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(ウガンダ)平均身長150センチ以下の人達

2010年05月31日 20:33

全力で追いつかなきゃいけないのに、まだこっちはウガンダ。


さくっとピグミーの記事を。




ピグミーってどっかで聞いた事あったけど、一体それがなんなんだかさっぱり知らず。




ナイロビで聞く限りは、小人だという事で、ウガンダには行こうと思ってたんだけど、




一体、何を見たらいいんだ、そこで?みたいなとこに取り合えず見所が用意してあったんで、



訪問させて頂いた。




ピグミーがすむ村までは、カンパラから5時間くらいバスに乗りポートフォータルという町に行き、



そこからさらにバスで2時間。そこまでの景色は、日本の高地みたいな緑の茂る山と青い空の絶景が続く。


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そうこうして、ピグミー村近くで下車。






舗装の一切されない荒れた道を、とぼとぼと歩いて誰が道行く人々が



余りにも普通だったから、ちょっと小さめな人を見つけて







え、これがピグミー?(どうもそれは違ったらしい。)






みたいな気分で、ずんずん歩く。



そして、ようやくピグミーが住む集落到着。






ピグミーに出会う。

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確かにちっちゃい。





でもそれだけ。




ちっちゃい大人たち それがピグミー。





エチオピアで少数民族たちを見たような衝撃は特に無く。

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なんだか向こうも特にやる気なくて、どいういうわけか大麻を育ててると言われて見せてもらった。
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彼らの大事な収入源らしい。ウガンダではもちろんイリーガルなんだけれども。


そういうことで、ピグミーの小ささは写真撮るだけじゃ全然分からない。
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彼らも彼らで一通り見終わったら、




「もらった入場料で、買い物に行きたいから早く帰ってくれないか」見たいな事言われて、




客人に対して、えらく失礼だなとか思いつつも、最近の民族訪問はどこもかしこも



こんな対応なんで大して腹が立つことも無く、村を去ったわけです。






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(ウガンダ)ゴリラの国

2010年05月30日 21:46

ナイロビから夜行でさくっとウガンダの首都、カンパラへ。



ずいぶんと距離があるはずなのに、道がずいぶんと良くて、



夜出たバスは、深夜の国境超えを経て早朝に着いた。








そして、カンパラでバスを降ろされて、安宿のNew ABC Hotelへと向かい、チェックインを済ませる。








カンパラの初っ端の印象は、茶色。






道路が舗装されてたり、されてなかったりでされてない部分はアフリカ特有の赤土がずいぶんと目立った。









そして何より日本車が目立つ。ずいぶん前に書いたけど日本の中古車だらけ。






ナイロビでもそうだったし、この後行く国も大体そうなんだけど、





日本の厳しい車検を諦められた車たちが、こうしてここで第二の余生を送っている。




何気に余生のほうが厳しい道を体中ぼろぼろになっても問題なく、走らされるのでなかなかハードな人生を



送ってるみたいだけど、ここまで日本車が走っているとやっぱりうれしい。






ウガンダのイメージって何となくゴリラだったんだけど、ちょいちょいゴリラっぽい人を見かけた。




ゴリラっぽいというか、一つ間違えればゴリラに生まれたんじゃないかみたいな。
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アフリカの首都は、首都だけにそれなりに都会なとこがおおくて、カンパラもそれなりに都会だった。



それなりの中層の建造物とそれなりの商店。


そして一軒だけ見た何でも売ってるカルフールみたいなスーパーマーケット。



さらに何故かヒンドゥー寺院。
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ほとんどルワンダのビザ取得のためにしか居なかったけど、



首都なりの魅力を秘めた都市だったんじゃないかと。



ウガンダ入ってから、朝食はこればかり。
カトゴ。
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(ケニア)援助物資の末路と野菜欠乏症

