最新記事

スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

宗教戦争で受けた被害と1000円マックと2500円弁当

2010年08月31日 19:41

結局、クリストファーの家を追い出されて、ラッパーズヴィルという町のユースホステルで一泊し、

翌朝、チューリッヒへと向かった。


今まで、クリストファーに甘えてたおかげでお金を一切使わないで住んでいたけど、

ここにきて、スイスの現実を知る。


物価が高すぎる。



翌朝のマドリード行きのバスを予約して、チューリッヒ散策。




現代的な洗練された都市といくつかの中世からの教会が、チューリッヒ湖の湖畔沿いから広がっていて、


やっぱり、スイスともなると都市としての発展の仕方が、ほかの中欧、東欧とは一味違うなって感じた。


過去を尊重しつつ、21世紀を自覚して、成長していってるような街。




ま、そんな街で僕は空腹とスペインの宿探しとかもあって、マクドナルドに行った。


そこで驚愕のプライス。



ビッグマックセット、Mサイズ。1040円(12.5スイスフラン)



ありえんとですよ。このたびで1000円を超える食事なんて、数えるほどしかしてないのに。


中国の成都で1400円も出したら、超高級中華料理が食べれたのに。


1000円出して、だかだかマックセットって、何事ですか。






それはおいといて、そのマクドナルドでこの数日間で撮った写真を見返していた。





そして、どうも何枚かの写真がない事に気づく。多分10枚ぐらい。





昨日を思い返す。




そういえば、Dongが僕の写真を見たいって言って、この写真だけ消したいから消し方を教えてくれって言ってたな。




と言うことで、犯人確定。





消されたほとんどの写真は、クリストファーやドン、そして部屋が写された写真。


それと、僕がプールで独りではしゃいでる様子をクリストファーが撮った写真。



復元ソフトで、何枚かは取り戻せたんだけど、何枚かは修復不可能だった。




ちょっとこれはあり得なすぎる。人の写真を断りなく消すとか、言語道断すぎる。



家追い出された事とか、あり得ないなー、でもネタになるしとか思ってたぐらいだけど、


このたとえ人に殴られても、それでも起こらない温厚な僕でも、怒りを覚える。



メラメラメラメラ



だって、取り返しつかないでしょ、これ。軽く犯罪ですよ。



自分の信仰のためなら、人に迷惑かけても、なんでもないんですか?


プールの写真、良かったのに。ブログに公開しようと思ってたのに。




そもそも自分の写真ならまだしも、なんで俺写ってる写真消してるねん?



本当に訳が分からない。



神のためなら何してもいいんですか?





スイスで立派にスイス人レベルのモラルと常識を備えてくれればいいと思います。



そんな怒りを抑えるため、とにかくチューリッヒの町散歩。



Music HugってCDと楽器のお店が良かったな。包装されてない写真なら、勝手に試聴できたりして、

なぜか手に取ったCDがなぜか日本語限定版で、日本語解説付きだったりして物流ってのは面白いなって思った。

どういう流れでここまで来たんだろ。日本語限定版はたくさんありそうだけど、スイス限定版なんてないもんな。




そして、夜。


ヨーロッパは天気悪くても、夜景が綺麗だから、一日をあきらめないですむ。
DSC_2442swi.jpg

DSC_2448swi.jpg

スイスのプライベートバンク。スイスの銀行に振り込めってのは、このプライベートバンクの事ですね。
普通のスイスの銀行口座なら僕でも難なく作れそう。
DSC_2428swi.jpg


そしてスーパーマーケットで見つけたNAGOYAと呼ばれるおすしのお弁当。30フラン。約2500円
DSC_2482swi.jpg


日本のスーパーで、2500円もするお弁当売ってたら、何かの間違いじゃないかって目を疑う気がする。


夜で50%割引だけど、それでも1250円。それでも目を疑う気がする。




だめだ飢え死ぬ。






チューリッヒでの、一夜をマクドナルドと駅のベンチで過ごし、翌朝マドリードへと向かった。








スポンサーサイト

中国人との宗教戦争勃発

2010年08月30日 17:45

お断りしておきますが、僕は敬虔な仏教徒ではありません。日本人なんてみんなそうだと思うけど。

それにキリスト教に対して、悪意は一切抱いておりません。日本人なんてみんなそうだと思うけど。




そういうことで、クリストファーに御呼ばれした3日目までは平和だった。。。天国だった。




しかし、3日目の夕食時に僕が右腕につけていたチベットで買った数珠が火種となった。



クリストファーの奥さんの中国人Dongからの壮絶な・・・・



彼女は敬虔なプロテスタントのクリスチャンだ。




彼女は僕に問う。「あなたは仏教徒?」僕は「Yes」と答える。



そして「右腕のそれはどういう意味があるの?」と聞かれ、「これは108個あって、煩悩の数を示していて・・・」と回答。



D「それを宗教的な意味でつけているの?」


僕「そういう意味もあるけど、ほとんどアクセサリーとしてだよ。」



彼女は少しだけ困った顔で、理解できない様子だったけれど、


この日はそれ以上の会話には発展せずに終わり、違う方向へと話が進んだので、僕は敬愛なるクリストファーの家で平穏に過ごす。



そして翌朝、僕はずいぶんと素敵な夢を見ていたと思うんだけど、Dongに起こされる。「もう起きる時間よ。」


この日は、クリストファーは仕事で出かけていて、Dongと二人きりの朝。



特に早起きしてやる事もなかったんだけど、



とはいえ、こちらは泊まらせて頂いている身。とりあえず寝ぼけまなこで立ち上がり、トイレに行き、顔を洗い、食卓に座る。



Dは、PCを使って友人と会話をしていた。  ここまでは随分と普通の朝だったんだけれど、ここからが急変する。



Dは、急に僕の目の前に着席。


D「あなたと話をしなくちゃね。」彼女の右手にはHoly Bibleと書かれた本が一緒。



僕はブログの更新を試みていたんだけど、彼女は英語で話すもんだから、こちとら集中力を要し、それどころじゃなくなる。



D「あなたは仏教徒なのよね。でも、あなたはいまチャンスなの。キリスト教徒になるチャンスなの。」

突拍子もなく、勧誘が始まる。寝起きにいきなり改宗せよとおっしゃってきている。


僕「ちょ、ちょっと待って。何?いきなり。」


D「あのね、キリスト教徒になると、幸せになれるの。全てが正しいの。アジアの人たちは、皆バッドラックで、多くの問題を抱えているでしょ。中国も日本もチベットも。」


僕「確かに日本も問題はたくさんあるけど、それがアジアだけとは思わないけどね。ヨーロッパだって問題は抱えてるでしょ。」


D「そして皆、無信教だったり、仏教徒だったりするでしょ。確かにやさしいし、親切だったりするし、私は尊敬はする。でもね、彼らの背後には悪魔(デビル)がいるの。だから彼らは幸せになれない。
 私は、チベットを旅したことがあるけど彼らは皆貧しかった。そして奇妙な祈りのポーズをしてた。あれはクレイジーよね。結局、彼らの神であるダライラマは、皆をだましてるのよ。
彼だけ何でも持ってる。時計も車も何もかも。だけど、彼は何も出来ていない。だからチベット自治区の人々はみな貧しくて、私に物乞いをしてきた。I hate him.」

僕は、彼女のHateという言葉に驚く。彼女はダライラマ法王が憎いのだ。別に、彼の意見に同調しなくてもいいとは思うけど、Hateって言うのはどうかと?しかも、僕自身仏教徒って言ってるのに、それに対してHateっていうなんて、ずいぶんと失礼な話じゃないか?

僕「そんなことない。実際、彼は今チベットを統治していないから、チベットに住んでいる人々には何もサポート出来ないわけだし、ただ難民として逃れている人達には、住む場所を提供するなど、サポートをしているよ。」

D「彼は、人々を置いて逃げたの。何で中国軍と戦わなかったの。彼は神なんでしょ。何も出来てないじゃない。」

僕「当時の状況を知ってる?彼の住居に、彼を信仰する多くの人々に囲まれて、そのまま隠れていたら彼ら共々中国軍に砲撃されるしかなかったし、中国軍の要請に応じて、出向いたとしたら彼は殺されるかもしれなかった。彼にはチベット仏教を守る必要があった。それに彼は神じゃないよ。キリスト教の神とは、意味が違うし。」

Dは流れを無視して、次の話題へ進む。

D「もういいわ、チベットの事を言いたいんじゃないの。私はチベットを旅して多くの貧しい人を見た後、キリスト教に改宗した。私の両親は仏教徒で、私もそれまでは仏教徒だったけど、私の家はうまくいってなかった。
キリスト教のおじさんがいたんだけど、彼はうまくいってたの。
そして、分かったの。これだって。これが真実なんだって。唯一神エホバがこの世の中を作ったんだって。」

僕「それは、何を信じるかによるでしょ。それに宗教とうまくいってるとかいってないとかあんまり関係ないと思うけどな。エホバが世の中を作ったってのは、その聖書に書いてあるだけでしょ。聖書は誰が作ったの?」

D「聖書は、神が書いたのよ。伝道師に作らせたの。人間はただインクとペンで書いただけ。神の意思。そうやって聖書に書いてある。これを読めばすべて分かる。イエスキリストは100%正しいのよー。」

