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カーボベルデもこれでおしまい

2010年09月26日 19:19


プライアでの1日

朝、9時前に目は覚めるんだけどやることが思い当たらず、ぐずぐずベッドの上で時間を潰す。



11時頃にようやく起き出して、シャワーを浴びてみたりする。




気づくともうお昼。




量り売りのビュッフェのランチが食べられるレストラン Panoramaへ行く。



そのレストラン、大体1グラム1円ぐらい。結構まともなものが手ごろな値段で食べられるのはいいんだけど、


一つ一つの料理を取ろうと、トングを持つと絶対感電する。


しかも結構激しくビリビリって体を電気が走る。


なのでペーパーナプキンでトングをつかなきゃならないと、少し不便な点があったりする。


ほかのお客さんもビリビリきてるはずなのに、あんまりキテる感がないのはなんでだろう。


自分だけ、電気を通しやすい体質なのか?とかあまり意味のない疑問を抱えてた。




そして昼食が終わると、パソコンを持ってネットカフェSOFIAに行く。


ネットカフェつう名前だけど、路上にプラスチックのコカコーラって書かれたテーブルとイスが並んでて、

地元の人の交流の場になってる。


そしてネットカフェで、一応wifiも飛んでるんだけど、そのパスワードは店員も分からないらしくて、

使うネットワークは、隣接する公園から飛んでるらしき公共の電波。

という事で、ここがネットカフェであろうが、ただのカフェであろうが全然関係ない。



そこで、パソコンのバッテリーがなくなるまで、ブログ書いたり、その他諸々暇つぶしをしていた。

でも回線が遅いから、色々と思うように行かなくて、ほかのカーボベルデ人をただぼーっと眺めながら、

その様子をTwitterでつぶやいてた。



物乞いが本気で泣きながら迫ってきたり、

チェスでの揉め事で本気のケンカが始まったり、

何をしたのか分からないけど、その人を攻めるべく周りにいた女性全員で獣のようなうめき声を上げて、責め立ててたり、

カフェの前にステージが設置されて、スタイル抜群のモデルと思しき女性たちが歩いてたり、
DSC_4837.jpg

で、女の子が歩いてるんだけど、いつもこのカフェに来るちょっとおかしなおじさんが、

そのステージに勝手にあがって極めてフツーに歩いて、その様子をお客さんたちが

やんややんやと盛り上がってみたり。



プライアでやることなかったけど、とにかくこのカフェにいるだけで、色々と出来事が巻き起こってたんで、

それ見るだけで楽しかったな。




夕食は、普通にレストランで食べると750円以上。しかもあんまり大したことない。
DSC_4768.jpg


だから、スパゲティの缶詰とかを食べる日々だった。


そして、思いがけず9泊もすることになった"JAJO"PENSAO
DSC_4769.jpg
トイレ・シャワー共同で1150カーボベルデエスクード(約1200円)
これ以上安いところはプライアにはない。ってタクシーの運転手が言ってた。
町のほぼど真ん中にあって、前述のネットカフェSOFIAとかレストランPANORAMAとか、その他スーパーマーケットとか色々近くて便利な場所。


そういうことで9月14日に無事ブラジルビザを手に入れることが出来て、

その日にカーボベルデを去り、ブラジルへと飛び立った。







太平洋を中心にした世界地図だと明らかに世界のはじっこにあるカーボベルデ。


旅を始めるずっと前に、外務省のホームページ見て在留邦人が1人だか2人だかしかいなくて、

世界で一番日本人が少ない国という事で、世界一周をするとかしないとかを決める前に

カーボベルデには行こうという事だけは決めていたんで、ここに何があるわけでもないけど、

一応旅のひとつの目的だった、カーボベルデ。


結局、観光のメインになってるサル島とかほかの島とか言ってなくて、

首都でだらだらしていただけなので、この国を語るにはあまりに不足すぎるわけだけど、

結局は、カーボベルデもアフリカ大陸から離れている島国とはいえ、アフリカなんだなってのは痛感した。


ただ、東アフリカじゃなくて、やっぱり西アフリカって事で、音楽も南米やポルトガルやアフリカが融合したようなリズムがどこからか聞こえてきたりして、その辺はカーボベルデ的なオリジナリティを感じた。