2010年05月28日 22:47

ケニアでサファリツアーが終わったあとは、数日ナイロビでだらだらした後ウガンダへと向かった。


ニューケニアロッジ、居心地いいです。


ケニアがアフリカの雄といわれるだけあって、ナイロビの町は都会。


つっても、町に並ぶ店は携帯ばっかり売ってたり、中国製の服ばっかり並んでたり、



そして外国から送られた援助物資が売られてるギコンバマーケット。



そこには、ユニクロなんかも売ってたりして、日本からの援助物資も届いている模様。



日本からめぐられない人達へ という事で善意の気持ちで送られた品物は、



どういうわけかここでみんな売り物と化している。



そういうことで、外国からの援助というのは結局現地ではゆがんだ形で受け取られ、



結局アフリカ人みんな援助頼みになっちゃって、自分らで働かなくなるんじゃ。






こいつら、永遠に貧乏じゃ。


そんなのを尻目に、ナイロビで有名なお肉屋さんへ。

肉食べ放題 約3000円。

牛、豚、鳥、ダチョウ、ワニ、ラクダを食べまくった。食べ放題。
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何が一番美味かったって
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もちろんお肉もうまいんだけど、
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何しろサラダがうまかった。フレッシュサラダ。コーンサラダ。





アフリカに来るとやたらと野菜の摂取が少なくなる、体が求めまくってる。





全力で野菜求めまくってる。命を削った肉を食べながら、野菜に対して興奮してるとき、



もうベジタリアンになってもいいんじゃないかって思った。





でも、今思うとそれはないね。100%  それが世の中の仕組みなので。






ニューケニアロッジの屋上から見たナイロビ
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埃まみれの誇り高きマサイ族

2010年05月27日 19:45

マサイ族ってなんだか、アフリカの民族代表って感じじゃないですか?


良くは知らないけど、なんとなくは格好いいイメージあるじゃないですか。



サファリツアーのオプション(1200円)で、マサイ族が住む村につれてってくれるわけですよ。










村つっても、住人わずかに20人くらいしか居ないんじゃないかと思われる小さな小さな囲い。








金を払って早々、コンダクターらしきマサイが説明を始める。





もうこなれたもんです。











そして、さっさとマサイジャンプショーをおっぱじめる。
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なんだか、皆事務的な感じで投げやりでやる気なし。






まぁ、予想してたけどさ。






その後見せられるのは、火起こし。
大のマサイ族5人で火起こし。しかも最初火がつかなくて、木が湿ってるんだとか言い訳。
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そんな情けない大人たちを見る子供たち。
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その後は、女マサイ達のショー。
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そして、写真撮影。
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その後、マサイの家案内。つっても小さな小さなわらぶきの家。




でもって、最後はお土産タイム。

で、お土産も買わずにだらだらだらだらしてたら、中国人のツアー客が登場。





僕らに、再度マサイジャンプショーを見せたくないのか


やたらと帰らせたがる。




なんだか腹立たしいので居座る。



で、もっかい見る。微妙に中国人が見切れてる。
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で、そのまま居座ってたら、「お土産買わないならさっさと帰ってくれ」みたいな雰囲気になり、






ほとんどそこを追い出されるような感じになって出場。








案内してくれたマサイに、



「これじゃ、ただのビジネスじゃないか。お前はビジネスマンか?」って聞いたら、


「イエス」って言われた。



「昔は、お前たちも狩猟して、金なんか無くても生きていけたんだろ?」って聞いたら、




「それは昔の話だ。教育にも食費にも金がかかる。世の中金だ」って言われた。





なんか悲しくなるな。





プライドとかないのかな。







野生動物まみれ

2010年05月26日 09:44

ナイロビから手軽に、安く、そしてそれなりに満足できるらしい

マサイマラ国立公園に行ってきた。



泊まってた宿(New Kenya Lodge)から2泊3日のツアーを頼む。(激しい交渉の末 240ドル)



