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久しぶりに莫大な金額をだまされ・・・

2011年04月02日 13:01


カハマルカを出発して、目指すはエクアドル。


再びLinea社のバスを利用して、とりあえずいけるとこまで北へ。


どこまでも北へいってやる。


チクライヨという町に到着。朝5時。


到着してすぐに6時出発のチケットを買って、9時にピウラへ。


さらにそこからTumbesというエクアドル国境の町を目指す。


乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎ。


旅してる感ばりばり。



正直なところ、ばりばりに旅してる感は今のところあんまりお呼びでなくて、

もっと快適なバスでシュイシュイシュイーっと行ってしまいたいんだけど、

残念ながらそんなわけにも行かずずずずず。



ピウラの町ってのが、いよいよ赤道に近づいて、標高も下がって、

むしむしと暑くなってまいりまして、人間もどす黒く日に焼けてきて、

なんか、ここインドか?みたいな雰囲気。



正直なところ、もうインドもいりません。

なので、さっさと次へ。



と、いうことでトゥンブスへ。





そんなくだりでバス移動を続けること20時間。

トゥンブスに着いたのは、17時。

この日は金曜日。明日は土曜日。


南米、特にペルー-エクアドル間だとか、エクアドル-コロンビア間だとかの

国境越えはあんまりいい噂を聞かない。

被害にあったっていう話もほとんど聞かないのだけれど、とにかく気をつけたほうが良いって事だけは、

僕の頭の中で、洗濯機で脱水に掛けられてる衣服のようにぐるんぐるんと意識づけられ、

トゥンブスのバスターミナルに着く頃に、

「とりあえずここで一泊したほうがいいかな」なんて決断は、一応下されていた。




バスターミナルに到着すると、とりあえず鶏が毎日卵を産むみたいに、ごくごく当たり前のように、

客引きがわらわらと寄ってくる。


それを僕は無視する。

すると当然だけど、結果的に誰もいなくなる。

宿の客引きもいなくなる。




トゥンブスの情報がまったく無い。





そして、当然困る。





ごく自然の流れ。




で、一人のタクシードライバーに声を掛けられる。


「国境行くのか?」


僕は答える。

「エクアドルに行きたいけど、もう遅いから今日は泊まりたい。どっか安宿ない?」と。


彼は言う。

「ここからタクシーで10分のところにセントロがあって、そこに安宿はあるよ」と。


でそこに行く流れになったんだけど、そこで怪しい親父登場。


「おい!おまえ。エクアドル行くんじゃろ。明日からカーニバル始まるから、移動大変やぞ。今のうちに行っておけ。俺は旅行代理店のスタッフで、もうすぐクエンカ行きのバスがあるからそこまで送ってやるから、行っとけ、行っとけ。」と。



