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メイド・イン・チャイナ

2010年06月30日 17:37





アフリカなのにアフリカとはかけ離れた文化と文明と自然を持つザンジバル島から




吐きそうになるくらい揺れた船に乗って、再びダルエスサラームに戻った。







もうダルエスサラームに、用なんて何にもないからさっさと次へ。





ということでマラウィ目掛けて乗ったのが、タザラ鉄道(タンザン鉄道)





ダルエスサラームからザンビアのカプリムポシまでを結ぶこの列車。




Wikipedia先生によると1970年から75年にかけて、中華人民共和国の援助によって5億ドルの総工費をかけて建設。


全長1860キロ。





ということなんです。




で、駅に行ってみるとやっぱり中国を彷彿とさせる駅の構え。





でも、中国の駅ってのは当然一日に何本もの列車が行き来し、莫大な数の人口が利用するだけにあの規模。





で、このタンザン鉄道はわずかに週2。






だから、列車が運行していないほかの曜日は閑散。




なんだか、無駄にでかい気がしてならない。



中国側としては、「作ることになっちゃったし、こっちとしてはこんなのしか作れないけど、まぁそれでもいいなら」みたいなノリで、いつもの中国の駅を作っちゃったんじゃなかろうか。



ま、それは置いといて列車に乗り込む。





やっぱりこの列車も、完全に中国製。




カップラーメン用のお湯が出る設備がないのと、食堂車で出される食事が中華料理じゃなくて、




ただのチキンとライスか、ビーフとライスって事以外は、ほとんど同じ。
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しかも久々の列車だったんで、わくわくした。最初は。





でもね、車窓がぜんぜん変わらないんです。もうずっとアフリカンな景色。




しかもトランプしてたら、ジャックのスペードが風で窓の外に吹き飛ばされるし。


夕日と列車
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アフリカ名物 バボバブ
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で、最近回線高速化のおかげでユーチューブに動画がアップロードできるようになったので、
1分ばかりのタンザン鉄道の車窓からの映像をお届けします。

退屈だけど。



で、アフリカ始まってスーダン、エチオピア、ケニア、ウガンダ、ルワンダ、タンザニアと来ているわけだけど、



どこもかしこも中国援助の香りがぷんぷんする。



おかげで、道がよくなって旅行者としては快適な移動ができるわけなんで感謝の意を表しないといけないとは思うんだけど、不穏な空気を感じずにはいられない。




もちろんそんな記事が、アフリカの雑誌にも載っていた。



「おいおい、お前ら、中国の援助を何も考えないで素直に受け取ってると、気づいた時には資源が根こそぎもってかれちゃうで。気ぃつけな」みたいな記事が。






















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世界遺産ザンジバル島のストーンタウン

2010年06月29日 12:59

フェリーでストーンタウンに着いて、バスターミナルに向かうまでに


すでにそのストーンタウンという名の所以たる町を通過していくわけだけど、


そのわずかな時間でのストーンタウンとの出会いだけで、物凄く関心して感動した。



3階、4階建ての建物が所狭しと並び、その間を縫っていくように歩く。






高層の建物に挟まれるその感覚が、やけに新鮮。




今まで、旅したどのアフリカの国でもこんな感覚皆無だった。




その分、余計に関心する。
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この島は、インドやイスラムの影響を存分に受けている。




何しろ、奴隷貿易の拠点だったので。




アフリカを見る限り、こんな建築物に覆われた町がどこにも見当たらないのに大して、




こうして、インドやムスリムの影響を受けた島がこんなに発展しているのを見ると、




やっぱりアフリカ人の無力さを切に感じる。
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だから、奴隷になる。まぁ、当然の流れだったわけだ。


法に縛られて初めて、この弱肉強食の世の中には多少ばかりの平等だとかって状況が生まれる。







ここが奴隷貿易の際に、奴隷が収容されてた場所
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そこには、今教会が建てられてて、こんなものも。
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まぁ、そんな暗い奴隷の歴史はさておき、ここもリゾート。
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ここはいい意味でアフリカっぽくなくて、アフリカ縦断のいい息抜きになりました。
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アッサラームアレイコム
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デジカメの画像を覗き込む女の子。
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ザンジバル名物 ティンガティンガ
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アッサラームアレイコムといって、海に入水自殺を図る2人
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インド洋の宝石「ザンジバル島」へ

