客が少なかった宿で、

毎日だらだらしてて、観光も大してしてない。

そこまでして、なんでリスボンに居たかと言うと、
DSC_3440.jpg(ペドロ4世広場)

この先で行く予定のカーボベルデのビザ待ちをしてたから。
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日本レストラン ヤクザって、日本でこの名前で出すの、相当なリスクが要るような・・。
それにしても、ヤクザって単語は海外でだいぶ名を馳せております。
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リスボンの坂道登る路面電車
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リスボンの坂道登る路面電車2
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物干し。
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イスラムの女性。ブルカで髪の毛隠しときながら、微妙に透けてたり、それが余計に艶っぽい。
イスラムの本来の目的とは逆効果。そして、多分確信犯。
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リスボン
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リスボン
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この泡立ち!?
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このポルトガル特有のどの家や建物にもある壁のタイルなんだけど、どこかモスクの装飾に似てる。
というかかなり似てる。
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ってなわけで、リスボンでカーボベルデビザが取れたのは24日。

本当は25日のトマティーナに行きたかったんだけど、どうやら物理的に行くのが難しくなりまして、

何を思ったか、スペインの格安航空会社 Vueling航空を使いまして、チェコのプラハへと飛ぶことに。。


リスボン安宿情報

そもそもリスボンには安くて、綺麗で新しい快適な宿がたくさんあるので、適当にネットで探せば見つかるとは思います。

Rituals Backpackers Lisbon Hostel
料金:月~金 16ユーロ 土日 18ユーロ
場所:Rua de São Paulo Nº111 2nd floor
地下鉄Metro Cais do Sodre から徒歩5分

何しろキッチンが充実していて、コーヒー、紅茶は無料。Wifi無料。
とても綺麗で、スタイリッシュな内装です。



税金を払うな。

2010年09月09日 19:31

リスボンにはビザの関係で6日間も滞在することになった。


実際、魅力的な都市ではあるものの、同じ宿に泊まってた

割とシャイで食器洗いが物凄く丁寧なドイツ人の女の子も言うように

「私、六日間もここで何したらいいのよ?」

という事で、さすがに六日間は少し暇をもてあます。



と言うか世界中で一週間いて暇を持て余さない場所って、


大国の首都ぐらいじゃなかろうか。東京、ニューヨーク、パリ。


それか暇を持て余すために行くようなリゾートとか?


とりあえずこの壁のイメージが、ポルトガルっぽい。
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これはフランシスコ・ザビエルさんが日本に訪問して、馬に乗った日本人に
「あの、恐れ入りますがトイレはどこに?」って尋ねてる様子
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・・・・・。
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なんか目がさぁ・・・。それに手もさぁ・・。
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世界遺産 ベレンの塔
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ただの壁。この色彩がポルトガルっぽい。
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世界遺産ジェロニモス修道院の中の十字架
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あっさり写真一枚と一行の記事で世界遺産についての紹介を終えてしまって、
果たしてこれでいいんだろうか?と。

もう少し一つ一つの遺産を大切にするべきなんじゃなかろうかと、

いつもいつも雑に書いた後、少し悩む。

何しろ、僕はこんなに簡単にここに来て雑に見てしまったけど、

もしかしたら、ここに来たくて来たくてたまらないけど、来れない人がいたとしたら、

物凄く申し訳ないじゃないかと。

まぁ、でも仕方がないのです。心の赴くままに。


ジェロニモス修道院のそばの現代美術館へ。

互いを信じろ。税金を払うな!
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現代美術館内のドラムをたたく少年。
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こういう作品。
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こんな作品。
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そして、これも作品。
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さらには、これも作品。
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そして、これは売り物。日本人形がこんなにコミカルに不気味さを少しだけ残しつつ、ポルトガルで絶賛販売中。
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発見のモニュメント。大航海時代を記念した記念碑。先頭にいらっしゃるのはエンリケ王子。DSC_3398.jpg


ユーラシア大陸横断終了!

2010年09月09日 00:02

ユーラシア大陸横断!





