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これ緊急事態?

2011年05月14日 11:45

キューバでの11日間の旅が終わりを迎えた。

長い旅の中でも、こうして同じ空港間での離発着は、

旅の中の旅の始まりや終わりを感じさせてくれる。

たとえカンクンに故郷とか帰るべき場所という気持ちを抱いてなくても、

知ってる場所に戻れるというのは、やはりほっとする。




そして、誰もがまさか帰り道に事故にあうなんて事、

頭の片隅で想定はしてるかもしれないけれど、

誰も望んでない。





来るときと同じ種類の機体だった。


機内の表記もロシア語が目立ち、毎度乗る乗客を惑わせる。

それに窓側の足元からは、フライト中ずっと冷機が大人しく乗客の足元を冷やし続け、

この機体は、毎フライトで乗客を脅かし続けているらしい。



そして、この事態。



タイトルに炎上なんてまどろっこしい言葉を入れてしまったけれど、実はこの機体、
これがあたりまえ。

着陸の15分ぐらい前になって、うわさに聞いていた煙が足元からもくもくと立ちこめた。

こげた匂いがするわけでもないので、エンジンの異常とか何かが燃えているわけではないのは

明らかで、なんとなく冷たいので気圧差から生じる何かなのかなと思うけど、

理科の不得意な僕にとっては、いまいちわからないまま。



そして、実際着陸前には機体はだいぶ不安定な飛び方をしていて、久々に飛行機に乗っていて、

命の危険を感じたフライトとなった。

飛行機は落ちないという絶対的な信頼を僕は頂いているけど、

何しろクバーナエアーは世界で2番目に危険な航空会社という

不名誉な統計すらある。


そんな事前情報を知ってるだけに、余計に心配になる。



とはいえ、今こうしてこの事態について書いているということは、

僕が無事カンクンに降り立ったということになりますね。


めでたしめでたし。


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キューバのクラシックカー100台ノック

2011年05月13日 08:55

キューバに行く前に、キューバといえば・・・

って考えてたら、やっぱりクラシックカーだよなって安易な結論に至って、

実際、キューバにそれほど見所ないから、どうせだから何かをテーマを・・と思って

決めたのが、



クラシックカー、100台撮る!




ってことで、どうぞ。



まず20!
20110413cuba.jpg


40!
20110413cuba1.jpg

60!
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80!
20110420centralamerica.jpg




100!と思いきや、足りんが。
20110506mexico-guatemala.jpg




ということで、残念ながら100台のクラシックカーを撮るには至りませんでした。

有言不実行というのは、少し気持ちの悪いものです。






ゲバラん家と札束とマーボー豆腐とシュールダンスと

2011年05月12日 15:29

ハバナの積極的な観光を続ける日々は今日も続く。


まず目指したのはゲバラが公務を行っていた高台の家。

実は前日に行ったんだけど、悲しく営業終了してて、リベンジ。

ハバナの町の海を挟んで向こう側にあるから船で渡るか、バスで地下トンネルを通らないと行けない。

ってことで、バスで行ってきた。


ゲバラの肖像は、キューバ中どこでもあります。
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チェの家だから。CHE。入場料6CUC(約6ドル)もする。キューバ人はむちゃくちゃ安くて、
「俺はキューバ人だ!」とか「俺は4歳だ」とか言ったけど、聞き入れてもらえず。
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ベッドルーム。ただの。
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チェコのflexaret社製のゲバラが使ってたらしい二眼レフカメラ
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ボリビアからゲバラの遺体が移送された際に使われた棺
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ゲバラ邸のある丘の上から見たハバナの町並みはなかなか素敵
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話はちょこっと1日前に飛びまして、

なんか無料でダンスが見れるってんで行ったんだけど、あまりにシュールすぎた。
シュールすぎて、むしろ笑いがこみ上げてくる。もう方向性が見えなすぎて、
頭の中のベクトルが色んなとこに進みすぎて、大脳が崩壊しかけた。
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野球をするキューバ人。野球をしてるところをよく見るんだけど、
だいたいバットかボールかグローブのうち2つはそろってないケースが多い。
バットなんて、3ドルとかで売ってるのに。
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1枚80円の価値のペソクバーノの札束。これで8000円ぐらい。
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葉巻。1本1000円とかする。お土産用は。キューバ人用に売ってるのは、1本4円とか。
価格差ふざけすぎ。
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キューバの飯。だいたいこんなの。小豆ご飯と芋と鶏肉。肉はそれでも贅沢なのかな。
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結局のところ、キューバ料理より中華料理のほうが僕の口にはあいますってか、
なんでキューバ人は毎日毎日同じ飯を文句も言わず食べてるんですかね。
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キューバの記事もあと3つ。

