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旅を始めて半年

2009年09月30日 15:58

気づけば、180日とちょっと。

3月末に旅立って半年が経過してしまった。

ブータンを含めて、わずかに4カ国。

予定は未定の旅なので、こんな状況は当たり前で開き直ってるんだけれど、

なんて贅沢な旅なんだろうと日々思う。

60分の1の確立で、日本人に生まれて本当に良かったな。



飯も宿も安いものしか食べてないし、タクシーなんてあまり使わないで、歩きまくり。

歩きすぎて、疲労困憊になることも多いけれど、この先もこの旅がいつまで続くか分からないけど、

楽しみたい。想像を超える出来事に期待するばかり。



インドに来て、ホームシックというかジャパンシックに陥り中で、

日本のコンビニとそばと温泉が恋しくてたまらない今日この頃。




そんなわけで、今までのルートをざっくり書いてみた。
すでに20,000キロ以上は移動してるみたい。まだまだ地球半周分。


View 旅路 in a larger map



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ブータン 密入国 その2

2009年09月28日 19:52

あそこから行けそう。というかあそこは国境なのか?


そう思った僕らは、子供達が走り去った部分に近づいていく。

すると、写真みたいな入り口を見つけ、無言で少し早足で、その一本道を通る。



入り口には、インド人の係員が居て、チラッと僕らを見たけど気に留めない様子。


僕らはそのままその道を通り過ぎ、係員なんて誰も居なくて、民家があるだけのブータン側と思われる出口を出ると、 どこにもWelcome to Bhutan なんて看板は見当たらなかったけど、近くにある建物の緑色の看板に PHUETSHOLING BHUTANという表示が。



「やった。ブータン入れた!!」  と二人で静かに歓喜。


ブータン側に入ったところで、見かけるのはほとんどインド人。


本当にブータンなのか?と疑いつつも町を歩いてたんだけど、そこはやっぱりブータン。


道に落ちてるごみは、ずいぶんと少ないし、そもそもインド側に比べて人の数が断然少ない。




朝食も昼食も食べてなくて、すでに1時くらいになってたから、せっかくだしブータン料理を食べようぜ。


という事でインドとは、雰囲気の違うプンツォリンの町を少し歩いて見つけたお店が、Deki Lam Hotel Restaurant & Bar.


お店のカウンターにブータン料理が4つほど並んでたんだけど、どうにも見栄えが悪く、食欲をそそらないものばかり。


その中から苦渋の選択をして、選んだのは鳥らしいんだけど、どうも食感が脂身ばかり食べてるような感じで、本当に鳥を食べてるんだか疑問だった。




ブータン料理は置いといて、そこで働いてたソナムちゃんって子が僕らに話しかけてきて、「日本人?インドから来たの?ブータンにはどれくらいいるの?今日だけ?もっと長く居たらいいのに。名前を教えて。」だとか、

「私は、来年から大学1年生。プンツォリンの町は開発されていて、ブータンっぽくないから、他の町に行けば、もっとブータンっぽいところが見られるよ。海外にはインドとネパールには行ったことがある。中国の国境付近までも行ったことあるよ。良かったら、連絡先を教えてブータンから手紙を送るわ。」

などなど、他にもブータン料理について教えてくれたりと、大変親しみ深くて優しい目をした女の子で、 帰り際にはお土産にと、ブータンの紙幣10ヌルタムと今のワンチュク国王のポストカードを何枚かくれた。


国王の写真を色々とコレクションしていたらしいんだけど、そんな大切にしてたものをほんの少しだけ話した僕らにくれて、彼女の優しさが身に染みた。

同時に国王の国民からの愛されっぷりにも、感心。

以前、テレビでブータンの国王の善政についてや、いかに慕われてるかやってたけど、本物なんだな。

人口66万人の小国だからこそ、成し得る事なのかもしれないけど、それにしても国のトップがこれだけ愛されている国家は素晴らしいと思う。

最後には、一家の写真を撮らせてもらってお別れ。



インドでしつこく話しかけてくるインド人に対して常に疑心暗鬼になってた僕にとっては、ブータン人とのギャップが大きく、めちゃくちゃ良い人だなと半ば感動に近いものを覚えた。

ブータンの町では、誰一人として客引きなんていないし、物乞いも居ない。ブータンの失業率は3%だって。



道を聞いたら、ものすごく親切に教えてくれるし、フレンドリー。

それに僕らに似ているものだから、やっぱり親近感を覚える。

プンツォリンの町自体は、特に観光をする場所もなく、一箇所だけ行ったゴンパでは、なつかしのチベット仏教特有のマニ車を手にゴンパをコルラする老人達がいた。
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そこで、写真を撮っていると、「僕らを撮って」と寄ってくる13歳の男の子達。

集合写真を撮った後、彼らはブレイクダンスをしているチームって事を詳しく説明してくれて、披露してくれた。
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ところが、ブータンにはそういうイベントがほとんどないから、たまにくるインド人達に見せたりしているとの事。退屈だよーって言ってた。


さらには、その公園みたいになってるゴンパの塀からバック宙して飛んでみたり。 雨が降ってきたので、雨宿りをしている間中、ひっきりなしに彼らは話続け、ボブマーリーがみんな大好きなんだとかなぜかやたらと詳しいし、ブータンはいいとこだけど、インドは汚い、インド人あまり好きじゃない。

それにプンツォリンの町も彼らのせいで、こうしてゴミが落ちていて汚らしい。

後は、ずっと英語でジョークばっかり言ってた。

英語が上手すぎて、13歳の彼らについていけない。
ブータンは英語が公用語になったらしいので、若い人たちは当たり前のように英語を話せる。

陽気な彼らと別れた後は、他にブータン料理が無いか探してみる。

途中、入ったお店ではブータン料理は頂けなかったんだけど、とりあえずお店の中で話そう。ということで、おばちゃんとお店の奥でありきたりな会話をトーク。


そのだんなさんが、余りにも味のある顔すぎて、哀愁が沸いた。
こんな親父、絶対日本にいるよ。
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そんなこんなで、最後にブータン料理を再び少し頂き、
(手前のは味は、まぁまぁ。奥の方は干し牛肉と野菜を炒めてて、触感のギャップが微妙だった。)
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岡村似の親父との会話を楽しみ、
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僕らは、堂々と国境ゲートからブータンを後にした。国境を出る分には完全ノーチェック。
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国境を出てインドに入るや否や、喧騒が始まり、人が増え、道にはゴミが増え、物乞いが現れ、ブータンとインドとのギャップには驚かされる。


