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琴欧州が生まれた国

2010年07月30日 19:54

メテオラのあるカランバカを17時に出発して、テッサロニキに着いたのは21時過ぎ。


テッサロニキから夜行で、スススーっと進んじゃって、朝6時くらいには、ブルガリアの首都ソフィアに着いていた。





で、このソフィア大して何があるってわけじゃないらしく、


町並みは、旧ソ連を感じさせる寒々しい感じのコンクリートの建物が連なっていた。

そして、町中をトラムが駆け巡る。


Hostel Mostelって安宿が評判が良いので行ってみた。1泊10ユーロ(朝、夕食付き)
部屋もきれいだったし、Wifiも当然付いてて、スタッフも親切で、セキュリティもばっちりで
言うことないですね。素敵な宿です。
ただ付いてくる夕食は、毎晩スパゲティ。しかも同じ味。伸び気味。それ以外は完璧。
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ここで、タンザニアのザンジバル島ぶりにしんや君と再会。

彼とはしばらく行動をともにすることに。


で、ブルガリアといえば  ヨーグルト。  



それは置いといて リラの僧院を見ときなさいって事なので行ってきた。

バスで到着して、入り口の門をくぐって、現れる。じゃん!!ブルガリア正教会総本山。
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ほかにも色々と見て回ったけど、基本これがすべてって感じ。


この神々しい建物に描かれたフレスコ画の数々は、意味は分からないけど、様々なシーンが描かれて
見てて面白かった。
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内部写真撮影禁止で、写真ないけど、それはそれは豪華な装飾が施されてました。


リラの僧院にいたリラ猫
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これが全てなので、ここに宿泊もしたりできるらしいんだけど、鼻からそんなつもりもなく、

わずかに3時間程度の滞在で帰りました。それでも十分あまるくらい。


基本は、このひとつの建物だからね。


緑に囲まれて、空気の綺麗な場所にあるので、宿泊もありかと。




ソフィア最大の見所(多分)はこれ、アレクサンドル・ネフスキー大聖堂
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こんな碑もあった。
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ってことで、大して何があるわけでもなく、ブルガリアを去り、ルーマニアへと発とうとしたところで、

「やべー、ブルガリアでヨーグルトくってねぇ」って事で、駅に向かう途中のスーパーで買った
店で一番高いヨーグルト 100円強。
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極めて、普通のヨーグルトでした。










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乗り過ごして、寝過ごして、歩き過ぎる。

2010年07月29日 22:37



アテネから列車に揺られて9時間かけてカランバカまでの車窓を楽しむ。。





つっても列車に揺られてのは、わずかに4時間くらいで、途中乗り換えるべきとこで乗り過ごしちゃったせいで、一
駅戻らなくちゃならなくて、その駅で1時間待ち。

そして、一駅戻った後に乗り換えの電車来るまで3時間待ち。


こっちの電車は、車内アナウンスがないし、そもそもギリシャ語で何言ってるかわからないし。



メテオラは奇岩群の上にギリシャ正教会の修道院が建設されてる世界遺産 しかも複合遺産。



複合遺産は、世界遺産の中でもわずかに世界で20個しかないレアキャラ。


マチュピチュとかカッパドキアとか黄山とか、結構メジャーな世界遺産が名を連ねる。



で、このメテオラ。



奇岩群の上にあるんだけど、そもそも山の上にあって、メテオラ観光のための基点となるカランバカからは、

10数キロあって、朝9時と13時くらいにバスがあるだけ。








で、寝過ごす。







9時に目が覚めた。






そして、仕方がないので歩く。歩き続ける。レンタカーにびゅんびゅん抜かされる。


とりあえず2時間くらい歩くと、メテオラの入り口っぽいところに着いたらしく写真を一枚
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で、また歩き続けること一時間半。日本人をみかける。楽して登りやがって と妬む。
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そこから、もう少し歩くとかの有名な というかメテオラといえば、この写真って場所に到着。
三位一体修道院(アギア・トリアダ修道院)
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久々にこんなに歩いたってくらい歩きました。しかものぼりだし。太陽は、相変わらず燦々と輝いてて、紫外線攻撃で肌を痛めつけ、頭もついでに痛めつけられるし、水足りなくなりそうだし。

歩きつかれて、どうしようか迷ったけど、さらに行くともうひとつ巨大なアギオス・ステファノス修道院現る。
天下の学生証割引も聞かなかったけど、まぁ入ったら入ったで、内部はギリシャ正教チックなフレスコ画が飾られてて、見甲斐あったかな。
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で戻って、また写真撮りなおす。露出高すぎ。
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そこからとぼとぼと歩いてたら、親切なギリシャ人が車に乗せてくれて、




もいっこの修道院までは、超楽。モビラーゼーション万歳。
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途中からの眺め。
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メテねこ。
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これがギリシャ正教会
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そこからカランバカまでの帰り道、とぼとぼ歩き始めようかなと思ったら

即効でまた車に乗せてくれて、行きに3時間かけた道のりを車でわずかに10分。


モービライゼーション万歳。



ヨーロッパ最古の文明ミノア文明

2010年07月27日 20:25

クレタ島のプラキアスを後にして、アテネに向かうフェリーが夜のために、

クレタ島最大の町ヘラクリオン(イラクリオン)で時間潰し。




あんまり興味なかったけれど、学割で無料で入れるっていうし、バス一本で行けるっていうので


とりあえず行ってみたのはクノッソス宮殿。

ヨーロッパ最古の文明 ミノア文明下の政治、文化の中心だったらしい場所。
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何の前情報もなく、ガイドもつけずに行ったので、なんというか ふぅーーん って感想で終わった上に、


