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アーグラー到着!!

2009年11月27日 14:02


アウランガバードで宿泊した宿 Hotel ShreeMayaでは、ドミトリーに泊まったんだけど、

3泊した間、誰も来なくてずっと一人きりだった。


そんな快適なアウランガバードを後にして、次に目指したのはニューデリー。

アウランガバードからニューデリーにかけては、観光スポット目白押しかもしれないけど、

これ以上、インドに対するモチベーションが続く気がしなかったので、とにかく北を目指した。

ニューデリーに向かった理由は、もうひとつあって、ビザの取得。

この先、パキスタンかイランを目指す事になるんだろうけど、ビザは持ってなかった。



アウランガバードから電車で15,6時間。

その途中で気付いた事は、今日が金曜日だという事。

金曜日にデリーに着いて、そんなにも素早く宿のチェックインを終えて、大使館巡りが出来るのか、

そして、土日を持て余す事になるのは確実だったので、電車の中で時刻表を見たところ、

デリーにつく3時間ほど前にアーグラーに到着するみたいだったので、そこで下車する事にした。


アーグラーは、ご存知 タージマハールのある町。

16世紀にムガール帝国の都となった場所だ。



早朝にアーグラーに着くと、インドならでわのリキシャー乗りの勧誘合戦が始まる。

それを華麗に無視して、バスを探したんだけれど、安宿があるタージマハール付近まで行くバスは見当たらない。

仕方ないので、プリペイドリキシャーというものを利用して、50ルピーで、アーグラーカント駅からタージマハールまで向かった。


タージマハールのそばでたどり着くと、そこから今度は宿を探してないかという勧誘が始まる。


目星は付けていたけど、とりあえず付いて行く。


付近の宿は、さすがに観光地とだけあって、日本人観光客も多いらしく、いくつかの宿には、日本人が日本語で宿の推薦コメントの

書かれた大きな紙が張られているところもあった。


僕も、結局はそういった宿の一つに決めて、夜行列車内での寝不足を解消するべく、昼間中眠った。





タージマハールの近くに宿泊したはいいものの、その日は金曜日。

知ってはいたけど、金曜日はタージマハールがお墓だというのにお休み。


結局、その日は近くのタージマハールが屋上から見えるというレストランで時間を潰す。


そこからタージマハールのほぼ全景が見渡せ、写真も撮れたために750ルピー(1500円)も払って翌日

タージマハールに入場するべきかしないべきか、悩んだ。
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インドにおいて、750ルピーという入場料は格段に高くて、これもまた現地人との格差があるらしい。



そこで出会った日本人のたろう君としばしば話し、結局夕食も一緒に取り、彼とは別れた。

彼も、僕と似たようなルートを僕より時間をかけて東アジア、東南アジア、インドと巡っているらしく、

もう日本に帰るんだとか。


この旅で出会った人の多くは、もう日本に戻っていたり、とっくに西の方に抜けていってしまったりしていて、

7ヵ月半の旅の長さを感じる。

4月2日に上海に着いた日の記憶はまだ鮮明だけど、それより前の日本で無為に過ごしていた日々の記憶はもう灰になったみたいに、

思い出しづらい。7ヵ月半、長いのもあるけど、その濃さも今までにないほど濃密だったと思う。



宿の手前に、日本のギャグを何でも知ってるという宝石屋のおじさんに声を掛けられて、

「アイーン」から「そんなの関係ねぇ」まで色々と披露してもらって、最近の新しいのを教えてくれと言われたんだけど、

最近の日本のバラエティなんて知る由もなく、彼に教えてあげる事は出来なかった。








彼の店で、少し宝石を見せてもらう。

ブルースターとかって言うこの石は、インドでしか取れないらしく光が一方向からしか来ない状態なら、

石に十字の星が煌いて、とても綺麗だった。
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世界遺産 雨のエローラ石窟群  

2009年11月25日 11:20

アウランガバードに着いてからは、ずっと天気が悪くて、夕方には強めの雨なんかが降ったりもした。

アジャンター遺跡を見に行った翌日、もう遺跡はお腹いっぱいだから、北に上がってしまおうかとも思ったけど、ここからわずか40分のところにある事と、アウランガバードの若干の居心地の良さのため、エローラ遺跡も見ることにした。

エローラまでは乗り合いジープ。



前座席4人、後部座席4人、最後部座席4人と、無理やり12人もジープに詰め込まれ、前座席の真ん中に座っていた僕の左足はこの上ないねじれっぷりで、その後観光中ずっと痛かった。

前に4人も座ると、ドライバーもハンドルに対して半分くらいしか場所を取れないわけで、ギアチェンジバーなんて、人の股の間にあったりして、正直その状況は、成立していないとしかいいようがない。

無理しすぎでしょ。





って事で、たどり着いたエローラ遺跡。


アンコールワットやピラミッドと並んで最も印象的な世界遺産(Wikipediaより)
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アジャンター遺跡とは違って、こちらは仏教窟以外にもヒンドゥー教、シィク教の石窟がある。


歴史の順を追って、作られてて、仏教→ヒンドゥー→ちょこっとシィク となってる。

まず向かったのは、仏教窟。

昨日行ったアジャンター石窟のデジャブなところもあったんだけど、様子は違って、あまりに未完成で、ただだだっ広く、あきらめすぎだろ!って突っ込みたくなる石窟が多かった。
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今日も、チベット僧達が見学されてる。
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そして、エローラ石窟最大の見所 第16窟。カイラーサナータ寺院
エローラに関しては、もうこれだけ見ればいいんじゃない?
ってくらいに、みどころ。

ただの岩山から、これだけの規模の寺院を作り出したってのはアジャンターもそうだったけど、凄すぎる。
この規模のでかさと、彫刻の緻密さってのは、どう考えても途方もない時間が掛かってるだろうし、当時の事を想像しても、想像しきれないくらいにやりすぎ。本当に、お疲れ様でした。
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寺院の内部。これも全部、掘ったんだと。
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さまざまな彫刻と取り囲む回廊や、コウモリがいる石窟なんかもあったりして、もうなにがなんだか・・・
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こんな寺院に感動してる間に、強い雨が降ってきて雨宿り。
ガイドブックには、最初にここに来ちゃうと他の石窟の印象が薄れるので注意!みたいなこと書いてある。
でもって、僕も歩きつかれてこれ以上雨の中見る事に対する諦めの心を抱く。
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結局、第34窟くらいまであるらしいんだけど、歩き疲れたし、雨だしもういいやという事で、
16窟を見た後は、ひとつだけ見て、アウランガバードへ戻る。
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正直、この種のヒンドゥーの像には飽きてしまった。

華やかで繊細に彫られてはいるんだけど、もう何がなんだか・・・

暇をもてあまし過ぎて、造りすぎなんじゃないかと・・

それでもって新たに作ろうとしすぎて、やり残しすぎなんじゃないかと・・・


これ以上文句言うと、シヴァ神にぼこぼこにされそうなのでやめときます。



少なくとも、仏像や仏塔のほうがシンプルで心が落ち着く気がするな。


世界遺産 アジャンター石窟群をさくっと

2009年11月24日 20:17

紆余曲折があって、ようやく遺跡に入場。

30窟近くもあるので、みどころっぽい所を重点的にさくさくと。


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第16窟 足を地に着けた仏陀




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第17窟入り口天井 六道輪廻図 だと。インドでは珍しいんだと





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アジャンター遺跡みどころのひとつ 第17窟。
周囲の壁面が全部壁画。しかも全て緻密に書かれていて、じっくり見ると、かなり引き込まれる。
ただ、当時はライトなんてなかったから、ろうそくか何か本当に真っ暗な中書いたかと思うと、さらに凄さを感じる。




第17窟の壁画
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掘るだけ掘って、中身何にもない第24窟。





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一番最後まで掘削が続けられたとか言う第26窟の横の壁。仏様が並んでおります。




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インド最大の涅槃仏だって。第26窟。バンコクのよりは全然小さいけどね。
全て石から彫られてるってのがミソだね。




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第26窟、正面より。ライトアップの感じと、内部の数々の繊細な彫刻がミステリアスで、素晴らしい。