僕「・・・。でも他の宗教にも似たようなバイブルはあるよ。イスラム教にもユダヤ教にも仏教にも。だから何を信じるかって話でしょ。僕は、その本を決して否定しないし、受け入れられる。もちろん、他の宗教のバイブルも。」

D「でも、この聖書が真実なの。他の宗教の人々が親切だってのは分かってる。私は彼らの事が嫌いじゃない。でも彼らの背後にはデビルがいる。悪魔がいるのよ。たとえあなたがいい人でも、あなたの背後が問題なの。そうやってこの聖書に全部書いてあるのよ。」

もう聖書が全部正しいとか、イエスキリストが100%とか、別にそれを勝手に信じる分にはいいんだけれど、

それを人に押し付ける神経が理解出来ない。これじゃイスラム原理主義・・・


D「とにかくだからアジアの人たちはサンドなの。」


僕「サンド?砂?アジアの人たちは砂?」


いきなり意味不明になる・・・。



どうやら彼女は、SADって言いたかったらしい。英語の発音の問題で。






そして、朝からずっとそんな勧誘活動が続き、僕は断り続け、


昼食。


彼女はいつも作りすぎる。大変ありがたいんだけど、大量すぎる。



そして、昼食が終わる。




彼女は、勧誘の合間合間にパソコンで誰かとチャットをしていて、何してるんだろ?って思って、


ちらっとのぞいて見たら、どうやら中国人のキリスト教の友人と話してるっぽくて、


「やつの昼食が終わったわ。また説得を始めるわよ。」見たいな事が書いてあって。



あー、もう面倒くさいとか思ったけど、逃げ場もなく、彼女はまた僕の目の前に着席して話を始める。






「あのね、もしあなたがこのまま改宗を考えてくれないなら、私はあなたをこの家に置いておくわけにはいかないわ。」



え?なんで?またまた意味が分からない?宗教とこれともう何の関係が。。。



D「だって、聖書に書いてあるのよ。そうやって。」



僕「そんなん、初めて聞いた。どこに書いてあるの?キリスト教では、隣人を愛せって言ってるんじゃないの?」


D「そうよ。私の隣の家はイスラム教徒だけど、なかよくやってるわ。でもあなたは今、私の家にいるの。それが問題」

と言って、彼女が聖書の文面を探して、僕に見せてくる。


そこには難しい英単語で書いてあって、翻訳したら、




そこに書いてあったのは、


「邪悪なもの、嫌悪すべきものを自分の家にいれてはいけない」


見たいな事がかいてあった。



で、僕が「分かったよ。俺が邪悪なものって事なのね。はい、分かりましたよー。僕はデビルですよ。」と開き直ってみる。


彼女「そういうことじゃないの。あなたいい人よ。でも背後にいるものが問題なのよ。分かった、だから改宗する?」


僕「分かりました。僕はこの旅で本当に多くの人にお世話になってきた。イスラム教徒だって、僕が仏教徒と言おうが、関係なく家に泊めてくれる事を快く受け入れてくれたりしたよ。こんな事言われたの、始めてだ。改宗はしません。」

彼女は、うそぉ?みたいな顔をする。でも実際、宗教絡みでそんな事気にする人ってそうそういないってか、

彼女が本気でそんな事を言ってるのが僕にとっては信じられなかったわけで。


それでも、彼女はキリスト教の勧誘を続ける。延々と。


僕「僕だって、教会には行くし、高校はキリスト教の高校だったから、祈りだって覚えてるし、それなりには言われなくても知ってるよ。でもね、僕は改宗はしないの。そういうこと。」

D「とにかくプロテスタントのキリスト教だけが正しいの。だから西ヨーロッパ諸国はこうやって豊かなの。東欧はカトリックだったり、ドイツが戦争で問題を起こしたのは、彼らが真のキリスト教徒じゃなかったりしたわけで、とにかく真のキリスト教徒だけが救われるのよ」

僕「だから、そうやって信じてればいいんじゃない?でも、ほかの宗教の人達だって、幸福な人達はたくさんいるよ。現に僕は、キリスト教徒じゃないけど、こうやって旅が出来て十分幸せだ。日本人の多くは、幸せに暮らしていけてる。でも、彼らの大半はキリスト教徒じゃない。それにブータンは仏教国で、貧しくても世界で一番幸せな国のひとつだ。」

D「でも、日本だって問題あるわよ。中国にもたくさんの問題があるように。中国はものをコピーをする。そして日本も。ブータン人は貧しいわ。彼らは知らないだけなの。もし物質社会を知ってしまったら、どうなると思う?」

中国のコピーと日本のコピーってのは致命的に違うような気がするし。中国と日本が抱える問題も質が違う。

実際、彼女は中国しか見た事がなくて、それでアジアを判断している。

彼女は中国政府に対しては、良くは思っていないわけだけど、中国を見て、アジアを語ってもらっては困る。

僕「ブータン人は、確かにものを知らないかもしれない。だけど、それに何か問題がある?一生知らないで生きていたって、それで幸せなら何の問題もないじゃないか?第一、物の豊かであることで、不幸になる事だってたくさんある。僕は、彼らの生き方が羨ましい。第一ヨーロッパだって、たくさんの問題を抱えてるわけで。」



D「とにかくキリスト教徒だけが幸せになれるのよ。そうやって聖書に書いてあるの。アジアから来るものがデビルだって事も書いてあるの。全部書いてあるのよ。100%なのよ。あなたがそれを信じられないなら、悪いけど出て行ってもらうわ。」


僕「僕は、宗教も大切かもしれないけれど、もし僕があなたみたいなキリスト教徒になったとして、異教徒の友人やゲストを家に泊められないことになるんなら、絶対にそんな事はしたくない。そんなのまっぴらだ。僕が何を信じるかって、仏教うんぬんよりも、今まで僕が見てきたもの感じてきたもの、僕が何を考えるかを信じる。僕は僕を信じる。」


というもはや宗教というかそれ以前の会話だったような気がするんだけど、この時点で夕方5時。


彼女と話をしながら、ようやくブログの記事が書き終わり、彼女もどうやらあきらめた様子で、またパソコンに向かってチャットを始めた。


そして、その隙を見て、ちょっと散歩に行ってくるといって、マンションの部屋を出る。





部屋を出ると、ちょうどクリストファーが帰ってきたところで、ドアの外で彼に打ち明ける。




「残念だけど、この家を出て行かないといけないみたいなんだ。僕は、そんな事で改宗は出来ないよ。そもそも良く分からないけど。」



すると、クリストファーが、
「君の気持ちは良く分かるよ。彼女はちょっとおかしいんだ。でも、それについて何も言えないからね」


クリストファーも、新婚3ヶ月ぐらいずっと彼女と宗教について、ケンカばかりしてたらしい。


そりゃそうだな。熱心すぎる。もはや盲目としか言いようがない。



そして、僕がGlarusの街の1時間ぐらい、ずっと彼女との議論の事を考えながら散歩。
DSC_2414swi.jpg
小さくて自然が豊かなのに、あるものはある。自然と物質の豊かさを両立させたような素敵な街。
DSC_2410swi.jpg


散歩から帰ると、クリストファーから告白される。


多分、Dongから言うように言われたのだろう。


「残念だけど、君には出て行ってもらわないといけない。ここに近くの町のユースホステルの資料を用意した。今から来るまで1時間ぐらいで着くし、ここからならチューリッヒへのアクセスも便利だ」