怪しいんですね。なんとなく。明確な理由もなく、なんとなく怪しいだけなので、

正直、僕の心は揺れていた。


彼の言うことは一理正しいと思う。

明日からカーニバルから始まるから移動しておけという点。

だから移動してもいいかなとは思った。


ただ、如何せんこの親父が怪しい。


そしてどういうわけか僕に声を掛けてきたタクシードライバーも一緒に勧誘してくる。

彼はこの親父に僕を取られたら、彼の仕事はなくなるはずなのになぜか協力的だ。

やぱり怪しい。



で、僕は当然のように聞く。

「おまえは誰やねん?」と。


そして、

「旅行代理店のスタッフだ」という答えが返ってくる。


なんとなく信じられない。


で、バスの会社の名前を聞いて、その親父を無視して、別のタクシーでそのバス会社まで行くという手段を

試みるが、他のタクシードライバーも、「この親父の車で行け!」みたいなリアクションを取って来る。


しまいには、バスターミナルの警備員もターミナルの前の露天のおばちゃんも

「大丈夫、この親父を信じて良いわよ」みたいなことを言ってくる。


正直、そこまでの証人がいれば信じても良いんじゃないかなんて話になるでしょ。



という事で、彼の車に乗り込む。


乗ってる間も、なんとなく誘拐されちゃうんじゃないかとえらい心配だったんだけど、

とりあえずその辺は、証人の多さから言って大丈夫な気がする。



親父は、トゥンブスからクエンカまでのバス代を

「77だ。77だ。」と言っていた。

77ペソ。2300円ぐらい。

ちょっと高いけど、国境を越えて、クエンカまで言ってくれるなら悪くないと思った。



その車が、10分ほど走ったところで、彼らとの会話が進み、再び価格の話になる。


もう一度値段を確認するために。そして、値下げ交渉をするために。


「77じゃ高いか。じゃあ、67ドルだ。」


え?聞き返す、「なんて?」


「だから67ドルだ。」


ペルーのトゥンブスからエクアドルのクエンカまでの距離は、直線距離にして200キロ。


クスコからリマまでの700キロぐらいの距離にしたって、バス移動で3000円ぐらいなのに、

この200キロに67ドルはあまりに高すぎる。



まぁ、有り得ない。


しかし、僕は車の中。かごの中の鳥。


ただ、叫ぶ。

「有り得ない。高すぎる。今すぐ戻れ」と。



最近覚えたてホヤホヤの単語 {Volber:戻る}と、{Caro:高い}を連呼する。


「ボルベール、ボルベール、ボルベール!」と正直うる覚えで不確かだったんだれど。

「大体、ここはペルーなのになんで、67ドルなんだ?ペソだと思うだろ、どう考えても。」

というと、一緒についてきたタクシードライバーが

「いや、この親父はエクアドル人だから、彼が言う値段はドルなんだ。」

完全に理由になってない。日本に住む中国人が300といったところで、

その値段が300元だなんて誰も思う訳ない。

「そんなの知ったこっちゃ無い。とにかく、行かないから戻って。」


すると、その親父、別のプランを提案してくる。

「分かった、じゃあトゥンブスからクエンカまでじゃなくて、マチャラまでで35ドルでいいか?」

とか提案してくる。

「いやいや。高いから」


ただ、たまたま別のバス会社がその地点の割と近くにあって、車が停車。

親父が、

「お前はここで待ってろ。今チケットを取って来る。35ドルな。」とか言ってきて、

とにかく待ってろ攻撃が繰り広げられる。


やっぱり怪しいので、僕は車を無理やり下車して、バックパックも回収し、

親父と一緒にバス会社のカウンターへ。




カウンターの前に辿り着き、なぜか黙る親父。


スタッフに尋ねる。

「マチャラまでいくら?」と。


すると、

「12ソル。」との回答。僕は、とりあえずそのチケットを購入した。



12ソルは約4ドル。

親父の提示額35ドル。







親父、沈黙・・・・・・・・・・。





「おいおいおいおいおいおい、35ドルって言ったよね。どういうこと?」

と隣で黙ってる親父にたずねる。

「いや35ドルじゃなくて、35ペソってことだったんだ。いいからここまでのタクシー代をはらってくれ。」

とか言ってくる。

「いやいやいやいや、おまえさんはどちらさまですか?」と尋ねる。

「俺は、タクシー会社のスタッフだ。」との回答。

「いやいやいやいや、旅行会社のスタッフだとおっしゃったじゃないですか。何うそついてるのよ。」

「はいはい、だからここまでの交通費払って」とのこと。

「払うわけ無いでしょ。アナタ、ワタシだまそうとシタアルヨ。ハラッテタマルカアルヨ。」



その後も少しだけしつこくタクシー代の無心が来たけど、もうそこはバス会社のオフィスで、

彼のテンションも低め。

親父は、結局のところ、僕から1円も取らずにバス会社から去っていきましたとさ。







めでたしめでたし。









今まで、南米でこんな話聞かなかったんだけどな。


南米北部、やっぱりちょっと危険?










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お湯使いまくりまくって、ごめんなさい。

2011年04月01日 14:10

かはかはかはかはカハマルカ


引き続き。



インカ帝国最後の皇帝アタワルパが捕まった町。



僕にとって、そんな歴史的背景は正直なところ割とどうでも良くて、

なんでカハマルカに来たかというと、目的は温泉


もはやそれのみ。



だったら、日本に帰っちゃえばいいじゃないですか?



