最新記事

スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

(ケニア)援助物資の末路と野菜欠乏症

2010年05月28日 22:47

ケニアでサファリツアーが終わったあとは、数日ナイロビでだらだらした後ウガンダへと向かった。


ニューケニアロッジ、居心地いいです。


ケニアがアフリカの雄といわれるだけあって、ナイロビの町は都会。


つっても、町に並ぶ店は携帯ばっかり売ってたり、中国製の服ばっかり並んでたり、



そして外国から送られた援助物資が売られてるギコンバマーケット。



そこには、ユニクロなんかも売ってたりして、日本からの援助物資も届いている模様。



日本からめぐられない人達へ という事で善意の気持ちで送られた品物は、



どういうわけかここでみんな売り物と化している。



そういうことで、外国からの援助というのは結局現地ではゆがんだ形で受け取られ、



結局アフリカ人みんな援助頼みになっちゃって、自分らで働かなくなるんじゃ。






こいつら、永遠に貧乏じゃ。


そんなのを尻目に、ナイロビで有名なお肉屋さんへ。

肉食べ放題 約3000円。

牛、豚、鳥、ダチョウ、ワニ、ラクダを食べまくった。食べ放題。
IMG_0241.jpg


何が一番美味かったって
IMG_0237.jpg

もちろんお肉もうまいんだけど、
IMG_0234.jpg




何しろサラダがうまかった。フレッシュサラダ。コーンサラダ。





アフリカに来るとやたらと野菜の摂取が少なくなる、体が求めまくってる。





全力で野菜求めまくってる。命を削った肉を食べながら、野菜に対して興奮してるとき、



もうベジタリアンになってもいいんじゃないかって思った。





でも、今思うとそれはないね。100%  それが世の中の仕組みなので。






ニューケニアロッジの屋上から見たナイロビ
DSC_2922.jpg



スポンサーサイト

埃まみれの誇り高きマサイ族

2010年05月27日 19:45

マサイ族ってなんだか、アフリカの民族代表って感じじゃないですか?


良くは知らないけど、なんとなくは格好いいイメージあるじゃないですか。



サファリツアーのオプション(1200円)で、マサイ族が住む村につれてってくれるわけですよ。










村つっても、住人わずかに20人くらいしか居ないんじゃないかと思われる小さな小さな囲い。








金を払って早々、コンダクターらしきマサイが説明を始める。





もうこなれたもんです。











そして、さっさとマサイジャンプショーをおっぱじめる。
DSC_2832.jpg

なんだか、皆事務的な感じで投げやりでやる気なし。






まぁ、予想してたけどさ。






その後見せられるのは、火起こし。
大のマサイ族5人で火起こし。しかも最初火がつかなくて、木が湿ってるんだとか言い訳。
DSC_2841.jpg

そんな情けない大人たちを見る子供たち。
DSC_2848.jpg

その後は、女マサイ達のショー。
DSC_2855.jpg

そして、写真撮影。
DSC_2840.jpg

その後、マサイの家案内。つっても小さな小さなわらぶきの家。




でもって、最後はお土産タイム。

で、お土産も買わずにだらだらだらだらしてたら、中国人のツアー客が登場。





僕らに、再度マサイジャンプショーを見せたくないのか


やたらと帰らせたがる。




なんだか腹立たしいので居座る。



で、もっかい見る。微妙に中国人が見切れてる。
DSC_2877.jpg




で、そのまま居座ってたら、「お土産買わないならさっさと帰ってくれ」みたいな雰囲気になり、






ほとんどそこを追い出されるような感じになって出場。








案内してくれたマサイに、



「これじゃ、ただのビジネスじゃないか。お前はビジネスマンか?」って聞いたら、


「イエス」って言われた。



「昔は、お前たちも狩猟して、金なんか無くても生きていけたんだろ?」って聞いたら、




「それは昔の話だ。教育にも食費にも金がかかる。世の中金だ」って言われた。





なんか悲しくなるな。





プライドとかないのかな。







野生動物まみれ

2010年05月26日 09:44

ナイロビから手軽に、安く、そしてそれなりに満足できるらしい

マサイマラ国立公園に行ってきた。



泊まってた宿(New Kenya Lodge)から2泊3日のツアーを頼む。(激しい交渉の末 240ドル)



