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(イラン)イラン人のお宅にお呼ばれ

2010年01月28日 07:11

ラムサールを夕方出て、ラシュトという町に夜、到着。

イランビザの期限もすでに迫っており、次に目指すはトルコ・・・と行きたかったけれども、

旅は道連れ、世は情け。

ヤズドから歩みを共にしてるミサワ君とアルメニアを目指すことに。


アルメニアを目指すには、とりあえず国境に近い町タブリーズに行かねばならない。



ラシュトでミニバスを寒い中、わけのわからん場所で降ろされ、


イラン人を訪ね歩き、結局タクシーに乗って、バスターミナルへ。




そこで、何社かあるバス会社にタブリーズ行きのチケットがあるか尋ねる。

一社目、「フル」













二社目、「フル」








三社目、「ノーシート。」





焦る。こんな寒くて、得たいの知れない町でどおせぇっちゅうねん。





そして、バスターミナルの端っこにもう一社バス会社発見。


こっちから聞かずとも、叫んでる


「タブリーズ、タブリーズ」



たすかったぁ。



そうして、21時の夜行バスでラシュトを発ち、翌早朝5時くらいにタブリーズ到着。


それにしてもラシュトのイラン人もうっとおしかったな。
町によって相変わらずイラン人の外国人に対する対応は違って、

うざい度 1位はエスファハーン、2位はラシュト 確定。


ラシュトの滞在時間はずいぶん短くて、サンプル数も少ないので、ちょっとかわいそうだけど。


うっとおしいねん。




そして、早朝タブリーズ到着。

タクシーで、安宿近辺まで届けてもらって、何件か探した末に泊まったのは、

こちら 二人で100,000リアルだったかな。
IMG_0273.jpg

ずっとマスオゲストハウスだと思った。

マスド GUEST HOUSEだった。



結局、昼から観光して、

一番、イランらしいと言われる商店街なんか見たりして、
IMG_0265.jpg

香辛料たくさん売ってたりして、(それにしてもなんで外食となるとケバブばかりなんだろうか?)
IMG_0261.jpg

そう考えると、やっぱりイランの楽しむにはイラン人のお宅訪問するしかないよなぁなんて、

話しながら、歩いてた。

紅茶をごちそうしてくれたモスク。
IMG_0272.jpg



夜、最後のイランの夜を豪勢にケバブ食べようぜって話してるところで、

とあるイラン人に話しかけられる。


「俺は、PanasonicもSonyも好き。日本製品は凄いよ。」なんて言われて、

「それは、どうもどうもありがとう」なんて話してると、


「家来ない?」って方向へと話が進む。



二人でずっとイラン人宅への訪問を切望していただけに、
「もちろん行きたいです。こんな遅くに構わない?」と聞くと、

「全然。家族も歓迎してくれるよ」とのこと。



そうして、乗り合いタクシーを乗り継いで15分。歩いて10分くらいで彼の家に到着。




家に着いたのは、21時くらい。



家に着くと、彼の両親およびブラザーズがお出迎え。



4人兄弟なんだとか。


そして、このお宅。両親が耳が聞こえないらしくて、子供達との会話が手話。




それでもお母さん、喋れないなりに物凄く気が利いて、気さくな方で、
Picture 1484
こんなポーズをしてくださる。


そして、彼の兄達も帰ってきて、一家集合。



長男は、空手をやってるらしくイランで発行されてるイランの格闘雑誌を見せてくれた。


その大山倍達がフューチャーされまくってる雑誌を見ること、数十分。


彼らのイラン政府に対する愚痴や、I love America という売国人的発言を聞くこと数十分。



その他諸々数十分。




目の前では、お母さんがじゃがいもの皮を向いている。



時刻は22時過ぎ。







僕らのために、わざわざこんな時間にご飯を作ってくれているのかと思って、申し訳なくなった。








ところが、どうやら違うらしい。



23時になり、もはや空腹が限界に達して、誘い断って、ケバブ食いに行ったほうが良かったと公開し始めた頃、

ようやく食卓となる床の上が整理される。




飯登場。



明らかに多すぎる。




と思いきや、家族全員分の食器配給。






頂きます。




すでに23時過ぎてます。








この家族、夜更かし過ぎませんか。それとも僕らのせいで、いつもより豪華だったんでしょうか。