ま、とにかくこうして僕の旅のひとつの大きな目的を終えて、


次は、4大陸目 南アメリカ。


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しょーもない世界遺産

2010年09月25日 19:51

この日本人の1%ぐらいしか知らないようなカーボベルデって国にも、世界遺産はあった。


その名は シダーデ・ヴェーリャ。





ただ、プライアでやることないし、割と近かったので行ってきた。


でも、当日なんだか頭が痛く、体が重い、そして天気がよろしくない。


よせばいいのに、行く事にした。


町の中心にある公園に一応ツーリストインフォメーションセンター的なものがあるんだけど、

英語が通じない。そして、地図も持ってない。極めて役に立たないインフォーメーションセンター。

シダーデヴェーリャへの行き方を尋ねるも、地図がないからバス乗り場がどこにあるんだか、指で「あっち」ってやられるだけ。

なんとなくミニバスというか、トヨタのハイエースがわらわらと集まってる場所があったので、そこ行くと見つかった。


そして、町を離れるとすぐに荒野が始まる。で、40分足らずで到着。




到着したのはいいものの、ただの漁港だ。



どんよりした曇り空で、村人達もなんだかずいぶん暇そうに町の至るとこで、ただただ座って誰かと会話してる。







で、どうしたらいいんですか?






普通、世界遺産ってのは到着したら看板なりツーリストインフォなりがあったり、入場口があったりして、

なんとなくそれにしたがっていけば、その世界遺産を堪能できるものなんだけど、

なにしろ、ここはただの漁村じゃないか。

昔は、このシダーデベーリャが貿易港としてカーボベルデの中心の役割を果たしていたらしいんだけど、

岸辺のがけに船がぶつかるもんだから、

当時、闇貿易なんかが行われてたプライアに首都が移されたらしい。


シダーデヴェーリャはバスコ・ダ・ガマもコロンブスも訪れている西アフリカにおけるポルトガルにとっての重要な都市だったんです。

奴隷貿易の重要な港だったんです。とにかくそんな町です。




そして、観光客らしき人は一切見当たらない。


近くになんとなく、何かの遺跡っぽいものがあったので行ってみた。
DSC_4725.jpg
で、これなんなんでしょうか?って話になるけど、一切説明が見当たらない。

柵があったんだけど、ところどころ破られてて全然保全されてない。





それでも、村の上の上の上のほうを見上げると、うっすらと城壁らしきものが見えた。



あれか。


上るしかないのか。



仕方なく上り始める。上り始めて、まもなくいきなり道がなくなる。


壁の上を歩けということらしい。
DSC_4735.jpg

子供たちには、これが世界遺産だから観光収入がっぽりだぜとかもはやまったく関係ないっぽい。
DSC_4733.jpg


そして、ずんずんと上り続けると到着。シダーデ・ヴェーリャの町が見渡せる。
DSC_4737.jpg

そしてこれが城壁の正体。レアル・デ・サン・フィリペ要塞
DSC_4739.jpg

たどり着くや否や雨が降ってくる。しかも結構強く。なんだか全然歓迎されてる感のない、やたらと冷たい雨にお見舞いされる。

そこにも一応3人の女性で営まれるチケット売り場 兼 喫茶店 兼 要塞の案内所みたいなとこがあって、

それ無視して、要塞に入ろうと思ったら呼び止められる。



「あんたー、入場料払いなさい」って。


価格を聞いたら、500円だと。



外側から見る限り、内側に何にもないのが丸分かりなのですが、支払わないといけないんでしょうか?