結構だだっぴろいし、日差しが強くて、ダメージ食らいっ放しでやたらと疲れた。

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広い割には、遺跡の部分があんまり残ってないからなのかな。


完成予想図 これが残ってたら、かなり魅力的だったんだろうけど。
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考古学が好きな人にはたまらん場所かと思いますが、別に無理していかなくてもいいんじゃないかと。


そういうことで、遺跡観光が一瞬で終わってしまったので、ヘラクリオンの町散歩


特に何があるってわけじゃないんだけど、街角にカフェが並んで、海を眺めながらコーヒー飲んだり、
石畳のとおりを散歩したりと、まぁまぁ雰囲気いいとこでした。

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ただ、全然娯楽がないせいか、ここの住民がこぞってこの桟橋の端っこ目指して、ひたすら歩いてた。
先っぽになにかがあるようには思えないし、先っぽまで3キロくらいありそうだったから、途中で引き返した。
ここの人たちは、とにかく暇つぶしにここを歩くらしい。
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で20時のこのフェリーに乗って、アテネに帰りました。
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朝5時にアテネのフェリー港に着くと、なんだか来たときと様子が違って、

大勢の警察官がいたるとこにいるし、ビラ配ってる人もちらほら。



そして、6時半くらいになると駅の前にたむろしてた人達が、急にデモ行進始めるし。



どうやらその日は、アテネで大規模ストライキあんどデモが行われる日らしく、



電車は朝運行してなくて、10時からだって話。



この日に、一気にメテオラのあるカランバカまで行っちゃいたかったのに、


予定崩れて、アテネで一泊。


デモ帰りのひとびと。
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大規模ストライキって割には、街はそれなりに機能してた気がする。




安宿情報:

クレタ島 レシンムノ
Youth Hostel Rethmno 
ドミ 11ユーロ  Wifi、キッチン有り
観光案内所から徒歩3分

クレタ島 プラキアス
Youth Hostel Plakias
ドミ 9,5ユーロ Wifi有り、キッチンなし(朝食1.5ユーロ~)
海岸のバス停から、徒歩7,8分

移動方法:

フェリー アテネ(Pirareus)→クレタ島(Helaklio)
デッキ、19ユーロ(学割) 7時間くらいかな


村上春樹とプラキアス

2010年07月25日 07:25




バスに乗って、近くのビーチに遊びに行った。

プラキアスという名のアギヤ・ガリーニを三倍くらい貧相にした集落である。海岸は確かにあるのだけれど、寒くて泳げないわけだから

海岸があったってどうしようもない。

見るからに金のなさそうなダイハードなバックパッカーが30人くらい何をするともなく海岸でうろうろしてる。

実際問題として何もすることがないのだ。

彼らがここに来た理由はただただクレタ島という島に海岸にプラキアスという町があって、

じゃあまあそこにも行ってみるかと思いついたに過ぎない。

そういうのって暇な人間にしか出来ないことだ



村上春樹「遠い太鼓」より抜粋
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彼が、ここを訪れたのは5月。

そして、僕が訪れたのは6月。

幸いにして、海で泳ぐことが出来るほどの暑さだったんで、ダイハードなバックパッカー達は、

結局、何をするとも無く海岸で、全力で日光を浴びていた。


そして、当時よりはおそらく店やレストランなどが整ったと思われ、別に貧相でもなかったし、

バックパッカーじゃない、ちょっとした休暇で来ている欧米人もたくさんいた。


結局、何をするともなく海岸でうろうろしてるだけなんだけど。


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結局、僕がここに来た理由もレシンムノであった19歳のドイツ人に、
「ここがいいらしいわよ」って一言で、クレタ島、一箇所だけじゃ勿体無いから来て見たからであって、
やっぱりよっぽど暇でもないと、来れない場所だと思う。
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そんなわけで、時間がゆっくり流れてて、本当に何をするともなく海岸をうろうろした3日間。
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アフ○ック。
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町からちょっと離れたビーチに行くと、完全なる無人ビーチがあって最高すぎた。
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ギリシャ語で乾杯は「ヤマス!」

2010年07月24日 07:16

アテネ(地下鉄でピレウスという駅)から巨大なフェリーに一晩中揺られて、クレタ島へ。
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なんで、クレタ島かって、村上春樹の小説「ねじまき鳥クロニクル」に加納クレタって登場人物が出てきたからっていう、大したこと無い理由。





そういうことで辿り着いたクレタ島は、思いのほかでかくて、もうそれが島であるって事を忘れてしまいかねないくらいでかい。




まぁ、いいんですよ。別にクレタ島に期待はしてないんですよ。



早朝、イクラリオというクレタ島で一番大きい町に辿り着くと、すぐにバスに乗り込み、

レシンムノへと向かう。


この道程、ずっとバスの車窓からエーゲ海の美しい景色が広がりっぱなしなんだけど、


何しろ、フェリーが到着したのが早朝しすぎて眠すぎて、ずっと寝てて、わずかにしか覚えてない。



そして、4時間くらいでレシンムノに到着。

サントリーニ島ばりの白壁の宿。
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あんまり期待してなかった割には、なかなか素敵な街並みを提供してくれました。
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そして、ちょうどワールドカップのギリシャ対アルゼンチン戦が行われた日だったりして、


宿のセルビア人の管理人が、試合30分前くらいに、皆でRAKIという45度くらいのお酒を振舞い乾杯。「ヤマス!」


さらに試合開始2分前くらいに再度、乾杯。「ヤマス!!」



そして、後半戦が始まる前にも、乾杯。「ヤマス!!!」




ただでお酒飲めるのはいいんだけど、ヘロっヘロっになりました。ってお話。




そして、面白かったのは一緒に観戦してたイングランド人のおっさんが


マラドーナがテレビに映るたびに中指突き立ててた事。

神の手ゴールに、いまだにご立腹らしい。

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そして、翌日はセルビア戦があって、管理人がセルビア人なもんだから、また「ヤマス、ヤマス」。