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仏教の石窟だけあって、南インドで亡命修行中のチベット僧。何回とっても目つぶっちゃう。





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どの窟もこんな仏様がいらっさる。





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第一窟 アジャンター遺跡の中で最高傑作らしい蓮画手菩薩





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入り口をはさんで蓮画手菩薩と隣り合わせになってる金剛手菩薩





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第一窟 全体







と、ほんの少しだけ写真を公開してみたけど、ただの岩の壁にこれだけ多くの仏像や仏塔、そして絵画を作り続ける作業というのは、想像するだけでもうお腹いっぱい。

途方もなく、長い長い地道な作業だったんだろな。

世界一高いビルなんかを建てるよりよっぽど根気の要る大変な作業だと思う。


タダひとつ思うのは、未完成の窟が多すぎる。

多分、その王朝の代で作り切れなかったり、石が硬すぎて先に進めなかったりと、事情はあるんだろうけど、それにしても最後まで作れよーって突っ込みたくなる窟がたくさんあった。






とにもかくにも、行ってよかった。








そして、その帰り石窟から駐車場までは、グリーンバスと呼ばれるシャトルバスで運ばれるわけだけど、頼んでも居ないのに無駄に案内してくれたあのおっさんがバスに乗り込んできた。


まだ僕には気付いていない様子。


そして彼は、石を他の日本人に売りつけている。

「あれ、あいつ物売りじゃないって言ってたのに。」そんな風に思ってる矢先、僕に気付く。



「かねよこせ」

「やだ」

「じゃあ、石返せ」

そして、要らないって言ったのに無理やり渡してきた石を返す。元々邪魔だったし。

「10ルピーよこせ。さっき10ルピーならくれるって言った出ないか」

「やだよ。」

彼は、しつこく言い寄ってきたけど、バスが出発の時刻になり、無念そうな顔をして彼はバスを降りて言った。





そういうわけで、南インドの親切は無条件に受け取れたけど、こっちの親切には下心がほぼ100パーセント隠れてるんだなぁと思いながら、遺跡を後にした。




世界遺産アジャンター石窟群 入場までのあれやこれや

2009年11月22日 14:37



ムンバイから、座席指定の列車に乗ったのに、チケット持ってないインド人と座席の取り合い合戦をしつつ、

辿り着いたのは、アウランガバードという町。


かの有名な?エローラ遺跡、アジャンター遺跡への基点となる町。



マハーバリプラムで遺跡に興味を持ったものの、インドでお見舞いしてくれる遺跡は、

みんなヒンディーの神様の似たような彫刻だったりして、こんなにも連続して拝見致しますと、




いささか飽きというものが生じてくる。



芸術的で大変素晴らしい事は、この芸術オンチの僕にも伝わっては来るんだけど。



エローラとアジャンター、どっちかでいいかな  とか思ったんだけど、後でテレビで「あー、近くまで行ったのに」とか後悔したくないとかいう

不純な動機で、人間の汗と涙の結晶を両方観光しに行った。






朝からローカルバスで3時間かけて辿り着いたのは、世界遺産 アジャンター石窟群。

川を囲んだ断崖に30もの石窟が掘られている。仏教窟で、全て仏様にかかわる絵や彫刻が、石窟内部に潜んでいる。


このアジャンター遺跡。  入場料は 250ルピー。 多分インド人は10ルピー。

とやっぱり高いし、格差全開。





だけど、ムンバイで日本人からチケットの半券をもらうことが出来て、

「これ、使えるかもよ。」という話だったので、相変わらずにせこく行こうと企んでた。


でもって、「正面からじゃなくて、途中の第9窟の入り口からならいけるかもよ」

って話だったから、すぐに入り口に向かわず多くの観光客達とは別のルートを辿る。






そこで、一見人の良さそうなおじさんに話しかけられる。

「石窟を上から見られる場所があるだけども、行かねぇけ? 滝とかもあるしよ。来い、来い。」

多分、ガイドブックにも書いてある場所で、ちょうど行こうとしてたので、このおっさんに不覚にもついて行く。


そして、「すばらしいべ。写真取れ、写真。」って言われるんだけど、天気が悪くて、それほど綺麗でない写真を撮らされ、連れまわされる。
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恐らくこのおっさんの目的は、十中八九、僕の財布が目的なんだろと思いつつ、

「おっさん、今何やってるだよ?仕事どうしただよ?」と聞いてみる。

すると彼は、「草刈りやってんだが、今のシーズンその必要なくて3ヶ月は仕事ないでよ。んなもんで、親切にもこうして案内してるっぺよ。」

。おらこの近くの村に住んでるだ。息子は大学行ってるべさ。」

そう言われて、この彼のボランティア精神を信じてみる事30分。本来の目的の石窟ではなく、その上の崖を歩き続ける。

その間、彼はクリスタルと呼ばれる石や、紫色の石なども持ってて、

「これやるべよ。遠慮すんな。持ってけ、持ってけ。」とおっしゃる。

「荷物になるから、いらねーだよ。」と断るんだけど、しつこく渡すもんだから一応受け取る。

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そして、一通り終わったらしく、

「おらの役目はこれで終わりだ。」と言われ、「お、本当にボランティア?」とか思ったのもつかの間、


「おら、今仕事ないでよ、助けてくんねぇか?」と来る。


「よくわかんねぇんだけど、助けるってどういうこっちゃ?」と敢えて聞いてみる。

「それはよ、ようするによ、ギブミーマネーだ。ギブミーマネー。言ってる事わかるか?」とついに本音が出てくる。

「おめぇさん、ガイドじゃないって言ったでないけ。お金は出せないよ。案内ありがとな。」ととりあえず断る。

「んな、殺生な事言わんでよ、いくらかくれねぇけ?」おじさんももちろん食い下がる。





「で、いくら欲しいんだ?」率直に聞いてみる。



「200ルピー。」

・・・高すぎる。というか、そもそもお金をあげる気ないんだけど、ポケットに10ルピーだけあったし、まぁコレくらいならと思って

「10ルピーあげるよ。」と打診。「いやいや、冗談じゃない。分かった、100でいい、100。100だけくれろ。」 10ルピーを受け取らず、まだまだ食い下がる。

そろそろ面倒臭いタイムになってきたので、「ほなさいなら。」と言って立ち去る。すると後ろから

「分かった、50、50。おー行っちゃうんか。分かった、下で待ってるからよ。」 



そうして、この仮面をかぶったおっさんとはおさらば。


折角、第9窟の入り口まで行ったんだけど、このおじさんのせいで再び正面入り口まで戻ってしまい、

仕方ないので、正面で半券を見せてみる。


「なんだ?これ半券か?」 そう言って、彼はなにやら帳簿を調べ始める。


そこには、何と入場券ひとつひとつに振られてるらしい番号が書かれている。

という事で、「はい、コレ無効ね」と一蹴。


ということで、再び第9窟の入り口で見せると、少々の戸惑いを見せながらも何とか無料での入場に成功した。


インドのチェック厳しい。いつも仕事してないくせに、変なところで厳しい。




そんな長い紆余曲折があって、ようやくアジャンター遺跡へと入場。

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インド一周ルート公開

2009年11月21日 20:54


9月17日にインド入国して、早2ヶ月とちょっと。

ただいま、ダラムサラにいましてブログのほうは10日ばかり遅れてる。

久しぶりにWifiの使える宿に辿り着いたのと、もうインドの移動はデリーに戻るだけになりそうなので、

10月11日のヴァラナシからダラムサラのルートをアップしてみました。

8000キロぐらいにはなりそう
ほぼ100%電車とバス。


より大きな地図で 2009年10月、11月 インド一周 を表示

ムンバイの世界遺産 エレファンタ石窟群

2009年11月20日 16:01



インド門からフェリーに揺られる事1時間。

折角だから。

船の乗客は、インド人の観光客がもりだくさん。
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みなさんリッチな上流階級の方々なんでしょう。

エレファンタ島のフェリー乗り場を降りて、お土産屋が連なる階段を上ると

エレファンタ石窟。入場料は、250ルピー。インド人は10ルピー。

25倍はやりすぎだと思います。

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全速力で、ヒンドゥーの神様方々の遺跡を見て回る。


こんなでした。



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3つの顔を持つシヴァ神
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基本的にはシヴァ神がメイン。