今回プンツォリンにしかいけなかったけど、いつか絶対正規料金払ってでも、他の町々を訪問したい。
首都ティンプーにも行きたい。


ブータンは、感動的に良い国だと思う。景色だとかも、おそらくもっと楽しめるんだろうし、何より、ブータンってとこは人に対してに感動出来る国なんだろうな。

この国は愛すべき国だと思った。




照れながらも、写真に写ってくれたかわいい女の子
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プンツォリンのとある通り
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ブータン密入国 その1

2009年09月27日 11:04

ダージリンを3泊ほどして、コルカタに向かう事に決めた。

そう決めたはずなんだけど、何か忘れてる。

「そうだブータン行くんだった。」

そういうことで、ダージリンからシリグリーの町へと下るジープで迷った挙句ブータンを目指すことに。

ブータンまでは、シリグリーという町からバスで4時間ほどかけて、ジャイゴンというブータンの国境の町まで向かうらしい。

シリグリーに下ると、リキシャーやホテルの客引きがしつこく群がり、そして暑い。
確かにダージリンはいいとこだったと思い返す。

涼しいし、ホットシャワーだし、そんなしつこい客引きは稀だった。

ダージリンで出会い、山を一緒に下ってきた京都の学生 さとし君とともにシリグリーにて一泊し、翌早朝ジャイゴン行きのバスに乗る。

バスには若いブータン人が乗車していて、彼らの顔は日本人に激似。

激似というか、そんな顔の人、大学とかに絶対いる。
そして、彼らは鼻が高くて、顔が整っていて、かっこいい。

3人いたけど、みんなその条件は当てはまった。
途中、僕らに「ブータンに行きたいのか?ならバスが着いてから、ついておいで」と言ってくれた。

ブータンは半鎖国をしている国家で、入国するためにはツアーを組まなければならず、ツアーを組むには1日あたり200ドルを払わなきゃいけない。

その代わり200ドルを払えば、宿代なり食事代なり、移動費なりをすべてまかなってくれる。というのが、ブータン観光のための本来の条件。

そんな事、今の僕にとってはかなりハードルの高いツアーで、聞けば国境の町ジャイゴンからプンツォリンという町に入るだけなら、ブータン人にそっくりの日本人ならば、可能らしい。ってなわけで、今回のブータン行きを決行した。



バスがジャイゴンに辿り着くと、そのブータン人達は僕達を手招きして、ブータン国境までオートリキシャーの相乗りをさせてくれた上に、料金まで支払ってくれた。

いきなりブータン人の優しさに触れる。 国境の前で、「あそこにイミグレーションがあるからそこで申請するんだよ」と教えてくれ、握手をした後、彼らは国境を越えていく。

「あれ、一緒に国境越えてくれるんじゃなかったの?」とさとし君と一緒に戸惑うも、僕らには大きな荷物があって、さすがにそれと一緒にブータンに入るわけにはいかないから、まぁいいかという事で、国境すぐ近くの宿にチェックイン。

チェックインした後、ブータン人に紛れるべく、僕らは彼らと同様にジーパンを履いて、そして僕は、彼らが巻いてたようにバンダナを頭に巻いた。

多分、ブータンの若者はバンダナを巻くのが流行ってるんだろうと勝手に推測して・・・



そしてブータン人そっくりに成りすました僕達はまず、国境のゲートは簡単に越えられそうだというのは分かりつつも、国境沿いの違うところを探してみた。

情報ノートか何かによると、国境から左に500メートルほど行ったところで柵が壊れていて、現地の人が普通にそこを行き来してるとか・・。


そんなわけで、探してみたけど塀や柵が壊れているところは見当たらず。


さらに左側を進んでみると、子供達が国境らしき部分をはしゃぎながら走ってブータン側に入っていく様子が目に入る。

「あれ、行けるんじゃない?」

そこで、ずいぶんとゆるそうな入り口を見つけてしまった。
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ダージリンをそれなりに観光してみた

2009年09月26日 13:57

ダージリンについて知ってることと言えば、紅茶の名産地ということくらい。

ついでに世界遺産のトイトレインと呼ばれる蒸気機関車が走ってるということを、ここに来る前に知った。

今までインドを回ってきてダージリンに辿り着いた人に聞くと、ダージリンは人がとても良いと絶賛してる。。

ところが、ネパールから来た僕にとっては、別にダージリンにいるインド人に対しては たまに挨拶返してくれるけど、そっけないし、人の良さはあまり感じられなかった。
つまり、インドの本髄を感じるという事は、今のところ大人しいこのインド人達が、しつこく、うっとおしくなってくるんだという事?

これからのインドにますますうんざりさせられそうだ。
この国のどこに魅力を見出そうか。それが、これからの大きな課題。

とりあえずは、ダージリンを観光。 何はともあれ、紅茶。

ハッピーバレーと呼ばれる紅茶園では、紅茶の製造工程を見る事が出来て、さらにはその近くのお店でイギリスの超高級百貨店ハロッズ向けにしか卸していないそこのおばちゃん曰く世界で一番美味しい紅茶を頂いた。

葉っぱの説明するおばちゃん
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その美味しい紅茶の名前はスーパーファインティッピーゴールデンフラワリーオレンジペコー1

100グラム400円。ハロッズで買えば、100グラム数千円は下らないらしく、ここで売ってることは秘密よ。っておばちゃんに念を押された。
一体、誰に対して秘密なのか、全く良く分からないけど、そこで試飲させてくれた紅茶は、わずか5秒お湯に通すだけで、出来上がり。

確かにいつも飲んでたリプトンなんかとは明らかに香りがあるし、味も甘みが少しあって、本当に美味しかった。
紅茶の飲み比べなんてしたこと無いから味なんて分からなかったけど、旨いのは確か。5秒であの味出せるのは凄いと思った。

僕らを覗き見するおばちゃんの息子
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翌日は、世界遺産で、平均時速10キロにも満たない蒸気機関車を半日たっぷりと堪能。