車は朝9時に出発



とりあえず絶景をお見舞いされる。
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色々と経緯を説明するのが、面倒くさいし余り覚えてないので、


あとはマサイマラ国立公園にて二泊三日の間に見ることの出来た動物達をどうぞ。

バッファロー
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トッピ
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ミーアキャット
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よく分からないけど鳥。
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ダチョウ
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ゾウ
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キリン
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イボイノシシ
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ヒョウ(これはかなり見れるのレアらしい)
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グランドガゼル
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ハゲワシ
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死骸
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セグロジャッカル
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サバンナモンキー
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カバ
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トカゲ
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チーター
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メスライオンと子供たち
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オスライオン(シンバ)
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もっかいキリン
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サファリの夜明け
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シマウマ
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バッファローとライオンとイーグルと、それと写真無いけど鷹(ホーク)とつばめ(スワロー)も見れたんで、

もう一つ見れればペナントシリーズ開催可能でした。


まぁ、残ってるので見れそうなのは、虎か鯉くらいなもんだけど。




それにしてもこんなにもたくさんの動物に出会えるとは思っても見なかった。




これが本当の自然の姿だったとは信じがたい。


リアルなはずなんだけど、どうにもリアルに感じられない。


なんかのアトラクションなんじゃないかって錯覚してくる。


もし、またサファリツアーに参加する事があれば絶対にもっと強力な望遠レンズを持参したい。

こんな状態で写真を撮るものだから、皆同じ構図。何しろほとんど同じ場所から取ってるし。
そうとなっては、あとは機材がものを言う。
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この限られたスペースにこんなにも多くの野生動物が生きてるなんて。



人間様がこの地球を牛耳るまでは、彼らがそれなりに幅を利かせてたって事でしょ?




それにしてもここは、東京と正反対の環境だなとつくづく感じる。






強盗の話

2010年05月25日 17:00


兎にも角にもモヤレからナイロビまでのトラック移動は、ずいぶんとしんどくて、



願わくばもう一生あんなルートは移動したくない。



ドライバーは、移動中に




「このルートは、毎日強盗が出るんだ。俺も、2,3回強盗に合った。」とか言い出す。






えぇぇぇぇぇぇ。









トラックの荷台から望むアフリカの景色はものすごぉく綺麗だったんだけど、







そんな一言聞いて、テンション凄い下がる。







それからの一日は、緊張の時間が続いた。






和気藹々としゃべり続けてたのに、皆黙った。










結局、何事もなかったんで本当に良かった。

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それと、ナイロビ。





ナイロビは世界で二番目に危険な都市とか聞いた。気のせいかも知んないけど。





ナイロビで泊まったNew Kenya Lodge周辺は、最新の地球の歩き方に




絶対に立ち寄らないで下さいとか書いてある。




ただ、深夜は別として平日の昼間は普通にそこら辺を人々が歩いていて、



そんな危険を感じなかったし、宿の人もこの辺は絶対安全だから大丈夫とか言ってた。




それでも、宿の2,3本裏の通りは日曜の夕方なんか歩くと狩られるらしい。





そういうことで、危険なところでも場所と時間さえ注意すれば





リスクはかなり回避出来るんじゃないかと。



















This is AFRICA!!その2

2010年05月24日 19:35


ナイロビへの道のり 2日目




マルサビットで9時に来るはずのトラックがいつまでたっても来ず、






もう僕らを置いて、出発しちゃったんじゃないかと思うほど





とにかく途方にくれるほど待たされて、4時間半待たされて、




ようやく来た。




修理していたらしい。






ちゃんと教えてくれ。







14時過ぎにトラックはマルサビットを出発。

今日は、荷台から。
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どっかの部族も乗ってくる。
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トラックは、どっかが故障したらしく1時間を越える休憩。
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そして、あっという間に日が暮れる。





