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国境越えてエチオピア

2010年04月03日 00:09


早朝。といっても8時くらいなんだけど、なんだかんだで居心地の良かったHotel Al Raby(7スーダンポンド、約270円)を

後にして、カルツーム郊外にあるバスターミナルへとタクシーを走らせる。




そこで、あっさりとスーダンとエチオピア国境の街までのバスチケットが買えた。


事前の情報では、ゲダレフって町まで行って、そこからトラックのヒッチハイクって聞いていたのに、あっさり。


しかも中国製の豪華バスにて。軽食つき。



またひたすら車窓は砂漠が続く。世界中全部砂まみれになっちゃったんじゃないかってくらいに、最近のバスからの車窓は砂漠。


この辺の国の人たちは、よくもこんな砂漠に住む気になるもんだと関心する。

何が悲しくて、こんなに暑くて砂まみれで何もない場所に住むんだろ?



イスラム教のほとんどは砂漠圏。彼らの得意分野。




世界中の砂漠圏をムスリムが席巻する。




まるで丸の内を三菱地所の十八番ってみたいに。



世界中の砂漠でアザーンが鳴り響く。世界中のイスラム教徒が毎日5回礼拝をする。




統一化される砂漠。




こんな景色ばっかり見せ付けられると、日本の四季の素晴らしさを再三再四確認させられる。




途中、休憩のためバスが止まり、外に降りると、そこは灼熱地獄。


乾燥してるからまだいいけど、余裕で40度越えてそうな暑さ。



人が住めるとは思えない暑さ。やっぱり彼らには関心する。




とりあえずバスが、国境らしき場所に到着するんだけど、



ド田舎っぷり発揮しまくってて、プレハブだとか今にも崩れそうな木の家ばかり。

とにかくそこが国境らしくて、そこでイミグレーションを済ませる。



国境を越えて、エチオピアに入国。



エチオピアのメデマという国境の町は、広めのアスファルトの道路を中心に

ぼろーい家々が道沿いに連なっていた。




バスを降りてから、ずーっと勝手にイミグレの場所だとか案内してくる奴らが居て、

宿まで案内され、最終的には少しだけ両替をしたわけだけだけれど、今考えると

物凄い悪いレートだったっぽい。

彼らの目的が両替だったらしく、それが終わり、宿を紹介し終えると、そそくさといなくなった。


用意された宿は、これまた今までになくぼろぼろというか換気が悪くて居心地の悪いコンクリートの壁のなかに

ぼろぼろのベッドと窓があるだけって空間で、とりあえずの一泊のためにはいいけど、

それ以外の目的で泊まれるような場所じゃなかった。というか連れ込み宿的なとこ。



僕らは、そこに荷物を置くととりあえず食事を取りに外に出た。というか部屋の中以外は全部外なんだけど。



そして、くさくて酸っぱい事で有名なエチオピア名物のインジェラとやらを食べる。



見た目は雑巾、味はゲロって事で評判のインジェラ。




どうして主食なのに酸っぱい必要があるのか分からない。インジェラの味は、そんな残念な味。


今まで食べた数多くの発酵食品の中でも、もっとも残念な味のうちのひとつだと思う。


それでも、食べ慣れれば旨いのかもしんないし、日本人に聞いても賛否両論だし、


とはいえ、何でも発酵させればいいってもんじゃないし、日本では流行らない味だと思う。


そんな一日。

































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あおナイルしろナイル

2010年04月01日 00:02



砂漠の首都カルツームに何かあるかつったら、何もない。

もしここにナイル川が流れてなかったら、残念な事に人すら住んでないってくらいに何も無かったと思う。

エジプトはナイルの賜物だけど、この何も無い国スーダンも、辛うじてナイルの賜物なんだと思う。

カルツームには、ナイル川を構成している青ナイル川と白ナイル川が合流する地点が、カルツーム郊外にあって、行ってみた。


確かに合流地点では、絵の具を混ぜたみたいに、色の違う二つの側が混ざり合って、ナイル川になっていた。


ところが川幅が大してあるわけでもなく、規模的には荒川とかそんなレベル。
DSC_0613.jpg


長いってだけだし、河口でもないので川幅もたいした事無くて、ここから6600キロ以上あるという世界一長い川を

想像するのはちょっと難しかったんだけれど、最近感受性の薄れつつある僕の想像力を奮い立たせて、何とかかんとか

感動を呼ぼうと努力した。





ってそんな事を書いているここエチオピアでは、一緒に移動中のA太郎氏が南京虫が服から出てきたと騒いでいて、

毎晩ちょっとした痒みに悩まされる毎日。This Is Africa.