ダージリンは、イギリス領時代に避暑地だったらしく、その当時のイギリス人の移動手段および紅茶の輸送手段として蒸気機関車を敷いたらしい。

実に、130年近く前の代物。 ダージリン鉄道の最高地点が、2143mらしいから日本の野辺山と清里の間にある日本の鉄道最高地点1375mに比べるとずいぶんと高い。

130年前なら、当然移動手段、輸送手段としては成り立つんだろうけど、オートモービルがはびこるこの世の中では完全に遺産と化しており、ほぼ観光用。

乗り合いジープで4時間のところを、トイトレインは7時間半かけて移動するんだと。 蒸気機関車の煙の出しっぷりは、激しい上に、狭い山道に何とか線路を通してるから、線路のすぐそばに民家や商店がある。

だから、機関車が通り過ぎると、そこに居る住人達は煙まみれになってずいぶんと迷惑そう。

乗ってる身からしたら、風情があって貴重な体験が出来ていいんだけど、毎日毎日うるさい汽笛を鳴らされ、蒸気まみれにされる住民には、少しでも利益は還元されてるんだろうか?

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蒸気機関車に初めて乗ったけど、絶えず石炭を機関部分にうまく入るように、道具でじゃかじゃかやらなきゃならないし、石炭の燃えっぷりを確認しなきゃならないし、よく止まるらしい。

それに比べると、電車ってのはずいぶん便利な乗り物なんだな。人は、便利な方へとひたすら突き進むんだな。
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そんなベタなダージリン。




インドで口にするマサラカレー、ちょっと高めのやつはかなりお口合いますです。

3カ国目 インド入国

2009年09月25日 16:45

ネパールのビザの期限があと1日。相変わらずビザに左右されてるこの旅。

1ヶ月なんて、旅行するには十分なんだろうけど、やっぱりその国を知るには足り無すぎる。


大して何にもしないで、のんびりしてただけだけど。


これからもビザに左右され、悩まされ続けることになりそうだ。

ぐだぐだ言ってないで、インドに行くかということでカトマンズで、最後においしいおいしい肉じゃが定食を頂いて、 長い長いバス移動へ。
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長距離移動する割には、相変わらずネパールのローカルバスで、乗り心地悪し。


しかも、行程を見るとずいぶんと遠回り。 16時過ぎに出発し、国境の町カーカルビッタに着いたのは翌朝10時半。

途中夜中に原因不明の渋滞に巻き込まれてどうなる事思ったけど、そのときバスの外に出て、空を見上げると満天の星空。

宇宙中の星が全部見えてるんじゃないかってくらいに美しく、ずーっと見上げてた。

出来ることなら、バスの渋滞がこのまま続いて、しばらく見てたかったな。



そんなわけで夜が明けてまもなくすると、カーカルビッタに到着。




長時間の移動による疲労と暑さによる汗まみれのなか、ネパールに名残惜しさを感じつつ、イミグレーションで、感じの良い係員に出国審査をしてもらい、インドへと入国。

早速タクシーやらリキシャーやらの客引きが群がる。

インドとネパール間の橋をタクシーで。
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いきなりインドに嫌気が差す。しかも、「今日はストライキだからバスは動いてない、タクシーで行け」とかもっともらしい嘘をついてくる始末だし。
ちなみに、移動途中にバスと何台もすれ違った。 はなからこんな事言われると、人を信じてたまるかという気持ちが高まるばかり。


インドにずっと居ると性格悪くなるなんじゃないかって心配になってくる。

その日は、カーカルビッタからシリグリーという街まで行き、ダージリンに行く予定だった。

一緒にカトマンズから来たはなちゃんと国境でであったかずやくんとシリグリーまでタクシー相乗りし、シリグリーからは4乗り合いジープでの移動。 乗り合いジープは、前列ドライバー含めて3人。後部座席4人、最後部座席4人と詰めまくり。さらには荷物乗せまくり。

これがインドですか。そうですか。


そして4時間後、インドに来て最初の町 標高2,000メートル以上の高地にある紅茶で有名なダージリンに到着した。


ネパールのこと。

2009年09月24日 22:53

ネパールは後発開発途上国。つまり最貧国。

世界で一番貧しい国のひとつ。
確かに、ネパールには物がない。自国製品なんてほとんどない。ほとんどはインドや中国からの輸入品。あるものといえば、国内で作った質の良くない有名アウトドアブランドメーカーのコピーだとか、各国のCDやDVDのコピーだとかそういった海賊品。あとは麻などの繊維関連。
それを除けばほとんどが農業。

それに首都なのに当然のように毎日2時間とか停電。国の電力のほとんどが水力発電で、乾季の間は8時間停電するらしい。

日本じゃあり得ない事だけど、ネパールではずっとそれが当然のごとく行われて、住民は、それを当たり前のように受け入れて、少しの工夫と大量のろうそくで毎日を暮らしている。

そんなのを見ていると、僕達は電気に頼り切ってるけど、人間無くても全然生きていけるんだという事を改めて実感させてくれる。

ほとんどのホテルでお湯はソーラーパネルで作り出してるから、天気が悪いとお湯が出なかったりとか当たり前。

例え労働力が安くても、地理的には他の途上国に比べると運輸の面でかなり不利だし、正直経済的に発展するには、他の東南アジア諸国とは別の道をたどらない事には難しいと思う。

カトマンズを歩いていても、大きなビルなんて全然見当たらないし、大きな企業も見掛けない。

ネパールは当分このままなんじゃないかななんて思ったりする。

それに、隣国インドの影響を受けまくるせいで、自力で何とかするなんて大変困難な話だろうし。


物乞いは多いし、日本で缶ジュース一本買うだけの100ルピーのための彼らの労力はかなり大きい。失業率は50%近い。
致命的な話だと思う。

働ける力があるのに二人に一人が働けないなんて。にも関わらず、最近ネパールは値上げラッシュでここ一ヶ月でも値上げに遭遇した。だからよく値上げに反対するデモなんかも行われてる。

結局、多くのネパール人は英語や他の言語を習得して、日本や北米、ヨーロッパなど海外に出稼ぎをしようと切磋琢磨してる。多分、それが経済的に豊かになれる一番の方法なのは間違いないね。

こんなに貧しくても治安の悪さはあまり感じられないし、彼らは基本的に親切。もちろんお金目当てに親切にしてくる人たちもたくさん居るけど、それでも押し付けがましさがなくて、「いらないならいいよ」って場合が多い。