僕はドライバー席の後ろで横になり、休んでたんだけど



いきなり腹が痛くなってくる。












どんどん痛くなってくる。










夕食のために、トラック停車。





トイレへダッシュ。







真っ暗な中、トイレの扉を開ける。







得たいの知れないゴキプリっぽい虫うじゃーーーー。








そんな事関係なく汗が体中から噴出して、用を足す。












そして、トラックは再び出発。













ズボンの中がいずい。

















おー、ズボンの中を虫が這ってるーーーー。








どんな虫だか知らないけど、とりあえず握りつぶして放り投げる。













とにかくそんな夜でもトラックはずーっと悪路を走り続ける、ゆれ続ける。










夜中の2時頃、イシオロに到着。












僕ら日本人6人で移動してたんだけど、そのうち3人はイシオロまでの荷台席チケットしか買っておらず、






なんかしらんけど、トラックをごっつい警察に取り囲まれ、降りろ降りろと言われ、ナイロビ行きの






権利を持ってる僕らまで含めて大揉め。











どうやら警察は、賄賂目的らしい。












とりあえず、それも解決。













そして、トラックは再び出発。











早朝、ついに赤道を越える。

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その頃から、トラックは何度も何度も警察に止められ、



そのたびにドライバーは警察に賄賂を払う。一回60円とか120円とか。





しかもことごとくすべての警察にとめられる。このトラックだけ。





なんでだろう?結局なんでか知らなかったけど、




ドライバーは、「警察なんて嫌いだ」と言いながら払い続ける。






ナイロビに到着する最後のポリススポットでは、






女の警官がついに賄賂を受けとらず、「警察署に行け」みたいな話になり、






僕らとしては訳が分からず、警察「このドライバーに問題があるんだ」とか言うんだけど、





そんなの関係なく、とにもかくにもナイロビに行ってもらわないと困るし、とりあえず何とかしてくれと




ぶーぶー文句を言う。






最終的には、女警官ではなく男の警官が賄賂を受け取り、トラックは出発。













ナイロビのスラムだかなんだかよく分からんところを雨の中通過し、とにもかくにもようやく到着。








そんな二泊三日のしんどい移動でございました。




しかも、虫が這ってた太ももの裏、水ぶくれできてるし。






















This is AFRICA!!

2010年05月16日 19:29

3週間も居たエチオピアを出て、歩いてケニア入国。


ケニアの治安をすこぶる心配しているわけだけれど、一緒に歩いて入国した二人のケニア人に、


「そんな事心配いらないよ。安全だから。」と言われて一安心。







ネコが部屋に住み着く宿では、屋上からはるかはるか遠くで、


数え切れないほど、何発もの雷が煌く。
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翌朝から1泊3日にわたる長い長いトラックでの移動が始まった。


トラックの料金は、助手席が2500ケニアシリング。そして荷台が1500ケニアシリング。


1シリングは大体1.2円。


僕は迷わず助手席を選ぶ。


このルートは、いろんな旅行者からも辛いと聞いていたし、とにかく楽に越した事はないし。


早朝4時からの阿寒湖をひっくり返したような大雨のせいで、初っ端から道が悪く、出発して早々に
トラックがこんな感じでスタック。
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一台目がまっすぐ突っ切って、スタック。


そして二台目はそれをよけて右に行こうとしてスタック。


それ以降の車は、左側のスペースを縫うようにして何とかステージクリア。



これ以降も何度もスタックの危機には悩まされ、というか一度だけ僕らの乗ったトラックもスタックしたけど


ドライバーのたぐいまれかどうかは知らないけど、今まで培ったドライビングテクニックで乗り切っていく。


その日の前半は、ずっと悪路がひたすら続き、雨なんかも降ってくる。



助手席というか、ドライバーシートの後ろの横になれるスペースで横になっていた僕は、


その悪路がいい振動となってこの上ない快適な移動になっていたんだけど、


雨のせいでカバーをかぶされ、臭い荷物とカバーの狭間に挟まれてたほかの人々は、


相当にしんどい時間を過ごしていたらしい。




雨が止み、道は相変わらずだったけど、アフリカらしい広大な景色が望めるようになってくる。
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この辺からは、助手席にいるのはもったいなくなって僕も荷台にあがる。
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トラック修理中。
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Cool Boyと書かれたトラックは、その日中、一度の昼食休憩(このときは他のトラックが先に着いていて昼飯にありつけなかった)と、一度のパンク修理休憩以外は、ほとんどずっと走り続ける。