5世紀から8世紀に暇を持て余して、岩山をせっせせっせと彫り続け、ポルトガルさんに大量に壊されちゃったらしいんだけど、

第一窟だけは、かなり綺麗な状態で残ってる石窟群。

お疲れ様でした。



大都会でごじゃいまする(ムンバイ)

2009年11月19日 11:26

ゴアからの夜行バスで得たいのしれない場所でおろされたムンバイ。

さすがインドナンバーワンシティ ムンバイ。。

昨年テロのあったムンバイ。

都市の都市らしい部分が、ずいぶんと広くてバスでムンバイに入ってから長いこと町の景色が見え続けた。


そして、中心部の建物がインドらしくなく、豪奢でヨーロッパ風の建築物がところどころに。

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全然、今までのインドと違うなぁと思いながら、散歩してたんだけど、そこはインド。

綺麗な都会の裏側には、スラムドッグミリオネア的なスラムなんかが広がってて、そこで

車の往来が激しい大通りを外野に、彼らはクリケットをしている。

無限に広がり続ける格差を目の当たりにしっぱなし。

子供達は無垢で純粋だけど、学校には行ってないんだと。
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たまたま通りかかって、無料でエアコン効きまくりだったジャハーンギール美術館。


インドの現代美術なんかが、展示されていて、興味深かった。


僕は芸術に関する才能が恐らくほとんどないわけだけど、最近 それでも絵や彫刻をじっくり

見てしまうような方法を編み出した。


それは、自分で勝手に 絵や彫刻にタイトルをつけること。



これにより、その絵を否が応でもじっくり見るようになるし、細かい部分まで見てるとなんだか楽しくなったり、ならなかったり。



豚親父。
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お決まりのインド門。

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テロから1年。まだまだ休業中のタージマハールホテル。


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その夜は、チベット、ネパールで一緒だったはなちゃんと久々に再会。

再会ってのは、やっぱりいいもんですな。

マクドナルドのソフトクリーム 10ルピーも相変わらずいいですな。

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この靴磨きの少年。写真を撮ってあげた後、磨いてる靴の持ち主に「ありがとう」って言いなさいって怒られてた。そういう価値観がちょっと嬉しい。素敵な笑顔だね。

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ザビエルの眠る町 ゴア

2009年11月18日 00:16

バンガロールから快適な夜行バスに乗ったはずなんだけど、

インドのバスは、後部座席の方に着席するとけっこうエライ事に。

道が荒れてなんかすると、というか大抵荒れてる場所はあるんだけど、

バスが跳ねる。前方はそれでも大人しいんだけど、最後尾なんかは結構な勢いでジャンプ。


後ろのほうに座ってしまったもんだから、バンガロールから出発早々ジャンピング。


そして、天井に頭ぶつける。いてー、いてー。





バスの窓の隙間から吹く風に寒さを感じつつ、時折ジャンプするバスに恐怖を感じつつ、肘置きにしがみつつ、

寝ようと試みるんだけど、なかなか眠れず。


若干寝不足のまま、ゴアの中心部パナジに到着し、客引きでもないバイクレンタルのおっさんに導かれ

300ルピーの部屋にチェックイン。でもって、観光。




パナジ教会。ガイドブックのここの写真がやけに映えていたので、ゴアくんだりまで来た次第。

この南国の青空と真っ白な教会のコントラストが、ゴアの魅力。

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インドには、政府直轄地域と呼ばれる何箇所かの都市があり、そのうちのひとつがゴア。
ちなみにポンディチェリーも。

酒税がかららないんだか、極端に安いんだかでお酒が大変お安うございます。
これもゴアの魅力。


でもって、バスを二度乗り継ぎ、アンジュナビーチへ。

市街に宿を取っているため、このビーチのよさの満喫仕切るには少し時間が足りなかったくさいんだけど、
とりあえず優雅なひと時。

荒々しいベンガル湾とは違って、大人しいアラビア海を眺めながらパイナップルジュースを頂く。
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店員の「他になにか注文はないの?」という繰り返しの質問も「ノーセンキュ」の繰り返しで、

パイナップルジュースでとにかく居座った。




とにかくこれがゴアの魅力。
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その晩は、わずか一瓶45ルピー(90円)のブランデーとビールで一人酒。



翌朝、世界遺産のあるオールドゴアへ。

立派な教会でございます。ボム・ジェズ教会。
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こちらに眠るかの有名なフランシスコ・ザビエルさんだそうで、10年に一度公開されるんですって。
見えてるのがそれっぽい。
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ついでに、隣にあった教会。ス・カテドラル。


お客様も少なく、静寂な教会の雰囲気を堪能。





オールド・ゴアは、そんなわけであーっちゅう間だったけど、オールドってだけあって、

時間がゆっくり進んでいるというよりは、随分前に時間が止まってしまった様なそんな場所だった。





さらにパナジから近くのビーチへ。


ここでお土産を売ってくださるお兄様。

アクセサリーはいらんというのに、でらしつこく売ってきはる。そして、何かと交換出来ないかという話になり、

100円ショップで買ったカード型電卓を見せたが最後、何がなんでも、それと交換したいらしく、

12個入りのプラスチックのピアスを最初500ルピーとか300ルピー言ってたんだけど、しまいには

それのピアスセット3個とか4個と交換したいとか言い出す。


でも、そんなにも値崩れしてしまったピアスセットもアクセサリーも始めから要らないので、

「他にはないの?ポストカードとか」って言って見たら、

「これこれ、これがポストカード」と言って見せられたら、ただの紙切れなんだけど、

よく読んでみると、court だの arrest だの物騒な文字が。




彼は、わずか3日前にケンカだか何かをやらかして、どうやら逮捕されて、兄弟に5000ルピーを払ってもらい

保釈されたんだと。


そういうことで、残念ながら彼の願い叶わず。





そんなゴア。



500ルピーの夜行バスに乗って、ムンバイへと向かった。



聖なる牛を喰らう

2009年11月15日 13:22

バンガロール二日目。


朝早くに夜行のゴア行きのバスのチケットを買いに行き、 丸一日あるので、市場のほうへと足を運ぶ。 市場へと向かう途中の高速の高架下は、まるで六本木通りを歩いているようだ。

汚らしいバスとリキシャーとクラクションと香辛料屋と、何語で書かれてるのか分からない看板と、 無数の道端に落ちてるゴミと、余りに多すぎるインド人を除けば。
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市場に辿り着くと、そこにはあらゆる食材や調理器具が売られており、バンガロールで飲食店を始めたければ、 ここに来れば全てが調達出来るような場所だ。
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そこであまり口にしたくない、葉っぱ類を売っているおばさん、おじさん達は可愛げがあり、 写真を求めてきたりして、きゃあ、きゃあ騒いでた。
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昨日は、あんなにも都会だったのに、ここに来ると英語も通じず他のインドの下町と一切変わらない模様。


そして、適当に散歩してると見覚えのある道に辿り着き、結局昨日来たバンガロールの中心部へと戻ってしまう。


そこで昨日でも見つけて気になってたのが、ステーキ屋さんの看板。


インドに入ってから、肉らしい肉なんて一切食べちゃいない。


たまに食べるチキンカレーや、チキンフライドライス、チキンフライドヌードルや一度食べたケンタッキーくらいなもので、 基本的に全部 鳥。


たまには肉肉しい肉を食べたい欲求は高まるばかり。



高いのは分かってたんだけど、 Yoko と呼ばれるお店に入ってみた。


警備員がドアを開けてくれて、入るとエアコンがガンガンに効いている。


メニューを見て、何種類かあってよく分からなかったけど、店員に薦められるままステーキを注文。

300ルピー(600円)。


日本での定食屋の安めの昼食くらいなもんだけど、インドの物価からしたらかなり高価。
大体20~50ルピーも出せば普通に食べられるので。


他の客は、みんなランチセットなる相変わらずのベジタブルのカレーメニューを食べてる。




そして、10分くらいして厨房から登場したのは、鉄板の上でじゅうじゅうと音を立て、 他の客みんなの注目を集めるほどに存在感のあるステーキ。


とはいっても、始めからカットされていて、ご飯の上に乗っかていたりして、想像とは違ったんだけれど、 もうそんなことどうでもよく、とにもかくにもビーフステーキ。
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ガーリックソースがかかっていて、いつまでも鳴り止まないこのジュージューがたまらない。




そして、一口。


牛、うめー。聖なる牛うめー



硬すぎず、それでも口の中でなくならないこの食感。


そしてガーリックソースのかかった味。 この肉がどこ産の肉なんだか、和牛に比べたら劣るんだろうけど、 とにもかくにも、口の中での破壊力は、今までインドで食べてきたどんなカレーでもかなわない。



もう本当にその旨さを噛み締めて、お肉を一切れずつ大切に大切に頂かせて頂きました。


インドの人々は、こんなに旨いものを一生知らずにただ聖なる動物だと思ったまま、ガンジス川に流されちゃうわけですか?