えー。今ですか。分かってはいたけど、今なんですか。一日中、ずっと勧誘されてたせいで、今後の予定何にも決まってないんですけど。


って状況だったんだけど、隣でDongはムスーっとした顔で僕をにらみ付けてるし、クリストファーは僕の側に立って、彼女を説得する雰囲気でもないし、もうやむを得ない。


と思って、仕方なくそのユースホステルを予約し、ほかにもバスとか調べてたら、


Dongが「まだ?私、あなたを待ってるのよ。」



待ってくださいって言った覚えはないんだけど、


仕方なく5時半からパッキングをはじめ、クリストファーの車に連れられて、半ば連行って形で、


ユースホステルに連れてかれました。










なんつーか、あり得ないよなーと思った。仏教徒って分かった時点で、追い出すとか。




無慈悲。




それに彼女、中国の南京出身だったんですね。南京って、僕も虐殺記念館に行った事あるけど、

あそこで生まれたら、絶対に日本人を憎みながら育つんだろうな。って思った。

しかも、それを僕がどうこう言ったところで、油に火を注ぐようなもんだし、

彼女は「キリスト教になってから、南京とか関係なく日本人を許したわ」って言ってたけど、

会話の中で、何度も何度もそのセリフが出て、この人たぶん許してないなって思ったし、

正直、許すとか許さないとか、好きにしてくれたらいいし。





僕は旅に出て、よく宗教を聞かれて、特に何もないってのもいやだから便宜的に仏教徒って答えてたし、

それは大きな問題ではなかったんだけど、

チベット行って、ダラムサラでダライラマ法王にあって、たくさんのチベット難民に出会って、

ついでにブータンにも少しだけ行って、彼らの心の豊かさを見て、

それからは、もう少しちゃんと仏教徒って答えるようになった。



このたびで、仏教徒って答えたところで、このたびで2回だけいやな顔をされた。



それは今回、中国にいるときに同様にキリスト教徒だって中国人の女の子もいやな顔をしてた。

聞いたら、やっぱり仏教とは邪教だって言ってた。


こんな事言われたの、本当にこの2回だけ。



もっと色々と書きたいことはあるんだけど、ちょっと長すぎるので、まぁこういうことがありましたってことで。







天国。

2010年08月29日 19:26

パリから夜行バスに乗って10時間経つと、そこは天国だった。




天国ってのは、ちょっと言いすぎかな。




それにしてもこの旅にとって、あの3日間は楽園と呼ぶにふさわしかった。





昨年の4月、まだ旅だって間もない頃に出会ったスイス人のクリストファー。



彼はなかなかの親日家で、柔術をやってて黒帯だったり、家には日本刀なんかが飾ってある。

未だに連絡取っていて、ぜひスイスに来てよ。って事だったので、お言葉に甘えてお邪魔した。




彼が住むのは、チューリッヒから電車で1時間ほどにあるGlarusという小さくてのどかだけど、険しい山に囲まれた町。



そこに着くと、クリストファーと彼の中国人の奥さんのドンと僕と車に乗って、ロカルノへと向かった。


その道中寄った世界遺産:ベッリンツォーナ旧市街の3つの城と防壁・城壁群
DSC_2199swi.jpg
これはカステル・グランデ




ロカルノでは、彼はそこに別荘みたいに使えるマンションの一室を持っていた。



マンションからの眺め
DSC_2213swi.jpg





さらには屋上にプールがついていて、2日連続でほとんど独占状態で、遊ばせていただきました。



夕食は、マンションのベランダでバーベキュー。そして、食後にロカルノの町を散歩。
DSC_2229swi.jpg



ついでに、翌日は車で30分足らずで国境を越えて、イタリアへ。この旅、最初で最後のイタリア。





朝市みたいなのにつれてってもらった。

DSC_2242swi.jpg

DSC_2272swi.jpg

露天からボンジョールノが聞こえてきて、あーイタリアに来たんだなって事が実感できた。
DSC_2239swi.jpg


そしてものの1時間くらいで、イタリア出国。この旅の最短滞在記録更新。
次点はスロバキアのただバス通過かな。

その後、巨大なダムへ。高さ二百数十メートル。バンジージャンプも2万いくらで出来るらしいんだけど、
ビクトリアフォールズの倍。さすがに足がすくんだ。
DSC_2276swi.jpg


その後、山道をずんずん登って
DSC_2290swi.jpg

ハイジでもいそうな村へ。中世の村って感じで、近代的なものが一切排除され、
本当にのどかで雰囲気の良いとこだった。
DSC_2310swi.jpg

滝。
DSC_2321swi.jpg

遠めにクリストファーとドン。
DSC_2340sw.jpg

名前忘れたけど、自転車で下りたくて仕方が無い坂。
DSC_2369swi.jpg

ロカルノの町
DSC_2348swi.jpg

こういう光景がそこら中に当たり前にある。
DSC_2388swi.jpg

日本だって、無いことないけど、これだけ当然のようにどこもかしこも絶景が用意されていると、
羨ましくて仕方が無い。
DSC_2392swi.jpg

また自転車で来ようと思います。
DSC_2396swi.jpg


DSC_2401swi.jpg


ということで、本当に幸せな三日間。


毎晩、ベランダでバーベキューして、ビール飲んで、ワイン飲んで、極楽だったな。


それに、彼の家から車で30分足らずのとこに湖があって、湖畔沿いでマット広げて水着でごろごろ出来る環境があるとか、やっぱり最高すぎる。


とにかく三日目までは最高の日々だったのです。


スイスって物価が高すぎるおかげか、ありとあらゆるもののクォリティが物凄く高い。


これは日本劣ってるなって部分が色々と見えた気がする。


今まで、どの国行っても日本人で良かったってほぼ思ったけど、スイスばかりは、スイス人に生まれても良かったかもって思った。

彼ら、国内で4ヶ国語とか使用されてるせいか、英語は当たり前で、ドイツ語、フランス語、イタリア語を普通にこなす。クリストファーにいたっては、7ヶ国語をしゃべるらしい。

私、バイリンガルなんです。って言ったところで、その国じゃ、それがどうした?もっと勉強しなくちゃって言われる始末。
ほかのヨーロッパの国も同じだけど、自分の国の言語+英語が当たり前に喋れる人々。


そういうことで、天国にいるような三日間だったけど、



4日目に悲劇がやってきたのです。


いまさらバックパック盗難を振り返る

2010年08月28日 20:41

2009年12月のはじめ、僕はイランのイスファハーンに着いて早々、バックパックを丸ごと盗まれた。

もう半年以上も前の事で、それ以来僕は何事も無かったかのように元気にやっています。


僕が今やっている旅の形はいわゆるBackPackingで、今、僕はBackpackerということになる。


そういうことで、バックパックが盗まれたとき僕は、Backpacker - backpackでただのerになってしまった。


ただの人。




あの時はやっぱりとにかく困惑した。何しろ何にもなくなったんだから。ちょっとした絶望を味わった。


それでも、その街の安宿で出会った日本人とか韓国人の人達に色々助けてもらったり、気を紛らわすために一緒に観光したりして、

かなり助けられたと思う。本当に感謝したい。



幸い現金だとかカード類、貴重品はほとんど残っていたから、必需品を再調達出来れば旅は続けられたし、

何が起ころうと、ちゃんと世界一周という形で日本に帰りたかったから、その時、一度日本に帰ろうという気は全然起きなかったと思う。


何でいまさらこんな事書いてるかって、バスが全然来なくて退屈だから。




そして、こんな風に退屈なときにたまに思う。僕のあのバックパックはどこで何をやっているんだろう?と。


あの中身は、どこでどんな風に過ごしているんだろうと。


誰が盗んだんだか知る由もないけど、イラン人にとって、あのカバンと中身を売れば、少なくとも半年ぐらいは平気で暮らしていけるぐらいにはなったと思う。

何しろ一眼レフのカメラだとかパソコンだとかノースフェイスのゴアテックスのレインジャケットだとか、とにかく旅していく上で必要なものがほとんどその中に入ってたんだから、

結構な額になったはず。あの国で一番の高額紙幣が50,000リヤル。約5ドル。札束を手に入れることが出来たんじゃないかと思う。





もう、それを返してほしいとか、犯人は誰だとか、そんなことはとっくにどうでもいいんだけれど、一度でいいから手紙の1つぐらいくれないかな。


こんな風に。

拝啓 

その節は大変お世話になりました。

あなた様には大変ご迷惑をおかけしたと、アッラーに懺悔をする毎日です。

あなた様のカバンを拝借し、それとその中身を売却したお金で家内の病もお医者様に見て頂くことが出来、二人いる子供も学校に行かせる事が出来ました。

私も今では核廃棄物運搬という職にありつく事ができ、今後も家族を養っていくことが出来そうです。

そして、家族そろって笑顔で食卓を囲む毎日です。

本当にありがとうございました。そしてご迷惑をおかけしまして大変申し訳ございませんでした。


敬具


P.S ビザを取るのが大変難しいので当分無理かと存じますが、いつか日本にお邪魔したいと考えております。その時はさぞ恨みがございますでしょうから、蹴るなり殴るなり、私を好きにしてください。


ホメイニー





って。








アタック25で優勝しないと行けない場所へ

2010年08月27日 11:52

ぐだぐだ長く書いちゃったんで、面倒な人は、下の方の写真だけ見てください。

タイトルの通りだと思って調べたら今は「憧れのエーゲ海クルーズ・ペア10日間」なんですね。

ヨーロッパの初めにここ行っちゃってるんだけど、なんだか優勝した人に申し訳ないです。



もちろん、宿・飯の質は格段に違うのでしょうが。




それは置いといて、僕が日本に居たときアタック25の優勝商品は、


モンサンミッシェルだったんですよ。



そんなモンサンミッシェルに、パリから割と簡単に行けちゃうから、


こんな簡単に行ってしまっていいものだろうか?あんなに難問をこなして、優勝して初めて来れるというのに、

そんなどうしようもない畏敬の念を抱きつつ、心引き締めて行って来た。



需要あるかもしれないから、行き方。


まずは、パリのモンパルナス駅へ。

そこからTGVに乗ってレンヌ(Rennne)に行って、(片道50~55ユーロ)

レンヌ駅出て、左に行ったところにバスターミナルがあるので、そこのAだか1番だか乗り場から直行バスが出てます。(片道11ユーロ)

このサイトに全部書いてあった。しかも日本語付き。
http://www.destination-montsaintmichel.com/






こんな目つぶってでも行けそうな、簡単なみちのりのはずなのに。




どうやら神は僕に試練を与えた模様。望みもしないのに?