身銭を切ってまで親切にしてくれる事もあって、ネパール人の国民性は本当にいいな。

他人を不幸にしてまでは、幸せにならなくていいやって感じ。

何でこんなに良い人が多いのか不思議なくらいに、多い。
こっちが騙されるかと身構えてても、肩透かしに合っちゃう感じ。


先日、あるラフティングのガイドに教えてもらったジョークなんだけれども、

「アメリカ人とドイツ人と日本人と中国人とインド人とネパール人が同じボートに乗って、 ボートから何かを捨てなきゃいけないシチュエーションに陥った。

そこでアメリカ人はお金を捨てた。お金ならいくらでもあるから。

ドイツ人は長靴を捨てた理由は聞き取れず。
日本人は、デジタルカメラを捨てた。デジタル機器ならいくらでもあるからね。

中国人は、コピーのデジタルカメラを捨てた。中国人コピー得意アルヨ。

インド人捨てたのはなんだったか分からないけど、

ネパール人は捨てるものが何も無くてインド人を捨てた。
ネパール国内にインド人はいくらでもいるからね。」 そんなジョーク。

カトマンズは何も無いけど、埃まみれ。

明らかにインド人っぽい人がネパールにたくさんいるんだけど、人が良く無さそうなインド人がたくさんいる。

偏見なんだだけど、言動とか見ててもやっぱりネパール人と違うね。

インド人とネパール人じゃ、目が違う。ネパール人は目が優しい。

それじゃなくてもネパール人は、いつも笑顔で答えてくれて、そんな貧しさを感じさせない。

別に物売りじゃなくても、目が合って、愛想よく「ナマステ」と返事してくれると、こっちが気持ちよくなる。

お金も大事だけど、やっぱり人だね。



再びカトマンズでカジノ三昧

2009年09月24日 16:45

ポカラで色々とネパールとインド間の国境についての情報を知る限り、どうやらスノウリからインドに入ると、どうも美味しくない状況に巻き込まれるケースが多発してるらしい。

結局はお金で解決出来るんだろうけど、面倒臭いし。次にどこ行こうか考えたあげく、半鎖国の国ブータンに行ってみようかなという事で、ネパール最東の町カーカルビッタから抜ける事にした。

快適なツーリストバスに乗って、再びたどり着いたカトマンズはすでに見慣れた街。

観光し尽くしてやることないや。

そういうことで、行き着いた先はカジノ。

すでに5回くらい行ってるホテルアンナプルナ併設のカジノ アンナプルナ。

カジノに行った理由は遊ぶだけじゃなくて、もうひとつはネパールルピーからインドルピーへの換金。

ネパールルピーとインドルピーは固定レートで、1:1.6。両替屋で変えるとレートが悪くなるので、一番良いのは、カジノ。



カジノで、ネパールルピーをいったんチップに変えてそれをインドルピーで貰うと、ちょうどそのままのレートで換金出来る。でも、カジノで少しでも負けたらそんな為替の差なんて一瞬で吹き飛ぶ訳だけど。



遊んだゲームは、バカラだけ。バカラだけは、ミニマムベットが200インドルピー(400円)とブラックジャックやルーレットに比べるとハイリスクなんだけど、人が集まってるのは、いつもバカラだし、僕とはどうも相性がいい。

マカオのカジノでひらめいた「強い人に便乗作戦」決行を試みるも、どうもそのテーブルそんな人見当たらない。

そういうことで、初日は自分を信じて、たまに他人を信じてBanker やPlayerに賭けつつ、タダのビールを飲むこと1時間半。

3,000Rsが4,500Rsくらいになりました。3,000円くらいの勝ちになるかな。

相変わらず小勝ち、なんだか面白くない。とはいっても、滞在費にしてみると結構な額。



そして2日目。この日は気付けば26歳最後の日。 26歳の自分の運をすべて使ってやれと意気込んで、再びバカラのみの勝負。

今回も、強い人に便乗作戦が出来そうもなく、自分を信じ続けて遊ぶこと2時間半。

結果は、勝ったり負けたり2,500Rs(約5,000円)の勝利!!なんだか規模が相変わらず小さいな。 24時を迎えると宿に入れてくれなくなりそうだったので、そんなこんなで宿に帰る。


宿はシャッター閉まってて、そばにいたネパール人がシャッター開けるの手伝ってくれて何とか部屋戻れたけど、 27歳をカトマンズで野宿で迎えるかと思って、焦ったー。

GPSじゃなくて手書き ポカラ to カトマンズ

2009年09月21日 19:54

iGotuさんの不調っぷりが激しく、宇宙との交信を拒んでるのでめんどくさいけど、Google Map手書き。  でも意外といけた。

あと、今回乗ったツーリストバス。今まで乗ってきたローカルバスと違って、かなり快適。

ローカルバスは足を伸ばすどころか普通に足を置いても、少し曲げないと座られなかったり、

座席が硬すぎたりと、不満だらけだったけど、ツーリストバスは日本の格安長距離バスよりちょっと劣るくらいの乗り心地。8時間、割と普通に移動できました。


より大きな地図で ポカラから再びカトマンズ を表示

ポカラでライブ(ネパール)

2009年09月19日 11:07

ポカラでぽかぽかし過ぎて、ビザの期限が迫りまくってきた。

8月18日にネパール入国して、30日のビザを貰ったので、期限は9月16日。

そして、気付けば9月の11日。テロのあった日、そして僕の7年目の祖母の命日。



とりあえず、これからどうするか熟考したあげく、、ネパールの一番東側から出国して、

東側からインドを舐めまわそう。地図も大してちゃんと読んでないし、各都市がどこにあるのか、

さっぱり知らないけど。




12日には、レイクサイド沿いのキャンプサイトで、Music Television主催のフリーライブがあって、

リハーサルとかが前日から宿のほうまでがんがん聞こえてたし、ただなら行かないと勿体無いでしょ。ってことで、生ライブ行ってみた。

ネパール人とオーストラリア人のアーティストで全然知らなかったけど、

なにはともあれ生ライブいいね。
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ライブが終わって、湖の傍を歩いていた日本人募集のTシャツ着てた兄ちゃん
隣にネパール人の彼女連れてた。

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ポカラな日々2(ネパール)