本当にそれでいいんですか?

宗教というのは、時に無慈悲なのですね。


あー、また食べたい。 ってなわけで、がっつりとステーキを頂き、バス停に戻り、ゴアへと向かった。



なんで、バンガロールでステーキが食べれるかというと、やっぱり経済的に先進的になってくると、 宗教の縛りがかなり邪魔になってくるようでして、さらには外国の企業もバンガロールに進出しているせいか、 このようなお店の需要もあるとのこと。

ご結婚おめでとうございます。

2009年11月14日 14:55

行けなくてごめんよ。


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インドのシリコンバレー。(bangalore)

2009年11月14日 10:13

コーチンに2泊して、次に向かったのはバンガロール

夜行バスで向かったんだけど、夜の間は割と標高を高いところを走るせいか寒かった。


この寒いっていう感覚が物凄く久しぶり。

コルカタでエアコン効きすぎのカフェに入った時を除けば、多分ダージリンぶりじゃないかな。


そんなわけでバンガロール。


インド第三の人口を抱える大都市。



駅前のセントラルバスターミナルはでかすぎて、何がなんだか。


ラフマニノフもびっくりです。


安宿を探すんだけど、なぜかインド人オンリーの宿が多くてなかなか見つからない。


そして、客引きに仕方なく連れてってもらう。


客引きって、本来なら連れてく前に空いてるかどうか、確認するんだろうけど、 そんなことするわけもなく、満室の宿とインド人専用の宿をたらい回され、その親父に文句を言いつつ5,6軒。

180ルピーのTV付の宿に辿り着く。



久々のTV、とりあえず付けてチャカチャカ、チャンネルを変えてみる。


10年以上前の「はじめてのおつかい」がやってた。

ヒンディー語に完全に吹き替えられてて、何言ってるんだかさっぱり。

それはそうと、このヒンディー語バージョン。

ナレーターもそれを見ている観客も随所で笑いまくり。

この番組、そんなに笑いどころ満載だったか?  笑いすぎじゃね?



次に見たのは、ニュース番組。 ダライラマの行動に関して、中国が非難してるってのと、パキスタンでテロってますってのが気になった。

パキスタン、どうやらどんちゃん騒ぎ中で、行くのは危なそう。

今後の進路を悩んでます。

そして、バンガロールの街中にバスに乗って向かってみた。

国道246号線沿いかと思わせるようなマクドナルドがある風景。
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ジャスコかと思ったら、JOSCO だったり、
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都心を道行く人々は、それはもう明らかに都会の人。

スーツを着てる人なんかが今までと比べて圧倒的に多いし、

子供達もちゃんと制服を着てる。


さらに彼らの会話が、英語だったりして、かなり流暢にお話されてるご様子。

ホワイトカラーの人々の共通語は英語だそうで、これまで耳にしたインド人の英語は、 第二外国語としての英語で基本的には自分と同レベルで安心してたけど、バンガロールにきていきなり流暢になりまくって、 もはや置いてけぼり。


皆さんエリート街道まっしぐらでございます。




仕方ないので、マクドナルドの10ルピーのソフトクリーム片手に博物館へと向かった。




ヒンディーの彫刻や絵画が飾られてる博物館に入ったはずだったんだけど、 そこに飾られてるのはなぜかエンジンの仕組みやミシンの仕組みなんかが展示されてる。



どうも、おかしい・・・



どうやら、博物館の手前にある産業博物館に入場してしまったご様子。


せっかく20ルピー払ったんだからと、館内を一通り見学。

中は子供達で賑わってて、日本にもありそうな子供向けの科学博物館みたいなところ。


わざわざこんなものを見るために、バンガロールに来たんちゃうわー ってことで、

さくさく巡ってたんだけど、 最後に行った展示室では、科学技術の最先端の簡単な説明がされてる場所だった。



僕は旅に出る前、半導体と呼ばれる小さくて得たいの知れないものを売って旅に出るためのお金を稼いでた。


ここでは半導体の製造工程なんかが展示された。

そういえば、こんな科学の最先端の場所に居たんだよなと 1,2年前を思い出す。

最先端と言っても、紙とエクセルと電話と会議の毎日だったな。

このインドから比べてみると、それはそれで物凄い事だったのかも。


だって、インド人に仕事聞かれて、 「せみこんだくたーをうってただよ」って言っても、ほとんど全然通じない。


それどころか、この旅に出て、たまに日本人に 「半導体売ってた」って言っても、「なんですかそれ?」って言われる始末。

僕は一体何を売ってたんだ?



でもって、お隣の博物館もようやく訪問。


展示物は、隣の産業博物館と比べると随分と簡素だけど、12世紀や13世紀に造られた彫刻はかなり繊細に造られていて見甲斐があった。

半導体なんかも、物凄い小さな数ミクロンのスペースに必要な役割を果たすべく、ちょー細かいパーツや配線がされていて、 それはもはや芸術。


12世紀でも21世紀でもやってる事は変わらないんだよな。

なんて彫刻を見ながら考えもした。


帰りは、バスに乗らずに徒歩で戻る。


迷子になって、28歳の大学生に道を聞く。

やっぱり、英語が流暢。


嫉妬した

コーチン

2009年11月13日 11:06

南インドのホテルは、24時間制.

前日の朝早くにチェックインしてしまったがために、 翌日のチェックアウト時刻は、7時。



余りに過酷で悲惨で無残で無情すぎるこの状況。




そんな文句を言っても始まらないので、さっさと起きて眠い目をこすりながら、チェックアウト。


宿からもちょうど日の出が見えて、それはそれでなかなかの眺め。


インド亜大陸を東側からじっくり南下しつつ回って来て、今度は西側を北上。


バスを二度乗り継ぎ、8時間ほどかけて辿り着いたのは、コーチンという町。


この辺のバスの車窓は、今までとは違ってやしの木が目立ち、いかにも南国らしい風景。


このコーチンって町、日本から一番遠いインドの町と言っても良いくらいで、今まで聞いた事もなかった。


だけど、この町ケラーラ州の州都。ケラーラ州は識字率が一番高い州だとか。


インド人にも人気の有るこの町。

バス停を出て、視界に入った全てのホテルに行くも全て、満室。 予算かなりオーバーしてるYMCAにでも行くか、フェリーに乗ってツーリストエリアまで行くか、色々悩みつつ、うろうろ。


色々うろうろの結果、バス停の目の前にあるロッジにはまだ行ってない事に気付き、駄目もとで聞いてみたら、 開いてるという事で、即チェックイン。


バス停や駅があるエルナクラムと呼ばれる地域とツーリストエリアのある島は、フェリーで結ばれており、 地図を見る限り、なんだか香港みたいだな とか思いつつも、フェリー乗り場へ。


香港のフェリーのチケットの購入は、なんら不自由さも不快も感じなかったんだけど、ここはインド。


ひとつしかない窓口に大行列。しかも並んで少しすると、その列の進行は完全にストップ。


並び始めて30分くらいして、さくさく進むようになったんだけど、そこに現れたのは横入りをしようとする、 いかにもな胡散臭い顔をした奴ら。


列の途中からは、ちゃんと柵があって中国の列車もそうだったけど横入り防止になってる。

その胡散臭い奴らは、その柵の入り口から無理に入ろうとしてるもんで、誰も注意しないし、 こっちは、何分も並んでるわけだし、ちょうど目の前に来たから、 「並ばないとあかんのやで。後ろ行きなはれ、しっし」と怒ってみる。