カルツームの街は、街灯がほとんど無くて、日が沈んで街が暗くなると、


街を歩く人の識別どころか影くらいしか分からなくなる。


さらには向こうは肌が暗い上に、視力はいいらしく、随分遠くのほうから



「じゃぱーにー、ちゃいなー」とか言われるんだけど、


こっちからしたら、人が居るんだか居ないんだか分からない場所から、

顔を認識されているわけで、ある意味結構な恐怖が付きまとう。


アフリカ縦断。当分はずっとこんなほかでは味わう事の無い心配が必要らしい。




そういえば、カルツームを守るカルツーム警察のシンボルが随分と

「ともだち」マークに似ていたんだけど、何か関連性があるんかな?
IMG_0434.jpg


スーダンのピラミッド

2010年03月27日 20:33

そんなたくさんあるうちのひとつで、カルツームから手軽に3,4時間で行けるピラミッドに行ってきた。


行きはよいよい、帰りはこわい



カルツーム滞在二日目以降、初日の暑さが嘘のように過ごし易い日々だった。




そんな中、わざわざ再び首都を抜け出して砂漠へと突っ込んだわけだ。



バスでカルツームから北東へ。


車窓はずっと砂漠。もうこんな砂漠の景色に見慣れすぎて、そろそろいい加減に抜け出したい今日この頃。



途中の休憩ポイントもやっぱり砂漠。
DSC_0521.jpg

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そして誰も降りない砂漠に、「ここだ、ここだ」と添乗員に言われ降ろされる。



遠くの方に、ピラミッドらしき幻影が・・・




1キロほど、砂漠を進むとわずかな観光客がランドクルーザで来てるらしく車が駐車され、


古びたチケットオフィスがあり、そこでチケットを買う。




そこのピラミッドは、ギザのピラミッドに比べると随分とこじんまりとしており、


人間一人で一年もかければ、出来るんじゃないかって規模のものがいくつも隣り合っていた。
DSC_0539.jpg



保存状態も大していいわけでもなく、壊れかけで廃墟みたいになっており、

折角発掘されたのに、全然注目されないものだから、再び砂に埋もれてしているんじゃないかってくらいの

ピラミッド群だった。
DSC_0542.jpg



それでも、わずかな観光客と広大な砂漠にそびえるピラミッド達は、変な哀愁を漂わせていて、

ギザのそれなんかに比べると、随分と愛着の沸く感じがした。


DSC_0551.jpg

遺跡の落書き。
DSC_0558.jpg


帰りは、バスの時刻が決まってるわけでもなく、道端でトラックをヒッチハイクしてカルツームへと戻る。


トラックもわりとすぐに泊まってくれて、ドライバーもいい人だし、道もいいし、スーダン国内の移動は、

以前に比べるとずーっとよくなってるっぽい。



あれもこれも全部中国のおかげっぽい。




中国脅威すぎ。


なめたらあかんと思います。


DSC_0561.jpg


首都ハルツーム イン スーダン

2010年03月25日 00:25


ワディハルファを16時頃出発して、ハルツームにバスが着いたのは深夜1時頃。

意外と豪華なバス車内。
IMG_0398.jpg

ほんの少し前は、この間の移動も平気で一泊とかかかったらしいけれど、道が随分と綺麗に舗装され、

中国製のバスが随分と飛ばすもんだから、そのハルツームまでの行程があっという間になってしまったらしい。

とはいえ、10時間かかってるけど。




その晩は、ハルツームのバス停で野宿。といっても3時間くらい。

翌朝、動き出したミニバスを捕まえて町の中心へ。



ハルツームの中心部は、首都とは思えないほどに道が舗装されておらず、

建物も低層な建築物ばかりで、ネパール以来の最貧国なんだなってのを実感。


そこで、わずかに7ポンド(250円足らず)のAl Arby Hotelに宿泊。
DSC_0509.jpg


その日は、いよいよアフリカに着いた事を(エジプトを抜いて)身体の芯まで味合わせてくれるような暑さ。

これから、こんなスーダンの日々が続くと思うと少しうんざりしたわけだけれど、

うんざりばっかりしているわけにも行かず、スーダンでは宿泊した町でレジストレーションなる作業が必要で、

外国人事務所へと向かう。

レジストレーションが終わってないと、スーダンを出国出来ないため必須らしい。


突如訪れた酷暑の中、外国人事務所に行って、必要だと思われる資料を提出。



ところが、ホテルからの宿泊しているレターなんてものが必要と言われ、途方にくれる。


「僕らが泊まっているホテルは、そんなもの出してくれない。わずか7ポンドの宿なんだ!」なんて

説得を試みるも失笑を受け、残念ながらその場をあとにした。


そして、ホテルに戻り、英語がたどたどしいスタッフに「レターくれー」言うたんだけど、

何のことやら分かってなくて、オーナーに連絡した後、明日オーナーが来るから、その時にくれるんだとか。



日本人3人でぎゃーぎゃー騒いで、周りのスーダン人も助けてフォローしてくれたんだけど、

それでもレジストレーションの事が通じない。本当に必要なのかって気になってくる。



結局、そんなスーダン2日目が過ぎ去った。



3日目、再びレジストレーションのために町をさまよう。


結局、別のホテルで話の分かるスタッフが、僕らのホテルまで着いてきてくれて

その話の通じないスタッフに説得してもらうと、

レセプションの引き出しに普通にレジストレーション用の用紙が閉まってあり、

さくっと、レターを入手でき、そのまま外国人事務所に行って、レジストレーション終了!!