2009年09月18日 11:38

宿をレイクサイドに移してからはよりいっそうのんびり。

まず宿の居心地が素晴らしい。Hotel Mandara。
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静かな中庭があって、うさぎが飛び跳ねてて、Wifiも使えて、バストイレが部屋の中にあって、
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一人200Rs。部屋の外にある椅子に座ったり、芝生で寝転がったりして一日中読書をしてみたり、テント借りて、ものすごく久々にテントの中で一泊してみたり、キッチン借りてパスタを作ってみたりと、本当にのんびりした毎日過ごした。
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朝食は、100円程度のBreakFast。パンとベイクドポテト、ミルクティーかコーヒー、卵2個と優雅な朝食をゆっくり味わい、
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昼過ぎには、湖沿いにあるレストランで湖眺めながらネパール料理のダルバート(200円くらい)を頂く。
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それでもって、夕方には湖を散歩してみたりして、
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みんなでラフティング行こって話あったんだけど、僕だけ断らせて頂き、その分さらにのんびり。

ダライラマ自伝をじっくり読ませて頂きました。

ちなみにポカラから日本まで荷物を送ったんだけど、1キロ 1150Rs(1400円くらい)

いつ届くんだろか。カトマンズ着いて、すぐに送ったポストカードもまだ届いてないみたいだし。

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そんなポカラ。



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ポカラでバイク

2009年09月17日 11:27

地球の歩き方に乗ってるポカラから2時間ほどのところにあるという温泉にみんなでバイクを借りていくことに。

色々というか、日本でこんな事起きたら警察呼ばなあかんだろ、的な事が起きたわけです。

バイクのレンタル料は、1日で350Rs(430円くらい)と激安。

ガソリン代が一リットル 85円くらいはするので、5リットルも入れるとレンタル料よりガソリン代のほうが高くつくのです。
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そんなわけで、大してまともな地図もなく、中古の125ccのバイクにも不安を抱えながら、ポカラを出発。


出発早々、もう一台のバイクのエンジンの掛かりが悪いのか、ドライバーなおくんの運転技術のせいなのか分からないけど、坂道の途中で立ち往生をし、なかなか発車できない様子。




そこで、僕は彼を助けるべくUターン。




ところが、道の途中にあった紙か何かに前輪が乗っかり、前輪ロック


そのままスルスルスルーと坂道をコントロール不能なまま僕のバイクは下ってしまい、


ついには、道の途中で立ち往生していたなおくんのバイクの後ろの部分目掛けて、

激突!!


という事で、出発して30分も経たないうちに、事故発生。


なおくんのバイクは、道に投げ出され、僕はそのまま少し下って停止。

周りで観ていたネパール人は、はははって笑ってました。僕らも笑ってたけど。


幸い、お互いのバイクにも体にも損傷はなく、無事再出発。



ペンショントゥシタの人に教えてもらった行き方が間違ってて、

ポカラから15キロくらいの道を大幅に行き過ぎてしまったんだけど、

川沿いの直線のそのは、バイクで走るには本当に気持ちよく、爽快で、

「イージューライダー」が頭の中で流れちゃってる感じ。

風を切りながら、馬力が無いバイクだけに、フルスロットルで走らせて頂きました。



何とか、温泉への道に復帰した後は、細い田舎道をひた走り、
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温泉に近づいていくと、ちょっとした渓谷のような場所に入っていき、
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道は荒れて、坂も急。




そして、ここで再び事件発生。




なおくんのバイクの後ろに乗ってたななちゃんが、バイクのバランスを崩した弾みで外に

投げ出される!!


その二人の後ろを走ってたので、彼女がバイクから落ちていく様子を目の当たりにしつつも、

坂を下って、ちょうど橋のところで僕のバイクも止める。




ところが、これだけでは終わらず、僕のバイクがやや傾いた場所に置いてしまったがために、

バイクがそのまま道を外れて、川のほうへとずるずる落ちてく!!



やばいと思ったけど、ちょうどそこには大きな岩があり、何とかほんの少しずり落ちただけで、

バイクは停止。

ただ、一人でそれを道まで引っ張りあげることが出来ず、たまたま通りがかったネパール人が

助けてくれ、何とか回復に居たりました。

彼ら曰く「ここは、よく落ちるから気をつけな」との事。

確かにガードレールなんて無いし、道は荒れてるから、ひとつ間違えば、川に落ちかねないそんな場所。

あー、こわっ。



とりあえず、バイクに損傷はなく、ななちゃんも大して怪我も無い様子なので、出発。







温泉に到着し、バイク駐輪代 5Rsを支払い、いざ露天風呂へ。







ガイドブックには午後になると、地元の人たちでいっぱいになると書いてある。
その割には、ずいぶん静かだなと思いつつも、温泉へと歩くと




あれ?

一人しかいない。

それどころか温泉 ちっちゃいし、浅いし。

しかもぬるいし


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写真じゃ分かりにくいかも知れないけど、体を浸かるなんて事は不可能で、

足をつけるのが精一杯。


これは季節要因なのか、なんのか。


でもそもそも風呂の枠がもともと小さくて、大勢が入れるような気配じゃない。




結局、ぼくらはほんの少しぬるいお風呂で足湯を味わい帰路に着きました。




ポカラに到着する手前で、再びなおくんのバイクは事故に。


道を走ってると、左側で止まってたバイクが後ろも確認せずに急にUターンしようとして、

なおくんのバイクと激突。

完全に確認してなかった運転手が悪いと思うんだけど、「ここ傷ついた」とか

ネパール語で静かなる文句を言ってました。バイクには大して傷は見当たらず、運転手も全然平気そうでした。

こっちは、こっちで日本で、そっちが悪いんでしょ、大して問題ないでしょ、じゃあね、って事で、

向こうも仕方ないなって様子だったので、そのまま示談成立した気配になったので、

宿目指して、バイクや目指す。






バイクを返すときに、傷とかチェックされて、当然これだけの事故起こしてるんだから、

なおくんのバイクとか何か言われるだろと思ったけど、彼のは特に何も言われず、

僕のバイクが岩に落ちてった時についてたと思われるフロントカウルの傷に

修理代求められる。


とはいっても、わずかに100ルピー(120円)   安っ!!





