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プサンでもカジノ

2011年07月20日 17:05

さてさて、いよいよ韓国を発って日本へと帰国する日がやってまいりました。


この旅を通して、何度も何度もこの日を思い、

世界一周を終える瞬間がどんなだろうと想像し、

どこかで事故にでもあって帰れないかもしれないという不安も抱えつつ、

とにかくその日が今日やってきた。




映画や小説のように、旅の終わりに何かドラマチックな展開が待ち受けることも無く、

この休戦中の国でたまたま戦争が再開されることもなく、

「今日が最後ですけど、どのような心境ですか?」と聞いてくるリポーターもいなければ、

「さぁ、最終日だ。いったい何が起こるのか!」と見えないブラウン管の向こう側で

人事のようにしゃべるようなナレーターもいないの最後の日はとにかくやってきた。



プサンに来て何もしてないから、なにかしなくちゃと思うものの、大して何も見当たらない。


とにかく僕は宿をチェックアウトして、夜の船の出航まで時間をつぶすべく、

町へと繰り出した。



そしてとりあえず仕方なくサウナに行く。


いわゆるチムジルバンとかいうやつだ。

旅の疲れでも癒そうと中に入るんだけど、

チムジルバンとかいったところで、低温サウナ。


サウナルームだけじゃなく、その辺の廊下にも

まるで麻薬抗争後のメキシコ北部の町の死体のように

眠りこける韓国人がごろごろしていた。



サウナを出て、さてさて何をしようかと思ったところで、

近くの大型量販店は開店セールをやっていたみたいで、

店頭では、誰も聞いていないのに女の子2人がせっせと歌い続け、

大きな人型の風船がむなしく風に揺られていた。



そして、西面駅に僕はいるわけだけどここにはロッテホテルという

プサン一の高級ホテルがございまして、

僕はそのホテルの二階を目指した。



そこにはカジノがあるわけだ。


暇をもてあましてしまうと、往々にして僕はカジノへと足を運ぶ。

それがたとえ日本に帰る最終日だとしても。



ロッテホテルのカジノ ロッテホテル・セブンラックは、

それほど広くない。

もちろんフリードリンク。

そしてブラックジャックとルーレットとバカラのテーブルがいくつかと、

多数のスロットマシンがある。



昼から遊んでるプレイヤーは、ほとんどが中国人。

そして、何人かの日本人。

今までカジノで遊んでる日本人なんてごく少数だったけれど、観光に来てようやく目にするようになった。

大体遊んでる日本人は、金もってそうなおじさんばかり。





僕はバカラのテーブルに着席。

最後に残った70,000ウォンを元手に戦うこととする。

最低レートは10,000ウォンだ。



このテーブル、他のプレイヤーもみな日本人。

中央に座ってた70歳弱と思しき男性が、

「ほれ、お金落ちてるよ、ここに」と言っては、

僕が掛ける金額の5倍や10倍を掛け、

そしてどういうわけか5連勝か6連勝を成し遂げていて、

僕は「ツイテル人に便乗作戦」

を何度か取ったおかげで、

70,000ウォンを110,000ウォンへとする事が出来た。


そのツイてるおじさんは最後に1度だけ外してしまうと、

そのまま退席してしまったので、

他のツイてるおじさんを他のプレイヤーの中から見つけて、

それに便乗しようと何度かかけたが

ツイてるおじさんは

ツイてるおじさんに見えるだけの、ただのおじさんだったりしたために、

僕の残額は増減を繰り返すばかりだった。



そして、仕方なく作戦を「自分を信じる」に変更。

これは最近編み出したというか、まぁ頼りにするものが無ければ、

自分の直感を信じてみようという、要はただただ掛けるだけなんだけど、

ミソは、他の人が何掛けてるか、とか、過去にプレイヤーとバンカーがどんな割合が出てるか?