その胡散臭い奴らは、悔しそうな顔をしてその場を引き下がる。

悔しそうな彼らを見てると、なぜか気持ちが良い。



そうして、こうしてわずかに3.5ルピー(7円)を支払いフェリーに搭乗。


フェリーからの景色。
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島に降りたものの、たいした見所もないようで適当に回ってみる。


リキシャーの人に声を掛けられる。

「どこ行くの?」

「すぐ近くのシナゴーグってとこ」

「分かった、無料でいいから乗りな。」 という事で、素直にタダという言葉を信じて乗ってみた。

すると連れてかれたのは、アクセサリーや彫刻の売ってるお土産屋さん。


リキシャーの彼曰くお土産屋に一軒連れて行くとガソリン一リットル、もれなくサービスだそうだ。

そのお土産屋さんは、さっと見て、すぐに退場。

乗ったリキシャーが新車で、一ヶ月前に購入したらしい。

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ローンで買って、しめて 175,000ルピー だって。現金一括払いなら 150,000ルピーくらいなのかな。 とりあえず30万円あれば、インドで仕事を始められるようです。

毎日毎日、20ルピー(40円)や30ルピー(60円)をせっせせっせと稼げます。

そして、ここは人工島。フォート・コーチン地区と呼ばれる場所。

ポルトガルさんにがっつり占領されていたようです。

町並みが何となく整っているようなそんな気がするようなしないような。


ユダヤ人が住んでいたり、やっぱり雰囲気は違う。

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彼女がユダヤ人なのかは知らない。
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こちらの教会は かの有名な ヴァスコ・ダ・ガマが埋葬されてたお墓があるという聖フランシス教会。
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ヴァスコ・ダ・ガマさんは、今から500年も前にポルトガルから3回もインドへの航海を行い、大航海時代の礎となり、 3回目にゴアでマラリアで死んじゃった人ですね。 彼の時代、食糧品の保存だってままならない上に地図だって曖昧だろうから、ポルトガルからこんなところに 一年近くもかけて船で来るなんて、本当に大冒険だったろうな。


そこで独特なチャイニーズフィッシングネットなる漁法の網を見つつ、日が沈むのを眺め、 たまたま出会った日本人のヒロさんとお食事。
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長くなったけど、そんな当たり障りのない一日。 それにしても、コーチンは主要な貿易港という事で町の発展が著しいらしく、 町の中心部には、高級店や家電製品店が立ち並び、都会の雰囲気をしっとりと漂わせてた。


なんつっても、Cannondaleのマウンテンバイクが手に入るんです。

インド亜大陸最南端へ

2009年11月12日 15:05

ラーメーシュワラムから、マドゥライを経て夜行バスにてカニャークマリには早朝に到着。

着いたのは6時前で、カニャークマリ目玉商品の日の出が見れるみたいだったので、 荷物を背負ったまま、日の出ポイントに向かう。


海のすぐ上のほうが雲で覆われていて、なんともアリバイ的な日の出だったんだけど、 それをインド人の観光客達と眺めてた。
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眺めてる最中に、「ロッジ、ロッジ」としつこく部屋を紹介しようとするみすぼらしいおっさん(おっさん1)に 日の出鑑賞後、ついて行く。

その宿で、200ルピーのところを150ルピーにしてくれて悪くなかったんだけど、 どうも癪なので、他の宿も探すことにした。


そして、その宿でおっさん2が登場。彼は200ルピーでテレビ付き、エアコン付きの凄く良い部屋を紹介してくれると言って、 僕を導くわけだけど、結局彼が紹介する宿は次々に満室だったり、300ルピーとか400ルピーだったりして、全然言ってる事と紹介する宿が違うので、 仕方なく最初の宿に泊まることにした。


戻ると、最初に紹介してくれたおっさん1はもう既にその宿を去っており、かわりになぜかおっさん2が着いてくる。


おっさん2は、僕がチェックインを済ませた後に「チップ、チップ」と言い始める。


彼に渡すくらいなら、むしろ紹介してくらたおっさん1にチップを渡したい。


「お前は、俺に坂を上ったり下ったりさせて疲れさせた上に、この宿に関しては何にもしてないじゃない?払う因果がどこにごじゃる?」

と言ってみたけど、かわいい顔してしつこく言ってくるので、 もう考えることも、口論する事も、おっさん2の顔をこれ以上見続けることも面倒くさくなったので、仕方なく5ルピー(10円)を渡す。

おっさん2は笑顔で去って行く。


カニャークマリにあるインド亜大陸最南端 コモリン岬に昼過ぎに向かうと言っても宿から徒歩5分。


先っぽのはず何だけど、先端が尖ってて、「ここが端っこです。」とアピールされているわけではなく、 何となくなし崩し的に「この辺が大体端っこっぽいです」と言わんばかりに、岬だと思われるあたり一体には、 宗谷岬や納沙布岬や佐多岬みたいに、石碑みたいなのは見当たらず、記念写真もただの海が背景の写真。
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とりあえずこの場所は、荒々しくて泳ぐには適さないベンガル湾とインド洋とアラビア海が集中する場所で、 北緯8度4分。

赤道から800キロ弱。

今まで自分が来た中で一番南である事は、間違いなし。



その後は、修学旅行中と思われる学生達に写真をせがまれまくってみたり、
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南国っぽいお花の写真を撮ってみたり、
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灯台に上ってみたり。

灯台からの景色は、素晴らしくて360度中、240度くらいは海が占め、西の方には多くの風力発電所、北のほうにはごつごつした山々が望めた。
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灯台からじっくりと地球の様子を間近に眺めた後は、最近お気に入りのマサラドーサーを頂く。 このマサラドーサー、パリッパリ感がたまりません。

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物乞いのろくでなし!!

2009年11月09日 21:36

南インド、いいとこ。

人もよく、飯もうまい。バスの移動もラク。


ところが人が良いのは間違いないんだけれど、そこはやっぱりインド人。



この人たちの本質は物を乞うことにあるらしい。



南インドの旅、チェンナイから始まって、町を淡々と回ってるわけだけれど、 そこで泊まる宿の従業員、その他出会う人々に何かをねだられまくり。



一緒に泊まってたゴウ君が、タバコを持ってて、部屋でその箱を見つけるや、 「シガレット、シガレット」とねだって来る。


彼とチェンナイから10日ほど一緒に回ってたけど、タバコの箱を見つけて シガレットをねだってきた従業員は数知れず。


その間泊まった全ての宿で誰かかれかが、ねだってきた。




マハーバリプラムで、遺跡を見ていると、 とりあえず「俺の写真を撮ってくれ」と声を掛けてくるお兄様方の写真を撮ってあげ、 その後、僕のサブバッグの横に刺さってたミネラルウォーターをくれっていうから、 少しくらいならと差し出すと、彼は両手でそれを口につけずに飲むわけだけど、がぶ飲み。




買ったばかりで、割と入ってたはずなんだけど、気付けば、ほぼ空。





遠慮は無いんですか?






