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ダライラマ法王14世に出会った

2009年12月16日 00:31

その日、ロシア人仏教徒向けのティーチングが朝から開かれる予定で、 1時間前にダラムサラの寺院に向かった。


男女別に厳重な荷物チェックがあって、かばんの隅々まで調べられる。


荷物チェックが終ると、なにやら麻の生地のかばんが渡され、 中には、書籍や数珠なんかが入っていた。


ダライラマさん、大盤振る舞い。



こっちは、一円も払ってないのに。


会場は、既に人が埋め尽くされていた。端のほうに何とか場所を見つける。


おばさんが、僕の分の場所を空けてくれた。 僕の座った場所は、そばにはチベタンのおばさんや僧侶達、そして外国人たちが居るスペースで、 直接はダライラマ法王が拝めず、TVを通してみるような場所だった。



ティーチングが始まる時間になると、カメラを持った人達が一箇所に急に集まる。


彼らが影になって見えなかったけれども、僧衣を着た人達が移動しているのが見えた。


そして、すぐそばにいると思われるテレビにダライラマ法王14世が映る。


今回は、ロシア人仏教徒向けのティーチングと言うことで、 法王が直接拝める席には、ロシア人たちで埋まっていた。


ダライラマ法王の姿は、テレビや本で何度も見たまんまのあの人で、本当に彼がすぐ そばにいるかと思うと信じ難かったけど、それは事実らしく、スピーカーから 彼の声が聞こえてきた。


人を包み込むような優しい笑顔と声で、それほど聞き取るのは難しくないはずの(とは言っても、難しいんだけど) 英語でティーチングが始まった。


導入部は、事前に呼んだダライラマ言葉集みたいな本に書いてある事の繰り返しのようなことで、 仏教と科学についてや、ロシアの仏教について話していた気がする。

いかんせん、英語。苦しい。



それにしても、話し方が柔らかく、暖かさがあった。


ちゃんと聞き取れたら、もっとのめり込めたんだろうな。


2時間ほどすると、午前の部が終了。 そして、昼休み。 千人以上もいるかと思われる、聴講者に対して昼食が配られたのは驚きだった。


昼食といっても、ごはんと、野菜炒めでぶっ掛けご飯みたいな感じだったけど、 それにしても、大盤振る舞い、ダライラマさん。




少年僧が、がっつりご飯を盛ってくれて、決してうまいとは言いがたかったけど、 昼の部に間違いなく睡魔に襲われる無いかってくらいに満腹になった。


午後の部で、同じフロアにいたところで法王の姿が見れないのは面白くないので、彼が出てくると思われる公邸前で、出待ちをすることにした。




昼休み中には、法王様は個人謁見をしているらしくいかにもインドのマハラジャっぽい人およびその取り巻きが、 中に入っていった。



このインド人は、金で何でも解決しちゃうんじゃないかって雰囲気。偏見だけれど。

どんな話したんだろな。




そのマハラジャが公邸から出てきて数分後、辺りがざわつき、欧米人やチベット人もインド人も、 皆起立をし始める。   公邸の扉が開く。


そして、数人に囲まれて法王が登場した。





出待ちの甲斐あって、僕の間近をダライラマ法王が過ぎ去っていく。




法王は、そこで待っていたみなの顔を見るように本当に素敵な笑顔を振りまいて、会場へとゆっくりと向かっていく。




その溢れ出る優しい笑顔は今まで、見たことの無いような本当に素敵な雰囲気を醸し出していて、 チベット難民がヒマラヤを越えて、命がけで会いに来るというのが理解できるほど最高指導者としての、 魅力を放っていた。



すれ違う時に、チベタンは皆その観音菩薩の化身に対して礼で迎えていたんだけれど、なんだかとにかく、そんな法王様を見ていたら、嬉しくなって手を振りたくなってしまった。