ってのを気にせずに、ただ目の前のBanker Playerと描かれたテーブルの上を見つめ、

直感で次はこれかなと、チップを賭けてみる作戦なわけだ。



とにかく何にも左右されず自分を信じてみる作戦。



これが、まぁまぁ当たった。


的中率80%以上だったはず。




結果的に僕の残額は160,000ウォンになっていた。


トータルで90,000ウォン(約7,000円)の勝ちだ。


帰りのフェリー代が稼げたところで、もういいかなと思い、

僕はフリードリンクのオレンジジュースを頂いて、

スロットで10,000ウォンをあっという間に溶かしてしまい、

カジノを後にした。









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ソウルでもカジノ

2011年06月30日 10:15

結局のところ、ソウルですっかりやることがないというか、

観光に対しての興味がわかなかったので、

向かった先はカジノ。

Paradise Walker Hill Casino というとこで、

情報がなかったのでApple Storeで、

勝手に情報調べてから向かった。都心から30分。




丘の上にあるけど、最寄の地下鉄の駅から無料のシャトルバスが出てるんですね、はい。




最後の最後までカジノ。


ラスベガスで締めくくろうかと思ってたけど、

なんとなくゲイに邪魔されたので、

往生際悪く韓国でも来てしまった。


韓国のカジノは外人専用なんですね。


このカジノのミニマムベットは、

ブラックジャックで5,000ウォン、バカラで、10,000ウォン。

大小も5,000ウォン也。




予算100,000ウォン(約7,500円)で勝負を挑みました。



だらだらと最低10,000ウォンのバカラのテーブルで、

小1時間ほど、誰かついてる人がいたら、それに便乗しようと思って

遊んでいたんだけれど、

いまいち誰も彼もついてる様子がなくて、

僕のほうも泣かず飛ばず。

そういうことで勝負どころもつかめないまま、

最高でも120,000ウォンぐらいにしかならず、

結局最後は55,000ウォンとほぼ半分になっちゃって、

そのテーブルを離れた。

こういう安っぽいテーブルだと、バカラでもあんまり大勝負とか好勝負とか

面白い出来事が発生しづらくて、なんか事務的な感じになっちゃうんですね。




元々半分になったらやめようと思ったんだけど、

そこがカジノの嬉しくも悲しくも酔狂な性ってなわけで、

そうそうやめられまへん。



10,000ウォンのテーブルの隣の隣には、

ミニマムベット50,000ウォンのテーブルがあります。

ここで遊んでいるのは、いかにも金持ちそうな中国人と

どっかの社長じゃないかと思われる日本人とその奥様。

そして、僕の手元には55,000ウォン。

ここに掛けてみようということになったんですね。


こういうテーブルって、安っぽいテーブルと違って、

たまたまだとは思うけれど、なかなかきわどくて

手に汗握る勝負が繰り広げられます。



バカラのルールってのは、基本単純なもので、BankerとPlayerの

どちらかに賭けて、

配られる2枚か3枚のカードの和の一桁目が9に近いほうが勝ちというゲーム。

細かいとこはまだあるけど、基本それだけ知ってればブラックジャックなんかよりよっぽど簡単で、

期待値も高い。



そういうことでこのゲーム、8とか9が出ればほとんど勝ち。

片方のカードがめくられて、合計が「8」とか出た時点で、

確率的にもうほとんど勝負は決まってるはず。




それが、このやや高レートなテーブルに来てみると、

8が出て勝ったと思いきや、相手は9で、負けだとか、

9とか出るともうほぼ確定なのに、相手もやっぱり9で引き分けとか、

とにかくそのお金持ち連中のヒキの強さが、

安いテーブルとはわけが違う。

そんなものただの確率でしかないはずなのに、

ただ傍観してても、そういった好勝負に出くわす数がやっぱり違う気がする。




ということで、僕はそのテーブルで3回だけ勝負した。


金持ちそうな中国人とどっかの社長っぽい日本人がどっちも同じところに賭けるタイミングで、

僕も同じところに賭けた。


1回戦 たしか、Bankerに賭けたんだけど、7対5ぐらいで勝ち。

1時間かけて負けた50,000ウォンが一気に帰ってきた。

2回戦 どっちに賭けたか忘れたけど、逆が先にめくられて「9」。

あーあ、負けたかなと思いきや、こっちサイドも、まさかの「9」ってことで引き分け。




そして、

3回戦 どんな数字が出たのかすっかり忘れたけれど、

とにかく結果は、勝ち。

結局、最終的にはほんの5分に満たない時間で、

僕は50,000ウォンを150,000ウォンにし、

カジノを後にした。




そして、このカジノも多聞に漏れず、中国人だらけ。

しかもハイレートなテーブルによく群がる。


1回、1000ドルとか賭けちゃってる明らかに20代前半の中国人の女の子とか

どういうことじゃ?

負けてたけどね。





太平洋も日本も超えて

2011年06月29日 19:20

さて、飛行機に乗ること12時間。

僕は太平洋を越える気持ちだったのだけれど、

ちょっとそういう表現はルート上、正しくはないようで、

カナダからほぼ陸伝いにアラスカやロシアの上空を飛び続け、

ほとんど太平洋を見ることのないまま再びユーラシア大陸の一部へとやってきた。



一瞬、北京を経由して、辿り着いた先は、ここ。
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大韓民国



韓国っていうより、この無秩序に各々自由に主張しまくる看板を見ると

アジアに戻ってきたんだなという感覚を覚えた。


正直、この韓国の首都ソウルに来たところで

日本との大きな違いを見出すのが難しい上に、

二度目なので、世界遺産とかのあの中途半端な寺社仏閣とか見たところで、

それほど僕の旅の欲求が、満たされるはずもなかったので、

結局ソウルで行ったのはミョンドンだけ。


ガイドブックとかないし。

韓国語読めない上に、日本語以上に英語通じないし。

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ソウルといえば、やっぱり食べ物か買い物なわけで、

女性にとっては大変魅力的な場所なんだろうね。

だけど、男にとってはそれほどぐっと来るものが見当たらんわけですね。


だから、家族連れとか夫婦とかで来てた日本人の男のほうは

大概、化粧品店やブランド服店で暇そうに

ぼけーっと待ってるパターンが多いわけで。


さらには日本人女性向けに化粧品の宣伝活動を行ってるのが、

日本の芸能人が、ゲイばっかりだったり

なんだかよく分からない。


地下鉄に乗ると、

乗客のほとんどが携帯をいじったりしてるのは、

日本でもよく見る光景なんだけれども、

気づいたら、使用機器のほとんどがスマートフォン。

iPhoneかあるいはほとんどiPhoneみたいなスマートフォンを

ソウルの皆さんは使っていて、

折りたたみ携帯を使用しているのはごくわずか。

多分、これは日本なんかよりよっぽど多い気がする。



思えば、スマートフォンの普及というのは

僕が旅していたこの2年でもっとも変わったことの一つかもしれない。

もちろんごく一部の先進国での話だけれども。

燃えちゃった南大門
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泊まっていた宿のちかくにあったラーメン屋さんの標語。
「まずいものをだべていると、人生は短い」
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なんかいまいち納得できないというか、

そもそも「まずいものをだべるという」行為が、

なんなのか僕には検討もつかない。


熊本ラーメンっぽいラーメンの味は、まぁ普通で、これをアフリカあたりで食べられたら

食べられるという機会を得たという事のみで狂喜乱舞してたのかもしれない。





そういうことで、世界一どうでもいいソウルについての旅行記になってしまった。








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