2010年06月27日 22:29


ザンジバルと聞くと、どうしても起動戦士ガンダムに出てくるザンジバル級戦艦なんかを思い出してしまうわけだけど、



この島はそのネーミングの元になった島。多分。




素敵なところでした。いろんな意味で。



ダルエスサラームから昼に出て夕方着くフェリーに乗って、到着。




ここは同じタンザニアなのに、同じパスポートを押される。



そしてたどり着いたのはストーンタウンって世界遺産になってる町。




でも、それをすっ飛ばして島の東側にあるジャンビアーニという小さな村へ。



なんで、そんなジャンビアーニなんかに行ったかと言うと、



そこには日本人宿があるんです。マライカゲストハウスってところで、1泊10ドル。


それで朝食、夕食つき。電気なし。シャワー有(水)。



しかも、夕食はそれとなく日本食っぽいものが出されるとあって、行かずには行きません。


こんなとこ。
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ここでの生活は、電気がなくて、もちろんインターネットなんかもないもんだし、

別に観光スポットがあるわけじゃないから、


基本、海に遊びに行くか、読書するか、地元の子供たちと遊ぶか、寝るか、飯食うか


しかやることない。



とはいえ、そんな生活ってまるで楽園にいるみたいで、本当にのどかで優雅な時間だった気がする。



一応、そこで釣りで生計を立ててる人が僕らを船でシュノーケリングとか釣りに行かないかといって誘いに来てくれる。もちろん料金発生するんだけど。


ここはとにかく海がきれいなんで、それに行かないともったいない。


ってことで行って来た。
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わずかに5ドル程度で、シュノーケリングやら釣りやらを堪能出来て大変お買い得。



しかも、海がウルトラきれいなんです。写真のとおり。



時間や天候、海の深さによって海の色も緑や青に変化して、本当に素敵過ぎるくらい美しい。



楽園というにふさわしい場所。
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しかも、ここではウニがその辺にごろごろ落ちてて、取り放題。


地元の人たちは、ウニなんて食べないから別に密漁でも何でもなくて、


僕らが取ったウニを宿のスタッフがきれいにお皿に盛ってくれるのです。




ウニ、食い放題。たらふく食える。しかも、かなりの美味。


ただ、ウニなんて普段、そんなにたらふく食べないから残しちゃうんだけどね。



で、後は子供たちと戯れる。
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まぁ、泣かせてるけど。
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かわいいでしょ。皆さんピュア。
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で、ここではあと読書に時間の大半を費やした。


そこに「ソフィーの世界」が置いてあって、ご存知のとおりやたらと分厚い



哲学の入門書なんだけど、そこにいた6日間で読破。



こういう何にもない環境で読むのと日本みたいに物にまみれた状況で読むと



思考回路の動き方もどうにも違うらしく、



神様ってのは、本当に存在してるんじゃないかって事を本当に考えてしまった。




とにかく、ここジャンビアーニはそんな場所なんでぜひお試しあれ。

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パスポート紛失と中華料理

2010年06月26日 00:12

今月は、もう一日も欠かさずブログを更新できるんじゃないかと、ヨーロッパ各国の



ネットワークファシリティに期待するわけだけど、とにもかくにもタンザニアの首都ダルエスサラーム。




こういうタイトルにするとアクセスが増えるのは、人間ってやっぱり人の不幸を見るのが



割と好きなんだろうなって思ってしまう。




パスポートを紛失したのは、たまたまダルエスサラームで買った新聞に載ってた


「パスポート探してます」の記事を出したごっつい唇のタンザニア人。
こんなとこに記事出して、果たしてパスポート見つかるんだろうか。
しかも、タンザニアで。って思った。