マハーバリプラムの宿のおじさんもまた曲者で、タバコやジュース、クッキーととりあえず目に付いたものすべてを ねだってくる始末で、確かに人は良いんだけど、そこまで来るとうっとーしくてたまらない。





いいから働きなさい。











ポンディシェリーでは、安いブランデーのボトルを見つけて、「くれ」って言うから キャップに分けてあげると、「キャップじゃ駄目、ボトル。」って言ってくるずうずうしさ。



それにまだチェックアウトしてないのに、勝手に部屋に入ってきて、 シーツをはがし始めるのもやめなさい。



マドゥライのホテルでは、ルームサービスを何もしたわけでもないのに、腕をつかんでチップ、チップとねだってくるから、 「あなたは、俺に何かしてくれたか?  何もしてくれてないから、何もあげない。」と言っても、かまわずねだって来る。




もちろんそんな輩には何も上げるわけない。  




やっぱりインド人の本質というのは、物を乞うことと図々しさにあるのかと思わせられるわけです。



余りにそのサンプル数が多すぎて、統計的に偶然とは言い切れない。




もちろん全てのインド人がそういうわけじゃないんだけど。



本当に親切で、見返りに何も要求してこない人たちもたくさん居て感謝させられる事も多いのも事実です。





だけど、やっぱりイレギュラーな出来事は印象に残るんだよね。  

人はなぜ先っぽがこだわるの?(ラーメーシュワラム)

2009年11月07日 23:19

マドゥライの後は、インド大陸最南端 コモリン岬に行く予定だったんだけど、 地図を眺めてると、どうにも放ってはおけそうにない場所を見つける。



ラーメーシュワラム。

スリランカに向けて、ひょろっと突き出ている岬?。

まるで北海道にある のとろ岬(能取岬?)のように、 なんとなく無駄に行って見たい気持ちを起こさせる半島。


ところが、そのさきっぽには岬とかって名称がないらしい。


とりあえず、そこめがけてラーメーシュワラムを目指した。


バスで、5時間。到着するとすでに夜。


ホテルを探すも、3,4軒が満室で無いと言われ、少し外れたところにある安宿をようやく見つける。


翌朝、5時頃目が覚めて、日の出を見に行くことにする。


あいにく、海の上のほうは曇っていて、日の出をしっかりと拝むことは難しそう。

でも、今の僕にとって日の出が綺麗に拝めるかどうかはどうでもいいらしく、むしろ日の出を拝むインド人達を眺めていた。

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日の出が終わると、再び宿に戻って二度寝。



10時頃起きて、さきっぽを目指す。




さきっぽまでは、とりあえず近くの村までバスで行き、そこからは歩けると「地球の歩き方」には記載があり、 それを真に受けて、バスが終点に着いた後は、先っぽ目指して歩くことにした。




終点から少し行くと、すでにその細長い半島っぷりは、威力を発揮し、どこに立っていても海の両側が見える。


南からは、波が押し寄せてるんだけど、北から来る波はどうもおとなしい。


そして、海沿いをはしっこ目指して、ひた歩く。
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ここの海は、すぐ近くのラーメーシュワラムとは比べ物にならないほど綺麗。

今までベンガル湾の町とビーチを見てきたけど、一番。

エメラルドグリーンの綺麗な海。
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ゴミも落ちてないし、ずっと先で見えないんだけど、とにかく綺麗な砂浜がずっと続いてた。

はじめのうちは、その美しさと誰も居ない静けさを噛み締めつつ、自分の上だけにある青空を見て、 世界中が曇り空に覆われて、ここだけ晴れてるんじゃないかって思いながら歩いてたんだけど、 行けどもいけども、はしっこには辿り着く様子がない。



そうして、1時間半ほど歩いた頃、少し雨が降り始める。




小雨だろうと、油断していたら、それが本降りになり、嵐になってきた。




ここは砂浜。



隠れるところなんでどこにもなくて、折りたたみ傘を刺して、しゃがみながら何とか雨をしのごうとするんだけど、 その雨と風の勢いは、僕をさきっぽに向かうのを阻もうかとしてるくらいに激しく、もうびしょぬれ。



その雨の中、大きなたるを持って先を進む女性の姿があったから、彼女に着いて行くと小さな集落に辿り着く。



まさか、こんなさきっぽにこんな村があるなんて、と信じられなかった。


そこで、チャイを頂いて、一休み。
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しばらくすると、雨も止み、再び晴れ間が指し、再びさきっぽ目指す。



雨の中、村に来たときは誰もいなかったんだけど、雨が止んだ後は、この小さな村の小さな道を たくさんの村人が行き交っていて、子供達から遊ばれた。



さらに進む。



もうそろそろだろうと思うんだけど、いけどもいけどもさきっぽは見えない。



引き返そうかと何度も思うくらいに、さきっぽは見えなくて、本当にしんどかった。



歩き始めたからには,ゴールにたどり着くまで引き返すわけにはいかない。もはや意地。


ずっと砂浜の上を歩くものだから、一歩一歩不安定で、やたらと足に負担がかかる。



さらには、レンガ造りの朽ちた家なんかもあって、その隣には藁葺きの家に人が住んでたりする。
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この場所は、どうやら退化してるらしい。

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そしてさらに歩くこと、1時間半。バス停を出てからすでに3時間、ようやくさきっぽらしきところに 観光用のジープか何かが止まっているのを発見。
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あと少しだ、と思うんだけど、そのジープまでがまた遠い。さらに20分くらいして、やっとさきっぽに辿り着く。



別に、何てことない何にもない景色で、先端の碑があるわけでもなく、なんならそのさらに先に陸地が少し見えて、 さきっぽの先に何かあるわけで、観光客が残していったゴミもあるんだけど、そんな事関係なく、ただこの達成感に感動した。


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やっぱり自力でどこかに辿り着くっていう達成感ってのは、いいもんだね。







それにしても疲れ果てて、足も痛いし、また戻らなきゃいけない事を考えると、本当にうんざり。

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帰りは、音楽を聴きつつ、歩数を数えながら戻る。


車が通っている道のそばは、地面が割りと締まっていて歩きやすく、行きよりハイペース。


4200歩くらい歩いたところで、さきっぽと村を往復している乗り合いバンが僕を追い越して、 「乗るか?」って言うから、飛び乗って、オートモービルの力を頼り、村に戻る。


砂浜を走るし、僕はバンの後ろに立ってつかまりながらだったから、途中荒れている部分を通り過ぎると、 車がはねて、自分も何度もジャンプして、車から落っこちそうになった。



一緒につかまっているインド人達は、そんなこと当たり前みたいでびくともしていない。 そんなわけで、村に戻ると子供達が集まってきて 「ペン、ペン、パイサ、パイサ」と寄ってきた。


ペンもパイサ(お金)も持ってたけど、やっぱりあげない。




村からラーメーシュワラムに戻り、寺院を少し観光。

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なぜか再び大雨。そして、恒例の停電。



5時過ぎていて、暗い部屋のなかチェックアウトの準備をして、夕食を取る。


ビザに追われる忙しい旅は、最南端のカニャークマリ(コモリン岬)を目指して、再びバス乗って出発。

黄昏マドゥライ暮情

2009年11月06日 11:09

タンジャーブールを出て、マドゥライに着いたのは夜。



そして、バス停から街中までは離れていて、バスかリキシャーで行かなきゃいけないんだけど、 何となくリキシャーは使いたくなくて、バスを使うことにした。




バスの運転手に「どっちに行くの?」と聞くと、無言であっちの方だと指差され、 方向が僕の向かう方向と同じだったので、そのバスに乗車。




乗車後、親切にも乗客が「どこ行くんだ?」と気を掛けてくれる。



それで、目的地を伝えると 「このバスは、違うよ。次で降りて、違うバスに乗りなさい」とアドバイスをくれ、

やむなく次のバス停で降りた僕は、町までの5キロほどの道のりをとりあえず歩きはじめ、 どうしようか考える。




すると、娘を乗せてバイクで走っているお父さんが、


「May I help you?」と止まってくれて、町まで僕を連れてってくれた。



この旅、初めてのバイク3人乗り。 思い荷物を背負いながら、バイクに乗るのはいささか不安定で怖かったけれど、そんなのは関係なく、 南インドの人のこの人の良さは素晴らしいなとひしひしと感じた。


降りてから、お金も要求しなかったしね。




翌朝、マドゥライ一番のみどころ ミーナークシー寺院へと向かう。


東西南北に彩色豊かな塔が建っていて、これまた一つ一つに面白い彫刻が施されている。
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この辺の町をバスで巡ってると、こんなタイプの塔がどこでも見られる。 それでもこのマドゥライの塔門はデカイ。

中は結構な広さで自分が今どこに居るのか分からなくなるくらい。
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入場した後に、入場料を払い、チェックがないので、払わなくても全然分からないとは思ったけど、 払った後にその事実に気付いてしまい、時すでに遅し。