それがネパールみたいです。




その後は行きつけのNEWARI Kitchenでビールを頂きましたとさ

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ポカラで目が覚めると世界の天井がお目見え

2009年09月15日 17:09

ポカラでは最初、5泊ほど150Rs(180円)でルンビニリゾートさんに宿泊。

そこの体が痛くなるくらいにやわらかいベッドから目が覚めると、

いつも曇ってて隠れてた部分から、ヒマラヤの山々が現れてくれました。

朝、7時。

目覚めでぼーっとしながらも、3階のベランダまで行き、遠くの山々を激写。

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左がマチュプチュレ(6993m)、右がアンナプルナⅢ(7555m)
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多分、アンナプルナの2とか4とか、Southとか
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最初、アンナプルナってひとつの山かと思いきや、アンナプルナ連峰って事で、番号が付いてるんですね。紛らわしい。

山々は、朝9時くらいになるとすべてが雲で覆われ、再びいつもの景色に戻っていきました。


ルンビニリゾートがダムサイドにあり、レイクサイドへの移動が余りに面倒なので、
その後は、レイクサイドにあるHotel Mandaraというホテルに移りました。

レイクサイドからは、屋上からでもあまりヒマラヤ連峰が望めないのですが、ある朝マチュプチュレの頭がのそっと顔出してました。
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やっぱり、山あってのポカラのようです。







ポカラでハイク

2009年09月14日 13:20

ポカラに到着した翌々日、チベットツアーでネパールまで来たみんなとまた合流出来た。

ほんの3日ぶりだったりしたけど、再会ってのはやっぱり嬉しいね。

ずっと一緒に居るよりも、会わない時間を経て、また会えるとより繋がりが深まる。



その翌日、みんなで日本山妙法寺(ワールドピースパゴダ)に行こうという話しになり、

9時ぐらいに出発を試みる。


途中まで、タクシーかバスで行こうとしていたんだけど、



その日は、まさかのストライキ


どおりで、朝っぱらか頻繁に走ってるはずのバスを見かけないわけだ。



という事で、フェワ湖をボートで横断して、湖の対岸から上ろう、そっちのほうが近い。。


という話になり、ボート乗り場へ。




ボート乗り場に行くと、酒臭いおじさんが「パゴダに行くのか?ならこっちじゃなくて、違うボート乗り場だ。」とかなんとか似たようなことを何度も何度も繰り返し、教えてくれる。







と、そこで地元の中学生の男の子数名が僕らを取り囲む。
「日本人?」「僕達日本語勉強してる。」「どこいくの?」「チャイニーズゴンパ?」
みたいな会話が20分ほど繰り広げられ、


さらには、その酔っ払いのおじちゃんがこの中学生達に

「おい、こいつらパゴダに行くんだってよ。おまえら連れてってやれよ」と指示。





かくして、僕ら4人と中学生9人の大所帯となったグループは日本山妙法寺へと向かうことに。

全行程徒歩だと、彼らに聞く限り、1時間半だの、2時間だの3時間だの返ってくる答えがばらばら。

こんなつり橋から始まる。
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13歳から15歳くらいのフレッシュな彼らは、ハイキング中ほぼずっと元気で、

はしゃぎっぱなし。
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その日は、とにかく暑い。
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さらには、彼らに導かれるまま付いていくと、明らかに本来のコースとは違った

掻き分けて進まなきゃいけない林やかなりの傾斜の崖を上ったり、下ったりする羽目になり、
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持ってきた1リットルの水も、そこを尽き、とにかく彼らのペースに巻き込まれつつ、

のどの渇きと暑さにやられながらも、何とかかんとか2時間半近くかかって

日本山妙法寺に到着。
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そこからの景色は、汗だくになって何とか上った苦労を報いてくれるだけの美しいフェワ湖とポカラの町。
季節がよければ、ここからヒマラヤ山脈も望めるらしい。
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帰りは、インドから来た友達にポカラ案内中というネパール人とその友達のインド人ら 計4名も一緒に下ることに。

中学生達と女の子達が分岐がある度に、どっちが帰り道かを言い争いまくってたんだけど、

結局、女の子達の言い分にしたがって下ったら、行きの半分の時間で山を下ることに成功。

下ってる最中、ずっとその中学生達の元気っぷりは止むことがなく、林の中に突っ込んでいってみたり、全力で坂下ってみたり、木に登ってみたりとその元気の良さには恐れ入った。


一緒に下った女の子。18歳だかで英語ぺらぺら。建築の勉強をしてるとか。
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そんなわけで、出発地点に戻り、みんなと解散。


最後に、彼らがガイド料とかねだってくるかと思ったけど、そんなことなく、

あっさりと帰路へ。


本当に気持ちのいいやつらでした。














ポカラな日々(ネパール)

2009年09月13日 09:12

ポカラに来ています。

僕は、ここで何をしたらいいのでしょうか?この町について何も知りません。


ポカラは、トレッキングの拠点になく町らしくハイシーズンには、
ヒマラヤトレッキングに向かう観光客でいっぱいらしいのですが、9月初旬のこのポカラの有様は、そんな気配が一切無く、どこのお店もレストランも閑古鳥が鳴いています。

鼻からトレッキングなんてするつもりもなかったので、それはそれで一向に構わないのですが、
果たして何をしたらいいのでしょうか?

とりあえずポカラのメインは湖らしいので、湖に赴きました。
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すると1954年からチベット亡命して、ネパールに来ているというみやげ物売りのチベット人たちに捕まり、よく分からないアクセサリーを30分ほど熱心に売りつけられ、結局何もかって上げられませんでした。ごめんなさい。
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みんな100円~500円程度です。3つで100ルピー(120円)って交渉したけど、決裂です。
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いたるところを牛が歩いています。これがウサギや猫なら人畜無害なのですが、やっぱり邪魔だと思います。たとえどんなに聖なる物でも邪魔なものは、邪魔です。おまけに牛の糞もそこら中に転がってるし。
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湖を適当に散歩し終えると、本当にすることが思いつかないので、タダひたすらカフェで手紙書いたり、日記書いたりしてみました。

こんな贅沢な時間が味わえるのが、ポカラなのでしょうか?
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GPS ゴルカからポカラへ

