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インド最後の愉快なインド人達による総攻撃

2009年12月23日 05:09

ちょっとした事件が発生して、写真アップロード出来ませぬ。

その事件は、また後で。



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インドからパキスタンに行ければ、このまま陸路でアジア横断が出来たんだけど、

デリーの日本大使館でパキスタンビザ発行のためのレター発行頼んだら、

即 「ノー」

ネパールに戻れば、取れたんだろうけど,毎日のようにテロのニュースが飛び込んでくるので、

パキスタンを飛ばして、イランを目指すことにした。

中東格安航空会社の エアアラビアを使って。



そういうことで、デリー滞在あと2日。


再びホテルパヤルへと戻り、ちょっとした再会や出会いの後に、


コンノートプレイスへと散歩に出た。




このデリーと言う場所は、日本人観光客がさまざまな手口でだまされるという話が後を立たず、

地球の歩き方には、あれやこれやと手口が紹介されている。


そして僕はインド滞在最終日にして、そんな彼らから総攻撃を受ける。


・日本語を勉強してるんですけど、ちょっと時間もらえますか?と言ってしつこくついてきはる若い兄ちゃん。
(この後、インドのどこかに別荘があって一緒に行きませんか?みたいな話になってツアー組む事になるらしい)

・いきなり胸にインド国旗さされて、子供のためと、お金要求してくるおばさん

・耳かきしてあげると日本語で声かけてきて、耳かき後に、法外な値段要求してくるおじさん
(一説には凄く気持ち良いし、そんなに高くないとか言われたけど)