食事風景  これがイラン人の通常なのか知らないけど、とにかく床。
Picture 1485


味はともかく、死ぬほど腹いっぱいになりました。



日本のトヨタで働きたいんだけれど、どうしたらいいんだ?と真剣に聞かれました。





正直、日本人の労働者ですら派遣切りやらなんやらで厳しいというのに、

英語もままならなければ、日本語の喋れない彼に、可能性は薄いんじゃないかと思い、


トヨタの工場は日本じゃなくても、世界中にあるから、そこで働くか、

日本語を必死に勉強するしかないんじゃないかと、言っておきました。





それにしても、かれ、松下幸之助や本田宗一郎、井深大なんかに関する本を持ってたり、

やたらと日本の企業に興味があるらしくて、何とかしてあげたい気持ちは山々ですが、

今の僕は無力です。


24時も過ぎて、翌朝相当早く出発しなければいけなかったんだけど、


彼らの
「泊まってかないか、もう一日イランでるの伸ばさないか」という嘆願に、

惜しまれつつ、その家庭を去った。



そして、彼は僕らをわざわざ Masud Guest Houseまでタクシーで送ってくれた。





そんな日本企業大好きなはずの家庭のテレビは、Samsung。




正直、Samsungが、世界中で売れまくってるというのをひしひしと感じる。


イランでは、中国製というのは嫌われてるんだけど、


韓国製となると、日本製と同質で安いというイメージがあるらしくて、


誰しもが、Samsungを褒め称えてる。



もちろん、Sonyとかほめてくれるんだけど、やっぱり高いという印象が付きまとうらしい。






















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カスピ海!!

2010年01月27日 06:51

テヘランを早朝出発し、ラームサル(湿地に関する条約で有名なラムサール条約が調印されたとこ)に向かう。

なんで、ラームサルに向かったかというと、

・カスピ海が見たかったから。

・ラムサール条約の調印がされた場所だから。
(北海道出身で、釧路湿原もその条約に関わる場所なので)

以上。

動機としては、不純っぽいけど、カスピ海を生で見たことのある日本人なんて、ほんのわずかだし、
世界一デカイ湖だか世界一小さい海だか知らないけど、とにかく世界一のものを見ておくってのは、
建設的な事なんじゃないかと思うわけで。


テヘランからラムサールまでの道程は、イランではかなり標高の高い地域を走るらしく、
多分5600mくらいある山のそばを通ったはずなんだけど、こないな雪景色がバスの車窓から見られたりして、
IMG_0241.jpg

地図では近いはずなんだけど、5時間ほどかけて到着。


そこで出会った日本で出稼ぎに行ってたことのあるというイラン人とその奥様と昼食を頂く。

イランでも、日本語喋れる人が結構居て、そのほとんどの人が数年前に日本で出稼ぎしてた人達。

ところが、イラン人が日本で麻薬関連の危ない事ばっかり手出して、目立っちゃったもんだから、

イラン人の入国規制が厳しくなり、すっかり出稼ぎの方々も少なくなったらしい。

その見返りに日本人がイランに入国するのも厳しくなって、ビザ代75ドル。

日本人は、イランで何も悪いことしないのに。。。





まぁ、その彼からあまり日本に対する良い印象というのを見受けられず、会話も余り弾まず、
結構高い昼食代になったりして、(とはいっても、400円くらい)微妙な感じで彼らとはお別れ。





そして、15000リアルかけて、タクシー乗って、カスピ海へ。



これが、カスピ海。
IMG_0255.jpg


どうみても海。




ただの海。




冬の海。




名前のカスピって響きからして、なんだかもっと美しくて、キラキラしたイメージを勝手にしたんだけれども、


この景色は、冬の石狩湾と大差ないな。

石狩湾からみえるずっと先にはロシア。

カスピ海から見えるずっと先にもロシア。








それでも、こんなカスピ海に来たことに無理やり感動し、水タバコを吸って、チャイ飲んで、

寒い寒いラムサールを出発して、タブリーズを目指した。




Picture 1468







(イラン)日本大使館にお世話になりまして

2010年01月26日 20:19

ブログ内の僕は、まだ年が明けてないってのに、もう2010年は1月を終えるつもりでしょうか?