2009年09月12日 14:25

一瞬で観光が終わってしまったところで、ポカラ行きのバスを発見。

宿のおっさんには、2泊するといってあったけど、12時前にチェックアウトできそうだったので、

そのまま荷物まとめて、ポカラ行きバスに乗り込む。

バスは相変わらず狭い上に、どらえもん級のおばちゃんが無理やり座ってきて、席はかなり窮屈。

足が変形しそうだった。

結局、ゴルカでの滞在時間は18時間ほど。睡眠時間10時間。

ゴルカの山の上にある王宮見に行って、汗だくになっただけのゴルカでした。

町の人たちは、とてもやさしかったんだけどね。



より大きな地図で 0901ゴルカポカラ を表示

ゴルカの山から見慣れない街見下ろす

2009年09月11日 11:19

6分の1の確率でたどり着いたここゴルカ。

さて、ここで何をしてやろうか。



地球の歩き方のゴルカのページを手書きで紙に写して、たどり着いてまずしたことは、宿探し。

はじめに見た2軒は500ルピー~800ルピーと、高すぎて断念。


理由不明に次第に重くなっていく荷物を背負って、汗だくになりながら、見つけた宿はHotel Prince。

300ルピー。もっと安い部屋もあったけど、ちょうど停電していて窓が無いので部屋が真っ暗だったから、窓のある部屋に。


近くの小さな食堂でFried Riceを食べる終えると、8時頃にはすでに町はまっくら。


しかも停電していて街灯も無く、宿に戻るまでの目印は小さな店から灯されてる小さなLEDの光だけ。







翌朝、町から徒歩で40分ほどの山の上にあるというゴルカ王宮とやらに行くことにした。
というか、ゴルカで行くところはここくらいしか見当たらない。

ゴルカの町自体、丘の上にある町で、町全体が坂になっていて、朝っぱらから坂を上り続ける。


途中からは、王宮に行くための階段が続き、15分くらいのぼったところには町にひとつしか無さそうな学校が現れる。
教室の中には扇風機くらいあるのかな。
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そして、坂を上りながら汗だくになっている僕とすれ違う学校に向かう子供達
ネパールの子供達は、ほんとうにどこでも楽しそう。
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こんな急な階段がどこまでも続く。
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そして歩くこと数十分。
50ルピー(写真取るなら追加200ルピー)を支払って入場したゴルカ王宮は、王宮という割にはずいぶんと小さな佇まい。
ネパールで王政が廃止される昨年までは、ちゃんと王宮として機能していて、こうして入場できるようになったのは去年から。
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ほんの2,3組の観光客と、わずかな地元の人たち。
相変わらずここでもゆっくりとした空気が流れており、天気が良ければ見えたらしいヒマラヤが眺められるなら、何時間でも居られそうな気がした。

こっそり写真とってたら、係員にばれて、200ルピー払え!って責められる。

「わかった、わかった、カメラは持ってるだけ撮らないよ」って言ったら、

「かばん、中にしまっとけ」といわれ、かばん中にしまって一件落着。



王宮から見える景色は北はヒマラヤが眺められ、南からは遥か下のほうにあるゴルカの町が
見下ろせる素晴らしいシチュエーション。
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そこで、雲に覆われた景色を眺めてのんびりしたのち、さっさと来た道を下ること30分。

朝の11時なのに酒臭いおじさんに陽気に挨拶されたり、チョウタラの木の下でのんびりしてみたり、

それでゴルカでもうやることなくてどうしようと思ってたところで、バス停についてみると、

ポカラ行きのバスが12時30分にあるってことだったので、急いでチェックアウトして、

150Rsのバスチケットを買い、バスに乗り込む。





そんなあっという間のサイコロに導かれたゴルカ。

雨季のせいで景色もいまいちで、王宮と言っても規模が小さく、そういう意味ではぱっとしなかったんだけど、ネパールの一田舎町に寄れて、だいたいどこでも似たようなものを売ってる商店と似たようなメニューしかないレストラン、町のはずれに行くと必ず広がる田園、ヤギを連れて歩くおばあさん、誰も来ずに暇そうにしているお土産屋のおばさんたち、バイクで集まっていつまでもぐだぐだと話している兄ちゃん達、外で何をするでもなくはしゃいでる子供達、そんな光景がネパールの各所ではどこでも繰り広げられてるんだなって事を実感しました。










GPS カトマンズ-ゴルカ

2009年09月09日 11:43

GPSロガー(iGotu)の調子がよろしくない。

そろそろGPSログじゃなくて、ただ手で引いた線になるかも。

ネパールの公共バスは相変わらず乗り心地は悪く、価格は安い。

この先、こんなん続くかと思うとちょっとうんざり。

5時間で200Rs(250円)

札幌で、家から町に出るまでの地下鉄の料金(240円)と変わらない。
わずかに10分足らずの移動なのに。



より大きな地図で 20090830カトマンズ-ゴルカ を表示

行き先をサイコロで決めてみた。

2009年09月08日 10:12

どうも地球の歩き方 ネパールを読んでいても、ぐっと来ないので、

仕方なく水曜どうでしょうをパクッて、サイコロで行き先を決めることにした。

本来なら、突拍子もない行き先をたくさん書きたかったんだけど、とりあえずポカラには行っときたいので、無難な選択肢だけ。

1、ゴルカ 2、ポカラ 3、チトワン国立公園(世界遺産) 4、ポカラ 5、ポカラ 6、まだまだカトマンズ

ってかポカラ3つってポカラ行けばいいじゃん!って突っ込みもあったんだけど、とりあえずサイコロ振る。





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結果  1  。



ゴルカってどこだ?




再びカジノへ(カトマンズ)

2009年09月07日 10:07

カトマンズの数軒の高級ホテルには、カジノがついてる。


マカオ以来のギャンブル、わくわく♪


という事で、向かったのはタメル地区からおそらく一番近いであろうホテルアンナプルナ。

入場して、目に入ったのは日本のゲームセンターよりも設備のひどいいくつかのスロットマシンと、古ぼけたコインのマシン達。

なんだこれ? と思いきや、賭博場は2階にありました。


カトマンズのカジノのゲームは、ルーレット、バカラ、ブラックジャック、そしてKittyなるポーカーらしきカードゲーム。がほとんど。


チベット同行組 3人でまずは、ルーレットに挑戦。

ちなみに、アンナプルナ(他のカジノも同じだった)のミニマムベットは、ルーレットの赤黒や奇数、偶数などアウトサイドベットは、100Rs。数字に直接置くインサイドベットは、20Rs。
バカラは、200Rs~(テーブルには1000Rsって書いてあるけど)ブラックジャックは、100Rs~。
ちなみに、ネパールルピーじゃなくて、インドルピーなので最低は200円くらいってことになるかな。