くれた島の人々は、昼間から飲んでばっかりです。

とりあえず世界遺産のパルテノン神殿へ

2010年07月23日 07:20

アテネって落書きが凄く多いんです。

町中、落書きだらけ。ほんとに。
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これには結構驚いた。日本だけじゃなかったのね。
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不況のせいか、随分と物乞いも多いし、移民も結構いるみたいだけど、職が無いのか、
路上で靴下とか、インドの路上でも売ってたようなおもちゃとか、その辺から拾ってきた本とか売ってるし。
新宿駅でホームレスが拾ってきた週刊誌売ってるのと、変わらないのかな。



それは、さておきアテネの市街に着いてからずっと目に付くし、まぁここまで来たからには行かないとなぁ。
と、さくさくアクロポリスの丘とやらを上って、辿り着いたのは、ギリシャといえばこれ!と日本人の誰もが想像するパルテノン神殿。
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補修工事してる。。。。。ちなみにここ、ARTの入った大学名の学生証もってたら、入場無料。
僕は、どういう理由か(グルジアで入手したんだけど)持ってて、おかげさまでただで入れていただきました。

見た目、中東で見たパルミラ遺跡とかペルセポリス遺跡に似てる。
でも神殿の細部に大した彫刻が無くて、なんとなくあっけない。

あー、観たことあるな。ってぐらい。


国旗 With パルテノン神殿。
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どこの国行っても、とにかく国旗を高々と掲げてる。疑う余地なく、掲げてる。

これに比べると、日本の教育現場で国旗を掲揚を強制するとかしないとかで揉めてるのが
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、情けなくなってくる。
犬の糞を踏んだ靴を手で持って、人を追っかけまわすぐらい馬鹿馬鹿しい事だと、我思う。



神殿はさておき、アクロポリスの丘から見下ろすアテネの街並みは素敵でした。
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犬も気持ちよさげ。。
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中東回った人には、絶対物足りないと思う。
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猫がいぶかしげ。
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信じたいらしい。
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パルテノン神殿への行き方

地下鉄Monastraiki駅で降りる。
出口からあたりを見渡して、てっぺんに神殿らしき建物がある山を探す。
そこに向かって歩く。

以上

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1年3ヶ月目のヨーロッパ

2010年07月21日 09:11

アフリカにお別れを言って、6月17日に南アフリカを去った。



カタールエアラインとやらを使って、カタール経由でギリシャを目指す。



半年かけて下った中東とアフリカをわずかに22時間(しかもドーハ待機時間6時間)で、一気に移動してしまう飛行機ってのは、幸か不幸か世界を劇的に狭くしちゃったんだな。


カタールエアラインの飛行機内で、釣りバカ日誌とのだめカンターレを鑑賞。


釣りバカ日誌が、いつのまにか最終回を迎えていた。



真冬の南アフリカから、急に真夏のアテネへ。わずか1年3ヶ月の間に、すでに3年分くらいの夏を味わってる気がする。それと2年分くらいの冬。

でも、旅中に、春とか秋を切に感じる機会が凄く少ない。桜も無けりゃ、紅葉も珍しいからだとは思うけど、

日本という国の四季の充実ぶりは、たまに不便なことはあっても、感謝しないといけないと思う。

インドなんて、HOT HOTTER HOTTEST とか冗談でいってるけど、そんな国住みたくない。





ってことで、アテネに到着すると、経済危機を迎えてる国らしく、ストライキをお見舞いされ、



空港から市内へと向かう手段で、唯一僕が知っていた地下鉄という手段を絶たれる。



しかも、ガイドブックなんて一切持ってなくて、予約した宿への行き方のみ、メモしてただけで、



その方法が地下鉄だったもんだから、少しだけ途方にくれる。



ついでに、パスポートと一緒に1万円を隠しポケットからこぼして、危うく無くしかける。




代わりのバスを見つけて、空港でもらった無料の地図を頼りに、空港着いてから2時間弱。



ようやく予約した宿に到着。




南部アフリカで、発展した都市には体が慣れていたけど、


やっぱりアフリカにとって、都市である状態ってのが、珍しい上にまだ新しいのに比べて、


アテネなんかは、もうそんなのが当たり前になっちゃって、高いビルが建っているところで、


それがどうかしましたか?みたいな感じ。



無理やりだけど、そういう意味で、初ヨーロッパに対する新鮮な気持ちを覚えた。











ワイン、ワイン、アフリカ最南端、アフリカ本当に終わり

2010年07月20日 05:28

喜望峰行った後は、ワールドカップ見ちゃったんです。

初戦だけ。カメルーン戦。


すでに公開したけど、ワールドカップのカメルーン戦を見に行った様子は、こちらです。

http://yadohanashi.blog23.fc2.com/blog-entry-304.html



そして、南アフリカ、アフリカ大陸もあとわずか。





どうせ来たなら、端っこ行きたかった。最南端。



最南端とか最北端とか最西端とか最東端とか行きたいよね、どうせなら。



喜望峰は、最南東端という微妙な位置づけ。









南アフリカの地図をじっと見つめる。






これだ、アグラス岬だ。






ってのは、ずっと前から分かってたんですけど、結構な遠いところにあって、行く手段が無い。




国際免許証が、イランでバックパックごと盗難に会った際に、盗まれちゃってるもんだから。





そこで現れた救世主、さとうこういち様。






さとうさまのおかげで、僕はアフリカ最南端へと向かう事が出来たんです。






そして、日本人4名でレンタカー借りて、行ってきました。










さっさと最南端行っちゃえば良かったんだけれど、






南アフリカってのは、何気にワインの名産地
ということで、シュテレンボッシュというしゃれた名前のワインの蔵まみれの
町に寄って、さらにティスティングとかしてきた。

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わずかに30ランド(360円)くらいで、なんだか良く分からないけど