2010年は、どういうつもりで1月をこんなにあっさり終わっちゃうつもりなんでしょうか。


そんな身も蓋もない事は、さておきヤズドから再びバスで向かったのは、

イランの首都テヘラン。

イランのバスは、安くて快適。そして早い。

200キロとか300キロの移動を5,6ドルでこなしてしまう。

なんでこんなに安いかって、ガソリンが安いから。

1リットル 7円とか。桁間違ってないです。

日本人が汗流して、ストレス溜めて、長い長いミーティングこなして、電卓叩いて頑張ってんのに、

地面から勝手に資源が取れるか取れないかで、この格差ってのは、やっぱり不平等。



どう考えても世の中は、不平等に造られてるとしか思えないけど、

海外を勝手に、自由に旅できる身からしてみたら、その不平等さに感謝しないとならないですね。

世の中は、これまでもこれからもずっと不平等なんです、きっと。






テヘランは、曇っていて寒くて物悲しい雰囲気の首都でした。

晴れていると、きっと雰囲気はずっと違ったんだろうけど、とにかくそういう印象を受けました。
IMG_0233.jpg



エスファハーンでは、荷物を失っただけでなく、実はもうひとつ災難に悩まされてました。





どこでもらったか知らないけど、水虫らしき症状が足に発生しており、

中国以来ずっとそれは僕の足でうずうずしてた。


インドとかネパールとか、なんとか凌いできたんだけれど、イランに来ると急に寒くなって、

薄くなってた左足の患部の皮膚が切れ始めて、皮膚同士が繋がるのをやめて、

親指の付け根部分と中指と薬指は、皮膚が剥がれて、患部を直視出来ないくらいに、

可愛そうな事になってて、歩くのが困難な中、

それでもエスファハーンとヤズドでは観光をし続けたんだけれど、

いよいよ我慢に耐えなくなってきたし、情報ノートで大使館の医療センターでとりあえず無料で

診療して頂けるという情報を得て、テヘラン到着の翌朝から地下鉄に乗って、日本大使館へと向かった。

テヘランの地下鉄、ずいぶんと綺麗です。そしてずいぶんと安いです。
IMG_0232.jpg


日本大使館は、物騒な塀とゲートに囲まれていて、チャイムを押して

「メディカルセンター行きたいとです」と言うと、

イラン人の係員が出てきて、中に通してくれた。

鉄格子で囲まれた部屋で待つ事、10分。


人の良さそうな日本人の医師が来て、僕を医務室まで案内してくれる。



先生に、とりあえず患部を見せると、消毒液とガーゼにて応急処置をしてくれる。

そして、
「この状態は、一番ひどくなった状態だね。これは厳しい、本当厳しいわ」
と痛い一言。

「少なくとも、一ヶ月はかかるわ。当分はなるべく歩かないようにするしかないね。」
とさらに追い討ちを掛けられる。

旅人にとって、歩かないようにするってのは、無理に近いわけでこの先どうしたら・・・・。



ところが、先生。役に立ちそうな医療道具を発見。。


「これ、やけどした時に本当は使うんだけど、代理の皮膚みたいなやつ。とりあえず患部が乾いて、皮膚が少しでも再生するまでは、これを張って、ガーゼをその上に張っておけば、大丈夫だから。期限切れてるから全部あげる。」

そうして、先生は起死回生の道具を僕にくれた。

さらには、ガーゼや傷薬、水虫用の塗り薬一式を分け与えてくれ

最後に先生は、
「お金のない旅行者は、トルコまでバスで行くの?」とどうにも屈辱的な質問をしてくれる。




とにもかくにも、先生が最後に発見してくれたその火傷用のソフラチュールなる期限切れの

硫酸フラジオマイシン貼付剤は、

その後のイスタンブールまでの僕の旅を大いに助けてくれた。



そういうことで、お世話になりました。

その夜、イラン名物のザムザムコーラを飲み、
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馬鹿でかいシュークリームを食べて、
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結局翌朝出発することにしてヤズドから一緒のミサワ君とカスピ海を見に、ラムサールへと向かった。












(イラン)ヤズドで甘いもの対決。

2010年01月25日 10:28

イランって国は、とにかく外食に関して物足りなさを感じまくり。

基本、ケバブ。

それに、当然のことながら飲酒が出来ません。




そんな彼らが見出したのは、スイーツなんでしょうか。





ヤズドでとても美味しいシュークリームにありつけました。



シュークリームに限らず、ケーキ類も絶品でした。

店に寄るんだけれど、とにかくここで見つけたケーキに使っている生クリームはかなり贅沢な感じです。





ヤズドでの最終日。バス乗車時刻まで時間があったので、スイーツを買いあさってみた。

なんと、こんだけ買って2ドルもしません。一個10円以下。それにしてはクォリティ高い。
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バスの時間までの5時間ほどをHotel Silk Roadでみさわ君とぐだぐだとケーキを食べながらすごす。

すでにこの日、このケーキたちを買う前にソフトクリームなんかを摂取しており、

糖分の摂取量は異常を来たしている。



たしかにうまいんだけれど、こいつらを食べきるのはちょっと苦痛。


二人で一つずつを、ばっさばっさとやっつける。


糖分の取りすぎのせいか、頭痛さえしてくる。

シュークリームは、まだいいんだけど、あのロールケーキがかなり曲者。
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というわけで、5時間の戦いを経て、このケーキを完食し終え、イランの首都テヘランへと向かった。