なんて言われるけど、もう完全にその通り。返す言葉も無い。



カハマルカの町からBanosと書かれたコレクティーボで30分。


降りるとこ間違えて、乗り過ごしちゃったんだけど、そのままコレクティーボに乗り続ければ、

Uターンしてまた戻ってくれる。




そんなわけで Baños del Inca


温泉って事だけど、日本の温泉とは違って共同浴場見たいなのは無くて、

全部プライベートな浴室。



結構なサイズの湯船。
DSC_0795.jpg

それを空で渡される。


おいおい、お湯無いんかい。


って話になるけど、巨大な蛇口から出される膨大な量のお湯は、すぐに湯船を満たしてくれる。



そんなわけで、お湯ドバドバドバドバドバ。



1時間ほど満喫させてもらったけど、やっぱり日本の温泉には敵わんね。


お湯ドバドバだけど。

湯畑。
DSC_0798.jpg

おはな。
DSC_0820.jpg


温泉つかりまくって、町に戻ると退屈なかはかはかはカハマルカ。


一見綺麗だし、実際綺麗だけど、南米のコロニアルな景色には正直なところ飽きてくる。
DSC_0824_20110329154750.jpg

セントロ中心のなんか輝いてたやつ。
DSC_0833.jpg

町の上にある十字架。南米はやたらと丘の上にキリストやら南米を作りたがるな。
DSC_0838.jpg




知らない少年についてっちゃいけません。

2011年03月30日 08:04

トルヒーヨからバスで1日の大半をほとんど費やして、


カハマルカへ。


カハマルカはまだペルー。


そして、標高2750メートル。富士山でいうと7合目ぐらい。



富士山でいわなくてもいいけど。



インカ帝国13代目にして最後の皇帝アタワルパが幽閉された町カハマルカ。




15世紀スペインの征服者ピサロは、アタワルパに対して


キリスト教改宗を要求し、それを拒否したことによって宣戦布告とみなして、


結果的に、インカ帝国はあっさりと支配されちゃったんだとか。キリストの名において。


アタワルパは、スペインの神父に聖書を渡されたけれど、彼はそれが読めず、

もちろん本だから喋ることも出来ずに、「これ喋られへんで。」言って

聖書を投げちゃったんだとか。



結局、それを口実に神への冒涜じゃ。いうことになって、あれよあれよとアタワルパは、

スペイン人にひどいいじめに合うことに。




恐るべしキリスト。



神の名においては、何をしてもいいって事ですね。


そんな事件が繰り広げられたカハマルカ。





バスターミナルに到着する。




宿情報がいっさいなし。


ペルーだし、元々宿代安いから何とかなるだろと思って、客引きを探す。



が、意外と見つからず。






そして、唯一声を掛けてくれたのが一人の少年。




宿の値段を聞くと、「15ソル!(450円)」との事。


安さに引かれて、着いていく事に。


僕が持ってる地図を見ると、バスターミナル自体が町の中心の外で、バスターミナルがかかれてない。



ただ、彼が僕をいざなおうとしている宿は町の中心だ。



その少年は有無を言わさず歩き始める。



バスターミナルを少し離れると、町の中心に続く長い長い大通りが見えて、