そして、そんな僕にも法王様は目配せをしてくれた。


政治家には絶対出せないオーラだと思った。



午後のティーチングは、もっと込み入っていて、それに宗教用語なんかも加わってテキストがあったけど、 かなり理解に苦しみ、ちょっと辛くはあったんだけれど、それでもティーチングが終了。



午後のティーチングが終わると、再び法王様はお付の人々を従えて、階段を下ってきて、 公邸までの短い距離を走るための送迎者に乗り込んだ。



基本的にはカメラ持込禁止なんだけど、ロシア人の一部の人達はカメラを持っていて、 車に乗り込む姿を激写してる。



うらやましいなぁと思いつつ、撮り終わった写真をごっついロシア人に見せてもらった。

カメラのせいか、プロっぽかったな。あれ。



そういうわけで、ダライラマ法王のティーチング1日目が終わった。






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ダラムサラに亡命し・・

2009年12月04日 23:47

デリーから夜行バスに乗って、ダラムサラへと向かう。

さすがにもう冬で、デリーすら結構寒く、標高1800メートルのダラムサラへと向かうバスの車内は、 窓から風が漏れてきて、長袖2枚着てるくらいじゃ全然足りず、仕方なくバックパックから寝袋を取り出して、 椅子の上で、寝袋にくるまれて快適に眠れた。



同じバスで、日本人かと思いきやチベット人のサンダって子と一緒になり、早朝ダラムサラに着いてからは、 彼がツーリストエリアのある場所まで案内してくれた。


ダラムサラは、ロウワーダラムサラ、アッパーダラムサラと分かれていて、ツーリストエリアはアッパーダラムサラ。



バス停に着くと、大量のチベタン達が。


彼らは、チベットからの亡命者達で、極寒のヒマラヤを越えてネパールまで向かい、そこからダラムサラにきたらしい。 アッパーダラムサラまで一緒のバスとなったんだけれど、その短い間でもチベット人の人間性には心惹かれる。

老人を大事にする気持ちや、他人に対する思いやりなんかが混雑したバスの車内で見られた。


アッパーダラムサラ(マクロードカンジ)に着くと、チベット難民達は、家族との再会に喜ぶ人なんかもいて、 なんだか感動的だった。


それでもほとんどの人は、事務的にどこかへとすぐに立ち去ってしまった。


サンダは一緒にコーヒー飲まないか?と誘ってくれ、近くのカフェで、チャイを飲む。


「僕もこの夏チベットに行ったんだ」と行って、PCに入っていたチベットの写真を見せたりしてみた。

彼も、数年前にチベットから来た難民でダラムサラで数週間勉強をする予定なんだって言ってた。


笑顔が素敵で、顔立ちが整っていて、難民としての苦労なんかは全然顔に出ていない。

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そして、何も言わずに彼は代金を払ってくれた。

「いいよ、いいよ、払うよ」と言うんだけど、払わせてくれそうにもない。


そして、一緒に目星をつけていた宿まで行き、そこで彼と別れた。


マクロードガンジのツーリストエリア自体、全体を歩き回って15分もあれば充分な広さで、 一瞬で居心地の良さを感じ取れた。

町を歩く人々はほとんどがチベタンで、なんだかその雰囲気が懐かしい。
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やっぱり、彼らの目には優しさが溢れているような気がして、インド人にない暖かさが滲み出ていた。 偏見かもしれないけれど。


それでも騙そうとしてくるインド人の濁った目とチベット人とは明らかに違うと思った。


別に、全てのインド人を否定してるわけではないので、あしあらず。


チベタン達は目が合ったときに、笑顔で返してくれるなんて嬉しい事をしてくれるし、 インド人みたいに、初対面で「フレンド、フレンド」って言って土足で人の気持ちに踏み込んで来るような事はないし、 お土産屋さんに入っても、しつこさがなくて、いらなきゃいらないでいいよってのがとてもいい。