日本みたいに整備された高速道路を走り続けるのとは訳が違い、常にギアチェンジをし、悪路のためにハンドルを切り続けたドライバーは疲労困憊の様子。


ついでに悪路の揺れと吹きすさぶ風とほこりにやられた一緒のトラックに乗ってたスギさんが


40度の高熱を出し、ダウン。


僕は、彼と助手席のリラックススペースを交換し、荷台へと移動する。



23時を過ぎて、急に寒くなり始め、もう臭いとか汚いとか関係なく、




荷物の上にジャケット一枚羽織って寝始める。




そして、眠気に襲われて何とか寝れそうになった頃、バスはマルサビットに着いたらしく、



起こされて、トラックの荷台から眠気眼で降ろされて、


もう疲れ果てて、この世の終わりというか

ありとあらゆるものが枯れたひまわりみたいにぐったりしちゃったみたいな状態で、



僕らは、ようやく静止したベッドの上で眠る事が出来た。

(エチオピア)不法滞在

2010年05月15日 20:45

少数民族ツアーに参加したときから分かりきってたんだけど、やっちゃった。



不法滞在。



ジンカから長い長い道のりをコンソって町で一泊して、乗り換えて



そこから再びながーいバス乗って、国境の町モヤレまで。



その時点でどういうわけか、ビザの期限より3日ほど過ぎてた。


どういうわけなんだろうと訳も分からず、考える事もやめて、



ただただ不安を抱える。


最悪の場合、アジスアベバに帰ってビザ延長しなくちゃいけない。



悪路で窮屈なエチオピアのバスは、もうおなかいっぱい。



絶対にアジスアベバなんかに帰りたくない。







そして、エチオピアのイミグレーションオフィスへ。







そして、係員との対面。





僕は親切にも係員にエチオピアのビザのページを開いてみせる。






明らかに期限の切れてるページを係員は、ちらっと見てる間に僕は





「エチオピアはすばらしい国だ」とかのたまう。





そして係員は、ごく当たり前のように出国スタンプを押す。







あー、良かった。


DSC_1929.jpg



以上。

(エチオピア)下唇に皿はめちゃった人達。

2010年05月13日 22:07

完全にブログが再び置いてかれてる。


乖離が激しいと、いろんなことが雑に進んでしまう。



エチオピア少数民族ツアー、最終日はかの有名な下唇に何を思ったか皿をはめだしたムルシ族への訪問。





彼らは、ずいぶん前から被観光民族として確立されてるせいか、もう民族としてのプライドなんかも


捨て去ってしまい、資本主義にどっぷりとつかってしまったらしい。



着いて早々、僕らのガイドがなんやかんやと簡単にガイドをはじめるんだけど、


その間にその小さな集落に居たムルシたちはわらわらと集まって、そこに並び、


ガイドの説明をさえぎるようにして、



「いいから、とっとと私たちを写真に撮って、金をよこしなさい!」



みたいな事を言い出す。






彼らの金のがめつさにも、すでにカロ族のそれで学習していたし、



ジンカの町に居たエチオピア人ですら、



「おれらは、ムルシが嫌いだ。あいつら、金の事ばっかりだ。」見たいな事言ってたし、



ある程度予想が出来ていたので、





こっち側も、「もういいですよ、それならそれで金をやるから、おとなしく写真に撮られなさい」


とばかりに、一枚あたりの値段交渉だけはしっかりとして、写真を何枚か撮る。

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ほとんど自給自足が可能そうな彼らだけど、結婚するために牛が何頭も必要だったりして、
とにかくお金は必要なんだから、よこしなさい。写真を撮りなさいと群がってくる。
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彼らですら資本主義の波に飲まれたわけだから、その波は当分世界中をぐるんぐるんにして、
もうマトリックスの世界のように、何がなんだか分からなくなって、
誰もその世界を管理できないようになって、最終的に破滅してしまった跡に、
この人達はまたもとのナチュラルな生活に戻れるんじゃないかと。
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写真を撮られて、見返りに空のペットボトルでもバナナ一本でも満足せず、