「あそこまで行くの?」と聞くと、「そうだよ」と答える。


「どれぐらい?」と聞くと「10分だ」との事。



まぁ、まぁ、とりあえず歩く。


荷物を全て背負って、標高2750メートルのこの町を。



ところが町の中心に全然辿り着かない。


酸素も薄い。


少年に「一体僕らはどこに行くんだ?」と何度もたずねる。


「だから、あっちだよ。中心までもうすぐ」



正直、しんどい。



で、ようやく大きな教会のそびえるセントラル到着。



して、その辺で車でも乗るかと思いきやまだ歩く。



「おいおいおいおい。もう30分は歩いてるけど、まだ歩くんかい。」


少年は、僕のバックパックの重さなんて意に介さず、やっぱり歩く。



歩いている最中に、数多くの宿を目にする。


正直なところ、他の宿でも全然構わないからそっちに行ってしまおうかと思う。



何しろ色々としんどい。酸素も薄いし、荷物も重いし。





僕は途中でバックパックを降ろして、少年に

「ちょっともう疲れたから、代わりにバックパックを持ってくれ」と頼むけど、

僕のスペイン語を理解してもらえず、もう強硬手段で彼に無理やり荷物を持たせようと試みる。



ところが、その少年は僕のバックパックを持ちきれず、


「こんなん無理。」とのこと。





「ね、無理でしょ。こんなの持たされて、どれだけ歩かされてるか分かる?もうお願いだからさっさと着いて」
と僕は彼に懇願。


その少年は、別に気も利かせずにそのまま歩くことさらに5分。



ようやく宿到着。



かと思いきや、15ソルの部屋満室!!20ならあるんだとか。




「いやいやいやいやいやいや。


お兄さん、どんだけ歩かされたと思ってるの。めっちゃ重いんですよ、これ。


なんとかしてよ。



と駄々こねる。


「でも、ない」とのこと。



「この少年あるって言って、ここまで歩かされたんだぞ。なんとかしろ、こら。


だったら、違うホテルまでのタクシー代だぜ、こら。


といって、引き続き駄々こねる。」



で、なんとか3ベッドルームを15ソルでゲット。




バスターミナルに到着してから、結局1時間半。



ようやく僕は、カハマルカで宿を手にしたのでした。
















ちゃんちゃんチャンチャン遺跡

2011年03月28日 19:33

リマを出た。


もうリマに戻ってくることは無いかもしれないし、あるかもしれない。


少なくても、2,3年は無いだろう。5年かもしれないし、10年かもしれないし、


なんとなく一生戻ってこないような気もする。





リマに住んでくれといわれたら、住めないことはないとは思うけど、


正直、別に住みたいなんて全然思わない。



もしリマなんかに住んじゃったら、


きっとちょっとでもお金が貯まればカジノなんかに行ってしまって、


なんだかとても不健全な人間になってしまうような気がする。




ということで、それほど強い印象には残らなかったリマを僕は出た。




そして、トルヒーヨへ。



トルヒーヨへは、リマにあるバス会社Linea社(Estacion Estadio Nacional駅のすぐそば)