それでいて、物凄く親切。無条件に彼らを信頼出来るような気がして、このダラムサラって町が気に入った。
IMG_8103.jpg


特にデリーから来ているせいか、そのギャップが大きいような気がする。


インドとしては、チベット難民にこうして場所を与えているわけだから、そういう意味では その寛容な部分には敬意を払うべきなんだろうけど、その寛容さとインド人の人間性ってのは、 どうにも分けて考えざるを得ないな。



そして、ホテルの屋上や、町の至る所から万年雪の残るヒマラヤの山が顔を見せていて、 部屋の中すら常に10度もないくらいに寒いって事を除けば、素晴らしい環境だ。



やっぱり僕は海より山のほうが好きらしい。

土砂崩れで中国脱出出来ません。 チベットツアー その5

2009年08月31日 09:22

車は優雅にこんなところを走っていたんだけれど、

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国境の町ダムのひとつ手前のニャラムを過ぎて霧の中、巻き巻きの道を下っていると、

こんな田舎道で前方の車がなぜか渋滞というか完全に停滞している。
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運転手さんやガイドさんは降りて状況を確認しにいくも、なにやら不穏な空気。

時刻は、16時。




そして、ガイドさんから残念なお知らせが。


「前方が土砂崩れで右が塞がっており、撤収には19時過ぎまでかかるそうです。だからそれまで車内待機!!」


昼食は簡単な麺料理だったため、空腹な上に、ラサで調達したたくさんのお菓子などの食料は、

すでにもう無く、このまま退屈な時間を余儀なくされることに。

そして10数分後、ガイドさんから新たな情報が。



「撤収作業は明日までかかるそうです。だから、ここから1時間半ほどダムまでは歩いていきますよ。荷物は車に置いておいてください。明日には荷物は回収出来るので、最低限の荷物でいいです。」



一同、えーー!!



とはいえ、他のランクルに乗っていたツーリストも同様の方法でダムまで向かっているらしく、それしかないらしい。


僕らは、ランクルとドライバーさんを残して、歩いてダムへと向かうことに。



歩き始めてまもなく、崩落現場を徒歩で通過。


「危ないから、早く早く!」とガイドさんにせかされる。
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こんなとこ、一晩で片付くのか?とかなり不安になる。


でも中国13億人の力を結集すれば、大丈夫でしょ。とか冗談を交わしつつ、歩くこと数十分。


ダムへとたどり着く。

IMG_2865.jpg


ダムは、すでにネパールから来ているトラックが所狭しと並んでおり、ここが中国とは信じられない雰囲気だった。

そこに居る人々も、チベット人よりもネパール人が多く、ついに国境の町に来たんだなと実感。


宿は剛堅賓館(ドミトリー 30元)。


その日、最後の中国での食事は中華風カレー。中華料理食べたかったんだけど、中華料理屋は見当たらず、変な抵抗をして中華風とか頼んでみたけど、正直、かなり微妙な味でした。でもビールうまかったー。


チベットのウェブアルバムアップロードしました。

http://picasaweb.google.co.jp/sho10taro/2009#













世界の果て? チベットツアー その4

2009年08月30日 15:24

夜、22時に消灯しないと罰金取られるからと、大富豪に楽しんでいた僕らを

監視するかのように世界一まずいラーメンを作るそのテントのスタッフは、僕らが寝るまでずっとテント内に居座ってた。


翌朝、エベレストは出発間際に再び頭を出し、車は中国最後の町ダムへと向かう。

ランドクルーザーは、なぜか途中割としまったダート道から外れて、

道なき道を進み、景色は世界の終わりみたいになってくる。

写真に特に説明はありません。どこを走ってるかわからずただただこのまんまの景色。
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道は荒れ、車はガタガタゆれっぱなし。
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地球が出来たてはこんな感じじゃなかったのかと思わせるような場所をひたすら走り続ける。
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日本最強の企業が造った44万キロ走っても、それでも走り続けるランドクルーザーは、国境目指す。
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偽札を使ってしまった(チベット)