誰か、見つけたら連絡してあげてください。

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ダルエスサラーム自体は、なんてことない首都です。




正直、タンザニア料理なんてものあるんだかないんだか知らないし、もうウガリとか全然いらないので、





中華料理食ってきた。

700円はしようかというチャーハン。クォリティ高い!!
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たんたんめん。辛い!
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ダルエスサラームは、僕がアフリカの都市で人から聞いた中では一番トラブル発生率が高い都市。





いまや、ナイロビよりもよっぽどダルエスサラームのほうが危険らしい。





僕が聞いた中では、二人ほどが車に連れ込まれる形で強盗に出くわしたり、交通事故にあった人もいたり。



















もし、お出かけの際はくれぐれもご注意ください。





こんなトラブリーな都市はあんまり長いしたくないもんで、翌日フェリーで




ザンジバル島に向かった。






タンザニア横断 その2

2010年06月24日 00:35

今回も写真なし。



カハマからモシに向かうバスは、まだ陽も昇らない早朝に出発。




そのバス会社の名前は Air Jordan。ふざけた名前だ。





しかもダイレクトバスだと思って、バスターミナルに行くとバスが戻ってくる途中で壊れたからと、





途中までミニバスに乗せられ一時間。



そして、ティンリというチベットで聞いたことのあるような名前の場所で待つこと一時間。



大型バス到着。



ほぼ満席。



どこに座ればいいんでしょうか?