車は朝9時に出発



とりあえず絶景をお見舞いされる。
DSC_2172.jpg




色々と経緯を説明するのが、面倒くさいし余り覚えてないので、


あとはマサイマラ国立公園にて二泊三日の間に見ることの出来た動物達をどうぞ。

バッファロー
DSC_2277.jpg

トッピ
DSC_2285.jpg

ミーアキャット
DSC_2302.jpg

よく分からないけど鳥。
CSC_2337.jpg

ダチョウ
DSC_2369.jpg

ゾウ
DSC_2419.jpg

キリン
DSC_2538.jpg

イボイノシシ
CSC_2622.jpg

ヒョウ(これはかなり見れるのレアらしい)
CSC_2614.jpg

グランドガゼル
CSC_2756.jpg

ハゲワシ
CSC_2783.jpg

死骸
DSC_2578.jpg

セグロジャッカル
DSC_2654.jpg

サバンナモンキー
DSC_2658.jpg

カバ
DSC_2663.jpg

DSC_2667.jpg


トカゲ
CSC_2502.jpg

チーター
DSC_2476.jpg

メスライオンと子供たち
DSC_2714.jpg

オスライオン(シンバ)
DSC_2698.jpg

もっかいキリン
DSC_2730.jpg

サファリの夜明け
DSC_2769.jpg

シマウマ
DSC_2805.jpg


バッファローとライオンとイーグルと、それと写真無いけど鷹(ホーク)とつばめ(スワロー)も見れたんで、

もう一つ見れればペナントシリーズ開催可能でした。


まぁ、残ってるので見れそうなのは、虎か鯉くらいなもんだけど。




それにしてもこんなにもたくさんの動物に出会えるとは思っても見なかった。




これが本当の自然の姿だったとは信じがたい。


リアルなはずなんだけど、どうにもリアルに感じられない。


なんかのアトラクションなんじゃないかって錯覚してくる。


もし、またサファリツアーに参加する事があれば絶対にもっと強力な望遠レンズを持参したい。

こんな状態で写真を撮るものだから、皆同じ構図。何しろほとんど同じ場所から取ってるし。
そうとなっては、あとは機材がものを言う。
DSC_2378.jpg



この限られたスペースにこんなにも多くの野生動物が生きてるなんて。



人間様がこの地球を牛耳るまでは、彼らがそれなりに幅を利かせてたって事でしょ?