まずはレンヌ駅へと向かいました。



まずは、新幹線と世界最速の座を争い続けるTGVに乗車。



これがやっぱり想像どおり早かった。車窓が光のように流れていく。残念ながら、途中で富士山が見えるとかいうおまけはついてないんだけど、とにかく早くてあっという間にレンヌ到着。



夕方出発して、レンヌに到着したのは16時50分頃。



モンサンミッシェ行きのバスターミナルを探す。



なかなか見つからない。バスマークついてったら、ただの路線バス。




ということで、駅舎戻って、インフォーメーションでたずねる。


「まだむー、しるぶぷれー」って。


で、教えてもらった場所は、本当に駅からすぐ近くで、なんで分からなかったのか分からないぐらい近く。



そしてバスターミナルでモンサンミッシェル行き探す。 





ない。




聞く。




ここって言われる。




その前にチケット買えって言われる。





チケットオフィス行く。





今日は終わりって言われる。「明日の朝ね、坊や!」って。





いやいやいやいや。






それじゃ、あかんのですよ。





何しろ明日の午前中にパリ行きの電車のチケット取ってあるから、明日行ってる場合じゃないんですよ。






つっても、ないもんはないんだもんな。って仕方なく引き下がり、考えをめぐらせると、



モンサンミッシェルへの行き方はこれだけじゃないんだという事を思い出す。




レンヌからさらに北へと行ったサンマロからもバスが出てるってどっかに書いてたよなーって。


そっからのバスがあるのかどうか知らないけど、とりあえず近づこう。レンヌに居ても仕方ないし。




駅に戻ると、10分後ぐらいのサンマロ行きの列車があったので、切符を買い忘れたまま飛び乗る。(ちょっと確信犯気味)




そして、電車の中でPCに入ってるロンリープラネットのフランス版を読みながら、モンサンミッシェルへの行きかたと地図を急いで見る。




すると、サンマロよりDol De Bretagne(ブルターニュ)駅が、この路線でモンサンミッシェルから一番近い駅って事が分かったので、とにもかくにもそこで下車。


最悪、ここから20キロぐらいだから歩けるかなという無謀な判断をしたのですよ。



近づきゃ、何とかなるだろって。




その駅は、いかにも地方のがらんとした利用者の少なさそうなとこ。




で、そこの愛想の良い受付のブルターニュジェンヌに、モンサンミッシェルいけるかたずねる。






すると、やっぱり答えは  トゥモロー。






でもね、そこにおいてあるモンサンミッシェルパンフレットみたいなの見たら、まだバスあるっぽい。




多分、この姉ちゃん見逃してるな、それ。と思って、とにかくバス停の場所だけ聞いて、歩き始めた。





フランスの片田舎。




北海道の池田町ばりの片田舎。



でも、パリみたいに移民とか全然見なくて、みんなピュアなフランス人が住んでいるようなとこで、


街並みも綺麗で、滞在時間25分ぐらいだったけど、


あー、これはこれでフランスなんだなってのが実感出来た。パリとは違うフランス。


どこの国もやっぱり首都ってのは往々にして特別な存在。だから首都だけ見て、その国を判断すると誤診しかねないと思う。



日本だって、東京だけ見て判断されたら嫌だ。





そして、バスに乗って向かったのはモンサンミッシェルじゃなくて、Pontorson(ポントルソン)って街。



このバスは、モンサンミッシェル行きじゃなくて、そのそばを通過するだけ。




そして、ポントルソン下車。



発見。モンサンミッシェル行きバス。 



ほっとしました。ここまで来たら正直歩いても良かったかなとか思ったけど、あるもんは使わんとね。
mtsaint00228.jpg



そして、乗客2人しか乗ってないモンサンミッシェル行きのバスは、田舎道をずんずんと北へと向かう事、わずかに20分。




到着。






バスの車窓から、あのどこかで見た存在感たっぷりの壮麗とした修道院がちらっと見える。





それだけで、心が動かされる。散々見てても、やっぱり実物を目の前にすると、この自然と建造物のコントラストが最高にすばらしい。



で、これって修道院に近づいちゃうと、目の前に建物あるだけだから、この自然との一体感味わえなくなるから、

遠めに見たほうが、全然美しい。


ちょうど日没タイムだったから、とりあえず逆光狙いで太陽とは反対側の干潟へと行って見る。

いきなり滅茶苦茶トレビアン。
mtsaint00276.jpg

この修道院と空のコントラストいかがですか?
mtsaint00298.jpg

カメラの魚眼機能で遊んでみた。
mtsaint00009.jpg



そして、今度はぐるーっと修道院の反対側へ。


ここって干潟になってて、とりあえず修道院なくても夕日綺麗。さすが複合遺産だけある。
mtsaint00304.jpg

そして太陽を背に撮った3連発。でん。
mtsaint00016.jpg

でん。
mtsaint00326.jpg

でん。
mtsaint00338.jpg



そして、まだまだこれからモンサンミッシェルは見せてくれます。



ってか、どっから撮ってもとにかく綺麗に撮れるもんだから、楽しくて楽しくて。





そして日が沈むそうになる頃、写真でよく見る角度を探しつつ、バスで来た道路を少し戻る。

で、まだライトアップされる前。
mtsaint00018.jpg

モンサンミッシェルに隕石飛来。
mtsaint00385.jpg

そして、22時ごろにようやくライトアップされる。
mtsaint00017.jpg



この時間になると、気温が相当下がってきて結構さぶい。



それでも、またとないチャンスを逃したくないと、寒さに震えながら、

地面にカメラ固定させての夜景撮影。


この辺は、会心の出来かと。
mtsaint00433.jpg

mtsaint00441.jpg

もう11時過ぎ。この時間になると、相当寒くてシャッター押すのもしんどかった。



遠くの方から日本人の声もたくさん聞こえきて、さすが人気スポットだなと感じる。



もちろん皆ツアーですね。




そして、僕はというと23時過ぎの時点で宿なんて見つけてなかったんですね。





そう、宿はなし。




野宿です。




モンサンミッシェルを望みながら、2度まで対応のISUKAのAIR 280に包まれて、


野原の上で寝かせていただきました。



なかなか激しい寒さだったけど、寝袋の性能のおかげでそれなりの快眠を得ることが出来ました。











そして、翌朝。
mtsaint00471.jpg

おきると僕の周りを羊がえさをもとめて、うろうろうろうろしてました。


早朝ももちろん寒くて、朦朧としながら起きたんだけど、




なんだかとても爽やかで清清しい朝。



なんて贅沢な朝なんだ。 朝食が用意されてない事とシャワーを浴びれないことをのぞけば。






以上。人とはちょっと違う楽しみ方の1泊2日野宿で楽しむモンサンミッシェルへの旅いかがでしたか?



ここ来るなら、絶対晴れてる日のほうがいいし、夜景も見たほうが良いと思います。



パリの写真、乱れ撃ち。

2010年08月26日 10:00

パリいらした事ない人に、パリこんなとこですよぉって。

mtsaint00003.jpg

サンルイ島行ったら、撮影やってた。美男美女。超スタイルいい。多分、CMの撮影。
mtsaint00007.jpg


mtsaint00172.jpg


mtsaint00053.jpg

多分、これもCMかなんかの撮影
mtsaint00068.jpg


パリの上空、ひこうき雲だらけ。これ異常じゃない?
mtsaint00149.jpg

エジプトから持ってきたやつ。
mtsaint00155.jpg


ぱりねこ。
mtsaint00158.jpg

ゆびー。きゃー。  
mtsaint00200.jpg


パリ、やたらとメリーゴーランドがたくさんある。
mtsaint00204.jpg


すとりーとみゅーじっさんおじさん。
paris3054.jpg


漫画喫茶発見。
paris3265.jpg

なんちゃら公園。
paris3350.jpg


これもルーブル。
paris3399.jpg


ついでにベルサイユ宮殿。
paris3429.jpg

複製のナポレオン一世の戴冠式のやつ。
paris3491.jpg

遠近法。
paris3520.jpg

セーヌ川と南京錠
paris3773.jpg

モンマルトン近くの遊歩道
paris3812.jpg

以上、パリでした。
paris3571.jpg





パリ編終了。写真取りすぎて、身も蓋もなくなった。

とにかくパリって、一筋縄では行かない面白さがあると思う。

エッフェル塔と凱旋門とルーブル美術館見るだけじゃ分からない面白さが。

多分、魔法がかかってるせいで、誰の目にも見えない得たいの知れない何かが、

きっとパリの街を蠢き続けてるんじゃないかな。そんな気配がしたパリ。
mtsaint00218.jpg




さぁ、楽しい芸術の時間だ

2010年08月25日 20:52

待ちに待った水曜日。


18:30からルーブル美術館の入場料が値下げされて、6ユーロ。


フランスに来て、学生証の威力がほぼ皆無。こっちじゃ、EU在住の学生じゃないと意味ないんだって。


だから、学生でも何でも通常料金。


誰が言ったか世界三大美術館 ルーブル美術館

paris3803.jpg

夜のルーブルは、それだけで芸術。
paris3158.jpg


paris3155.jpg


ルーブル美術館入場。荷物チェックとチケット買うだけで結構待たされる。それでも割とすんなり行ったと思う。

ひどいとき、2,3時間待ちだって。

この美術館、滅茶苦茶広い。本当にもう途方もなく広い。

入り口に入った途端、地図を見ながら歩き始めても、太平洋の船出に出たようなもので、簡単に遭難しかける。



うろうろしながら、最初にたどり着いた有名な作品がこれ
paris3575.jpg
ミロのヴィーナス。いきなり登場したからスルーしかけた。この像って、これ単体じゃなくて、不足してる両手に何かがくっついてて、とにかく何かをしてるところの像だったんだって、元の予想図がこのスペースの日本語解説パネルに書いてあった。