と思ったけど、後ろのほうに若干の空席。




3つ連なった列の通路側の席に着席。





隣に、子持ちの体積がいささか大きなおばちゃんがいて子供の分と2席占有してるんだけど、なぜか

窓側じゃなくて真ん中に着席。



「おばちゃん、なんで窓側に座らないの?ちょっとおかしいんじゃない?」って文句言うと


「あたし、チケット2席分ちゃんと持ってるわよ。ほら。」といって見せられ、


まぁ、それなら仕方ないのでと引き下がる。



とはいえ、どう考えても窓側座ってりゃいいのに、僕のすぐ隣に密着しててどうにも気持ちが悪い。





そのうえ、靴を履かせたまま子供を抱くもんだから、こっちの子供の片足が侵入してきて、




ばっちいし、気になってしょうがないし、とにかく邪魔。





さらに、モシまで向かう行程はなかなかの悪路で、






幾度となくバスはジャンピング。特に大型バスの後ろのほうってのは、乗客が飛び上がるくらいにはねる始末。






もうどうにも眠れないので、途中の休憩ポイントでウィスキーの小瓶を買って飲んでみたけど、





そんな小手先じゃ全然通用しなくて、相変わらず眠れない。





ということで、朝から晩までひたすらバスは走り続け、僕も耐え続け、




暗くなってしばらくしてから、バスは終点のアルーシャに到着。





このアルーシャって町、いいうわさをあんまり聞いたことなくて、レストランから宿への帰り道で



強盗にあった日本人がいるとか。。





なので、アルーシャにはなるべく滞在せず、そのままモシに行きたかったところで


渡りに船。




ちょうどモシ行きのミニバスが、目の前で待っててくれたので、そのまま乗り換え。



さらに一時間。22時だか23時ころようやくモシに着いたわけです。





モシに着くと、タクシードライバーに囲まれる。








この感覚、久しぶり。






もう囲まれても、恐怖みたいなのは一切なくて、なんだか楽しいんだよね。彼らをあしらうのが。




特にしつこい人は、楽しく遊べるね。



アジアと比べて、アフリカはこういう人達も思ったほどしつこくなくて、どうにも張り合いがないのです。




でも、モシのタクシードライバー達とは割りと遊べたかも。


結局、タクシーには乗ってないんだけどね。















モシって町は、キリマンジャロのふもとにあって登山のためのベースになる町。


ところで、モシって何?って話だけど、キリマンジャロに登るための町。






はなからキリマンジャロに登る予定もなかったわけですが、





もし登るとしたらおおよそ650~1000ドルほどの予算と4~6日ほどの時間を要するらしい。




で、成功率は50%。




キリマンジャロって、キリマンジャロコーヒーがあるくらいだからコーヒーうまいんじゃろと思って、



寄ったカフェのコーヒーは、砂糖を入れないと苦くて飲めないくらいにいけてなかった。






5月のキリマンジャロは、雨季の終わりかけということでまだ観光客も少なく、




キリマンジャロさんのほうも意気込みがあまり足りないせいか、一向に姿を見せる気配もない。








それでも早朝と夕方にはひっそりと顔を出してるらしく、夕方宿の入り口から眺めたら、




頭のほうだけちらっと見えた。






その姿があまりにもぬめっとしてて、山としての迫力にかけていたんで、




写真に取る気にもなれず、あぁ、アフリカ最高峰はこんなもんか。って満足してしまった。








やっぱり、エベレストくらいけばけばしく鋭いさきっぽから放たれる存在感とか、
http://yadohanashi.blog23.fc2.com/blog-entry-136.html


富士山みたいな美しさがなきゃ、どうにもぬめっとしてしまう。




まるでアフリカをあらわしてるみたい。アフリカがぬめぬめしてるわけじゃないんだけど、




もっとしゃきっとしろって感じ。




アフリカにこのままずーっといたら、そのまま自分もぬめぬめして生きてこの暗黒大陸を抜け出せなくなるんじゃないかという恐怖すら感じる。




何言ってんだかよくわからないけど、







とにもかくにもアリバイ的にキリマンジャロを拝むだけ拝んで、



サイババとかって



ふざけてるんだか高貴なんだかよくわからないバスに乗って首都ダルエスサラームに向かった。


























タンザニア横断

2010年06月23日 20:58

ルワンダをわずか2泊で後にして、次に向かうはタンザニア。


最初に目指したのはモシというキリマンジャロ登山のベースとなる街。



そこまでの道のりが実に長かった。




まずはルワンダの首都キガリからバスで3時間。



国境のルスモという町?に到着。




そこで、両国をまたぐ橋からルスモフォールズという見事な滝を見ながらタンザニア入国。




そして、50ドルものビザ代を支払う。



そこから次はベナコという町まで乗り合いタクシー(トヨタのカローラ)に7人乗りして、30分。



ベナコからは、カハマまで向かうんだけど、そのミニバス(ハイエース)は乗客がすべて埋まるまで出発しないという


面倒なバスで2時間ほど昼食取りつつ待ちぼうけ。



そしてカハマまで5時間。隣のタンザニア人のおばちゃんの体積がすばらしくでかいために、



えらく窮屈。そして退屈な移動。



カハマに着いたのは結局7時くらい。カハマなんて町、何にも用事はなくてそのまま進めたらそれでよかったんだけど、仕方なく、一泊。



カハマって町は、アフリカのごく平均的な町って感じで町中は舗装されず、子供も大人も暇そうにたむろしてて、

バスターミナルを中心に露天が並ぶ。


で、暇なので子供を追っかけまわして遊ぶ。




ここで泊まった宿は、シャワーなんてなくて、雨を貯める貯水槽から自分でバケツに水汲んできて、

小さな手桶で浴びなきゃなんない。


しかもシャワー室というか随分と狭いコンクリートの部屋。


閉めようとしたら、ドアいきなり壊れるし。




うんざり。









ワールドカップ、カメルーン戦の写真を惜しげもなく・・・

2010年06月22日 22:39

更新されないブログを毎日見に来て下さってる方々、本当にありがとうございます。


そういうことで久しぶりの更新は、つい一週間まえに日本中を狂喜の渦を巻き起こした

ワールドカップ、日本対カメルーン戦の模様をお送りします。


南アフリカじゃ、ワールドカップのせいで宿代などが2倍、3倍になったりして行くの止めようかなとも


おもったんだけど、折角この時期に南アフリカに行くわけだし、試合観戦しないと勿体無くね?