から乗って、10時間と数時間。45ソル。







まぁ、正直なところトルヒーヨはほとんど通過点の予定だったんだけれど、

次の目的地に向かうバスまで4時間ほどあったので、

僕としては、暇をもてあましまくって、やれやれになるのも、やれやれだったので、

割と近場にある


世界遺産:チャンチャン遺跡


行ってしまった。



トルヒーヨのLinea社のバスターミナルから、荷物だけ預けて、


とりあえず何も知らんと、トルヒーヨの町を歩き始める。



正直なところ、トルヒーヨの町自体に魅力は微塵も感じられない。



とにかく適当に歩いてしまって、もはや迷子と言い放っても過言ではないんじゃないかってぐらい、

自分の位置を見失う。そもそも人通りが少なくて聞く相手がいない。





それでもめげずに、とりあえず人に道を何度も聞きまくって、


そのチャンチャン遺跡行きのバス乗り場を発見。



バスに乗ること、30分。




バスはチャンチャン遺跡へと続く道のずいぶん手前で降ろされる。




そして、本当に誰もいなくて、どこからともなくハイラックスに機関銃を乗っけた

怖いお兄さんたちがやってくるんじゃないかって雰囲気の砂漠の道をひた歩く。





どこやねん。



なんて思ってたら、チャンチャン遺跡到着。







ここであえて、チャンチャン遺跡の説明でもしようかな。


チャンチャン遺跡:チャン・チャン遺跡地域は、首都リマの北570kmのトルヒーヨの西郊外にある20平方kmにおよぶ古代チムー王国の首都遺跡。チムーは、13~15世紀半ばにわたって権勢を誇り、北はエクアドルの南西グアヤキルから、南はリマに至る約1000平方kmにもおよぶ王国を築きあげた。チャン・チャンは、古代アンデス最大の都市となったが、15世紀に入るとインカ帝国に滅ぼされ、後にスペインの支配下になると街の中心はトルヒーヨに移り、チャン・チャンは過去のものとなり独自の文化が残った。チャン・チャンの中心部は600ha、シウダデーラと呼ばれる高い城壁で囲まれた9つの方形の大区域と多くの小区域からなる。一番大きな区域は、グランチムー区域であり、チュディ区域は、主要部分の復元が完了し観光客に開放されている。日干し煉瓦(アドベ)で神殿、王宮、儀式の広場などを築き、壁を「魚や鳥の行列」と呼ばれる魚や鳥の文様のレリーフで装飾した。 日干し煉瓦は、きわめてもろい材質のうえ風化しやすいため、保存には多くの問題を抱えている。自然環境も風化の速度を早めており、1986年、「世界遺産リスト」登録と同時に「危機にさらされている世界遺産」にも登録された。
by Yahoo!Japan

得たいの知れない生き物が壁に書かれてる。
DSC_0758.jpg

海のそばってことで、お魚の壁画。あまりにも古さとか歴史を感じられない。
最近、書いたんじゃないかと思われるような絵のセンス。
DSC_0764.jpg

隙間を作るのが好きらしい。なんかこういう壁はちょっとすずしいよね。
DSC_0776.jpg

ガイドもつけずに歩いていて、こういう広場がたまにちょこちょこと登場し、一体何に使われていたのか、
まったく分からないんだけど、もし何に使われていたか分かったところで、僕にとってはあまり関係のないことだ
という観点から、この日1番に入場して、最速のわずかに20分で退場してしまった。
DSC_0789_20110328062413.jpg






そんなちゃんちゃんなチャンチャン遺跡にゃーー。
DSC_0792.jpg



そんなわけで、あまりにもあっさりと見てしまったので、もし僕が古代チムー王国の人と

出会うような事があれば、なんだかあまりにもあっさりと遺跡を見てしまって、

本当に申し訳なくて、ちょっと気まずくて目もあわせられないような気がします。




トルヒーヨから次に目指すはカハマルカ。


結局のところリマなんてのは沖縄そばとカジノ次第なわけで。

2011年03月28日 01:35

リマの写真をずぶずぶっと掘り出していたら、


ちょこっと出てきたので、もう少しだけリマの記事。




こんな大都市リマなのに、地下鉄が無い。



おかげさまの日々巻き起こる大渋滞。


そんなリマを颯爽と走りまくるぼろバス。大してぼろくもないかな。レトロなだけかな。
IMG_0917.jpg

もはや南米全ての国で今のとこお目に掛けてるデモ。ペルーでももれなくデモ。
デモが日常。日本でも神保町の錦華公園 に日曜日辺りに行くとお目にかかれたりしますよ。
IMG_0919.jpg

日本食の食材店。フクシんスケ って。新商品ですか?
IMG_0925.jpg


僕を高山病から救ってくれたソロジチピルの宣伝。世界各国の言語で「こうざんびょうのたいしょほう」って書いてあるみたい。
IMG_0930.jpg






そして、沖縄そば
IMG_0923.jpg

具だくさん、身だくさん。ちょっと味は薄めだったけど、じっくりと煮込まれた豚が良い味出してくれてまして、
いい感じ。ただ北海道出身の僕としては、いかんせん舌の好みが違うらしくて、やっぱり味噌ラーメンが恋しくてたまりません。
IMG_0922_20110327024230.jpg



あと、リマでしたことといえばカジノ通いです。

全然、勝っても無ければ負けてもいないので、なんとなく釈然としない感じだったけど、
夜20時過ぎぐらいに、しれっと遊んでると、しれっと夕食がついてきて、ちょっと嬉しい感じでした。