そして、マドリードからバスでリスボンへ。


ここに来ない事には、僕の旅は完結しない。


別に、ポルトガルの音楽に興味があるとか、料理が食べたいとか、修道院が見たいとかそんな動機はあまりない。、

全ては、ユーラシア大陸最西端ロカ岬のため。相変わらず東西南北の端にはこだわりたい。







そんなわけでリスボン。


リスボンで宿泊した宿に面した通りからの眺めがどこか懐かしかった。


狭い通りに5階建てぐらいの建物が隙間無く立ち並ぶ。

少しだけアジアの雰囲気がするこの感じ。
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旅を始めて間もない昨年の4月に行った元ポルトガルの植民地マカオに、

この通りの雰囲気がとても似ていた。



ポルトガル人は、わざわざここからユーラシア大陸のはじっこまで行って、自分達の街に似せた街を作ったわけだ。




植民地時代の列強が世界にもたらした影響って、いまだに全然消え去っていなくて、多分この先もずーっと残っていくんだろうな。

アフリカを旅して、それが物凄くよく分かった。

アフリカの国々は、むしろどれだけ長く宗主国でいてくれたかによって、国の発展ぷりが違う。

おかげで、最近独立した国ほど発展している。そして、わずかに4年だけしか支配されなかったエチオピアの貧窮っぷりは、なかなかひどいというか、

同じ時代に生きている人間とは思いがたかった。




ま、それはおいといて、気を引き締めてユーラシア大陸最西端を目指した。



なにしろユーラシア大陸横断を果たすわけだから、気の一つや二つ引き締めないで、銭湯にでも行くような気分で最果てに着いちゃったら、


これまで費やした自分の膨大な時間と金が可哀想過ぎる。




電車で一時間、カスカイスという綺麗なビーチがあって、にぎわっている町まで行き、そこからさらにバスに乗って数十分。
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道なりに進んでいたバスが、大きな通りを曲がると、いかにもこれから岬に向かいますといったワインディングロードが始まる。


そして、10分ほどすると灯台が見え、心の準備が出来ないまま着いてしまった。



車って、いつもいつも思いのほか早かったり、遅かったり。

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岬は晴れていた。そしていつもどおり強い風が吹いていた。


代わり映えのしない岬だった。


岬から見えるのは、いつもいつも海ばかり。
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ユーラシア大陸に関しては1年かけて辿り着いたことになる。

ヨーロッパに入ってから、あまりに簡単に快適に来てしまったので、心の底から湧き上がる達成感みたいなものは、残念ながらあまり感じなかったけれど、それでもこの時間の長さを痛感した。
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何しろもう1年と5ヶ月も放浪している。これまでの事を思い返し、日本が恋しくなって、

このずっと先にある巨大なアメリカ大陸が少し邪魔に感じた。何しろアメリカ大陸が無ければ、日本に帰れるんだから。
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世界一周って言ったって、飛行機でトータル30時間ぐらい乗って、2回ぐらい乗り換えれば地球は一周できるわけで、

どうせなら、飛行機使っても一週間ぐらいかけないと回れないぐらい大きいほうが、世界一周のし甲斐があるよなって思った事もあるけど、

これぐらいで十分だな。




とにかくその岬に座りながら、色々と物思いにふけっていた。
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帰り際にシントラという町に寄った。



一応ここも世界遺産なわけで、バスに乗ってずいぶん高いところまで上って、ずいぶん高い入場料を払って、宮殿なんかにも入ってみたわけだけど、
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ユーラシア大陸横断を終えた僕にとって、あまりになんてこと無さ過ぎて、あまりにやる気が無さ過ぎて、本当申し訳ないぐらいに、素通り観光をしてしまった。

すみません、シントラさん。
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誰かこの人たちの全作品総額を教えて下さい。

2010年09月07日 20:33



そして、マドリード最大の見所のひとつ。


ソフィア王妃センター。ヨーロッパの数々の美術館を巡り、芸術に目覚めかけてるんだかどうだかしらないけど、

とにかくピカソが豊富だし、かの有名なアレがあるって事で行って来た。

ここのメインは、パブロ・ピカソとサルバドール・ダリ。それとミロ。




それらが豊富に展示されている。しかも学割で無料。



入場早々、この美術館一番の目玉に直行。



それが、これ
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ゲルニカ

ナチスのスペインの都市ゲルニカ無差別空爆を絵にしたものなんですね。


この広間に入って、目にした瞬間軽く鳥肌を覚えた。

その空爆の惨劇が一瞬頭の中で勝手に再生されてくるような感覚。



そのほかにもここには、
ピカソ
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ダリ
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ピカソ
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ダリ
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ダリ
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ピカソ
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そしてミロ
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ってな感じで、ピカソ、ダリ好きにはたっぷり楽しめる美術館となっております。


そのほかにも現代美術館なんで、相変わらずの理解に苦しむと言うか、理解することを放棄せざるを得ない最近の
現代美術やら何やらたくさんあります。







個人的にいまいち何が凄いのか理解出来ない印象派とかより、この人たちの


何描いてるのか理解するのに恐ろしく時間がかかるけど、想像力の塊の作品達の方が、見ていて興味深い。



それにしても、ピカソとか物凄い大量の作品を書いてて、どれもこれも時価何億とか言いはりますけど、

全部あわせたら、いくらになるんですか?