すぐそばにあるのがこれ。ヘレニズム文化ギリシャ彫刻の傑作。
paris3592.jpg
サモトラケのニケ。いったいサモトラケってなんじゃ。ニケってなんじゃ。
サモトラケって島だって。勝利をあらわす女神ニケの像だと。カオナシ。


つづいてというか、この間にものすごい量の絵画を目にしてるんだけど、有名なやつはこれ。
paris3606.jpg
ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠   
これは知ってたんで、お!いたな。って感じで登場。
というか、この複製がヴェルサイユ宮殿にあって、ルーブル行った日の午前中にそれ見てきてたから、
そりゃ当然知ってるよね。その日の出来事だもの。


そして、ルーブル美術館の最大の目玉。
paris3620.jpg
それに群がる民衆達。









そう。モナリザ。
paris3616.jpg
しかしね、彼女と僕らの間には距離があるんですよ。物理的に。
だから、はっきりくっきりと彼女を拝むのがちょっと大変。
結局は画像で見たほうが早いんじゃね?って思ってしまった。何しろ画像で見ても、実物見てもまったく同じ絵。





そして、モナリザと向き合うようにしてあるのが、巨大なこれ
paris3627.jpg
「カナの婚礼」カナって人の結婚したわけじゃなくて、今のイスラエルにあるカナって場所で、
イエスキリストが最初に起こした奇跡が、この婚礼で水をワインに変えたっつう話で、
それを絵にしたもの。 中央に居るのがし、新郎新婦じゃなくて、イエスキリストで、新婦は右側の一番端っこにいるんだと。キリスト、完全にこの結婚式持ってっちゃってるじゃん。キリストいえども、主役奪っちゃ駄目でしょ。  っていうくだらない僕の意見。




じゃん。



続きまして、ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」
paris3644.jpg
これも完全に社会のフランス革命だかの説明のページで教科書に載ってたよな。と思い返す。その実物が目の前にあるってのは、貴重な体験だと思います、やっぱり。
で、左側のシルクハットのおじさんがドラクロワおじさん。

有名な作品は、まだあった気がするけど、とにかくこのほとんど無限に近い作品を見て回って、

とにかくへとへとになってきて、もう全部の絵がどれもこれも同じに見えてきて、

あれ?さっきここ来たよな?と新しい場所に来ても、変な錯覚に陥る。


これぐらいの作品の方がなんとなく癒される。
paris3652.jpg

これは癒されない。
paris3656.jpg


paris3695.jpg


paris3665.jpg

paris3667.jpg



そういうことで、続々と現れる刺客に僕は次々とやられっぱなしで、最終的にはルーブル美術館で野垂れ死に。
paris3691.jpg



ルーブル美術館行くときは、疲労ゼロ、体調万全で行かないと、心身ともに疲れてしまって、

野垂れ死にます。要注意。






幸い、警備員のおじさんにザオリクかけてもらって生き返ったんだけど、もう美術館はこりごり!


だったのに、たまたま第一日曜日にパリにいて、パリ中の美術館が無料になったから、


訪問したのは、オルセー美術館。元駅舎を美術館に改築。
paris3393.jpg


ここは写真取れなかったので、幸か不幸か写真ありません。内部の写真だけ。
paris3767.jpg


主に印象派といわれる作品が多くて、モネやらマネやらゴッホやらゴーギャンやらセザンヌやらルノワールやらロダンやら、どっかで名前だけ聞いたことのある作品がいっぱい。


絵心のまったく無い僕には、印象派がなんたるか結局分からず。



誰か芸術を疲れなしに楽しむ方法を教えてください。




ついでに最後にもう1つだけパリの現代美術館をご紹介します。

奇抜なデザインのポンピドゥーセンターにあります。
mtsaint00024.jpg



現代美術館ということで、20世紀以降の作品が展示されてる。

ピカソ!
mtsaint00101.jpg




シャガール!
mtsaint00105.jpg



以上。




ほかにもパリには、おびただしい数の美術館が存在してて、芸術の都パリと言われるだけあるわ。




今、思えばピカソ美術館とか行っとけばよかったな。




結局、芸術もやっぱり想像力の問題なんだと思います。














腐ってもパリ

2010年08月24日 11:09


パリの日が沈むのが、毎晩毎晩ずいぶんと遅いせいで宿に戻る時間は遅くなり、起きる時間も遅くなり、

そして、観光のために宿を出る時間も15時とか16時とかになってきていた。


まずは地下鉄とVeribっていう自転車レンタルシステムを使って、シテ島へと向かう。

16時に到着したノートルダム大聖堂。ゴシック建築の代表だって。
paris20205.jpg
街中にこんなにも壮大で、細部にまで手が行き届いた壮麗な教会がそびえ立っている。東欧で見てきた数々の教会とは一線を画す。さすが大聖堂。さすがパリ。


paris20214.jpg

中に入ると、この美しいステンドグラスが迎えてくれる。しかも入場料無料っていうのが、ありがたい。
paris20220.jpg

バラ窓のステンドグラス
paris20222.jpg


paris20235.jpg


真ん中の人、指2本立てて、「ちぃーっす」ってやってるみたい。
paris20242.jpg
ナポレオンがここで戴冠式をしたんですって。





paris20262.jpg

側面から見るノートルダム大聖堂。
paris20358.jpg
正面から見ただけじゃ、側面は側面で想像もつかないような姿をしていて圧倒される。


17時を過ぎても一向に日の沈む気配のないパリ。

リュクサンブール公園に訪れる。ここも無料。
paris20362.jpg

パリは1日で色んな顔を見せてくれる。簡単には飽きさせない。
paris20356.jpg
ここは市民の憩いの場みたいになっており、数多くのベンチやチェアが置かれ、広大な敷地内にたくさんの人たちがくつろいでた。 ってその写真ないけど、パリに住んだらたぶんここしょっちゅう来ると思う。
新宿御苑みたいな場所。新宿御苑も入場無料にしたらいいのに。


パリ来て、1度はカフェ行かないとなって思ってカフェ入ってみた。
ムッシュー、カフェシルブプレ。って。
paris20311.jpg




paris20396.jpg
帰り際に、再びエッフェル塔へ。 平和With エッフェル塔。


って事で、ブログ巻いていきたいのに折角撮った写真載せないと勿体無いから、

結局1日分で終わってしまった。


それにしてもやっぱりさすが西ヨーロッパ、さすがフランス。


東欧に比べて、クォリティが違う。こじんまりとした旧市街を歩き終えたら、「はい、これでおしまい」ってのとは全然わけが違う。

もちろん東欧だって、相応の歴史があるわけだけど、この街で起きてきた数々の世界を揺れ動かすような

それこそその時歴史が動いたの「その時」が幾度となく起こっているこの街は、2,3日の観光なんかで、何かが分かるわけも無く、多分何度来ても楽しませてくれるような気がする。

つっても、物価が高いから今回はフランス料理も食べてないし、オペラにもクラシックにも行ってないし、

それでも、とにかく僕としては凄く魅力的な街。もちろん人の感性にもよるんだろうけど。


フランス人が意外と親切じゃないとか、街が汚いとか、移民が多すぎるとかイメージが違いすぎて、

がっかりする人もたくさんいるみたいだけど、

このイメージどおりじゃないところが、僕としては凄くいい。


だってイメージどおりだったら、要は自分の想像力の範疇を超えてないってわけで、

それじゃ、心を突き動かすまでにはならないじゃないですか。





長いこと旅してて思うのは、なんでもかんでも想像力の問題だなって事。



とにかく違う地にいって、何が感動させてくれるかって、自分のイメージを超えてくれてる事。

思いもつかないような出来事が起こってくれないと困るんです。


何が起こるかわからないから旅だから。





パリ好きかも。

2010年08月23日 12:50

映画のイメージでパリに行くと、きっと期待を裏切られる。


何しろ黒人もアジア人も結構な数居て、どうしてフランス人はこの状況を受け入れていられるんだろうって、

疑問に思うぐらいだし、街を歩いてると道端にはごみが当たり前に落ちてたりして、

夢の街パリを期待して来ると、きっと残念な思いするんだろうな。



でも、ここはディズニーランドじゃないんだよね。



1年と4ヶ月アジアとアフリカを旅してきて、もう道が汚いのにも、黒人だらけなのにも、

慣れきってしまったので、そういうパリの汚い部分ってのは、むしろ自然だなって感じられる。

という事で、パリ散歩すると見所ありすぎて、写真もありすぎるので、ぽろぽろとこぼしておきます。

モンマルトンにあるムーランルージュ。パリ、目指すはモンマルトンのモンマルトン。
paris20005.jpg
あー、中入りたかったなー。いつかまた来るでしょ。パリなんて。I shall return.