・64GBとか128GBというありえない容量のSDメモリーを1000円以下で売っているおみせ

・片言の日本語で声かけてきて、最終的には旅行会社への連行を企む面々

・政府公認旅行会社が何件も並ぶ不自然すぎるお店たち。


デリーで騙されて法外な料金のツアー組まされたって日本人の話をさんざん聞きました。

彼らの手法は段々と向上しているらしいです。


行かれる方は、お気をつけを。


何も知らないと、騙されてもおかしくないです。

特に日本人は人が良すぎなのが、狙われちゃうみたいです。


一人、インド人じゃなくてヘロイン中毒、金なし、パスポートなしで不法滞在中っていう日本人に脅されて、

金を全て奪われた可愛そうな日本人の男の子に出会いました。


人間のクズですね。




ちなみにデリーを発つ前日がムンバイのテロ事件の一周年だったらしく、

ツーリストエリア パハールガンジの一角もちょっとした厳戒態勢になっており、

そこへの眺めが良いホテルパヤルの屋上には、テレビのリポーターなんか来ちゃったりして、

なんだか物々しかった。






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さよなら、チベット

2009年12月20日 16:53

ダライラマティーチングの2日目。

その日は、夜行バスでデリーに帰るということもあって、朝のティーチングには行かずチェックアウトの準備をした。

そして、いつものようにダラムサラの町を歩き始めると、デリーから一緒のバスで来たサンダに出会う。




彼と偶然出会うのは3度目。




とりあえずお互い暇な上に、この町が小さいのでごく自然な事みたいに出会う。




「一緒に、寺行かない」と誘われ、午後のティーチングが始まる前の寺院へと向かう。





寺院に向かう途中の道のりで彼の知り合いや友人、友人のおばさんなんかにサンダは声を掛けていくわけだけど、


彼は、本当に良い奴で、友達がチャイを飲んでいたら、その代金を払ってあげたり、

インドで僕が散々コケにしてきた乞食に対しても、快くバクシーシ(お金)をあげたりしてる。



そういう彼を見てると、自分がどんなに人に優しく、親切にしたいと思っていても、

なかなか行動には表せないのに対して、無条件にそんなことをやってのけてる彼に対して、

本当に敬意の念で一杯。


これが、チベット人だからなのかチベット仏教の教えなのかちょっと判断しかねるけれど、

とにかくサンダみたいな奴を生み出すチベットってのは、凄く素敵なところなんだという判断を、

演繹的に無理やりだけど、おそらく間違いないだろうと思うので、させて頂く事にしたい。


一緒に寺に着くと、寺院の前で、彼はチベット難民が中国から学んでもってきたと思われる、

涼麺(からくて、うどんっぽい麺)なんかをご馳走してくれた。



そして、寺院に入場。


荷物チェックを受け、ティーチングの会場に向かった。



昨日みたいに出待ちをした場所で待機をすること30分。



法王様が出てくる雰囲気になると、それまで笑顔だったサンダが急にひざまづき、

そして真剣な顔になる。




ダライラマ法王は、出迎えるチベット人や僕ら外国人に相変わらずの優しい笑顔で

各々に目配せをしながら、会場へと向かう。





サンダは、その間ずっと拝んでいた。




一宗教の最高指導者と信者との対面。神聖なる瞬間。感動した。






法王が会場に行くと、会場に上がって、そのままティーチングを聞くには、

事前に登録したカードが必要で、僕は持っていたんだけど、

サンダが持っていなかったので、悔しそうな顔をしていたけど、そのまま会場を去った。








その後、宿泊していたLadies Venturesの向かえにあるバスケットコートに2人で向かった。



そこでは毎日、チベットの若者がバスケットをしていて、サンダもすぐにその輪に入っていった。





僕も、うらやましいなと眺めていたら、入りなよ と誘ってくれて、ものすごい久しぶりにバスケットボールを

してみる、チベット人たちと。




そのコートにはひっそりとフリーチベットの文字。





15分か20分くらいだったけど、凄く楽しかった。

とりあえずみんなそこまで上手ではないので、なんとも良い感じに混じる事が出来て、

シュートも決めたり出来て、ええ体験だった。


彼らはみんな難民。だけど、すこぶる楽しそうだし、良い笑顔。






そんなサンダは、友達と会うからとそこでさよなら。



彼は、この後ブッダガヤに行き、2週間ほどの勉強をし、その後カトマンズでも勉強したあと、

3人の友人と祖国チベットに戻ると言っていた。

せっかく亡命してきたのに、こんなことがあるのかと信じられなかったけど、ラサに

こっちの情報を伝えるために行われているらしい。







昼の間は隠れ、夜の間に警察に見つからないようにこっそり移動するんだって。



本当に命がけ。







そんな彼らを見ていたら、彼らのために何かしたくなった。



ただ、フリーチベット(チベット解放しろ)というには少し僕には無責任な気がしてならない。



少なくとも、チベット仏教やチベットの綺麗な大地、チベット人の豊かな心をもっと色んな人に知ってもらうことくらいは出来るかなと思った。





そして、その夜なかなかエンジンがかからず1時間半遅れのバスはデリーに向かった。


インドビザが切れるまであと3日。












ダラムサラでトレッキング

2009年12月10日 23:06

ダラムサラでとまったLADIES VENTURE Guest Houseは、法王のティーチング前ということもあり、
高めの200ルピー。