って伝えたかったけど、言葉も通じないし、結局そこで雨上がりして、

ついでにその案内所みたいなとこに、要塞のミニチュアがあったから、それを眺めてみると、どうやら入り口は1つではないらしいという事が判明し、裏側に回ってみた。



裏側の出口にはやる気のないチェーンが、ちょうどまたいで超えるにも、くぐるにも丁度良くない高さで

かかっていて、ま、それをくぐると、あっさり中に入れた。


で、500円払うとお見舞いされる要塞内部がこれ。
DSC_4745.jpg


これがすべて
DSC_4746_20100925125834.jpg



ちょっと待ってくださいよ。


頭が痛くて、体がだるくて、雨も降ってて、そんな中これですか。



いくらなんでもひどいじゃないですか。



ひどい仕打ちじゃないですか。



と、誰にも言えない悲鳴を胸に抱えつつ、帰路につきました。

DSC_4751.jpg

DSC_4757.jpg





このシダーデヴェーリャ認定されたのは2009年なので、かなり日が浅い。


日が浅い世界遺産は、大体大したことない。


なんというか世界遺産認定の条件を無理やり当てはめて世界遺産にしているところが散見される。


今後も永遠にそうやって見た目には大したことない世界遺産が増産されていくと予想される。


そういう世界遺産を楽しむためには、知識と情報がものすごく重要になってくる。


逆に言うと、何も知らないと全然分からないということだ。




カーボベルデにひとつしかないこの世界遺産。

結局は、ヨーロッパ人によって作られたという事実。

というかカーボベルデという国自体、奴隷貿易の拠点としてポルトガルに利用され始めたところから始まってて、

カーボベルデ人つっても、奴隷とポルトガル人移民の混血なわけで、なんともこそばゆい歴史を持った国なんですね。





プライアの人々と抜けなくなる犬

2010年09月24日 20:41


ブラジルビザを待ってる間の一週間、ずっとカーボベルデの首都プライアで

日記に書くと三行で終わってしまうような日々を過ごしていた訳ですが、

まぁ、散歩もしたりしたのです。

雨が止んだ直後だったので川はどぶ川と化しています。そもそも雨の降らない土地柄のせいで、
普段の川はからっからです。
DSC_4638.jpg

そしてお花の写真をとっていたら、
DSC_4651.jpg

この親父に声を掛けられたのですが、さっぱり会話になりませんでした。
DSC_4659_20100924115218.jpg

さらに歩いていると、彼に「ちーの」といわれたので、「ジャポネーズじゃ」と修正すると、
「フィッシュ、フィッシュ」と返事をされます。さっぱり何のことやら。
DSC_4664.jpg

彼のことは、一切記憶にありません。多分ただの通りすがりです。
DSC_4666.jpg

汚らしい街なのに、サッカーのグランドだけは人口芝で割ときれいに整備されておりました。
そして、全員はだしでサッカーをしていました。
DSC_4674.jpg

そして、彼もサッカーを眺めていて、カメラを持った僕を見つけると、
俺の写真をとってくれとせがんで来たので、とって上げました。
メールでデータをくれと言われてメールアドレスを聞いたのですが、まだ送っていません。ごめんなさい。
DSC_4680.jpg

退屈そうに店の軒先で遊んでいた少年Aです。
DSC_4682.jpg

少年Aの横にいた少女Aです。
DSC_4685_20100924120505.jpg

何でこんなにも渋い顔をしてるのか、さっぱりわかりません。
DSC_4687.jpg

抱えられてる黒い手は、多分彼の親父のものだと思われますが、この色の違いは衝撃的です。
DSC_4701.jpg

こんなにかわいらしいのも今のうちです。
DSC_4688.jpg

最近この国ではやってるらしく、町を歩いてると年齢関係なく、この頭のてっぺんから蛇でもぶら下げてるような髪型を目にします。
DSC_4713.jpg


そして、帰り道。面白い光景を目にしたわけです。
二匹の犬が妙な格好で、踏ん張り、それをさらに二匹の犬が「おいおい、大丈夫か?」と心配そうに眺めているのです。どうやら交尾をして抜けなくなってしまったみたいなんですね。
DSC_4722.jpg
退屈だったので、その様子を数分の間じっと観察していたのですが、目の前を車が通り過ぎ去る瞬間に
無事、二匹の犬は再び独立した一匹の犬へと解放され、自由を謳歌していました。