ハバナアゲイン

2011年05月11日 13:37


ハバナに戻ってきた。

まだメキシコに戻るまで何日かあるんだけど、結局そのまま残りの日数をハバナで過ごした。

サンティアドデクーバやビニャーレスの谷なんかに行けないこともなかったんだけど、

ちょっと足が重くなってしまい、そのままハバナ。




ということで、キューバ自体それほどたくさん見たわけでもないけど、

やっぱり首都ってのは、その国の色々が凝縮されていて面白い。

もちろん田舎には田舎の良さもあって、外人慣れしてなかったりすると、

ピュアな反応が期待できたり、その国の素が見えるところがいい。



第二の都市ならそれで、東京と大阪みたいに個性が全く違ってたりして、

それはそれでまた良い。

厄介なのは、どこもかしこも人も町も皆一緒みたいなパターン。




なにはともあれ、ハバナ。


まだまだ全然見てなくて、とりあえず向かったのは革命博物館(Museo de La Revolucion)

ここにはフィデル・カストロやチェ・ゲバラなど7月26日運動の面々が

キューバ革命で、キューバ上陸をした際に使用された船グランマ号が展示されている。

それがこれ。これに80何人だかが乗って、メキシコからキューバへと渡ったらしい。
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革命時に使われてたトヨタのランクル。
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ゲバラが使用していた無線用アンプ
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キューバ革命後の最初の紙幣。左側には当時の国立銀行総裁となったゲバラのサイン「che」が記されてる。
そして、人物は僕のお気に入りのカミロ・シエンフエゴス
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元々大統領官邸だったこの建物は、こんな立派なスペースもある。入場料はたしか6ドル。
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こういう光景ザンジバル島で見た。暇すぎて、海に飛び込むしかやることが無くなった男たち。
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ハバナ港を発つコンテナ船。拡大してみると「HANSA CATALINA」の文字。
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そして、この船の航路を調べてみるとこの後、大西洋を渡ってスペインに寄港し、地中海に入りイタリアのジェノバに寄った後、再びジブラルタル海峡を出て、どこかにいく模様。

コンテナ船って面白いな。


犬×2
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キューバの国旗。
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キューバ人も割といつも暇そう。経済成長が止まってる国の人達は、大体いつも暇そうで道端でぼーっとなにもしてないケースが多い。
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バスの運ちゃん。ハバナの路線バスは、わずかに40センターボ。2円以下。2円、2円。
百回乗っても、東京のバスと同じくらい。
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ハバナ大学にも行ってきた。地震も空襲もなかった国はこうやって古い建築物を使いまわせるから、
経済的だと思う。ただ、建築技術が向上せず、最近の建物はレンガを積み上げただけの建物ばっか。
技術劣化中。
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授業中の黒板激写!これって数学Ⅲ?数学Ⅱ?極限?
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キューバの偽札あるんかな?
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大してネタもなくて、写真しかないけどキューバの記事はもちょっと続きます。

キューバ人と外国人の価格差20倍ってどういうこと?

2011年05月10日 06:20

サンタクララからハバナへと戻る電車のチケットを買いに

サンタクララの駅へ。



チケットを買うのにパスポートが必要なんだけど、僕は忘れてしまったんですね。

で、もう一緒にいた子は持ってたんだけど、

チケットを買うときにやむなく僕はキューバ人が持ってるIDっぽく学生証を提示したみたんですね。


そしたら、どういうわけか

パスポートを提示したほうのチケットの値段は、10CUC(ほぼ10ドル)。

まぁ、これは普通の値段だし、バスだったら同じ区間で18CUCするから安いほう。






そして、パスポートを忘れて、苦し紛れに国際学生証(made in Kenya)を提示してみた僕のケース。


てっきり「あんたには売れないわよ。出直しきな」って言われるかと思いきや、


なぜか料金は10CUP(25CUPで1ドル。)つまり1CUPは5セント。ってことで、わずか50セント。


外国人専用のシートがあるわけでもなく、全員似たようなシート。




すなわち、
キューバ人は50セント

外国人は10USドル。




ぼったくりすぎでしょ、これ。



19時出発予定の列車は、無事に4時間遅れて、23時に出発しましたとさ。







エルネスト・チェ・ゲバラの町

2011年05月09日 11:25

エルネスト・チェ・ゲバラゆかりの町サンタクララ
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彼はいまここに眠っている。