(イラン)もはやドラクエ

2010年01月24日 10:11

ヤズドに来た理由は、実はゾロアスター教ではなくて、旧市街。


狭い路地が入り組み、土で塗り固められた家が並ぶ場所。


しかも、ここに夜来ると実に幻想的だとの事。




とにもかくにも行って見た。


ここの凄さは、写真ではあまりにも伝わらないです。

とにかく、ここを歩いてみない事には理解し難い雰囲気なんです。

IMG_0223.jpg

誰もいない薄暗い路地をただずんずん進んでいくと、いろんな所に分岐があったり、家の扉があって、
本当にロールプレイングゲームをしているような感覚を覚えちゃう。
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不意に横から人が現れたりすると、あまりにも誰もいない場所だけに、強盗か何かと思って結構恐怖。
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とにかく、こんな路地いったいで1,2時間くらい歩きさまよって、軽く冒険気分を味わった。

その空間は、あまりに現実的じゃなさ過ぎて、異様な感じだった。

こればっかりは、日本では絶対味わえないよな体験だなぁ。

こんなところを、歩いてたら確かにドラゴンクエストの構想とか思い浮かんじゃうかもしれないよなって場所。




月が出ていたら、もっともっと幻想的だったんだろうけど、この日どうやら月は地球の反対側にでもいたらしく、

お目見えせず。人に薦められて来た甲斐あったぜ。




旧市街入り口にある、マスジェデ・ジャーメ
両側の2本に伸びているのは、メナーレというらしく、イランで一番高いんだそう。
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(イラン)ゾロアスター教の聖地へ。

2010年01月23日 07:52

エスファハーンでは、荷物を逸した状態の哀れな僕に、親切な日本人および韓国人の旅行者は、

いろいろな物を分け与えてくれました。


シャンプーだったり、石鹸だったり、


あれ、そんなもんかな。





とはいえ、彼らの親切さってのは身に染みました。



気が紛れて、荷物ない状況でもずいぶんと楽しむことが出来たし、

何しろ荷物なくても、どうにでもなるってことが確認出来ました。


iPodが残ってよかった。音楽無かったら、旅続けられないかもしんない。






エスファハーンで、ヤズドってとこの旧市街が、すこぶる良いと聞いたので、

中国製の列車に乗って、エスファハーンから4,5時間かけてヤズドへ向かう。





中国製の列車だったので、雰囲気が蘭州からラサに向かった青蔵鉄道に似ていて、


景色なんかも、砂漠が延々と続くような車窓で、ラサから見たあの壮大な景色を彷彿とさせた。




チベットが懐かしいな。







ヤズドでは、シルクロードホテルという有名な安宿に宿泊。


セントラルヒーティングで、快適な宿でした。
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そこで食べたのが、このラクダの肉シチューなんだけど、味がどう考えても牛肉。
スタッフに聞くと、ラクダだと言い張るんだけれども、ラクダってこんなにも牛肉なんですか?
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翌日、エスファハーンで出会った大学生のミサワ君とゾロアスター教関連地めぐり。


ゾロアスター今日寺院のうち最も重要とされる神殿。
の屋根にあるゾロアスターのシンボル。
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神殿内部にある聖なる火。1500年以上絶やされた事がないって話なんだけど、
20年前のイラン・イスラム革命で一度消えたとか消えないとか・・・
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その後、バスとヒッチハイクで向かったのは沈黙の塔と呼ばれるゾロアスター教徒の墓場。
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沈黙の塔から眺められるもう一つの沈黙の塔。
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アーブ・アンバールと呼ばれる貯水池。その他諸々、廃墟が塔の周辺にはあった。
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1930年代までは、ここで鳥葬が行われてたらしいけど、禁止されてゾロアスター教徒も今は土葬らしい。

そういうことで、もはや使われなくなったこの墓場は、暇そうなイラン人のライダー達が、

この山々を登ったり下ったりと聖地を、遊び場として使っていた。


ここの塔からの眺めが素晴らしく、ヤズドの町や周辺を一望できた。




一望すると、町の周りはとにかく砂漠、砂漠で、別にヤズドの町がここになくても、

20,30キロ違う場所にあっても問題ないんじゃないかっていうくらいに、荒野に囲まれており、

はじめにここに住むって決めた人はどんな心境だったんだろう。






ってことで、ゾロアスター聖地めぐりは終了。

ヤズドは、ゾロアスター教の中心地らしいんだけど、その割にはゾロアスター教徒はずいぶんと少ないらしく、

形骸化してしまった感が否めない。














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