モンマルトンにチベタンレストラン発見。
paris20010.jpg




埋っちゃった人。シュールだよね。
paris20033.jpg

サクレ・クール寺院の横顔
paris20037.jpg


カメラ向けたら、カメラ目線。チップあげないでごめんなさい。
paris20052.jpg


パリでチャリあったら鬼に金棒。あの街のサイズは自転車最適サイズ。
paris20095.jpg

サクレ・クール寺院の上に上がってみた。階段数百段。曇りってのが気に食わない。でもパリらしいからいいや。
paris20577.jpg

モンマルトンの丘を下って、ずーっと散歩してると見つけてしまった。日本の味。
paris20106.jpg
店内で働いてるのは中国人だったから、正直味は期待できないかなと思って、それでも頼んでしまった味噌ラーメン。


やばい。めっちゃうまい。この味は、日本と遜色ない。
paris20107.jpg
世界中に寿司が食べれるとこは、いくらでも見つけたけどラーメン屋って本当レア。
ここで行かないと、絶対後悔してたね。


Parisで最初に泊まってたのは Sabine House っていう韓国人経営の宿。
paris20182.jpg
25ユーロで、キムチ8種+メインの肉か何か+ご飯+汁の朝食と昼用サンドイッチ付き。
正直、一泊25ユーロってインドじゃ1週間余裕で泊まれる価格だけど、しゃあない。


無印良品発見!!入って値段確認したら、ほとんど日本の1.5倍から2倍はしてた。値札がそのまま日本の張ってあった。
paris20194.jpg


パリには異常に日本食レストランが多い。中国人経営だったり、日本人経営だったり、フランス人経営だったりするんだろうけど、それにしてもこれは異常。非常事態。日本食文化の受け入れられっぷりが半端ない。
paris20196.jpg
これは喜ぶべき事なんだろうけど、外でお寿司食べてるの見たら1人前8巻全部サーモンだった。

これはこれで異常。




こんなストリートミュージシャン、日本じゃまず見ないよね。とれびあーん。
paris20199.jpg




満月のエッフェル塔

2010年08月23日 05:45

パリの魔法 は何世紀もの間、この町を訪れる人々を魅了してきました。


パリ観光局の日本語での宣伝文句。


そんな魔法のかかったパリのシンボル 凱旋門とエッフェル塔の写真をとりあえずたくさん撮ってみた。

とりあえず記念写真。
paris000480.jpg

そして、エッフェル塔
paris000495.jpg
これと似たような写真がLonely Planet Europe Shoestring 2007の巻頭の写真にあるんだけど、
まったく同じ写真を撮ろうとすると、ひどい落書きがこの手の像にされてて、同じ構図で撮ったら
えらいことになった。


魔法かけてみた。
paris000002.jpg

こいつは何を考えているんだろう?
paris000515.jpg

ライトアップされたエッフェル塔。綺麗過ぎるもんだから、写真とりまくり。そして僕の周りにもいいカメラと三脚を構えた輩がぞろぞろ。
paris000581.jpg

こんな夜景が見えるとこでプロポーズすれば、成功率5割増しだと思った。
paris000603.jpg

そういうことで、この日は満月。ちょうどエッフェル塔の後ろを縫うように月は移動を続け、いい塩梅の場所に来たときに一枚。この写真、いまデスクトップの背景になってます。
paris000619.jpg

パリの夜景の綺麗さは、計算されてなければ、絶対に魔法だね。何かある。
paris000639.jpg

再び凱旋門に戻って、もう1枚。
paris000665.jpg


夏のヨーロッパって日が沈むのが尋常じゃなく、遅くて、本格的に暗くなったのは22時前。

22時ちょうどになると、エッフェル塔の無数にある電飾がきらきらと光り始める。

この様子、写真じゃ伝わらないけど、誰もが歓声を上げるような神秘的な時間が味わえるのでオススメ。








ツール・ド・フランス その後。

2010年08月22日 09:31

レースが終わった後、人ごみをわけてずんずんと表彰会場へと進んでいったんだけど、


やっぱりそこには柵がある上に、警備員までが広範囲にいて入れないようになってた。




で、諦めて会場を後にしようと、10秒ぐらい歩いたところで、警備手薄というか


ざるになって、柵もすでに誰かに分断されてるとこがあったので、しれーっと入ってみた。



しれーっと入ると、そこにはさっきまで目の前を走ってたレーサーが並んでる。

paris000293.jpg

さすがプロのメカニックに毎回整備されて、各メーカーが威信をかけて作られてるだけあって、
どのマシンもフレームは美しいし、もちろん各パーツなんかも最高級モデル。

一台一台がある意味芸術。F1マシンみたいなもんですよ。

めっちゃほしい。
paris000294.jpg

かっこいい。
paris000334.jpg

世界のシマノ!
paris000336.jpg


ってことで、会場うろうろしてると水玉のチャリ発見。
paris000344.jpg

ということで、彼が今大会の山岳王 アントニー・シャルトー
paris000352.jpg


さらに、うろうろして、カメラが群がってるとこに行くと、ついにボス登場!
paris000369.jpg

ランス・アームストロング。
癌から復帰し、1999年から2005年にかけて、ツールドフランス7連覇という偉業をやってのけた男。

ありとあらゆるスポーツ選手の中でも、彼は本当にトップクラスの人だと思う。

マイケルジョーダンとかマラドーナとかミハエルシューマッハとか。

本当にそんなレベル。


大学時代に、レースじゃないけど自転車で日本中旅してた僕としては、

彼のタフさやストイックさには本当に魅かれた。何しろ他を寄せ付けない7連覇。





そして、そんな偉人が目の前を通り過ぎる。




感動。




本当に来て良かった。




さらに、反対側から今回のチャンピオン コンタドール登場
paris000376.jpg


そして、ちょっとすると今度は、最後までコンタドールとマイヨジョーヌを争った総合2位で新人賞のアンディ・シュレク登場
paris000390.jpg





主要選手目白押し。



ところで、唯一の日本人の新城選手は?と思ったけど、見つからず。




最後にシャンゼリゼ大通を優勝したコンタドールを囲んで、チームアスタナのメンバーが並んで

走ってた姿が印象的
paris000394.jpg




そんなパリ。何気にあと10泊もする羽目に。

paris000418.jpg


シャンゼリゼ。
paris000459.jpg



世界三大スポーツ ツール・ド・フランス!

2010年08月21日 20:11

paris000005.jpg

ついにパリ!


くるりの「京都の大学生」という歌詞の

夢にまで見たフランス 凱旋門をくぐって 巴里
目指すはモンマルトル パリジャンと待ち合わせ


という部分が、何度も脳内でループされる。


そんな夢にまで見るようなフランス、パリ。



わくわくするよね。


日本じゃメジャーじゃないけど、一応言う人に言わせれば世界三大スポーツ ツール・ド・フランス
paris000017.jpg

ヨーロッパのスケジュールをここに合わせて移動してきたし、そのために南アフリカでのワールドカップも

少々心残りのまま飛んじゃったわけだし、陸路移動にこだわってるのに、結局バス移動じゃ間に合わなそうって事で、ポーランドから60ユーロかけて飛行機使っちゃって、そういうことで7月25日パリ。


パリの地理の事さっぱり分からないまま、とりあえず最後の周回コースになってるルーブル美術館そばの

歩道に13時前に陣取る。


そして、待つこと2時間。なにやら協賛各社によるパレードじみたものがスタート。

paris000020.jpg

paris000022.jpg

paris000037.jpg

沿道の大勢の人々とこのアリバイ的なパレードを楽しみつつ、ひたすら待ち続ける。
paris000048.jpg


それにしても一向に選手達が、来る気配が無い。パレードは14時半に始まり、30分で終息を迎える。



そして、いよいよ!



かと思いきや、そこからさらに1時間半、何が起こることもなくひたすら立って待ち続ける。






そして、16時40分。あたりが騒がしくなってようやく選手達がルーブル前の通りを左折して、




僕の待つ、通りに侵入してきた。




超テンションあがる。何しろ世界最高峰の自転車レース。



全然、選手の名前とか覚えられない上に、日本じゃケーブルテレビ契約しないと、全然見れなかったから

フジテレビでやってる英雄達の夏物語って番組観て満足してたわけで、とにかくそれが今、目の前で行われるんだから、そりゃテンションあがる。

paris000084.jpg

最終レースは、周回コースなんで選手達は、7度僕の前を通過する。

2周目。
paris000109.jpg

3周目。
paris000143.jpg


4周目
paris000160.jpg

黄色いのが、ほぼ優勝確定の同い年のアルベルト・コンタドール
paris000172.jpg

何周目だかカウント出来ん。
paris000220.jpg


paris000233.jpg

もっかいコンタドール。
paris000287.jpg




ちゃんと流し撮りのやり方、覚えてから来るんだったとちょっと反省。
上半身だけ、どっか飛んじゃってる。
paris000188.jpg

パリの人たちは、毎年毎年このレースをここで見れるんだと思うとうらやましすぎる。
札幌の雪祭りと交換してはくれないだろうか?
paris000168.jpg



残念なことに、ここはシャンゼリゼ大通りじゃないので、ゴールシーンは見れなくて、選手が7周し終えると、

すぐにこのゴールまで1キロのアーチは、しぼんでしまって、終了!
paris000290.jpg

選手が姿を現してから、アーチがしぼむまでの1時間、本当に楽しませてもらいました。


やっぱり、ツールド北海道とは迫力が違うな。みんな応援の仕方とか知ってるし、レベルが違う。。


ワールドカップをブルームフォンテンで観てから、約一ヶ月強。


世界最高峰の大会をこうして立て続けにみて、目肥えまくり。



それにしても本当に観れて良かった。



そして、この後ゴール会場となってる場所にずんずんと進んでみた。



つづく。

イエジ・ククチカの生まれた街

2010年08月20日 17:03

いったい、イエジ・ククチカって誰?