彼はボリビアでの革命闘争中にボリビア農民の裏切りによって捕らえられ、

志半ばのまま最期の時を迎え、

それから30年後の1997年ようやく遺体がボリビア-キューバの合同捜索隊によって

発見されて、ここキューバのサンタクララの霊廟に埋葬された。



なんで、サンタクララかというと、キューバ革命のときに

ゲバラ率いる7月26日運動の革命軍の第2軍が、当時キューバ第二の都市だった

サンタクララを制圧して、それをきっかけにして、

当時の独裁者のバティスタがどっかに亡命しちゃって、

そのままゲバラおよびシエンフエゴスはハバナに進軍し、

キューバ革命はついに大器を成すわけですね。



そういうことで、ゲバラとサンタクララといのは深い関係にあるわけです。



キューバ滞在中に「チェ 28歳の革命/39歳別れの手紙」の映画をしっかりと見まして、

なんとなくゲバラについては詳しくなったつもり。



バスターミナルに到着して、一歩外に出ようとするとここでもまた強烈な客引きが

群がってくる。今回は宿じゃなくて、タクシーの客引き。

でも、それは高いので馬車に乗る。
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この町では、もちろんバスも走ってるけど馬車も現役で重要な交通機関。

しかも、料金は10円に満たない。

車に比べると、やっぱ遅い。でもこんなのんびりしたところもまたキューバ。



翌日サンタクララ観光。

観光つっても、見るものはゲバラおよびキューバ革命のものだけ。

まずやってきたのは、列車記念館みたいなとこ。
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ここはキューバ革命で、バティスタ政権の兵士たちが運ばれてくる列車を爆破して、

そのまま革命軍と政府軍での戦闘が始まったとこ。

列車での戦闘の際に、革命軍10数名を指揮したのはわずか17歳だかの少年なんだとか。

そして、今かれはキューバ政府で軍関連だか忘れたけど重要な役職に就いてるんだとか。


サンタクララにいくつかある、ゲバラの像。なんかあんまかっこよくない。
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そして、この像は体の色んなところから色んな小人がちらっと見え隠れ。

ご訪問の際には、是非。



キューバの小学校の教室。
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ハバナとサンティアゴ・デ・クーバを結ぶ線路。翌日、僕はこれでハバナへとかえります
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そして、やってきましたゲバラの霊廟
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ここにもチェ・ゲバラの言葉「Hasta La Victoria Siempre」勝利まで永遠に!

僕が生まれる前に死んでしまった彼だけど、しっかりとお墓参りさせて頂いた。




あなたの意志は、僕が受け継ぎます。って。



そしてその隣には、ゲバラがキューバを出る際にカストロに贈ったという手紙の全文
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スペイン語よめまへん。


というサンタクララ。ゲバラ関連グッズが無かったら、本当に対して見所の無い町で、
ほとんどの観光客は日帰りでゲバラ廟だけ見て、次の目的地に移動するらしく、
町はツーリスティックな感じがほとんどしない。

なので、外国人用通貨CUC(チャビート或いはセーウーセ)ではなくて、

国民用通貨CUP(ペソクバーノ)が使える。

この差が結構大きくて、CUC表記の店だと、大体ピザも1ドル2ドルはするんだけど、

CUPなら20円、30円ぐらいで食べられる。

似たようなフライドチキンとライスの定食でも2倍から3倍の違いはする。

まったく、わけがわからんぜよ。
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町の真ん中の、水のもれる長靴を持つ少年の像をじっと眺める女の子。
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ってなわけで、サンタクララもあっという間に終わり。


この奥のでかい建物はホテルなんだけど、「チェ 28歳の革命」でサンタクララの戦闘のシーンでしっかりと出てくるよ。
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これすなわち、サンタクララの町はもう50年もほとんど何も変わってないってこと。

地震がないっていいですね。




泊まったカサでばりばり現役で働いていたスーパーファミコン。もちろん野球ゲーム。
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