ワイン5種類が試飲できる。

左からしろ、ろぜ、そーヴぃによん、べるたわーえすていと?、ぴのたーじゅの順
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ワインの味なんて、27にもなってさっぱり分からなかったけど



結局、グラス1杯大した量じゃなくても、5杯も飲めば、結構へろっへろっに酔っ払ってくる。




そして、しまいには味なんてどうでもいいやんってなってくる。





ということで、おしゃれにもワインのティスティングを試したわけだけど、



何も分からず。




ただ、やっぱり安いワインに比べて、高いワインのほうが


味に深みがあって、酔っ払って飲んでも、それなりの存在感を一応出してるかななんて感じました。






で、酔っ払いついでにもう一軒のワインの蔵行って、またティスティング。


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で、こっちは一軒目の半額の15R(200円くらい)
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なんだけど、安いワインしか飲ましてもらえず、




すでに一軒目ティスティングで、ソムリエと化した僕にとって、



この安くって、うっすいワイン達は、




どうにもピンとこない。




ってことで、さらにへろっへろっに酔っ払って楽しくなっちゃっただけでした。







そうして、そこから車で数時間。



僕は助手席で分岐の少なすぎる道をナビしてたフリしてたんだけど、気づいたらアフリカ最南端



アグラス岬へ到着!!!


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アフリカ、本当に終了です。



お疲れ様でした、自分。


かつて暗黒大陸と呼ばれたアフリカ大陸



53か国中、脅威の32カ国が後発開発途上国というこのアフリカ大陸

やっぱり貧しかった。


そして、貧しくない国はアラブパワーだったり、白人パワーだったり、資源パワーが要因で、

そういうパワーに頼ってない国は、基本貧しい。



人類発祥の地、アフリカ大陸の人類の進化は止まってしまったんでしょうか?って思いたくなってくる。



「アフリカの年」とか呼ばれた1960年から、もう50年。



世界中の大体の国が、独立したり、民主化してから50年どころか30年も経てば、


共産主義国家だったりするのを除けば、それなりの体をを成した国家に出来上がってるはずなのですが、


いまだに援助付けだったりする国ばっかりで、おそらくさらに50年経っても、


ほとんど変わってないんじゃないかと思わざるありません。




援助されると見せかけて、搾取される一方です。ずっと。きっと。








ペンギン村と喜望峰とマウンテンバイク

2010年07月17日 17:40

南アフリカに来た目的は、ワールドカップさえなければ、ただひとつ。


さっさと喜望峰行く事。出来れば最南端も。

ってことで、朝早くに起きて、まず電車でサイモンズタウンへと向かう。


ケープタウンからサイモンズタウンへと向かうまでの車窓は、アフリカとは全然思えないほどの


西欧風の町並みと綺麗な海がずっと続いてた。


そして、そこでマウンテンバイクを借りる。


で、さっさと借りるとペンギン群生地のボルダーズビーチへ。


いわゆるペンギン村


恐ろしく大量のペンギンさん達がお出迎え。
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並ぶ
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はまる
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とまどう
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逃げ惑う





ペンギンって一切表情なくて、何考えてんだかさっぱり分からない割りに動きだけはコミカルだから、


面白い。





そんなお楽しみ時間が終わると、喜望峰へと再び自転車を漕ぎ始める。






世界中の岬付近の道のりがそうだろうと思うんだけど、起伏が激しくて、風が強い。




心が折れかける。




とはいえ、大学時代は日本中を端から端までマウンテンバイクで走りまくったんです、僕。




そんな簡単にあきらめるわけにはいかない。




気づけば、追い風に乗ってたらしく、後半はちんたら走る白人どもを怒涛の勢いで追い抜いて、



一緒に走ってて、途中で若さゆえか、体力ゆえか、完全にちぎられてたタカオ君をも


ぎりぎりのところで追い抜いて、ついに喜望峰到着。






喜望峰と思いきや、ケープポイントだったけど。
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2月にエジプト入りしてから4ヶ月。


やっとこさ端っこまでやって来た。



あー、アフリカ、やっと終わったなと大西洋を眺めながら実感。



強盗さんともマラリアさんとも、めぐり合う機会はなく、



無事、この大陸ともお別れ出来そうだ。残すは、ワールドカップ、日本初戦のカメルーン戦のみ。

さきっぽがケープポイント
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TOKYOまでの距離が乗ってない、不届きもんの案内
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で、これが喜望峰、ちゃりんこきつくて行かんかったけど、
喜望峰って、ケープポイントのオプション品みたいで、こじんまりしてる。
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そして、帰り道。