2009年08月30日 10:46

中華人民国に出回っている毛沢東か少数民族の絵が描かれた元札。

中国国内にはずいぶんと偽札が出回っているらしく、僕が中国に居た4ヶ月ずっとお目にかかれる
機会はなかったのですが、店員さんは50元札や100元札を使う際にはほとんどの場合、ちゃんと透かしをチェックしてる。

うわさでは、ATMから出てくる100元札ですら偽札の可能性があるとか。


中国出国する3日前、ついに出会ってしまった。



しかも日本人から受け取るとは・・





定日(ティンリー)にて、一緒にチベットツアーを回っていたひでくんから立て替えてもらってた60元を
払うべく、100元札を支払い、彼から20元×2枚を受け取る。

そして、その後ティンリーの宿にて30元の宿代を払おうとして、その20元を使ったところ、なぜか受け取ってくれない。


なんで?なんで?と詰め寄ると、

「これ偽札。触り心地も違うし、透かしもないから、ちゃんと見てみて」


そして苦笑される。


それを天に透かすと、確かに透かしも無く、他の20元札と比べると明らかにこっちはただの紙に近い。



こうして20元の偽札が手元に舞い込んできたわけで、記念に取っておこうかとも迷ったけど、
今の自分にとって20元(およそ300円)は、結構な金額。


結局、その晩の夕食で行った中華料理屋さんで、20元を混ぜて使ってしまった。

大変、気前のよい成都から来てわざわざお店を開いてたおっさんだった。

お金数える際に、一つ一つチェックしてたけど、偽札には気付かなかったらしくそのまま御勘定が完了しちゃった。


ごめんなさい。


中国では、こうして偽札はどんどん出回るばかり。。




世界のてっぺん エベレスト登場  チベットツアー その3  

2009年08月29日 11:34

朝、8時頃車は出発し、世界一高い山エベレストへと向かう。

途中、検問があり全員おろされてパスポートをチェックされた後、峠をのぼり続ける。
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気づけば眠っており、目が覚めると峠に到着。







そして遥か彼方で奴が頭を見せる。
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人間が生まれるずっと前の何十億年もの間、この地球でずっと世界一高い山であり続けるエベレスト。


8848mだか8849mだか8850mだか標高の高さで揉めてるらしいけど、

あまりにも唐突で、心の準備が全く出来ていなかったのでエベレストさん(チベット名:チョモランマ、ネパール名:サガルマータ)が急に目の前に現れて自然の尊さや偉大さを心から感じ、鳥肌立ちっぱなし。



こんなでかいものを前にして、自分は人の運転する車でただただ近づくだけ。

人間1人の力じゃどうにもならないくらいに、ただただ大きいヒマラヤ山脈を遠くに望み感動を覚えるなか、

車は峠を下り、再びベースキャンプに向かう。


数時間後、ベースキャンプに到着。エベレストは今にも頭を隠そうとしていた。
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ベースキャンプというほどだから、これからエベレスト登頂に向かう登山隊がひっそりとキャンプを張ってるかと思いきや、有名なホテルの名前をもじったテントが乱立している。


自分達もそこの一張を宿にして、40元払ってバスで、そこからベースキャンプへと向かう。
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ベースキャンプにたどり着くと、すでにエベレストは雲に完全に隠れており、
標高5,200mのその地では、冷たい風が吹き荒れる。


そこに20分ほど寒さと風邪と戦った後、テントに戻り、世界一まずいラーメンを味見。
味が無い上に、油まみれ。もともとは炒面。それがまずくて食べれなかったので、ラーメンにしてもらったけど、相変わらずどうしようもなかった。
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標高が高くなってからやっぱり高山病みたいなものにかかってるらしく、
頭痛時々下痢に襲われており、それでもそんなには辛くなかったけど、これ以上高いところに
登ったら、人間おかしくなっちゃうよな。


こんなに世界は美しいのに、こんなに世界は輝いているのに(ナウシカ 漫画版より)

土に根を下ろし 風と共に生きよう 種と共に冬を越え 鳥と共に春を歌おう(ラピュタより)



地球と仲良くしなくちゃ。
































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