ポーランドのカトヴィツェ(Katowice)って街に、クラクフから電車で4時間かけて向かった。


なんで、こんな聞いた事も無いような街に向かったかというと、パリに行きたかったんです。
CSC_0004.jpg


しかも急いでた。結構。そして、バスより安い格安航空会社見つけちゃったので、ここまで来て見た。



この街の事何にも知らない上に、何にも期待してなかったおかげで、期待ゼロから始まる


夜の街は、まぁまぁ綺麗で、旧市街のありとあらゆるレストランで皆家族で食事をしてるもんだから、

まぁまぁ寂しい思いを僕に与えてくれた。
DSC_0050.jpg


ヨーロッパの町ってどこもかしこも外にテーブルセットが用意されてて、ほとんど誰もが外で食ってる。


これを日本でやったら蒸し暑くて、汗だらだらなんだろね。


誰もが外で食べてるせいで、料理とか見せ付けられちゃって、一人だし、そんな予算ないもんで、

なんだか凄く悔しい気分を味わう事多々あり。

そんな愚痴は置いといて、このイエジ・ククチカが生まれたカトヴィツェの夜の街をお楽しみあれ。
DSC_0034.jpg

聞いた事もない、こんな街にしれーっといかにも欧州の旧市街らしい趣深い町並みが当たり前のようにあるとこが凄い。もし日本にこんな町並みがしれーっとあったら、やっぱり観光客が押し寄せると思う。
DSC_0038.jpg


DSC_0049.jpg


DSC_0074.jpg

多分、ポーランドではそこそこ有名な人なのかも?みんな一緒に写真とってくださーいって群がってた。
僕の場合は、彼からサインあげるって言われても、荷物になるからいりませんって断るけど。誰か知らんし。
DSC_0029.jpg

火まわして、遊んでる人。
DSC_0053.jpg




ポーランドって、ドイツやらロシアやらにちょっかいだされまくってる国ってイメージで、

結局首都も行かなかったし、南の方をそろ~って動いただけだから、

大して何も分からなかったけど、全然、期待しないで行ったから、

物価安いし、街並みが綺麗で、

なかなか良い結果を残してくれたかな。





夏は、昼間暑くて、頭が痛くなってくるので、夜の街を楽しんだらええと思います。ええ。




そういうことで、イエジ・ククチカさんは史上2番目に8000メートル級の山を全制覇した人なんですね。

僕は、こういう人を凄く尊敬します。僕としては、高いところ全部制覇したみたいって気持ちだけはあるけど、

登山に関しては、一向に好きになれないので、実際にその夢を実現しちゃう人には頭が上がりません。ええ。





アウシュビッツでガス室送りにされた

2010年08月19日 17:59

クラコフからバスで1時間半。



60年前にどこのユダヤ人が、自分でお金を払ってまで強制収容所に行っただろうか?




60年経った今、人々はわざわざその場所へお金払って、大切な時間をかけて、行脚する。




時間というのは、ありとあらゆる形成を簡単に逆転させてしまう。





とりあえず、20世紀の One of the worst history だと思われるユダヤ人虐殺。




その凶器の沙汰が、大々的にこのヨーロッパで行われていたのは事実。


その現場の一つがアウシュビッツ強制収容所。

割と聞き取りやすい英語ガイドの声がヘッドフォンから聞こえ続けてくる中、

アウシュビッツ強制ガイドツアーが開始。これが入り口。
IMG_0779.jpg

北海道大学のポプラ並木っぽんだけど、この建物にたくさんの囚人さん達が寝泊りし、労働をしてたらしい。
IMG_0786.jpg

越えようとしたら、痛そうな鉄柵。
IMG_0806.jpg

死の壁。映画でも見たような気がするような気がしないでもないけど、とにかくここで数え切れない人々が
銃殺されたらしい。
IMG_0790.jpg

この日は結構な暑さ。

アウシュビッツって、もっとどんよりしてて、寒々しい、暗いイメージがあったのに、

晴天すぎて、日差しが強すぎて、強制ガイドツアーで、数多くの建物を回ってる間に、

どんどんどんどんと意識が朦朧と・・・


そして、意識が朦朧としたところで、


はい、皆さん汗かいたと思うので、こちらでシャワーを浴びてくださいねー。


と言われて、向かった先がこちら。
IMG_0811.jpg


シャワーだと思ったのに、中は真っ暗で天井に小さな穴が一つあるだけ。


しかも、部屋の奥のだだっぴろいコンクリートで囲まれたスペースには、凄く陰湿な雰囲気が漂っている。


陰湿で重くて、誰かが乗っかってるような。そして、なんとなく息苦しい。



いつまでたってもシャワーなんて来ずに待っていると、ドアが閉められ、中にいる人々は、


「なんだなんだ?」と困惑する。   What's happening?


そこで、細い管の穴からプシューっと何かが噴出す。



そして、人々は一気にばたばたと倒れ始める。



ついでに自分もあっという間に意識を失う。   




終わり。






当時、ガス室送りにされた人々はそんな感じだったんだろな。




無念。




アウシュビッツ第二収容所の3段ベッド。
IMG_0825.jpg

囚人運送用の線路。ここで終わり。
IMG_0832.jpg

とはいえ、ユダヤ人に対する同情を利用して、逆に弱いものいじめを始めてるユダヤ人達。
IMG_0836.jpg




どうどうめぐり。なう。





世界遺産クラクフ歴史地区

2010年08月18日 22:58

ブダペストから夜行バスでスロベニアをすっ飛ばして、ポーランドのクラクフにやってきた。


何気にここも世界遺産。ごろごろごろごろ転がっとる。


ごろごろごろごろ。


これをヨーロッパの歴史の重みと感じるべきだとはおもうんだけれど、


やっぱ、これほど乱発されるとちょっとインフレ気味で価値も駄々下がり。



まぁ、とはいえ観光。

なぜピアノ?
DSC_6568.jpg

やられてる像とか珍しい
DSC_6573.jpg

ぷしゅーーー。   きゃーーーー。
DSC_6586.jpg

時計塔だったかな。
DSC_6601.jpg

聖マリア教会
DSC_6583.jpg

聖マリア教会 内部
IMG_0761.jpg
写真とってたら、金くれって言われた。 知らなかったって行ったら許してくれた。



そういう事で、クラクフの町の写真貼ってコメント書いたら、一瞬で終わった。


世界史が全然頭に入ってこない僕にとって、こういう数々の歴史的旧都訪問というには、


まぁ、雰囲気は良くて、散歩してて気持ちいいっちゃいんだけど、
IMG_0767.jpg


街の進化を随分前にやめてしまって、古きよき町並みを残すことに必死になってる所が数多く、


結果的にはなんだかどこも似たように感じてしまう。残念なことに。





多分、今のヨーロッパ人は過去の悲惨な歴史の経験から省みて、


遺す事の大切さに気づいて、こうしてるのかなとか思うけど飽きないのかな。



とはいえ、駅前には大型ショッピングセンターがあったりして、大型家電ショップが3軒も入ってるような

結構大きいショッピングセンター。


そういう建物が結構すんなり違和感なく溶け込んでたりするので、日本の無計画すぎる都市設計は見習うべきなのでは? 

ってのは、常々思う。











罰金。

2010年08月18日 06:24

ブダペストにつきました。



ブダペストがブダ側とペスト側に分かれてるなんて知りませんでした。



自分の住んでる地名がブダってのも、ペストってのも何だか腑に落ちません。




そんなブダペスト。結構素敵な街でした。

でっかい教会
IMG_0730.jpg

王宮からの景色
IMG_0743.jpg

そんで、ブダペストに温泉があって、僕の泊まってたアンダンテって宿から4駅あるんですね。


ブダペストの地下鉄切符システムってやや面倒で、3駅まではショートチケットで、それ以上はノーマルチケットみたいになるわけで、僕はショートチケット持ってたんですね。


で、降りたのはいいんだけど、エスカレータずんずんあがってったところで、係員がムダに4人ぐらい立ってるんですね。


で。「チケット見せろ」って言われて。その区間をわずか1駅過ぎたチケット見せて。


「はい罰金。25ユーロ。」って言われるんですよ。


「いやいや。ちょっと待って。そんな事知らないし、どこに書いてあるの?払わんよ。」って確信犯ながらに、言ってみたんだけど、

「切符の裏に書いてあるやろ。」って英語の文章がしっかりと書いてあった。


「英語わかんなーい。」って言うけど、ムダらしく。


「払わんのなら、警察呼ぶぞ。」


「たった1駅だけじゃん。僕、ブダペスト3日しかいないんですよ。あなたのせいで、僕のブダペストの思い出が最悪になっちゃうよ。明日もう出てくの。許して」とねばってみる。