自転車のギアのワイヤーがですね、切れたんですよ。




なので、後ろの変速機がずっと一番重い状態でキープされっぱなし。


しかも、油足りなくて、チェーンからはシャコシャコシャコ、不愉快な音なりっぱなし。


さらには、行きで追い風だった風は、もちろん帰りは向かい風吹きっぱなし。


そして、大学時代に酷使しすぎた僕の左ひざは、鳴きっぱなし。





日本国内で上るのがしんどくて自転車を押した坂なんて、富士山のあざみのラインと小豆島ぐらいだったけど、


まさか、こんなところで、坂道いちいち押す羽目になるとは思わなかった。



行き1時間、帰り3時間くらいかかったんじゃないかと思う。



サイモンズタウン着いて、自転車帰した後、歩くのままならなかった。
膝が痛すぎて。

あー、病院行って、適当に薬品もらっとくんだったかな。保険利くし。




アフリカでもっともつらい1日。






いまさらワールドカップ開幕@ケープタウン

2010年07月16日 18:49

そして、ワールドカップ開幕当日。


シャワー室ガラス張りの宿でさえ、朝から慌しく世界各国のお客様の処理に追われる。




で、ケープタウンでは町中からブブゼラの音が鳴り響く。



これがまたウルサクテカナワン。吹いてる奴らを片っ端からハリセンでたたきたくなるほど、うるさい。






とはいえ、自分で吹いてみると、これがまた気持ち良い



なんでか知らないけど、あの不快な音程が吹いてるときには、耳に響かない。



まるでタバコみたいに、自分だけ満足して、人には副流煙浴びさせる、そんな感じ。



多分、アフリカ人にとっては、あのうるささ全然気になってないんだと思う。



現に、聞き慣れてきたら、まぁそれほどストレスにはならなくなってきたしね。




南アフリカ対メキシコの試合中は、スポーツバーで盛り上がりまくる世界各国の輩を尻目に、
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CAT & MOOSEって宿で、観戦。南アフリカが一点目を入れた瞬間の街は、物凄い騒ぎっぷり。ブルゼラっぷり。



結局は、引き分けだったんだけど、勝ち点1を取ったって事で、試合後のケープタウンの通りは、


多分、この街が生まれてこの方、こんなに盛り上がった事はないんじゃないかってくらいに盛り上がる。
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わや
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警察も仕事放棄して、記念撮影にいそしんでるし。
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とにかく、とっても楽しい雰囲気で、折角だから自分らも楽しみたい!ということで、


第二試合が行われるケープタウンのグリーンポイントスタジアムに行ってみた。


この人だかり。そして改装まもなくて、スタジアムが美しすぎる。
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あわよくば、チケット買って、フランス対ウルグアイ戦を観ようかと試みたんだけど、


あまりに人まみれすぎて、断念。



結果的に0-0という退屈な試合だったので、結果オーライ。












ワールドカップ開幕前日のケープタウン

2010年07月16日 18:03

気づけば、6月11日に華々しく始まったワールドカップもすでに決勝戦が終わり、


スペインがオランダを破って初優勝とトロフィーを本国へと持ち帰ったわけだけど、


このブログじゃ、まだワールドカップすら始まっちゃいない。一ヶ月強遅れ。



鮮度がないブログは、野菜同様、腐っていきかねないので、怒涛の勢いで追いつきます。



そういうことで、6月10日の僕は、南アフリカはケープタウン。




ケープタウンの宿は、どこも本来の値段の2倍になってるわ、それでもやっぱり開幕式の日は、


予約が取りづらかったりと、この先、ワールドカップ期間中は宿事情どうなることやら?という状況だった。



とりあえずそこで3泊したSleep and Go Backpackersという宿は、



ドミトリーの部屋にドアがなくて、荷物もってき放題だったり、部屋についてるシャワーが


すりガラスじゃなくて、ガラス張りで中丸見えのシャワー室で、


同室に人がいようものなら、全裸公開して、シャワーを浴びなきゃいけないという代物。







南アフリカ人は、そういう趣味があるのか?







それはさておき、寿司食った。
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写真写りはあんまりよろしくないけれど、旅を初めて早1年と2ヶ月、



久々にまともな寿司を食べた。感動的にうまかった。味が本物なんです。



寿司に偽者も本物もないだろうけど、とにかく本物だった。




一瞬に食べ終わってしまったけど、最後に残ったガリを食べ終わるまで、本当に幸せなひと時でした。




回転寿司とか氾濫しまくって、結構な安価で寿司を食せるようになって、早10数年。




寿司が高級食材だという事すら、忘れてしまいかねない時代だけど、




久々にその有り難味を心の底から感じました。



海に感謝。







で、そんな御寿司に舌を満たされ、





さすがに警備員だらけで、安全そうな夜のケープタウンを歩いていると、





町の中心では、南アフリカ市民によるパレードが開催されてた。
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正直、踊りや音楽の質は、あんまり高くなかったけど、
とにもかくにもここの人達が、これから始まるスポーツの祭典を心待ちにしていたんだなってのが、
分かります。
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いまさら過ぎるけれどウィントフック

2010年07月15日 04:32

ウィントフックは別に大して都会ってわけじゃないけど、



アフリカにこんな都市が存在してる事自体何かの間違いなんじゃないかと錯覚する。




そして、評判のいいカメレオンバックパッカーズ
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朝食のクオリティがめちゃくちゃ高くて驚いた。

滅茶苦茶は言いすぎかな。シリアルとかパンとか卵とかジュースとかヨーグルトが出るだけなんで。

ドミトリーで100N$。


ウィントフックに泊まるなら是非。要予約。




とはいえ、これといって見所のないこの街。


街行く人にあまりに中国人に間違われ、タクシーの運転手にチャイナタウン行くか?と


何度も聞かれるもんだから、折角だしと行ってみた。
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やべー、まじでチャイナタウンだ。



と中に入る。



チャイナタウンといっても、中国人達が家を連ねてるわけじゃなくて、



衣服やら日用品やらおもちゃやら、安物やバッタモンの中国製品が売られてる一角。



中華料理食べたいなと思って探したけど、なかなかなくて、


色々見て回ってたら、こんなもの見つけた。
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はくつる、まる!
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やばい、あつすぎるウィントフック。日本食材、高いし賞味期限余裕で過ぎてたりするけど、