肩の荷が下りて、すっとした。



その話の通じないスタッフの口癖は「very good? or between very good and good?」

なんだけど、そのホテルの施設に関しては、「バッドとベリーバッドの中間」なもので、いっつも彼への返答に困ってた。



スーダン入国!!そしてカルツーム。

2010年03月22日 20:31

ついにエジプトを出て、スーダン入国の日。

似たようなルートを辿る日本人3人と合流し、4人での国境超えとなった。

タクシーとかシェア出来るし、心強い。



アスワンの町から、アスワンハイダムへとタクシーで向かう。


アスワンハイダムは、ナイル川の氾濫防止だとか農業用水の確保だとか、気候の変化だとか、この辺一帯に物凄く大きな変化をもたらした

巨大なダム。



これの建設によってアブシンベル神殿は、沈む予定だったんだけど、ユネスコの協力によって莫大な費用をかけて移設されたんだって。


海外からの援助でこうして一大観光地が残せたというのに、海外から来る観光客をさらに食いもんにしてぼったりしてくるエジプシャン、
許しがたい。

少しは、感謝しなさいよ。入場料高いし。こんな事してると、もう誰も助けてくれなくなりますよ。





アスワンハイダム近くのフェリー乗り場に到着。スーダンまでは、フェリーで17時間程度のナイル側航海の予定。
IMG_0391.jpg


そこには、「なんでこんなに荷物が必要なんや?」ってくらいにおびただしい荷物を持った多くのスーダン人やエジプト人がいて、


みな、船に乗り込むべく出国の審査を通り抜けていく。



そして、10時頃船に乗り込む。スーダンのワディハルファ行きの船は思っていたよりも小さい。

この船には1st Class(489ポンド)、2nd Class(311ポンド)[1ポンド、約17円]の2種類の席があるんだけれど、2nd Classの評判が

芳しくないので、489ポンドもする1st Classのチケットを買った。一緒に居た人たちはみんな2nd Class。


ファーストクラスは、二段ベッドのコンパートメントで一部屋ずつエアコン付でなかなか快適。

セカンドクラスと言えば、完全自由席で皆が各々1階のベンチに席を取ったり、甲板に席を取ったりしてる。


セカンドクラスもはじめは、それでも悠々としてて良かったけど、時間が経つに連れて乗客は増え始め、

場所取りが熾烈になっていく。

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僕の部屋といえば、途中まで誰も来なかったんだけど、気づいたら大量の荷物が運びこまれていた。


そしてそのスーダン人のおじさん曰く「僕の友人がカイロで二人死んだんだ。だから荷物がたくさん」

・・・・・・死人の荷物が大量に運びこまれたのでした。




そうして、出航を待ち続ける事      9時間。

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本来は13時予定なのに、出発は20時前。





船は月明かりと星明りに照らされながら、ナイル川を南下し続ける。


一晩空けて朝早くに部屋から窓をのぞくと、アブシンベル神殿を発見。




遠過ぎて、いまいちよく分からないけど、とにかくデカイって事は分かった。


古代エジプト人は、今のエジプト人からは考えられないほどに壮大なものを作る能力を持っていたらしい。
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エジプト人は、ここ3,000年で退化し続けているようにしか思えない。




そうして船は、さらに数時間後ついにスーダンのワディハルファ港へと到着。




パーミットの取得らしき手続きを済ませて、2時前に下船。






何も無い。 ただの岩場と砂漠。想像以上に何も無い。
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今まで見てきた中で、もっとも何も無い港 ワディハルファ。



ついにアフリカに来たんだってことを、実感。




ワディハルファで、ちょうどカルツーム行きのバスが15時に出るという。



スーダンの他の町も見ようかなと思ったけれども、そのままカルツームに向かってしまった。



数年前まで、このカルツームに行く道程は24時間以上もかかり困難を極めるって話だったんだけれど、


最近になって、中国が多額の援助を行い、バスまで中国製のバスになって、びゅんびゅん飛ばして、


その間の車窓は、ひたすら砂漠が続く。こんなところによく住む気になるもんだってくらいに砂漠。


わずか10時間でカルツームに着いてしまった。電車なら、36時間から50時間もかかる道のり。

ちょっと早すぎじゃない?ってくらいに早かった。アフリカ、最初の一歩こんなんでいいんだろーか。





深夜1時。  仕方なく、僕らはバスターミナルで野宿した。



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