ジンバブエドル以上のインフレっぷりじゃないですか。



水道橋と白雪姫

2010年09月07日 04:24


マドリードが一向にこの街を見てくれ!っていうアピールをしてこない。

今日しかないのに、その日が雨だったり、行きたい場所が休館日だったりして、

しかも目的地に辿り着いたときにそれを気づいた時の、絶望っぷりはひどい。

なにしろ途方に暮れる。




絶望してても仕方がないので、脳みそフル回転させてマドリードから1時間半ぐらいでいけるらしいセゴビアという街に行くことにした。

午後から。




ローマ時代以前から歴史のある街で、ローマ時代に作られた巨大な水道橋がとにもかくにも圧巻。
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これを2000年前に作ったと言うんだから、当時のイタリア人達は本当に凄かったな。
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ヨーロッパの国々は、大体どの国も一度は一世風靡して、ヨーロッパや世界中を席巻する時代があって、今はすっかり下火になってしまった国なんかもちらほら。


歴史は繰り返す。





セゴビアの大聖堂
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シュールなテーシャツ
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ちっちゃい教会
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そして、街を道なりにずーっと進んでいくと、ちょっと斬新なデザインのお城登場。

アルカサル。
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これがディズニーの「白雪姫」のお城のモデルになったらしいんだけれど、


そんな事パンフレットにも書いてないし



お城の前のみやげ物売りが毒りんごのひとつも売ってるわけでもないので、

本当に、モデルになったかどうかというと、ちょっと謎だけど、

そういえば、こんなだったかななんて気もする。



実際は、フェリペ2世だか3世だかの居城だったらしくて、

ベルサイユ宮殿並に内装には趣向が凝らされていた。
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城から望めるセビリアを囲む広陵地帯は、いかにもスペインらしい雰囲気。

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そんなセゴビアでした。



白雪姫がうっかり城内にいたら、うっかりどくりんごでも食べさせてあげようかと思ったんだけど、


残念ながら白雪姫もいなけりゃ、王子様もいないし、毒りんごも売ってなかった。

マドリードでミッキー恐怖症

2010年09月06日 01:07

バルセロナでガウディと闘牛を足早にやっつけて、次の町はスペインの首都マドリード。



着いた初日に町を歩いて、いかにもここが街の中心ですよと言わんばかりのソル駅の広場に行くと、

耳と鼻がひん曲がったミッキーを見て、ミッキー恐怖症になって、
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ちょっとした公共の休憩所みたいなスペースにペダル空漕ぎ用具を見つけて、無駄に漕いで、
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するとやることがなくなったから、仕方なく王宮だとか何とかマドリード見所らしきところを見て周り、

ついでに夕陽を見たわけだけど、観光案内所でもらった日本語の資料に「日本の哀愁のある日没とは違って、マドリードの日没は、沈みたくない、沈みたくないって言いながら沈んでるようだ」って
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書いてあって、確かに最後の最後の粘り気のある沈み方は、ちょっと日本とは違うかなと思った。日本の夕陽なんて、もう1年と4ヶ月半も見てない。。。


帰り際に大量のパンが捨ててあった。
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単純に勿体無いなと思った。日本人って勿体無いって意識がありながらも、過剰な品質管理のおかげで、物凄い大量の食料を廃棄してんだよね。
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再びソル駅に戻ると、明らかに日本人っぽいおじさんが、自転車を輪行状態から組み立てていて、

どこ行くのかなと思って、声をかけてみたら、スペイン版お遍路さんのなんちゃら巡礼を終えたところらしく、

しかも会社休みに来ているとかで、じゃあ、いつか僕もやってみるかなみたいな気分になり、

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そうして、宿に戻りました。


ヤガミホステル 一泊19ユーロ。

キッチン付、漫画付、Wifi付き、情報ノート有。米、卵無料。
1時消灯。
ガイドブック、小説の販売有。でも全部頑丈にテープで止められてるから、買わないと中が見れない。

1時で強制的にほぼ寝なくちゃいけません。ちょっと腑に落ちません。
チェックアウトの11時までに宿を出ないと、1分1ユーロ取られます。
荷物を11時以降置かせてもらうだけでも、1ユーロです。
11時以降居させてもらうためには、7ユーロです。
それと、宿に直行するんじゃなくて、駅まで行って電話して迎えに来てもらいます。
それもちょっと面倒です。それまでは住所不明なので。
ご飯がついてくるのかと思いきや、ただお米が支給されるだけですので、自分でお鍋で炊かねばなりません。

と文句たれてみたけど、久しぶりに日本人しかいない宿に行くと落ち着きます。













のぼりべついきたい。ざつでごめんなさい。







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