結構なんでも手に入る。これなら住めるかも。とか思った。


で、やっと見つけた中華料理。久々の麻婆豆腐。700円もするのに、全然いけてない。
豆腐はまともだけど、マーボが悲しいくらいに本家とかけ離れてる。
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と、まぁ町並みの写真もないウィントフックだったけれど、


こっからほぼ10,000円という大金をかけて、アフリカ最終目的国南アフリカへと向かった。
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一生に一度はナミビアに行ってみたいと思うかもしれない写真

2010年07月13日 23:52

初日は、Dune45とかスワコップムントとかで有名な赤砂漠が見れるとこにある

キャンプサイトに宿泊。



で翌朝、起きたら、ジャッカルに僕の大切なインスタントラーメンやらうどんやらやらの食材を


喰われてた。


キャンプで、食材を外に出しっぱなしにしとくなんてご法度だって事は分かりきってるのに、


疲れなのか、酔いなのか知らないけど、完全に油断した。



残すったのは、無残すぎる食材たち。

無残すぎて、写真も撮ってないので、まぁ砂漠でも。
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Dune45のてっぺん近く。みんな朝日を見に上りに来る。
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ほぼ2色。日本でお目にかかるのは不可能に近いコントラスト
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こういう絵がとても好き。枯れた砂漠に出来た一本の道。
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自分で足跡作って、撮ってみた。
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足ながっ!
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ここがスワコップムントって呼ばれる場所。途中から5キロもの道のり、徒歩。
砂漠なんで、結構しんどい。
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いきなり場所かわって、ナミビア西側、大西洋とフラミンゴと夕陽。
なにげについに大西洋。しみじみ
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で、これが月面世界(ムーンランドスケープ)って呼ばれてる場所。月行ったことないから、なんともいえない。
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ホンダシティ(シビック)の燃費のよさは、すばらしかぁ
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裁くの怪植物 ウェルウィッチア(奇想天外)
「世界で最も醜い植物」の第四位
寿命は数百年から2000年
ナミビアでは、厳重に管理されてるって書いてたけど、誰一人見かけなかった。
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砂漠行き
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そんなこんなで満喫して、ウィンドフックに帰ったわけです。
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ジャッカルに食材を無残に食べられたことと、ドライバーと料金のことでもめたことを除けば、


ドライバーにひたすら運転まかせて、ひたすら睡魔の赴くままに寝てれば、次の目的地に着いてるという


なんとも楽な3日間。 しめて20,000円。



日本から来たら、いくらするんだろ?




鳥取砂漠もゴビ砂漠も、サハラ砂漠でさえ、このナミブ砂漠の赤い土は出せないので、


ここに来る価値あり。



砂漠×砂漠×砂漠=自分探し

2010年07月13日 03:29

タイトルにこれといって意味はないし、計算式が100%成り立たない気がするので、


その辺は気にしないでいいです。



砂漠にどんなに砂漠をかけようと、きっと答えは、砂漠です。



ただ漠々とした砂漠ワールドが、延々と広がっていって、しまいには地球上の陸地をすべて飲み込んでしまうだけ。そんな世界で見つかった自分は、きっと東京じゃ通用しないんじゃないかと。



とういうことで、ナミビアは砂漠に行ってきた。


ウィンドフックから、イスラエルという名前の男をチャーターして。



砂漠を突き抜ける道
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現れた第一号砂漠の山
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砂漠とジジ、そういえば、この黒猫にクロちゃんという名前をつけたんだけど、
気に入らなかったらしく、みんながジジって呼ぶもんだから、そうしてます。
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ナミブ砂漠はずるい。見た感じの規模はそうでもないのに、こうして写真でピンポイントで捕ると映える。
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砂漠×パスポート=?
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この人に荒らされない状態で、なんちゃら模様が延々と広がる様子はやっぱりずるいと思う。
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超低燃費 ホンダのcity。
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陽が沈むのを待つ皆さん
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急な強風に吹き飛ばされる僕
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そんなナミブ砂漠ツアー一日目。



ほぼ確実に晴れるわけだから、タイミングを逃すことはほぼありえないこのツアー。



もうアフリカなんて、どうでもいいと思っていた時期だったけど、



ナミビアってのは、アフリカのほかの国々と比べて全然違う魅力を持ってるってことが



とりあえず初日に分かった。




to be continued....

(ナミビア)1200キロ、ヒッチハイクの旅

2010年07月09日 19:38

カサネのCHOBE SAFARI LODGEを8時半に出発。
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ホテルを出て、歩いて2分のところでボーダーまで連れて行ってくれる車を待つこと、わずかに5分。


トヨタのイプサムが僕らをボーダーまで連れてってくれるとのこと。


ヒッチハイクといえども、1人20プーラ(約300円)。


そしてボーダー、Ngoma Bridge到着。



ボーダーは、少し高台になっていて、そこからはチョベ川とデルタの景色が広がる美しい景色を眺められた。





で、そこからも交通機関なし。




ところが、幸運なことにボーダーで出国スタンプを押してもらい、そこで少しだけぼけーって待ってたら、



白人が運転する空っぽのバス到着。



その親父に



「おう、おまえらどこ行くんだ?」と聞かれ、



「ウィンドフックに行こうかなと思ってる」と答えると



「おう、乗れ乗れ」と行って、空っぽのバスへと誘われる。



そのバスに乗って国境越え、そしてナミビア入国。
これが国境からナミビア各都市への距離リスト。ウィンドフックまでは1272キロ。
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この辺の国々はエイズ感染率の高さが、日本の失業率どころの比じゃなく高いために、


どこもかしこもイミグレーションに無料のコンドームが置いてある。
それを手にしてく人を見かけた事はないけど。
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で、入国手続きを終わって、荷物チェック。