ひたむきに金を要求してきたガキ。
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(エチオピア)もう訳が分からない

2010年05月05日 10:09




ハマル族の次に訪れたのは、カロ族。




ここ来るの結構面倒くさいので、ツーリストがあまり来なくてツーリストずれしてないって聞いた。











でも、結局そんな事一切無くて、もはや存在してるんだかしてないんだかも分からないようなエチオピアの奥地にいる


こいつらも結局は資本主義に飲み込まれ、お金が無いと生きていけなくなってる。



民族のプライドを捨て、入村料を取り、さらには写真代までもせびる。

お金を勘定する少年
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「金をしまえ」と指示して、写真を取り直す。ちょっとふてくされ気味。
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この写真一枚14円のコスト。
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この顔に白く塗ってるのは、何もいつでも塗ってるわけじゃなくて儀式用らしい。
だから、こうして観光客が来ると皆大急ぎで顔に白いのを塗りたくる。

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そんなカロ族。もはやカロ族が一体何なのか、ガイドのアベベからもほとんど説明が無く、

とりあえず顔を塗りたくった連中を見て回ったわけだけど、やっぱりそっとしておいてあげればいいのに。

って思います。



彼らがこれから余りにも残酷で過酷な資本主義競争に参加するには色々とハードルが高すぎるんじゃないかと思います。



行き際に見た。あり塚。めっちゃでかいです。人間の家よりでかくて、この辺のアリは、この辺の人間より

建築の才能アリ。
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(エチオピア)未知との遭遇

2010年05月04日 03:47

お金を払って、わざわざ人間を観に行くというのはどうにも気が引けた。


だって、同じ人間でしょ。




これじゃ動物園じゃないか!!



とか、思って何しろ少数民族ツアーに行ったら確実にエチオピアビザが切れる!!





という事で、3泊4日のツアー参加にかなりごねたんだけど、一緒に居た方々に押し切られ参加する事に。





金払ったからには楽しまなきゃ。





彼らも金をもらって観られる事を了承しているわけだから。






初日に見たのはハマル族。

この人達は、写真撮影用にわざわざ並んでくれてたわけじゃないけどいい感じに並んでくれてた。

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これがハマル族。この髪の毛がミルクというか燻製というかとにかく臭い。臭い頭の人達。
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ハマル族の女は、ドがつくほどのエムで、男からこうやって木の枝で思い切りぶたれる事に喜びを覚えるらしい。
間近で見ると痛々しい。
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ちょんまげ。いい笑顔でしょ。
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全然知らなかったし、観たいとも思ってなかったんだけどたまたま観れちゃったりした



ブルジャンプとはハマル族の男が結婚だか成人の儀式で、素っ裸で



何頭ものもの牛の上を歩いて越えるというどうにも理解しがたい儀式。



この儀式の意味合いがハマル族にとってどれほど大きいのか、それともちっぽけなのかは知りません。


ブルジャンプに向けて、出陣するチャーリーズエンジェル。
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だだっ広い広場に移ると、大量の牛入場。
そこに居た全部の牛を飛び越えるのかと思いきやわずかに数頭が選ばれる。
これは、その牛を並ばせようとしてるんだけど、牛が言う事聞かなくて暴れてる様子。