めでたし、めでたし。




なんというか、こうやって写真を見てみるとカーボベルデという国は

どこをどう見てもアフリカだなと感じさせられます。

ここがアフリカじゃなかったら、どこにあてはまるんだろ?と考えても答えなんて存在せず、

とにもかくにもアフリカなんです。たとえ大陸から離れていても。



チーノ、チーノ、チーノ、チーノ、チーノ、チーノ・・・・

2010年09月24日 10:25

僕がプライアにいる間に、「チーノ」って何度言われたか計り知れません。


彼らが悪意を持ってそう言ってるケースはほとんどなかったと思う。


ほかの国だと、明らかに馬鹿にした感じで言ってきたりするけど。


この国にいたっては、まさかジャポネーズがいるわけないと思ってるらしく、


完全なる思い込みから「チーノ」って呼ばれる。


何しろ町の中心のとおりに、5,6軒中国人が商店を開いてたりして、彼らの世界進出っぷりには驚かされる。


いくらお金が稼げるからといって、中国の温州からわざわざ世界の果てのカーボベルデまで来てたりする。


彼らのアグレッシブさは、驚異的。



で、僕はというと「チーノ」いわれるたびに「ジャポーネーズ!」って言い返してた。


100回ぐらい言ったんじゃないかと思う。


そして、宿周辺では宣伝効果もあってけ、僕を見ると

「ジャポネーズ!」と呼ぶ声がちらほら聞かれるようになってきた。


そもそも声かけなくていいんだけど。



でもほかの国だと日本人って分かると大抵

「オーベリーグッド」みたいなリアクションが期待されるものの、この国では日本人って分かったところで、

反応が薄い。


そりゃそうだよな。さすがにお互いに情報がなさ過ぎる。



それにしても、中国人ぐらいどの国に言っても一発で国籍が当てられるナショナリティはないような気がする。

そんなプライアの目抜き通り
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そんなプライアの市場
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そんなプライアの市場2
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そんなプライアに咲いてた花
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毎日通ってたスーパーマーケット。めっちゃLG宣伝されてる。
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プライア近郊のビーチ。
DSC_4839.jpg
カーボベルデはいくつかの島国からなる国で、ほかの島に行けばリゾートっぽいとこたくさんあるんだけど、プライアに至っては、首都で海辺も漁港として利用されてるから、なかなか泳ぐとこがないのです。

カーボベルデでブラジルビザを取ってみる

2010年09月23日 09:31

プライアに到着したものの、ここでの最大にして唯一のミッションはブラジルビザの入手。




なにしろここから南米に行けないとなると、一度ヨーロッパに戻って別ルートでの南米入りを試みないといけなくなるわけで、ベルギーからカーボベルデまで行きはわずかに99ユーロという破格の価格で来れたものの、戻るとなると安くても350ユーロ。なんだか腑に落ちない。


是が非でもブラジルビザを取らないと、いけなかったわけです。





そして、カーボベルデ首都プライア到着2日目 月曜日

調べてあった住所を元に、人に場所を聞いて、

町の中心から徒歩20分ぐらいのところにあるブラジル大使館を訪問。



そこの担当のカーボベルデ人、英語が喋れず、ポルトガル語のみで必要資料の説明が繰り広げられる。


この旅を通して、大使館の人が英語喋れないとか初めてかもしれない。つってもほとんどの国のビザを国境で取ってるから大使館行ったなんて数えるほどしかないけど。




とにかく、彼から他人の資料を見せてもらって判明した必要資料は、


1.WEBでダウンロードした申請書
2.収入証明書
3.残高証明書
4.往復のチケットのコピー
5.パスポートのコピー


他人の見せてもらったとき、その人の収入だか残高までもきちんと見せてもらって、
カーボベルデ人が何気に月収170,000円とか150,000円とかもらってるっぽくて、
さすが後進国を脱しただけあるななんて関心したのはいいんだけど、

ちょっと待ってくださいと。1と5はなんとかなるかもしれませんけれどもね、


わたくし、収入ないし、銀行の印鑑のついた残高証明書なんて用意できるわけないし、日本帰国のチケットなんて今買えるわけないし・・・。

「用意できないかもしれないんだけど?」って親父に聞いたら

「それじゃインポッシブル」との回答。


そんな状況で途方にくれながらも大使館を後にした。。






途方に暮れてちゃ始まらないので、なんとかせなあかん。




まずは、残高証明書。もうこれはWEB通帳をダウンロードして、コピーするしかない。

全文日本語で書かれてて、向こうにとっちゃ数字以外さっぱり分からないだろうけど、とにかくそれをダウンロードした。


そして、収入証明書。

ほかの国で取るブラジルビザを読んだらこんなもん必要だなんて、どこにも書いてない。
でも、あの頑固親父から承諾を得るためには、ないよりはましなんだろうなと思って、私文書偽造に取り掛かった。