この荷物チェック。この旅で一番厳しかった。バックパック内部、全部調べられる。




ドライバーが「何を探してるんだ?」って係員に聞いてたんだけど、



「Somethingよ。」との回答。


「Somethingって何だよ。」との質問には、



「たとえば、ダイヤモンド」だと。





そうです。彼女は、僕がダイヤモンドを密輸してないかどうか見てたんですね。



出来るもんなら、やってみたいな、ダイヤモンドの密輸。



レオナルドディカプリオ主演の「ブラッド・ダイヤモンド」を思い出す。



彼は、シエラレオネからリベリアへの国境越えで、羊の内部にダイヤ隠してたな。





まぁ、そんなわけでダイヤモンドも持ってるわけなく、チェックが終わりナミビア入国。





ここから、ドイツからの移民ナミビア人ザヒーンが延々とドライブをし続ける。

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ザヒーンは、ドイツ人たちの14日間南部アフリカツアーを終えて、今朝ジンバブエから

走り始めたんだとか、で今日はここから500キロくらいのとこまで行く予定だから、


その辺でいい?てきな話になってた。




もう全然行けるとこまで、行っていただければいいですよ。って感じだったんだけど、






このザヒーン、地球が終わっても、延々と運転し続けるんじゃないかってくらいに




ずっとハンドルを離さない。




しかも車が少なくて、良く舗装された道路だから巡航速度は120キロ以上。

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で、500キロ先の街についても、ザヒーンはまだまだ行くぜみたいなノリで、




バスは進み続け、陽が沈んでも、とにかく前へ前へ。




誰もいないバスで、僕は爆睡。










そして、23:57。



気づくと、大きな街らしい。



というかウィンドフックらしい。




ザヒーンはやり遂げた。一日で実に1400キロを走り遂げた。






この男、タフすぎる。











ダイヤモンドに生かされ続ける国 ボツワナ

2010年07月08日 20:03

ボツワナ


アフリカ大陸に来てから、この国を知ったと言っても過言ではないような。

そんな日本にとっては、ずいぶんとマイナーな国。


アフリカにも関わらずダイヤモンドのおかげで、最貧国から抜け出した国



そして、道端をいのししがうろつく国
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郵便局のスタッフの対応がやたらと悪い国

SPARがある国(HOT SPARじゃないけど)
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4つ星ホテルなのに、キャンプサイトには10ドル強で泊まれる国
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野良象がいる国
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象がやたらと群れて歩く国
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と、そういう国。



テントを持ってこないことには、安宿なんて一切存在しないから貧乏旅行者には


殺人的な対応をしてくれるらしい。




そして、この国は輸出の半分をダイヤモンドに頼ってる。


ダイヤモンドが尽きたら、またもとの最貧国に逆戻りだ。





なんだか、そこにたまたまボツワナがあるから行ってみたけど、アフリカにはあるまじき発展ぷりを


カサネという国の端っこにある町は見せてくれた。







ビクトリアの滝を動画でお届けします

2010年07月07日 23:27


バンジージャンプをした翌日、再び国境の近くのジンバブエ側ビクトリアの滝へと行った。



なんというか、ザンビア側だけだと不完全燃焼すぎた。



水しぶき激しすぎて、迫力だけは半端ないものの、いかんせん全貌が見えなかった。







それじゃあ、仕方がないね。こっち側も行ってみますか?




みたいなノリでジンバブエ側へ。








そして、それがこれ
ちょっと遠い
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それがこれ

迫力が伝わるかなと、動画で公開。伝わってるでしょ。でしょ。



ここまで近づいて、ようやくこの滝の凄みが分かったかなと。



世界三大瀑布なんて冠をつけるくらいだから、やっぱそれなりに、



こっちを驚嘆させてくれないと困る。なにしろ高い入場料も払ってるわけだし。



滝にデフォルトでついてくる虹
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水しぶきで屋久島の木っぽくなってる樹木 その1
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水しぶきで屋久島の木っぽくなってる樹木 その2
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バンジージャンプをする橋
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111メートルの高さの橋から飛び降りてみた

2010年07月05日 20:37

ザンビアのリビングストンから国境を越えて、ジンバブエへ。



その国境には、ビクトリアフォールズ橋なる橋があって、そこを渡ろうとすると


前方から絶叫が聞こえてくる。


その原因がこれ。
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何が悲しくて、お金払ってまで、奈落の底へ飛び降りなきゃいけないのかわからない。




正気の沙汰じゃない。





ところが自分も正気じゃなかったらしく、飛んじゃった。




感想:

飛ぶ前、ジャンプ台のヘリに立った時にこの上ない恐怖が訪れる。



何しろ一歩先には何もない、えらい下のほうに大きな川が流れてるだけ。



ありえない。何もないじゃん。



って思うんだけど、スタッフがものすごいテンポ良く「5,4,3,2,1 バンジー」



という掛け声。そんなテンポだからこっちも怖気づく暇もなく、宙へと踏み出す。





とんだ瞬間は頭が真っ白。本当に覚えてない。とにかく真っ白。真っ白というか


で、ちょっと立つと飛んでることに気づく。両手を広げて、飛んでる。川に向かって飛んでる。


飛んでるというか落ちてるんだけど、このときはまさしく飛んでるような感覚で



快感。




そして、もう少しすると落ちるとこまで落ちて、その後は重力よりロープのばねの威力が勝り、上昇を始める自分。




しかし、ロープがねじれてるせいで、くるくるくるくるくるりと回転をしながら上昇するもんだから、




脳が混乱。位置情報特定できません。となって、気づいたら、ずいぶん高いところまで再びリバウンドしてる。




そして、また落下。




そして、落下してまた上昇。




それが繰り返される。




落ちることへの慣れと快感の狭間で、何度も何度もあがったり下がったり、





4,5回目以降は、「もう勘弁してください」ってなる。



何回落ちても、やっぱり落ちるのは怖い。しかもなすすべなく、自分の体は宇宙の法則にまかせて、




運動が繰り返される。



アルコールに脳が支配されて記憶がなくなってしまうかのように、なすすべなさ過ぎる。




そして、それが終わるとようやく僕の身体はさかさまな状態で動きを止める。




正直、止まってる状態でも結構怖い。なにしろ宙ぶらりん。



そして、ようやく橋から僕を救ってくれるスタッフの方がするすると降りてきて、さかさまの僕を捕まえて、




救助される。










ってなわけで、一度お試しを。




めちゃくちゃ楽しいです。二度とはやりたいとは思わないけど。

その後、そういえば国境越えるんだったってなって、橋を渡ってジンバブエ入国。
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アフリカ終了。

2010年07月04日 22:50

僕は滝へ。





ザンビアの首都ルサカから工事のせいで10時間もかけて。






滝の町リビングストン。






アフリカ終了のお知らせが来る。






この町は、もうアフリカじゃない。




アフリカ大陸にあるかもしれないけど、アフリカじゃない。
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宿でプールとかロッククライミングとかアフリカじゃない。
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ビクトリアフォールズを見つけたのは、リビングストン。アフリカ人じゃない。
(原住民はとっくに見つけてたけど)
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この人はきっとアフリカ人

なんだか、ザンビア人っていうとしっくり来ない。アフリカ人って言いたくなる。
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そして、これが世界三台瀑布の1つ、ビクトリアの滝(ザンビア側バージョン)
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そして、これがビクトリアの滝にかかる虹
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0が多すぎるお土産の紙幣たち。
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なんだかずいぶん簡素になってしまった。



何しろ滝を見に行くつもりで、行ったわけだし、そこで滝を見たわけだし。



やっぱりこうなってしまうしかない。



そういえば、この町でワールドカップ前の親善試合 日本対イングランド戦を観た。



日本が先制点入れて、盛り上がったかと思いきや、オウンゴールで、勝手に自滅しちゃったやつ。



隣で見ていた勝利者側のイングランド人達も、喜ぶに喜べてなかったかと。



あまりに内容がないので、ザンビアの宿情報でも。



ルサカ:CHACHACHA BACKPACKERS
料金:ドミトリー 12US$、テント 5US$、インターネット 30分/1US$
設備:キッチンフリー プール付き

リビングストン:Livingstone Baclpackers
料金:ドミトリー 12US$、テント US5$
設備:ネットなし(兄弟経営のFAULTY TOWERSに行けば使わせてくれる)
   キッチン、使い心地よくないけどあり。
   プール付き、ロッククライミング用の岩付き。





アフリカで一番平和な国で世界一うまい牛肉

2010年07月03日 18:42

今、知ったんだけどザンビアは世界平和度指数 世界ランキング51位で、アフリカの中ではもっとも平和なうちのひとつなんだと。


治安がいいって意味じゃなくて、平和って意味で。



そんな国に行ってきました。




別に用事はなかったんだけれど、マラウィからジンバブエなりナミビアなりに抜けようとすると



そこにはザンビアさんがどっかりと腰を下ろして動きそうにもないから、



仕方がなく、お邪魔した。





ちょっとお邪魔するだけだって、国境で言い張ったんだけど、



「そんなの構うもんか、うちに来るならとにもかくにも50ドル払え」と言い張る。




「そんな後生な。すぐ出てくんで、何とかしてくださいよ」ってお願いしても、


「すぐに出てくとは、残念な話ですね。何でもいいから50ドル払ってください」と言われ、



無念にもビザ代50ドルを支払う。



えぇ、そういうことで入国したアフリカ一平和らしいザンビア。




この国は、ザンビアになる前「北ローデシア」と呼ばれ、白人によって統治されたんですね。


東京オリンピックの閉会式の日に、独立して、国号が変わったんです。


そのせいもあってか、ザンビアの首都ルサカってところは今まで行った首都に比べて


町自体がきれいに整頓され、道もしっかりと舗装され、アフリカのどこにでもあるような混沌さは


すっかり影を潜め、大きなスーパーマーケットなんかもあったりして、


「もー、これはアフリカのアフリカによるアフリカのためのアフリカは終わったな」



「1960年代までは、ここは白人の白人による白人のためのアフリカだったわけなんだな」と実感。



もちろんキリスト教の国ですから、バスに乗るとキング牧師を彷彿とさせる大演説が


バスの車内で延々と。。




僕にとっては、恐ろしく早口の英語でしゃべられるもんだし、ボリューム最大だし、



ちょっと迷惑だったんだけど、ほかの乗客たちは熱心に聴き、拍手までしてた。
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こんなとこでお目にかかるとは。
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で、ザンビアには意外な得意分野がありまして、それは肉なんです。肉。牛肉。




ザンビーフってブランドの肉で、一番高いランプステーキで、1キロ44,000ザンビアクアチャ。


1ドルが5000クアチャだから、 100グラムで1ドルにも満たないんです。




で、そのランプステーキがですね、





日本の和牛を除けば、おそらく世界で一番うまいんじゃないかってくらいの衝撃を与えてくれる牛肉なんです。



写真はないんですけどね。まぁ、見た目はただのステーキです。



それをレアで焼いて醤油をかけて、一口目を食べたときの、衝撃は忘れられません。







アフリカで、あんまりおいしい物を食べてこなかったっていう条件もあるのかもしれないけどね。



 
こんな記事を書いてたら、おなかがぐぅぐぅと鳴り止みませぬ。


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