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女どもが笛を吹き、歌い、踊り、跳ねながら牛達の回りを何周もする。




そして、わずかな観光客および部外者は端っこに寄せられ、その儀式はあっさりと始まった。


それがこれ。
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そんな一日だったわけだけど、とにもかくにも日本の日常とは懸け離れまくっていた。


この会場の女達は皆、上着を着ていたけどマーケットとかに居るハマル族は乳丸出し。
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はじめから想像もしていなかったから、想像を超えたというのもおかしいけど、

とにかく予想だにしない民族が、このエチオピア南部には21世紀になって10年目の2010年に

普通にすんでいる。
[ 続きを読む ]

ハイエースに染まるカンパラ

2010年05月02日 11:36

たまにはリアルタイムに書いてみようかと。

ブログでは、ジンカに着いたくらいだったかと思うんだけどその後、少数民族ツアーをやっつけ、

エチオピア国境を越え、ナイロビまでハードなトラック移動をこなし、

肉食動物達と戯れるサファリツアーを完遂したのち、


ウガンダの首都カンパラにやってきました。

上記3行で書いた事はおそらくアフリカのハイライトなのでちゃんと写真と一緒に記事書くけど、

今そんな気分じゃないので、カンパラを走りまくる日本の中古車達の写真でも載せてみます。


ナイロビでもカンパラでも、日本ではあまり見なくなった90年代に生産されたと思われる

日本では車検通すのが大変だけど、まだまだ全然走れるんじゃね?

って車がおびただしい数走っていて、なんだか嬉しい。

基本的にはトヨタの車が多くて、ハイエースの数なんて本当に半端ない

バスターミナルを埋め尽くすほどのハイエースが日本から輸入されている。



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気持ち次第、人次第、金次第。

2010年05月01日 17:22


アルバミンチから次に向かうは、ジンカ。

朝4時に起きて、4時半にバス停へ。

それもこれも5時にジンカ行きのバスがあるというから。


ところが、5時ってのはバス停が開門する時間だったらしく、門前で待ちぼうけ。




開門し、ジンカ行きのバスを探し並ぶ。










しばらくすると、何故か並んでたはずの人達がぽつぽつと列を離れる。


















 どうもおかしい。











そこで、日本語で声をかけてくるエチオピア人の少年登場。


「こんにちわ」


「あなたの名前はなんですか?」







そんな彼に状況を聞くと、



ジンカ行きの人数が少ないので、ドライバーが行くのをやめた とか。





なんやねん、それ。






そんなだから最貧国なんです。もー永遠に最貧国であればいいんだ。






ってのは置いといて、ジンカに行きたい他のエチオピア人もそわそわし始める。





完全にバスが行かないことは確定した模様で、



もー、あとはミニバスを皆でチャーターするしかないよね。ってなったところで、



ちょうど良くジンカに行くというドライバーが登場。





そのバスに乗り込む。



ところが、料金100ブル(700円)と言われ、それに納得できない数人がそのバスへの乗車を拒否し、



ドライバーも「やっぱりアジスアベバに行く」とか言い出す。




本当にどうしよーもない。





そして、皆でバスのオフィスへ乗り込み。





「ジンカ行けー、行けー」とシュプレヒコールをあげる。



外国人が行けないとなったら、ただごとじゃないから「あなた方も彼らに言ってちょうだい」と



ちょっとお金を持ってそーなおばはんにそそのかされ、皆で「ジンカ行きたいねん。どうしてくれるねん」と煽る。




そんなこんなで一時間強。


ようやくジンカ行きのバスを出してくれることになった。




バスの中はガラガラで本当に行くのか心配になったけど、男に二言はないらしくバスは7時半くらいにようやく出発した。








バスからの車窓は、のどかで少しだけ日本の田舎っぽい景色が見えてなんだか懐かしいんだけど、やっぱりエチオピア。

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バナナ5本で14円。

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