「わかった15ユーロ払え。」 お、ディスカウント成功。


それからさらに、ネゴって最終的には10ユーロで済みました。


ブダペストの温泉10ユーロ強するんで、2倍になちゃったわけです。




写真が一切無いけど、ブダペストの温泉はスーパー銭湯ばりに数種類の温泉とサウナ、


さらにはプールなんかが付いてて、一日中遊べます。



結構オススメ。




そこで、ケンタロ、ユカ夫妻とウガンダぶりに奇跡の正解を果たし、しかもオメデタってのが


その日に分かったらしく、宿のみんなでお祝いしました。サバ、イナリ、サバ、サバ、イナリ。
IMG_0754.jpg


南京虫とおくりびと

2010年08月16日 20:15

スプリトを22時に出たバスは、早朝5時にザグレブ到着。


夜行バス移動は、一泊浮いていいんだけど、ヨーロッパの場合距離が短くて、


こっちが深い眠りについてる時に、確実に起こしてくれる。


だから、いっつも朦朧としながらバスを下車する。




宿に着いたんだけど、早朝すぎて、入れてもらえない。夜行バスが早朝に着くと大体こういう目に合う。




そんなザグレブ、観光一瞬で終了。未だかつて無い瞬殺っぷりだった。
DSC_6538.jpg
DSC_6544.jpg
DSC_6546.jpg
DSC_6554.jpg

こういう自転車専用レーンが当たり前のようにある街。
DSC_6560.jpg



そんなザグレブの宿で、南京虫が出たんですよ。




ヨーロッパで、ありえへんって思ってたのに。




なんか痒いなと思って、目を覚まして、ベッドに明かりを照らすと、南京虫がのんきにベッドの上を貼ってるんですね。


もうそれを見た瞬間、そのベッドでは絶対寝たくなくて、バックパックもそこから遠のけて、


仕方なく、ベランダにシーツ引いて寝ましたよ。


寝る前に、外出て歩いてたら、酔っ払ったモンテネグロ人に絡まれて、


「なんで神風特攻隊は、ヘルメットをしたまま特攻したんだ?ヘルメットだって高いだろ。もったいない」


とか、言われて、


「きっと、それは彼らのユニフォームだからだよ。」って答えといた。特攻前に、撃たれたら元も子もないし。


こっちは、南京特攻隊に足刺されて寝れんのですよ。それどころじゃないんです。





翌朝、宿のスタッフに言ったら


「オーマイゴッド!!」とか言ってたけど、



オーマイゴッドじゃないですよ、あなたの神は何もしてくれないから、その前にさっさと殺虫剤持って、


部屋に行きなさいよ。って突っ込みたくなったわけだけど、


僕はもうチェックアウトしますし、



最後に、「アイムソーリー」って言われたんで、許します。慈悲心です。






そしてザグレブ2日目は、早速やること無さ過ぎて、

荷物を駅のコインロッカーに預け、またまたカジノでルーレットして遊んでました。


そのカジノの隣に、映画館がありまして、500円くらいで見れるもんだし、カジノで勝ったし、


暇つぶしに映画鑑賞。



見た映画は、「おくりびと」 


劇場公開されてから随分と経つと思うんだけど、結構な客入り。


アカデミー賞取ってるだけあるな。



僕は最初のシーンで、山崎勉が、お葬式の祭壇の前でチーンってやるの見て、


心がスーっと現れる気分になりました。


なんか、日本のそういう文化もとても美しいな。なんて。




そんなザグレブ。



















世界遺産:スプリトの歴史的建造物群

2010年08月15日 20:01


ヨーロッパってのは、その辺に世界遺産が転がってる。


転がりすぎて、どんどんとその有り難味も薄れてくる。


このスプリトの歴史的建造物群って世界遺産も、ドブロブニクからザグレブへの通りすがりに転がってたので、


数時間の滞在にて、街を見て回った。





なんつぅか、その、どっかで見た事のある街並み。


ヨーロッパに入って、色々と旧市街と名の付く街並みを歩いてまいりましたが、


予想通り、飽きが生じてる。



この街並みに慣れてる自分がいる。



もし、日本にこんな街が一つでもあれば、それはそれは年中観光客でごった返すだろうし、


現にこのスプリトって街だって、それなりに観光客でごった返してたし、


まぁ、見所としては十分なんだけど、いかんせん飽きてる。


DSC_6492.jpg




これが、長期旅行における最大のデメリットです。フレッシュさが欠け続け、老い続ける。

DSC_6505.jpg


とりあえず、写真だけは撮ったので適当に並べときます。

カオナシ。
DSC_6509.jpg

飽きたとはいえ、1700年もの歴史を持つ街。
DSC_6511.jpg


これ、ローマにありそう。
DSC_6514.jpg

白鶴、まる!
DSC_6516.jpg

海沿いには、カフェやレストランが並ぶ。
DSC_6523.jpg

ザグレブ行きの夜行バスを待ちながら・・
DSC_6536.jpg


こう写真を見返してみると、スプリトって街もそれなりに綺麗だったって事を思い出す。



何が問題だったって、このとき僕はずいぶんと疲れていたんだと思う。








落ち込むこともあるけれど、私この町が好きです。

2010年08月14日 21:20

前回の記事でドブロブニクの事、書こうと思ってたのに全然関係ないこと書いてた。


そういうことで、ドブロブニク。


結構、有名なんですよ、この街。


「魔女の宅急便」とか「紅の豚」の出てくる町並みが、この辺の地方を参考にしてあるとかないとか。




有名なだけあって、日本からの観光客もどっさり来ている様子。


言ってる事と写真が違うけど。
DSC_6321.jpg

赤い屋根が連なる様子が素敵なんだけど、地上からじゃその様子がなんとも分からん。
DSC_6326.jpg


夏真っ盛りのこの街は、恐らく35度くらいあると思われ、僕を熱射病へと誘いこむ。



でも割と湿気さえなけらば、暑さとは仲良くやっていけるもので、炎天下の中、


僕は街を望める景色を目指して、坂を上り始める。




上り始める事、30分もかからずにあっという間にこんな景色が望める人の家の駐車場に到着。
DSC_6368.jpg
きれいでしょ。きれいですよ。


魔女の宅急便のサウンドトラックを聞きながら、こんな景色をずっと眺めてた。
人の家の駐車場で。
DSC_6381.jpg

そこで大切な事に気づく。



あれ、あいつがいない。



ここは彼にとって第二の故郷といっても良いはず。でも、いない。




そういえば、あいつは多分僕のサブザックの一番奥底でロンリープラネットに押しつぶされたままだ。




あー、なんと嘆かわしい。 





そのまま、嘆かわしいのも腑に落ちないから翌日、わざわざ記念写真撮るためだけに、再度ここに来た。


これで満足でしょ。
DSC_6475.jpg
日々、押しつぶされてるせいでところどころほころんでますが。耳も取れたし。



ドブロブニク、素敵なとこです。観光客が多い事と、暑すぎる事をのぞけば。
DSC_6398.jpg

海、めっちゃ綺麗だし
DSC_6418.jpg

旧市街の趣ある教会で結婚式なんて、なかなか粋だし
DSC_6455.jpg

いつかこのホテルに泊まりたい。こんなに素敵な海沿いのホテル。
DSC_6421.jpg


そういうことで、私、この町が好きです。
DSC_6443.jpg








知らない女の子とほぼダブルベッド状態

2010年08月14日 06:43

ヨーロッパを西に進むにつれて、物価がどんどんと上がっていく。


コトルからバスで数時間、海沿いの道がワインディングするもんで、久々ののバス酔いをしながら

クロアチアに入り、ドブロブニクに到着。


宿代ももちろん高くて、あんまり選ぶ余地もなく、そこで予約した宿でのお話。


バスステーションから1時間に1本も来ないバスに乗って、そのユースホステルへ。


4階建てのそのペンションじみた建物は、4階の内、1階のワンフロアーだけが、ドミトリーとして

あてがわれていた。



そして、元々はダンスルームとして使われていたと思われ、壁の一面が全て鏡になっている。



それはそれで、結構あり得ない。



そして、僕は宿主にベッドを案内された。




ここのドミトリーは、二段ベッドじゃなくて、各ベッドが各々個性的にただのマットレスだったり、

安物のシングルの木のベッドだったりと、昨日突貫工事をして作ったような状況になっている。


そんな宿でも、安いという魅力に惹かれ多くの若者が集まる。だから、ほと万床状態。




僕のベッドは、やたらと広かった。一見。



しかしよく見ると、よく見なくても、真ん中には溝があって、シングルベッドのマットレスが二つくっついてるのが良く分かる。

で、その下にダブルベッドのマットレスが敷いてある。


つまり、僕は今はいないその誰かとダブルベッドで一緒に寝る事になるらしい。





今の所、誰かはわかんないけど、

宿主が「男と女じゃ、まずいから後で変わってもらうかもしれない」と言い去っていった。




その時は、全然気にしてなかったんだけど、



いざ夜になってみたら、その隣のベッドにはスペイン人の割ときれいな女の子が寝る事になってた。



ということで、寝てる間距離がめっちゃ近い。



凄く気を使う。


揺れとか共有しまくるし。



そんなベッドで僕は二晩を過ごした。





結局、何もなかったです。




2晩目に、僕の足が彼女を蹴って、凄く気まずかった事以外は。




向こうは、まったく持って気にしてる様子なかったし。




お互い、ベッドの両端に寄って寝てたしね。
DSC_6329.jpg




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。