リマおすすめのカジノの行き方

Fiesta Hotel & Casino

大きな地図で見る

Fiesta Hotel & casino
リマの南北を縦断してるオムニ(専用レーンのあるバス)でEstacion Benavides駅下車。
アルフレド・ベナビデス通りを西へ10分ほど歩くとスーパーの向かいにありますです。

なんとなくおすすめです。


何かが憑いた。

2011年03月26日 12:12

まるまるまるまる一ヶ月過去の話だけど、


僕はクスコからリマへと移動したんだ。


バスで100ソル(3000円)。アンデス山脈を再び一晩で駆け下りた。


夜に出たはずのバスは、リマに辿り着くと再び夜。



今までのアンデス山脈にあるペルーとは打って変わってこのリマは大都市。


いきなり大渋滞が僕をお見舞いする。


とりとめもなく、コンクリートジャングルに来てしまった予感。


ただ、ブラジルのサンパウロとかリオデジャネイロとかの無秩序に広がる感じとは違って、なんとなく秩序を感じる。





そんなりまりまりまりまリマだけど、写真はあんまりありまへん。


で、とりあえず南米に数多く存在するサンフランシスコ教会という名前の教会。

要は、聖フランシスコさんの教会ってこと。

当然もれなくリマにも存在してる。
sanfrancisco_20110326121410.jpg

この教会内をツアーでめぐることにしたのです。


ご親切に英語ガイドつき。


でも写真撮影禁止。だから写真ありません。


ここの図書室は、今思い出してみれば結構な見ものだった気がする。


ファイナルファンタジー5とかで登場するような古風な図書館。


日本に一軒でもそんなのがあれば、多分観光客がいっぱいいっぱいでごったがえすんじゃないかってぐらい、


僕としてはお気に入りの図書室。写真はないんだけれども。


電気は無くても、天井からの自然光の取り入れ方とか、壮観な本棚の並びっぷりとか、


それが壁側のみ2階部分があって、ここにもずらっと並んでいたりして、


とにかくなんだか好きでした。


あと印象に残ってるのは、ここにある最後の晩餐の絵ラテンアメリカバージョン。

一見、何がラテンアメリカなんだか分からないんだけど、

彼らのテーブルの上に載っているのが、ローカルフードのクイ(モルモット)のフライみたいなやつ。



キリストの最後の晩餐にねずみ食ってたってのは、どうにもこうにも想像しがたさ満点でございます。




そして、このサンフランシスコ教会一番の目玉はカタコンベ。



カタコンベという響きだけで、なにやらえらく不気味な印象が伝わってくるかと思うけれども、

その通りえらく不気味な場所で、地下にある納骨堂。


パリにも似たような場所があったけど、そういえば行けなかったんだった。





このカタコンベ。約25000人の人骨が葬られているらしい。


教会の会談を降りていって、地下に入っていくと、一気に雰囲気が大変寒々しくなりまして、


お墓というか、アウシュビッツにあった地下の収容所のような気配を醸し出す。


そして、奥へと進むと長い長い廊下があって、


廊下の脇には、大きな穴がぼつぼつと掘られていて、


その穴の中には、なにやら白いものが見え隠れ。






骨ですね。






そして、人一人分じゃなくて、パーツごとに綺麗に分けられてるらしく、


一つ一つの穴におびただしい数の人骨のパーツが置かれている。



多分このツアーで目にするのは、そのほんの一部なんだろうけどそれにしても


なんだかたくさんだ。



そもそも人骨なんてのは、一体あっただけで結構びびるぜ。




「サンフランシスコ教会 カタコンベ」でGoogle画像検索すれば出てくるとは思うんだけど、



大きな井戸みたいな穴に、人間の頭蓋骨・しゃれこうべが綺麗に円になるように配置してある場所は


なんつーか、とてもシュール。人の頭をおもちゃにして遊んじゃいけません。みたいな。





という事で、ペルー、リマのサンフランシスコ教会レポートでした。






この教会を一歩出た瞬間、肩急にふっと重くなったんだけれども、




何か憑いたのかな・・・。














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