部屋の中に暖房はなくて、気温は寒いときには6度から10度くらい。


「この冬はいつもよりさむいんだ」とおいしいビビンバを提供してくれた韓国料理レストランのスタッフは言っていた。


ただ毎日晴れていてホテルの屋上から見える山に近づこうとトレッキングに行くことにした。



8時過ぎにビスケットと水を買い、トリウンドと呼ばれる4000メートルを超える山々が眺められるポイント目指して出発。


ダラムサラからダラムコットという町まで早々に急坂が始まり、先が思いやられる。



持っていた地図が貧弱だったために道行くチベタンに道を聞きつつ、トリウンドを目指す。


南側に見える景色は高い山がなく、開けた景色が目前に広がっていた。


1時間おきくらいにインド人が小さな商店を出していて、水やチャイ、ジュースなんかが買えたので、

2時間くらい歩いたところで、その一軒でジュースを買った。


小さな小屋で若いインド人が一人店を開いていて、「まぁ、座れ」といわれ、彼の話を聞く。


かれは2日に1回くらい山を下り、家に戻り、たまにここにとまったりするんだと。

そしてもう店を畳もうかと思っているとのこと。

「自分はとてもアンラッキーなんだ」と最後に言っていたのが印象的。


自分からアンラッキーだなんてなか言わないよな。

特にチベタンの人たちにそういう考えは生まれないよなと思った。

そして再び小岩の転がる歩きづらい道を登ること2時間。



そこは山の頂上というより山々をながめる開けた丘でたどり着いた瞬間に、今まで頭しか見えていなかった

万年雪の残る4,000m急の山々が全景をあらわし「おぉー」と声がもれた。



その丘にはすでになん組かの先客がいて、みんな割りと身軽な装備で来ていた。

そして、みなそのやまやまを眺めながらただボーっとしてみたり、山小屋で食事を取ったり、

ヨガをしたりとのんびり。


自分もその圧倒的な山を前にしてビスケットを食べながら、チャイを頂き、ごろごろ。



すると利口そうな犬がこっちに近づいてきて少し離れた場所にたたずむ。


どうやらビスケット狙いらしい。


ひとかけらをあげてみるとすぐにそれに飛びつくと、僕の太ももに体をつけて犬は落ち着き始めた。


その山小屋で買われてるらしく、名前はジョンソン。


自分からは絶対に奪ってこず、従順でおとなしい犬だった。

「待て」のしぐさをしてみたら、ちゃんと待っていたし。

IMG_7982-1[1]


コルカタでジュースを買った後に、いつまでもしつこくついてきた二人のこじきを思い出す。

ほかのインド人に怒られて去ってはいたけど、往生際が悪かったな。







一時間半ほどのんびりして、下山開始。


途中若いインド人のグループが道を封鎖し休憩していた。

そこからトリウンドまで2時間いじょうはかかろうと思われる場所で、

「もう疲れたから、やめることにした」と、かれらは簡単にあきらめていた。

インド人ってのは、そんなにがんばることが好きじゃないと思う。

急いで走ってる姿とかほとんどインドでは、見なかったし。






そして相変わらずチベタンの行きかう親しみある町に戻った




ダラムサラで北の国から

2009年12月06日 22:59

インドのビザの期限があと一週間ほどと迫っている中で、ダラムサラへと来た理由は、 ダライラマ法王14世のティーチングが数日内にあるらしいという事をニューデリーで聞きつけたから。


そして、ダラムサラで確認すると、確かにロシア人向けのティーチングが5日後くらいにあるらしく、ビザの期限内に ティーチングを受けて、インドを脱出出来るという事が判明。


一応申し込みが必要だったけど、写真2枚を渡して、簡単に必要事項を記入するとあっさりと作ってくれた。


これで、ダライラマ法王14世に謁見するチャンスが出来ると思うとテンションが上がる。


ダラムサラのチベット寺院の周りには、当然マニ車が用意されていて、チベタン達がコルラをしていた。 本当に彼らのこの敬虔な姿には頭が下がる。 チベット寺院の中に、厳重な荷物チェックを終えて入ると、そこには五体投地をしている人達がいた。



こうして改めて、彼らの姿を眺めてると信じる事の純粋な姿が見えてきて、感動を覚える。


カレーなんて毎日でも食べられると思ってたけど、こうしてダラムサラに来てみると、 絶対食べてやるもんかって気になってしまう。



そういう事で、その帰り物凄く久しぶりにトゥクパ(チベットうどん)を食べて、 宿に戻る。
IMG_7845.jpg


ダラムサラでは、陽が沈むのが早くて、そして夜がとにかく寒いので、宿で布団にこもって

PCにいれていた「北の国から」を5日ほどかけて、'83夏から'98時代くらいまで見まくった。

地元の北海道のあの美しさが懐かしくて仕方がなくなった。


さらに歳をとったせいか、泣きどころが前見たときより増えている。


子供がまだ食ってる途中でしょうが!!

首都 デリーの・・・

2009年12月03日 12:35

アーグラーが意外と居心地が良くて、それでも2泊した後、デリーへと出発した。


ローカルバスに乗って。 デリーへと近づいていくバスの車窓からは、建設途中のビルや高速道路なんかが目立った。 その建築の勢いは、今まで見てきたインドのどの都市よりも勢いを感じたし、何となく中国の各都市に似ていると思った。


中国の場合は、上海でも成都でも重慶でも広州でも、大都市では、 急激に都市の発展が進んでいたのが目に見えたけど、インドの場合こんなにも建築ラッシュが進んでいるのは、 デリーくらいなもので、他の大都市もそれほど勢いを感じなかった。


ムンバイはそれでも大都会だったけど。


中国の場合ハコモノが好きってのもあって、その辺のところ目立つんだろうけど、それだけなのか?