と思い、試合チケットも簡単に買えちゃって、ブルームフォンテンまで見に行っちゃったわけです。



開始前の、会場前。
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そして、入場。開始一時間前なのにガラガラ
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試合前の、みなさん。
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田中とぅーりおさんのキック。
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多分、前半終了直後
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選手交代 その1
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選手交代 その2
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ぶれぶれだけど、試合終了直後ベンチを飛び出すみなさん。
この瞬間は、本当に日本サポーターが歓喜の渦に飲み込まれてた。
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試合後の監督インタビュー。
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試合後、すぐ前を通り過ぎるトゥーリオさん
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ついでに本田さんのインタビュー
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試合後、テレビ朝日さんのカメラに群がる日本の皆さん
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ってなわけ。




カテゴリー1のシートが売れ残っていたおかげで、本当はカテ2の席だったんだけど、勝手に移動して、


ベンチ裏の席に陣取って、応援してました。


おかげで選手が本当に近くて、サッカーの試合なんて見るの始めてだったけど、本当に面白かった。


あの興奮はそうそう味わえないんじゃないかと思う。


何しろ勝ったからね。日本代表、ワールドカップ海外での初勝利。




そして、ワールドカップ期間中に南アフリカを発ってしまうことにちょっとした後悔を覚える。





あー、もっと色んな試合見とけばよかったな。








ルワンダの悲惨で無残な虐殺記念館

2010年06月09日 17:47

ルワンダって国は、最貧国の一つだったと思うんだけど首都キガリについてみると随分と都会だった。


自分の中の都会レベルのハードルがどんどんと下がってるせいで、ちょっとした街でも都会だなーと感じるようになってしまってるせいもあるんだけれど。





ルワンダはベルギーの植民地だったせいか、英語がいきなり全然通じないし、食も、ビュッフェなるものがいきなり登場しだしたし、


国民の顔立ちながらも、どこかスマート。




街行く車は、日本の中古車だけじゃなくて、新車も走ったりするようになってるし、


とにかくルワンダの首都キガリはしゅっとしてるイメージがあった。





なにはともわれ、ルワンダのイメージは、完全にツチ族とフツ族の虐殺とか紛争のイメージ。


しかもつい最近。



だけど、そんな痕跡どこにも残ってない。


虐殺を実際に実行したツチ族の人たちは、そのままコンゴに逃げてそのまま住んでるらしいから、


ルワンダにはあんましいないらしいね。





しれっと、「ユーは、ツチ?フツ?」とか聞いてみたけど、どうやらこういう質問は


ずいぶんと気まずいらしく、しれっとごまかされた。







そして、もちろんその暗い過去を教訓とするべく虐殺記念館みたいなのが何箇所かあるみたいで、





その状態がもっとも過酷に残っているらしいルワンダの南西にあるギコンゴロの虐殺記念館に行ってきた。









そして、それは想像を絶する光景だった。







そこは元々学校の校舎だった場所で、実際に虐殺が行われた場所。







虐殺にあった数千、数万の人々が埋められていたんだけど、






ミイラ化したその遺体を各校舎の教室に台を作って、ただ並べてあった。なんの解説もなく。





今まで、ミイラすら見たことがあるのやらないのやら覚えてないくらいだけれど、




一度に、こんなにもたくさんの、それも生々しいミイラが無造作に並べてあるなんて想像もしなかった。




そして、その各教室に入ってみると今まで嗅いだ事もないような生々しい匂いがした。






死んだ人間のにおい。









その無数にあるミイラには、髪がちらっと生えてるものもあれば、片足がなかったり、着ていた服がそのままミイラかしていたり、






本当に小さな赤ん坊だったり、銃痕がしっかりと残っていたり、





とにかく悲惨極まりない状態だった。





そんなことで、ガイドの人は「写真を好きに撮っていいよ」とか言うんだけど、








一枚も取れなかった。







そんな無残な状態が残っている教室の外は、ルワンダのきれいな森と青い空に囲まれて、ものすごく気持ちのよい場所。





そのギャップがあまりに対象的に感じた。





そんな暗い過去を背負ってるルワンダなんだけれど、国民はそんな事なかったかのようにあまりに普通に暮らしてたし、




その虐殺記念館がある村の子供たちも笑顔で溢れてた。




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