勝手に、日本語で収入証明書なるものを作成した。

「貴殿が株式会社なんちゃらの従業員であり、なおかつ下記の収入がある事を証明する」という短い短文をでかでかと英文と日本語で載せて。いかにもそれっぽくWORDの力で作らせていただきました。

判子は用意できないので、勝手に他人のサインを自分で書いてみました。

今、見返したら日付すら書かれてないひどい代物です。



そして、チケットのコピー。

9月14日カーボベルデ発ブラジル行きのチケットは、すでに買ってあったのでそれをコピー。

これはスカイスキャナーのサイトで、サンパウロから成田行きのチケットを検索して、
購入前だけど、スケジュールはこんな風になります的なページが出てきたから、それをコピー。







とにかくそれだけのものを数時間かけて用意し、町のコピー屋さんで何枚かプリントアウトしてもらい、準備をしたわけです。





そして、翌日。その6枚ぐらいある書類を持って、ブラジル大使館に再訪。


ブラジルの祝日のため、おやすみ・・・・・


さらに、翌々日。

さすがに今日は営業中。

しかも今日は、英語が話せるお姉さんがいてくれて、話がスムーズ。

不安げにその書類を渡すと、奥に持ってかれた。


で10分ほどして戻ってくると、この口座に5500円払ってきてね。と言われ紙を渡される。




どうやら書類審査が通ったっぽい。これでブラジルにいけるのか?






とにかく再び町の中心の銀行に行き、ビザ代を振り込んで、再々再度ブラジル大使館へ。




すると今度は英語が喋れる人いなくなってて、あのポルトガル語親父しかいない。



で、一応彼も書類をチェックして、振込み所もチェックして、オッケーだからと引換証を渡される。




ところが、受け取り日時が 9月17日になってる




いやいやいやいや


「僕は9月14日に飛ぶんですよ、17日じゃ困るんですよ」と抗議。


しかし親父「インポッシブル」とのたまう。



いやいやいやいや



「英語の話せる姉さまを呼んできて」と頼む


するとしぶしぶ親父は、奥から彼女を呼んで来る。



彼女に状況を話すと、彼女は

「オーマイゴッド」
と言いながらも


なんとか融通を聞かせてくれて、14日の午前中へと納期短縮が相成りました。



ただ14日つっても、一週間先。これからかなーり退屈な日々がカーボベルデの首都プライアで繰り広げられるのです。









平和すぎて退屈な世界の果て

2010年09月17日 22:30

とりあえず夕食を食べなければとボアビスタ島Sal Reiの小さな町をうろうろしまくったけど、

全然食事するとこが見当たらない。


ようやく見つけたレストランで頼んだ750円はするツナ定食
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そして街の中心の広場でカポエラやってた
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ジャンベのリズムで、二人ずつ交代交代にカポエラ披露。ゆっくりした動作からいきなり現れる強烈なキックとか
見てて、面白かった。
DSC_4458.jpg

Sal Reiの街の中心は、割とまともな建物が建ってるんだけど、5,6分も離れると
もはやスラムみたいなとこ。
DSC_4522.jpg

姉歯さんがどうこうのレベルじゃない、雑なコンクリートの積みっぷり。
しかも建設ラッシュ。
DSC_4528.jpg

やっぱアフリカ。
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やることないから、毎日この宿から徒歩10分のビーチ来て、泳いでた。これはこれで極楽。
DSC_4559.jpg

全身に砂塗りたくって、白人の女の子追い掛け回してた。シュール。
CSC_4571.jpg


別の日の食事。チキン定食。やっぱり米とフライドポテト。
DSC_4574.jpg

町からちょっと離れるとこんな感じ。島なのに荒野。
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そして、ずーっと歩き続けるとこんな廃墟。これ以外何もない廃墟。そしてその先は海。
DSC_4581.jpg
ここ来たときに、「世界の果てに来ちゃったな」ってのをものすごく実感した。
何しろそんな場所。
そして、日本で見る世界地図を見ると、本当に世界の果て。



そんなこんな街にも渋滞が・・・ 何事ですか?
DSC_4602.jpg



つーことで、別の島へと移動したわけです。
DSC_4623.jpg
プロペラ機。ちょっと怖かったな。

雑でごめんなさい。



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