バスでデリーに着いてからは、路線バスと地下鉄でニューデリー駅前へと向かった。 デリーの地下鉄は、日本の三菱電機が参入していて、インドとは思えない設備と綺麗さ。


そして、乗客も高いレベルの人々が乗るせいか、降りてから、乗るという当たり前の事が出来てる様子で、 インドだけに違和感を感じた。


それでも、さすがに人の多さは半端じゃなく、常に満員電車。



そして、パハールガンジにある日本人宿のホテルパヤルに到着。
IMG_7722.jpg


デリーでは、結局だらだらと3泊ほどしたんだけど、パキスタンビザは、日本大使館からのレター発行を拒否され、 イランビザは取れても滞在期間3日で$75掛かるという話だったので、この街にいる目的が一切なくなってしまい、 ダラムサラへと向かう事にした。


それにしても、さすがにデリーには日本人多くて、パヤルにはひっきりなしに日本人が来て、色んな人と食事に行ったりした。

その中でも南インドに向かう人はほとんど居ないみたい。

パハーイ寺院
IMG_7697.jpg

インド門
IMG_7730.jpg


でっかいモスク
IMG_7666.jpg



多分、北インドと南インドを周るのでは、インド人に対するイメージがかなり違うんじゃないかと思う。


北インドでは、ツーリスティックに成りすぎて、それに観光業に関わってる人々が慣れてしまってるってのもあるんだろうけど、 それにしても、彼らが余りにも平気で嘘ついたり、人を騙したり出来るってのは、倫理的にネジが外れてしまってるとしか思えない。



で、タージマハール

2009年12月02日 23:35




結局、曇天の中、向かう事になったタージマハール。


750ルピーというインドの中ではグンバツに高いチケットを買って、入場。


荷物チェックがやたらと厳しく、かばんの中に入っていたぬいぐるみ、のり、三脚、カメラのリモコンなどは、預けるように指示される。


それでもジジだけは、生かしておきたいので、頼んでも居ないのにもらったミネラルウォーターを入れる紙袋の 奥の方に押し込んだ。

それと、なぜかスケッチが禁止らしく本などの持込みも禁止されている。


当日が、友人の結婚式だという事で、すでに掲載済みだけど、タージマハールで結婚祝のコメントを掲げてみるという 小さなミッションも、この場所ではどうやら禁止されているらしい。


そういうことで、小さく折りたたんで尻のポケットに隠した。



11時くらいに入場すると、そこには物凄い数の観光客が既にいて、世界各地から来てる様子だった。




さすが、世界一の建築物? このタージマハール。
IMG_7547.jpg


何物かというと、ただのお墓。



ムガール帝国の第五代皇帝 シャー・ジャハーンが奥さんのために作ったお墓。


その奥さんに14人もの子供を生ませて、結局産褥。


なんとも同情の余地のない死因なわけだけど、昨晩、すでにレストランの屋上から見ていたその大きな大きなお墓は、 1500円も払って入っただけあり、その迫力や存在感には圧倒されたし、テレビやポストカードや本などで腐るほど 見ていたその建物でも、やっぱり直に見るとそれなりの感動を覚えた。


ただ、曇り空が背景なので、やっぱり白い建物ってのはそれほど映えずそこが残念。


「ここで写真撮ると綺麗だぞ」と親切なおじさんがいて彼に従って、何箇所かのスポットをとった後、

お決まりの「100ルピー」の要求が・・・。

「2ルピーあげる」って言ったけど、受け取ってくれず彼とはそのまま別れる。



友人のお祝いを掲げるべくタージマハールの周りを色々とまわって、探していたところ、 親切な女の子がそれを掲げて、写真を撮らせてくれた。

その後、お決まりの「10ルピー」の要求が・・・・

「2ルピーあげる」と言って、渡すと彼女は受け取ってくれて、そのまま分かれた。



彼らには、やっぱり単純な親切というものが存在しないらしい。



タージマハールの中にも入る事が出来たんだけど、その大理石の塊のなかにあるのは、


棺が2つだけ。


本当にそれだけ。


たったこれだけのために、こんなものを造っちゃうこの皇帝の神経が全然理解出来なくて、呆れたわけだけど、


結果的には、こうして多くの観光客を呼ぶ観光地になってるのは喜ばしい事なのか、


それともお墓がこんなに踏み荒らされちゃって悲しむべきなのか? 考えるのも面倒臭いです。 と、そんなタージマハール。
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