他の国のカジノに比べるとミニマムベットが低くて、貧乏人にも遊びやすい設定になってる模様。


感に頼って、適当に置いてたら何度か18倍がとかが来まして、減ったり増えたりし、結局その日は、1000Rs勝った!相変わらずしょぼいけど。

僕らの隣にすわってたおじさんが大勝していて、一緒に居たななちゃんを気に入ってくれたのか、彼女に2000Rsものプレゼントをしてくれたりして、「こういう方法もありか」と関心しちゃいました。

ついでに、バカラで買ってる人に便乗作戦してみたら2勝1敗くらい。

一回負けると、宿一泊分と、ずいぶん大きく感じるのでこの辺で終了。


翌々日は、パシュパティナート観光帰りに名前からして、一番豪勢なんだろうと思われるHyattへ。

入り口は豪勢だし、従業員のサービス精神のもなかなか素敵。


ここでも、ルーレットだけに専念。運よく18倍なんかが、あたってみたりして、結局700Rsの勝ち♪

とっても綺麗なディーラーさんに見とれながら、ゲームしてたら、よそみしてるときに、どっからともなくボールが飛んできた。

「どした?」

と一瞬、何がなんだか分からなかったけど、どうやらその綺麗なディーラーさんが、

ルーレットの玉を回し損ねて、僕に飛ばしちゃったらしい。


「Sorry,sorry」と誤ってくれてた。お詫びに僕の狙ってるゼロに玉入れてくれないかなと、

思ったけど、結果は17だかでおおはずれ。

そんなHyattでした。


カトマンズを発つ前日に再びアンナプルナをちょっと気合入れて、一人訪れ、今度はひたすらバカラに挑戦。


やたらと儲かってるおばさんがいたので、その人が強気に賭けてる時にこっちも便乗作戦に出てみたら、8勝2敗くらいの勝率で、たんたんと勝ち続け、いい感じでした。

他のゲームで負けちゃったので、結局この日も1000Rsくらいしか勝ち。

ずいぶん前のマカオでのカジノのエントリーで書いたけれども、カジノで勝つ方法として、割と良いのは強い人に便乗する事かな。

結局は、確率でしかないんだけれど、












バイクでへとへと(カトマンズ)

2009年09月06日 11:19

タメル地区には、レンタルバイクショップが数多くあり、そのあたりを散歩する度に、

バイクでの町めぐりに惹かれてた。とはいっても、バイクの中型免許を取って以来、

一切、単車には乗っておらず、いわばペーパードライバー。


「そんなこと心配しなくても、体が覚えてるだろう」という事で、同室のはなちゃんと

ともに、バイクをレンタル。おそらく150CCくらいのYamahaのバイクを借りる事にした。

ちょっと安くしてもらって一日一台あたり450Rs。


タメル地区は、道が狭い上にリキシャーやバイク、歩行者、タクシーが行き交い、煩雑として言う上に、

道がそれほど良いわけでもなく、出発して、わずか数メートルで早速渋滞。


久々すぎる運転だもんで、バイクの半クラッチの具合がいまいちうまくいかず、そこでエンストすること2,3回・・・・

この先、大丈夫かな?とかなり不安だったんだけど、慣れてしまえばお手のもの。



物価の安いネパールといえども、ガソリンの価格は1リットル 77Rs(90円強)と、

かなり高く感じた。




ネパールの産業は、農業と繊維業、観光くらいなものでほとんどの日用品や加工食品などは、ほとんどが輸入。  トイレットーペーパーなんて、20Rs~60Rsくらいと、日本より高い。




そんなわけで、向かうはバクタプル。


昔々、王国があった町だ。カトマンズ盆地として、世界遺産にも登録されている一都市。


到着するや否や、学生服を着たお世辞にも可愛いとはいえない女の子が、

右手を差し出して、「1るぴー、1るぴー、1るぴー、1るぴー」と余りにしつこく付いてくるので、


すぐそばのカフェへ。カフェのルーフトップから見る広場の雰囲気は、カトマンズの喧騒さとは違い人も少なく、時間がのんびりと経過しているように感じた。
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その後、親切にもタダで広場を案内してくれるという中学生くらいの男の子たちにバクタプル広場をあっさり案内してもらってたら、
「ちょっとでいいから、タンカ(仏教画)の学校を見に来ない?」としつこく誘われるも、あまり時間なかったし、そそくさとバイクにまたがる。

その際、再び「わんるぴー、わんるぴー」の女の子が登場。

うるさいので、こっちから「ワンルピー、ワンルピー」と手を差し出してみたら、

危うく手をつかまれて、つば吐かれるとこだった。侮れない。



さらに、バイクに乗る手前案内してくれた子達が、次に行こうとしていたチャングナラヤンの町まで、

一緒に乗せてって、案内するから と言ってくるんだけど、どうにも面倒くさい事に成りかねないので、

丁重に「No!No!」とお断りしまして、チャングナラヤンへ。

山を登っていき、標高の高いところにあるため、ここから見渡すカトマンズ盆地の景色は、なかなか。

カトマンズ自体は、本当にごみごみとしていてうるさい町なんだけど、東にわずか10数キロもくれば、こうして、のどかな段々畑が広がりのどか。

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そこでもやたらとタンカの学校に誘われる。




チャングナラヤンについたころには、バイクを返すべき時間まであまり余裕が無かったので、

遠くてなかなかいけなかった「ヒマラヤそば処」というそば屋に行こう!という事で、

行きよりもかなり混雑している帰り道を大型車の真後ろを走り、

排気ガスを吸い込みまくりながら、向かう。


「ヒマラヤそば処」に1時間ほどかけて到着した頃には、今まで味わった事のないほどの疲労感。



そして、ものすごく久しぶりに食べたざるそば大もり(300Rs)23%別税。

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日本では、これより美味しいそばはいくらでもあるとは思うけど、海外でこんな旨いそば食べれるなんて・・・感動。日本人でよかった。蕎麦湯も旨いし。



久々というか免許とって以来の運転である上に、常にギアチェンジをしなくちゃいけないくらいに混雑しているカトマンズの町中を走り、ホテルに戻った後は、疲れの余り、瞬殺で夢の中に連れこまれたわけです。















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