それにしてもここは、東京と正反対の環境だなとつくづく感じる。






強盗の話

2010年05月25日 17:00


兎にも角にもモヤレからナイロビまでのトラック移動は、ずいぶんとしんどくて、



願わくばもう一生あんなルートは移動したくない。



ドライバーは、移動中に




「このルートは、毎日強盗が出るんだ。俺も、2,3回強盗に合った。」とか言い出す。






えぇぇぇぇぇぇ。









トラックの荷台から望むアフリカの景色はものすごぉく綺麗だったんだけど、







そんな一言聞いて、テンション凄い下がる。







それからの一日は、緊張の時間が続いた。






和気藹々としゃべり続けてたのに、皆黙った。










結局、何事もなかったんで本当に良かった。

DSC_2153.jpg



それと、ナイロビ。





ナイロビは世界で二番目に危険な都市とか聞いた。気のせいかも知んないけど。





ナイロビで泊まったNew Kenya Lodge周辺は、最新の地球の歩き方に




絶対に立ち寄らないで下さいとか書いてある。




ただ、深夜は別として平日の昼間は普通にそこら辺を人々が歩いていて、



そんな危険を感じなかったし、宿の人もこの辺は絶対安全だから大丈夫とか言ってた。




それでも、宿の2,3本裏の通りは日曜の夕方なんか歩くと狩られるらしい。





そういうことで、危険なところでも場所と時間さえ注意すれば





リスクはかなり回避出来るんじゃないかと。



















This is AFRICA!!その2

2010年05月24日 19:35


ナイロビへの道のり 2日目




マルサビットで9時に来るはずのトラックがいつまでたっても来ず、






もう僕らを置いて、出発しちゃったんじゃないかと思うほど





とにかく途方にくれるほど待たされて、4時間半待たされて、




ようやく来た。




修理していたらしい。






ちゃんと教えてくれ。







14時過ぎにトラックはマルサビットを出発。

今日は、荷台から。
DSC_2088.jpg



どっかの部族も乗ってくる。
DSC_2115.jpg







トラックは、どっかが故障したらしく1時間を越える休憩。
DSC_2157.jpg




そして、あっという間に日が暮れる。





僕はドライバー席の後ろで横になり、休んでたんだけど



いきなり腹が痛くなってくる。












どんどん痛くなってくる。










夕食のために、トラック停車。





トイレへダッシュ。







真っ暗な中、トイレの扉を開ける。







得たいの知れないゴキプリっぽい虫うじゃーーーー。








そんな事関係なく汗が体中から噴出して、用を足す。












そして、トラックは再び出発。













ズボンの中がいずい。

















おー、ズボンの中を虫が這ってるーーーー。








どんな虫だか知らないけど、とりあえず握りつぶして放り投げる。













とにかくそんな夜でもトラックはずーっと悪路を走り続ける、ゆれ続ける。










夜中の2時頃、イシオロに到着。












僕ら日本人6人で移動してたんだけど、そのうち3人はイシオロまでの荷台席チケットしか買っておらず、






なんかしらんけど、トラックをごっつい警察に取り囲まれ、降りろ降りろと言われ、ナイロビ行きの






権利を持ってる僕らまで含めて大揉め。











どうやら警察は、賄賂目的らしい。












とりあえず、それも解決。













そして、トラックは再び出発。











早朝、ついに赤道を越える。

IMG_0182.jpg






その頃から、トラックは何度も何度も警察に止められ、



そのたびにドライバーは警察に賄賂を払う。一回60円とか120円とか。





しかもことごとくすべての警察にとめられる。このトラックだけ。





なんでだろう?結局なんでか知らなかったけど、




ドライバーは、「警察なんて嫌いだ」と言いながら払い続ける。






ナイロビに到着する最後のポリススポットでは、






女の警官がついに賄賂を受けとらず、「警察署に行け」みたいな話になり、






僕らとしては訳が分からず、警察「このドライバーに問題があるんだ」とか言うんだけど、





そんなの関係なく、とにもかくにもナイロビに行ってもらわないと困るし、とりあえず何とかしてくれと




ぶーぶー文句を言う。






最終的には、女警官ではなく男の警官が賄賂を受け取り、トラックは出発。













ナイロビのスラムだかなんだかよく分からんところを雨の中通過し、とにもかくにもようやく到着。








そんな二泊三日のしんどい移動でございました。




しかも、虫が這ってた太ももの裏、水ぶくれできてるし。






















This is AFRICA!!

2010年05月16日 19:29

3週間も居たエチオピアを出て、歩いてケニア入国。


ケニアの治安をすこぶる心配しているわけだけれど、一緒に歩いて入国した二人のケニア人に、


「そんな事心配いらないよ。安全だから。」と言われて一安心。







ネコが部屋に住み着く宿では、屋上からはるかはるか遠くで、


数え切れないほど、何発もの雷が煌く。
DSC_2019.jpg


翌朝から1泊3日にわたる長い長いトラックでの移動が始まった。


トラックの料金は、助手席が2500ケニアシリング。そして荷台が1500ケニアシリング。


1シリングは大体1.2円。


僕は迷わず助手席を選ぶ。


このルートは、いろんな旅行者からも辛いと聞いていたし、とにかく楽に越した事はないし。


早朝4時からの阿寒湖をひっくり返したような大雨のせいで、初っ端から道が悪く、出発して早々に
トラックがこんな感じでスタック。
stack.jpg
一台目がまっすぐ突っ切って、スタック。


そして二台目はそれをよけて右に行こうとしてスタック。


それ以降の車は、左側のスペースを縫うようにして何とかステージクリア。



これ以降も何度もスタックの危機には悩まされ、というか一度だけ僕らの乗ったトラックもスタックしたけど


ドライバーのたぐいまれかどうかは知らないけど、今まで培ったドライビングテクニックで乗り切っていく。


その日の前半は、ずっと悪路がひたすら続き、雨なんかも降ってくる。



助手席というか、ドライバーシートの後ろの横になれるスペースで横になっていた僕は、


その悪路がいい振動となってこの上ない快適な移動になっていたんだけど、


雨のせいでカバーをかぶされ、臭い荷物とカバーの狭間に挟まれてたほかの人々は、


相当にしんどい時間を過ごしていたらしい。




雨が止み、道は相変わらずだったけど、アフリカらしい広大な景色が望めるようになってくる。
DSC_2034.jpg

この辺からは、助手席にいるのはもったいなくなって僕も荷台にあがる。
DSC_2046.jpg

トラック修理中。
DSC_2052.jpg


Cool Boyと書かれたトラックは、その日中、一度の昼食休憩(このときは他のトラックが先に着いていて昼飯にありつけなかった)と、一度のパンク修理休憩以外は、ほとんどずっと走り続ける。


日本みたいに整備された高速道路を走り続けるのとは訳が違い、常にギアチェンジをし、悪路のためにハンドルを切り続けたドライバーは疲労困憊の様子。


ついでに悪路の揺れと吹きすさぶ風とほこりにやられた一緒のトラックに乗ってたスギさんが


40度の高熱を出し、ダウン。


僕は、彼と助手席のリラックススペースを交換し、荷台へと移動する。



23時を過ぎて、急に寒くなり始め、もう臭いとか汚いとか関係なく、




荷物の上にジャケット一枚羽織って寝始める。




そして、眠気に襲われて何とか寝れそうになった頃、バスはマルサビットに着いたらしく、



起こされて、トラックの荷台から眠気眼で降ろされて、


もう疲れ果てて、この世の終わりというか

ありとあらゆるものが枯れたひまわりみたいにぐったりしちゃったみたいな状態で、



僕らは、ようやく静止したベッドの上で眠る事が出来た。




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。