内部の柱や壁に刻まれる彫刻はなかなかの見物。

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ヒンドゥー教徒じゃない自分は、神殿の内部には入れない。

ということで、このドラヴィダ様式のヒンドゥー寺院を堪能したかどうかは別として、 再びこの日の午後には次の目的地に向けてバスに乗る。




バスが出る時に、雨が降り始めて、久しぶりの雨にたそがれる。 多分、最後に雨が振ったのは、一ヶ月前のコルカタだったような。 久々の雨ってのも悪くない。


世界遺産 世界一高かった寺院

2009年11月05日 11:01

ヴァテーシュワランコイルを出た後は、 せわしく再びバス移動の連続。

マドゥライに向かった。


バスの景色も、バスの車内の様子もチェンナイ以降代わり映えがせず、退屈だけど、 2,3時間の移動は全然苦にならない。



マドゥライに行く途中、でかいバックパックを背負いながら、折角だからと訪ねたのは、 タンジャーブールという町にある1010年の建立当時は、 世界一の高さだったと言われる63mのブリハディーシュワラ寺院。

入場料 無料。


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このでかい本殿は14層から成っており、その一つ一つの層に細かな彫刻が刻まれている。 下から見上げるとかなりの迫力だ。 クレーン車があるはずもない1000年も前のこの時代にこれだけ高いものを作るには、 相当な苦労があったそうで、そんな思いも考えると、この建築物の偉大さを改めて実感する。
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そして、その本殿を取り囲む回廊.
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インドの歴史も色んな王朝が色んな地域に現れては消えの繰り返しで、こうして残されているのは、喜ばしい。 ってなわけで、このブリハディーシュワラ寺院をちょこっと観光した後、再びバス停へと戻り、マドゥライへと向かった。

将来を予言されてみた その2

2009年11月04日 11:08

予言の読み上げが始まった。 もちろん英語。




僕の葉っぱを捜してくれたタミさん(タミルさん?)がタミール語で書かれた葉っぱを読み上げ、 それをその葉で隣の女性が英語に翻訳して読み上げてくれる。


読み上げは録音してくれるので、後でも聞けるんだけど、その場で一生懸命聞き取る。



長すぎてとてもここでは紹介しきれないけど、とりあえず聞き取れたとこの一部を紹介。


・あなたはとてもリスペクタブルな家庭に生まれました。
・あなたは知的で心が暖かく、努力家で優しい人です。
・結婚した後、あなたはあなたの妻と違う意見を持つでしょう。
・だから、あなたは結婚後、仕事を変えることになるでしょう。
・あなたは誰にも言えない秘密を持っており、それは信じてる人にも言わないでしょう。
・父親と良い関係を保つでしょう。
・奥さんはあなたに幸福をもたらすでしょう。
・あなたの父親は、ビルディング関連のビジネスをしている。
・あなたは大学を卒業している。政治とか経済を専攻していた。
・28のときに、長い旅に出てたくさんの経験を得るでしょう。
・あなたの妻の名前は、2か3音節で、K、S、T、B、Rのいずれかを含むでしょう。
・40いくつの時に、また旅に出るだろうけど、それはするべきじゃない。気をつけなさい。



そんな感じで基本的には当り障りないというか,漠然とした感じ。

それでも自分のことだから,真剣に聞き取る。

もちろん、ちゃんと聞き取れば核心的な内容もあるんでしょうけど。



その他、いくつのときに何をします、何が起きます。だから気をつけなさいみたいな事を淡々と80歳分まで言われる。



どうやら80歳あたりで病死するらしい。ギネスブック更新は難しそうだ。







さらには

・あなたには来世があります。あなたはキリスト教の家に生まれます。名前はピーターソンです。




ピーターソンです。って言われたときには、「俺、つぎピーターソンかぁ・・」とか考えてると、 可笑しくなって、笑いそうになった。




これ以上、僕の将来のことになるかもしれない事を赤裸々に公開しても恥ずかしいだけなので、この辺で。



ということで、信じるか信じないかは僕次第で、全てをちゃんと聞き取らない事には全貌が明らかにならないんだけど、 まぁ、面白い体験だったな。





以上、アガスティアの葉の館を一日がけで訪問した記録でございます。


もし、興味を持たれたらご紹介します。



この町には、他にも多くのアガスティアの葉の館があるのですが、 そのほとんどは安さを第一に謳ったどうもいい加減なところみたいなので、 どうせ行くならちゃんとしたところに行った方が良いんじゃないかと。


ここの内容だけじゃ、アガスティアの葉の神秘を信じるには物足りないとは思いますが。

ちなみにこのアガスティアの葉には,1章から15章まであって、1章は今回みたいな触りの部分なんだけど、他の章を開くと、各々仕事のこと、親のこと,健康のこと、妻のこと、などなど詳しく知ることが出来るんだと.
各々,そこそこの料金はかかるけどね。

ここに書かれてることは、一応全部事実です。

将来を予言されてみた その1

2009年11月03日 11:52

アガスティアの葉 なんで、ポンディシェリーに行くことになったかというと、一時期日本でも色々と騒がれた アガスティアの葉ってのを見つけ出すため。



この葉っぱ、紀元前3000年に居たといわれる聖者アガスティアさんが、残したといわれる予言が書かれていて、 それに個人個人の予言が書かれているんですって。




そんなに多くの人間の予言を一人の人間の生涯で書けるとも思えず、 あまりそういうの信じるタイプではないんだけれど、 僕の叔母がインドにはまってて、「是非是非」とおっしゃるから、「はいはい、分かりました」と素直に向かう事に。





ポンディシェリーに着いてから、詳しい位置を教えてもらったんだけど、 その葉っぱがある場所は、さらに南に2時間ほどのところにあるとか。




ということで、ポンディシェリーのソフトクリームに後ろ髪を引かれながらも、次の町へ。



その町の名前は、vaitheeswarankoi ヴァテーシュワランコイル。




ポンディシェリーから南に30分のMayilanduthrai ってとこでバスを乗り換え。




終点じゃないから、混雑したバス内で何度もバスが止まる度に「ヴァテーシュワランコイル?」 と運転手や乗客聞くこと約1時間半。

地球の歩き方には載ってないんだけど、随分と立派な寺院があって、 それはそれで見物。


肝心の寺院の中心部には、ヒンドゥー教徒以外は相変わらず入れないわけだけど。


それでも、南インドの寺院には、長い回廊ってのがあって写真で撮ると、 遠近法を生かした素敵な写真が出来上がるし、実物のどこまでも続くような直線の感じはお気に入り。
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Vaitheeswarankoilには、多くの予言屋さん(アガスティアの葉っぱやホロスコープ関連)のお店があって、 叔母に紹介してもらったところに行こうと思って、

道行く人に聞くと

「ここだ、ここだ。そこには支店が3つあって。ここはそのうちの一つなんだ。」と言われ、

それで怪しいから叔母に紹介してもらった
「コーティケイさんに会いたいんだけど」と言うと、

「分かった、分かった。彼は5分で来るから、とりあえずここに指紋を」とおっしゃる。


「いやいや、コーティケイさんが来ないと僕はあなたを信用しませんよ」ということで、 待つこと5分。


「来た。彼だ。さあ、始めるよ。指紋を。」


僕「・・・・・・・・。」

叔母にあらかじめ写真を見せてもらってたんだけど、明らかに年齢から風貌から違う。



もうただのそこのオーナーの息子って感じ。

そして彼にたずねる。


「あなたの名前は コーティケイ?」


ぽかんとする彼。


引き留める彼らを無視して、その場を後にした。



住所を頼りに、おばに紹介してもらったところに辿り着く。



他のお店はたいてい閑古鳥が鳴いていて、たいそう店の中では暇そうなんだけど、 ここのGuruji A.Sivasamyさんの館は、どうも雰囲気が違い、僕が辿り着いたときも ちょうど一人のインド人が予言の結果を手にしてるところで、彼は2500ルピーという大金を支払って、 店を出て行った。



それに他にもお客さんが居る様子で、インド人のなかでもここは評判がいいのか?



自分の葉っぱを探し出すためには、まず指紋を捺印して、その後色んな質問にとりかかる。



質問をされる場所がここ。

まるで取調室。
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翌朝に予約を取り、10時に行くと早速彼は、候補と思われる葉っぱの束を持ってきて質問が始まる。



こっちはすべて「Yes」か「No」。


向こうのインディアンイングリッシュは、時に何を言ってるのかさっぱり分からなくて、 Birthday がバルスダイってなってたりして、「もう一回よろしく!」の繰り返しなんだけれど、 とにかく質疑応答は繰り返される。



質問の内容は基本的に家族のこと、自分の事の簡単な内容。


たとえば、「母親の名前は***か?」「母親はビジネスをしているか?」

「あなたの名前はマヘンドラ?」「父親は胃に病気があるか?」「あなたは長男?」「あなたの名前は、2音節、3音節?」

「父親の名前の最後はRか?」「兄弟は3人か?」 とか、そんな感じで延々と束を読み続け、その束がすべて違うと分かると、また違うのを持ってくる。


質問のほとんどは、「No」なわけで、こっちはノー、ノットコレクト、アイドンノウの繰り返し。



こんなのに、こんな風に書かれてるんだけど、こっちはどっちが上か下かも分かりません。



そんなこんなで1時間半ほど質疑応答が、終わったところで、ついに

「あなたの母親の名前は ***?」

「Yes」


「父親の名前はひろ・・」


「No でも近い」


「あなたの名前は しょ・・・?」

「No でも近い」 と、母親の名前を当てられ、自分と父親の名前がかなり近いところまで当てられる。


お、すげー、なんで分かるんだ?


どういうことだ?


タミール語と日本語では読み方が違うからいくつものパターンがあるとか言ってたんだけれど、 そういうことで、そのいろんなパターンを当てはめて、最終的には自分と父親の名前が そこに書いてあるのと同じだから、

「これはYou の葉っぱだよ。ミツカッタヨ。ヨカッタネ」ということになった。


その後には兄弟が何人居るだとか、母親は主婦だとか、あなたは今仕事をしていない。探しているだとか。 誕生日は1982年の9月15日だとか。 そんな事が続けられるんだけど、それに関しては全て、それまでの質問で「Yes」と答えてあった内容の 有る意味繰り返しだったわけで、

その内容については、彼は既に知ってるわけで大して驚きもなかった。


新しく出てきた情報といえば「あなたは病院で生まれました」って事くらいなんだけど、日本人なら誰しも病院で生まれてるよね。


それにしても、名前を当てられた事には驚愕。


それまでの質問で、 父親の名前のイニシャルだとか、最後の文字とか、なんとか色々聞かれてて、イエス、ノーで答えるだけで、 質問内容を覚えてないけど、全て組み合わせたら、あそこまで当てられるのかなとかも思ったけど、多分そこまでの情報は伝えてないはず。

ここは素直に信じましょうという事で、 そのスターターの葉っぱから、次に第一章の葉っぱなるものを彼は持ってき、古いタミール語からタミール語への翻訳を始める。


そこで、たまたま来た彼のお客さんで、古いタミール語を勉強しているという彼は、僕の事が書かれていると思われる そのアガスティアの葉っぱを読んで、見事に自分と両親の名前を言い当てたので、どうもそこにある葉っぱ本物らしい。
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即席でレーザーか何かで彫れるとは、ここの設備じゃちょっと思いがたい。


翻訳の間は、暇で昼食取りに行ったり、お金を卸しに行ったり。


その後びっくりしたのは、彼がぼくのホロスコープを作ってくれて、 それは、月や太陽、水金地火木土の星がどこに位置しているかを示している図で、自分の体も星も同じ事を意味しているんだとか。

そのホロスコープを作った後に、 「君には胸か腹あたりにほくろがあるでしょ?」と言われた。


着ていたTシャツをめくって 自分の右側ろっこつ部分に確かに、ほくろを発見!!


月だか太陽だかの位置で人によってほくろの位置が決まるんだとか。


頭、顔、クビ、胸、腹、秘部、足上部、足下部、足の表、足の裏 だったかな。


僕は、体中そんなにほくろはある訳ではないから、確かにそれを当てられるのは凄い。

インドの神秘をここに感じる。


そして、その後僕の予言の読み上げが始まる。

ソフトクリームと新興宗教

2009年11月02日 20:38

マハーバリプラムで遺跡の面白さに惹かれた後に訪れたのはポンディシェリー。


この町の歴史を見ると、植民地時代にイギリスとフランスが取ったり取られたりでなかなか興味深い。

最終的には、フランスが長いこと占領していて、町にはフランス人の住民も時折見かける。


なんでここに寄る事になったかは、後ほどとして、この町油断していたけど、インドの中では かなり洗練されてる。


とりあえず町並みが整っており美しく、マーケットでは何でも揃うし、インドではそうそう見かけない スーパーマーケットもあるし、政府直轄地という事で税金が低く、酒も安い。



そして、そこに住むインド人達もなぜかリッチな感じ。



海沿いには綺麗な遊歩道があり、雰囲気も良かった。



何より、この町で一番はまったのはソフトクリーム。

18ルピー(36円)で食べられるそのソフトクリームのコーンはパリッとしていて、 ソフトクリーム自体も上品な甘さで、宿から近かった上に、安くて旨いので、 ポンディチェリーに2泊した間、4,5回は食べたような気がする。

糖分の取りすぎで、最近ばやいです。





ポンディシェリーには、アーシュラムと呼ばれる新興宗教があり、町中には、 創始者のオーロビンドおよびマザー 二人が眠る墓がある。



誰でも入れるということで、行ってみた。




入り口の向かいで裸足になり、入場するや否や、そこはインドとは思えないほどの静寂の空間。



中心に棺があり、それを取り囲むように信者や観光客の人々が、無言で、思い思いの格好で祈りを捧げている。




僕もそこに腰を下ろして、しばしその静寂さに浸る。




日本のお寺みたいな静けさ。



この雰囲気を作り出すこのアーシュラムという宗教ってのは、どんなんだ?



ちょっと興味が湧いて、二人の創始者が提唱、造営されたというオーロヴィルという場所に行くことにした。





オーロヴィルには、約2000人が住んでいて、そのほとんどが西欧諸国から移住してきた外国人で、 理想の都市なんだとか。




オーロヴィルまでは、ポンディシェリーから北に15Kmほど。



バスで途中まで行ったら、わずかに6Kmほどしか行ってくれず、その時はその事実を知らずに、 バス停からは歩いていけるだろうと、ひたすらに歩くけど、一向に見つからず、 ある集落で子供達やおばさん達の写真を撮りつつも進むこと、一時間以上。

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途中、そのオーロヴィルに住んでいると思われる初老の白人が、バイクで 僕を乗せてくれ、何とか入り口に進むことが出来た。


彼曰く、ここには日本人も結構住んでるとの事。



果たして、ここで何をしていいものやら。




マトリマンディルという金色のゴルフボールみたいな瞑想ホールが中心にあるらしいので、 とりあえずそこへ行こう。



ということで、ビジターセンターで入場パスを貰い、 そこから1Kmほどのところにある瞑想ホールへ徒歩で向かう。



正直、ずっと歩き詰めでもう歩きたくないですって状態。




それで辿り着いたゴルフボールがこれ。

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部外者は遠めに見るだけでおしまい。







んー。あれか・・・・・・・・・・・。






歩き疲れていた僕にとって、感想なんてそんなもん。







確かに面白い形してるんだけど、やっぱり中に入りたかったな。


内部は、光が差し込む瞑想ホールでなかなか良い雰囲気らしい。



再びビジターセンターに戻り、その中にあるお店をいくつか巡る。 おしゃれで、これまたインドとは思えない。

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特に何を買うでもなく、とりあえずそこにあったカフェで軽く休憩をして、 町に戻ることにした。




正直、オーロヴィルでアーシュラムの思想を理解するためにはもっと長いこと居る気持ちじゃないと 厳しそうだ。



こんな観光目当てで来て、得られるもんなんて、疲れくらいなもんだ。


というしか、悟ることが出来ず、帰りにオーロヴィルビーチというビーチに行くと、 そこには、多くの海水浴客となぜか大量の魚の死骸が。。



恐らく干してるっぽんだけど、そのビーチの大部分を占領していて、かなり異様な光景。
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楽しそうに泳いでる白人の人たちとその大量の死骸のミスマッチっぷりがなんともいえなかった。



そして、宿に戻る前に再びソフトクリームを食べるのでした。。



そんなポンディチェリー。 いい町。

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